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第二話〜永遠ならざるもの
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「くっそ……マジでヤバい……」
一度ついた欲望の火は、相澤竜馬の元をなかなか離れて行かなかった。
昂り続けるペニスを深雪の手のひらに握らせながら、相澤竜馬(あいざりょうま)は、深い寝息を立てて眠る深雪(みゆき)の緩んで開いた唇を見ていた。
深雪は、相澤竜馬が自分の唇の感触を知っていることを知らない。
唇と唇が触れた時の柔らかさ、舌の質感、内側の粘膜の熱さ、舌を絡ませた時の吸い付いてくる感じ、その全てを相澤竜馬がとうに知り尽くしていることを知らない。
唇だけでなく、卑猥に膨らむ乳輪、硬く尖る乳首、平らな乳輪がどんなふうに赤みを増してどんなふうに盛り上がるのか、舌の先で簡単に潰れてしまう柔らかい乳首がどんなふうに硬さを増してどんなふうに舌先を押し返すのか、その感触や変化を、相澤竜馬が、想像しただけで股間が勃ち上がってしまいそうなほど事細かに知り尽くしていることを知らない。
深雪はただ、夢すらも見ない深い眠りの中で、微かに眉をしかめるだけだ。
口に含むとすぐに反応してトロトロと蜜をこぼすペニスを弄られて射精させられていることも、柔らかいお尻の肉の間にある濡れそぼった後孔を広げられて舐められていることも、深雪は何も知らずにただ眠っている。
その、汚れを知らない子供のような寝顔が、竜馬の良心に無数の針を突き立てていた。
「ごめん深雪……。もうちょっとだから我慢してくれ……んんっ、んっ!」
ペニスを握らせた深雪の手を上から支えるように握り締め、深雪の喘ぎ悶える姿を想像しながら激しく上下に擦り上げる。
うしろめたさが快楽となって射精感を高め、あっ! と思った時には、ペニスの根元から頭に突き抜けるような快感が走り、竜馬は、腰をビクビク痙攣させながら生温かい精液を迸らせていた。
何度目かの絶頂にも関わらず、凄まじい放出感に背筋がぶるっと波立ち膝がガクガクと震える。身体が崩れ落ちそうな強烈な快感に、吐き出した精液がシーツに付くのも忘れ、深雪の手を握ったまま前屈みに倒れ込んだ。
「深雪……深雪……」
快楽と引き換えにやって来るのは、自分自身への鼻白むような罪悪感と背徳感だ。
無抵抗な人間を本人の知らないところで好き放題に辱め、素知らぬ顔で日常へと戻って行く。そのどうしようもなく下衆な行為もさることながら、その、うしろめたい行為に快楽を感じている自分自身にも吐き気を覚える。
ならばやめてしまえばいいものを、それは依存性の強いドラッグのように竜馬の心の隙間に入り込み、抑えきれない衝動となって竜馬を支配した。
ただ、深雪に触れたい、という純粋な思いが、竜馬を引き返せないところまで連れて来てしまった。
竜馬に出来るのは、この秘密を自分の胸の内に秘めておくことと、この卑劣な行為を深雪に気付かせないこと。
そのためには、自分が触れた痕跡を深雪の身体に残さないよう細心の注意を払う必要があった。
やろうと思えばいつでもやれる状況にありながら、口の中と後孔への挿入には未だ二の足を踏んでしまうのは、自分の痕跡を残してしまう可能性が高いからだ。
しかし、その、全てを手に入れられない歯痒さが、竜馬の欲情を更に掻き立てているのもまた事実だった。
「ちょっとまっててくれよ……」
昂りの治まりつつあるペニスを深雪の手の平から離し、指の間にまとわりついた精液をティッシュで拭った。
深雪を仰向けに寝かせ、台所へ行って温かいお湯でしぼったタオルを二、三本用意して部屋に戻り、執拗に舐め回し唾液まみれになった口元を拭いたあと、乳首と胸全体を優しく拭い、シャツのボタンを上から順に留めた。
ペニスと股間はより慎重に拭い、脚の先から股の付け根を下から上へと片脚づつ交互に拭き取り、両脚を真っ直ぐに揃えて、掛け布団代わりのタオルケットをお腹の上まで掛けた。
最後に、精液の付いた手をお湯を注いだ洗面器に浸し、一本一本指の間を綺麗に洗い、乾いたタオルで拭き取った。
こうして全ての痕跡を消した後、すやすやと眠る深雪に寄り添い腕枕をして、恋人にするようにおでこにキスをした。
「おやすみ、深雪……」
しばらくそのまま隣で眠り、深雪がもぞもぞと動き始めたところで腕枕を外してベッドを抜け出した。
新呼吸をして息を整え、幼馴染みの相澤竜馬に気持ちを切り替えてから、おもむろに深雪に声を掛けた。
「深雪、起きろ、時間だぞ」
深雪が、うーん、と唸って眉を顰める。汗ばんだ額をペチペチと叩き、何か言いたそうに動く唇を、指でつまんで左右に揺らした。
「ほら、いい加減起きろって」
竜馬の頭は完全に切り替わっていた。
深雪は苦しそうな顔でイヤイヤと首を振っていたが、竜馬にしつこく唇をつままれ、んんん、と呻きながら薄っすらと目を開けた。
「ようやくお目覚めですか、お姫さま……」
「ん? えっ……と……」
目覚めたものの、頭は完全には目覚めてはいない。
焦点の合わない目でぼんやりと見上げる深雪を横目に、竜馬は、寝ている深雪を相手に何度も射精していたのが嘘のように、何事も無かったかのような顔で深雪を揺り起こした。
「ほら、しっかりしろ。俺が誰だか解るか?」
「ん……りょう……ま?」
「よろしい、正解。しっかしまぁ、相変わらず寝坊助さんなお姫さまだな。てか、晩飯、食ってくんだろ? チンしてやるから早いとこ着替えて一緒に食おうぜ」
「う……ん……。あ……あれ? パンツ……」
「パンツは郷田に持って行かれたんだろ?」
「ごう……だ……?」
「お前さんの変態彼氏の郷田くんだよ」
「彼氏……」
「おいおい、どんだけボケボケなんだよ。しゃあねぇ。履かせてやっから、ほら、足上げな……」
よろよろと差し出される脚を掴んでズボンを履かせ、両腕を引いて上半身を起き上がらせた。
深雪はぼんやりとした瞳で遠くを見ていたが、少しづつ覚醒しているらしく、竜馬が夕食をレンジで温めていると、眠そうに目蓋を擦りながらキッチンにやって来てテーブルに着いた。
「やきそば。お前好きだろ?」
「ん……」
「ほら、お茶。むせるからゆっくり飲めよ……」
「ん……ぐはっ」
「ほら言わんこっちゃない!」
弾みで溢れそうになったグラスを深雪の手から取り上げ、咳き込む背中を優しく撫でた。咳がおさまったところで口許に吹きこぼれた飛沫をタオルで拭うと、涙目になった深雪が手の甲で唇を拭いながら竜馬を見上げた。
「悪りぃ……」
竜馬は、「勘弁しろよなぁ」と軽口を叩きながらも、テーブルに飛び散った飛沫を拭き、取り上げたグラスにお茶を足して深雪の前に置いた。
「いいから、冷めないうちにとっとと食え……」
深雪は、自分の食事そっちのけで後片付けをする竜馬を見、愛おしそうに目を細めた。
「ほんと、優しいな……竜馬は……」
「どうせまた、母ちゃんみたい、とか思ってんだろ?」
「まさか。母ちゃんでもここまでしてくれねぇよ……」
「へー、へー、どうせ俺はお前のお世話係ですよ」
「違うよ……竜馬は俺の……」
言い掛けた深雪の言葉を搔き消すように、竜馬は、水道の蛇口のレバーを最大限にして慌ただしくタオルを濯いだ。
勢い良く流れる水の音に深雪の声は完全に掻き消された。
深雪はそれ以上何も言わなかった。
竜馬も無言のままタオルを濯き、硬く絞ってシンクに置くと、ようやく深雪と向かい合わせに置かれた自分の食事の前に座った。
「あーあ、誰かさんのせいですっかり冷めちまった」
「自分が好きで片付たくせに……」
深雪はムッと口を尖らせて竜馬を睨んだが、竜馬に、睨めっこでもするようにわざと変顔で睨み返され、プッ、と吹き出した。
竜馬は吹き出す深雪を見て満足げに笑った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
独占欲、という言葉だけでは片付けられないものがあった。
深雪を誰にも盗られたく無かった。
親にも、友達にも、周りの大人にも、学校の先生にも、女にも、男にも。
いつからそう思っていたかも思い出せないくらい、竜馬の中では、生まれた時からずっとそう思っているような感覚だった。
なぜなら、竜馬はずっと深雪と共にいたからだ。
物心ついた頃からいつも深雪が当たり前のように傍にいて、竜馬は一日の殆どを深雪を見て過ごした。
竜馬の景色はいつも深雪と共にあった。
竜馬にとって深雪が傍にいることは、夜が終われば朝が来るような、ごくごく当たり前の日常だった。
同い年で、男同士。体格差も力の差もほとんど無い、自分と他人の区別すら曖昧だった頃からいつも一緒に時を過ごしていたせいか、竜馬は、深雪のことを、同じところから生まれた双子のような、一つが二つになったような、自分の片割れのような存在だと感じていた。
小学校へ上がると徐々に体格差が現れ、顔立ちも変わり、さすがに同じではないと気付かされたが、それでも竜馬は、深雪を自分の片割れとして大切に扱い、楽しいことも悲しいことも、好きなものも嫌いなものも、全て深雪と共有した。
竜馬の生活は、竜馬のものであると同時に深雪のものでもあった。
二人は、二人だけの世界で時を過ごし、その世界はとても居心地が良く、竜馬はずっとそこにいたいと願った。
しかし現実は竜馬の期待を裏切り、竜馬と深雪の違いをまざまざと見せ付けた。
成長するにつれ、竜馬の骨格は逞しく太くなり、身体は、お日様に向かって伸びる木の幹のようにぐんぐん高く伸びた。
一方深雪は、子どもの頃の華奢な面影のまま、日陰に咲く花のように細っそりとなよやかに肢体を伸ばした。
この頃から、竜馬は、深雪といてもどこか落ち着かない、よそよそしい違和感を感じるようになっていた。
体格差は外見にも現れ、キリリとした男らしい顔立ちに成長した竜馬に比べ、深雪は、長い睫毛に黒い瞳が印象的な、男というより、“綺麗な人”という言い方がしっくりくる、中性的な美人に成長した。
とくに中学に上がってからの深雪の変化は凄まじく、日増しに美しく成長する片割れを、竜馬は複雑な気持ちで見守った。
竜馬もまた、日増しに男らしくなっていく自分自身を冷静に見守った。
二人の個体差は、中学二年から三年にかけてのわずか一年で大きく開いた。
個体差が開くとともに、深雪の周りには竜馬の知らない顔ぶれが取り巻き、竜馬の周りもまた深雪の知らない顔ぶれが取り巻いた。
同じ背丈に同じ躰つき。幼い頃、お揃いの服を身に付けて遊んでいた二人の姿は何処にもなかった。
その頃には竜馬の抱いた違和感は決定的なものになり、深雪から漂う、竜馬の知らない独特の雰囲気と、それを受けて無意識に深雪と親密になるのを避けてしまう自分自身に強い反発を覚えた。
それは、一つだと思っていたものが全く別の二つのものだったというガッカリした気持ちと、深雪がどんどん自分の知らない深雪になってしまう寂しさ、そんな深雪をどう扱っていいのか解らない、深雪を自分の片割れだと思えなくなってしまった自分自身への戸惑いの現れとも言えた。
その頃から、竜馬は深雪を“片割れ”ではなく“幼馴染み”と思うようになった。
そして、それがあまりに強烈な印象だったせいで、竜馬は、自分の抱いている違和感が、かつての自分と深雪の関係が壊れてしまったことへの拗ねた気持ちからだけでなく、深雪を猛烈に求める強い愛情から来ていることに気付けなかった。
違和感を引き起こす原因が深雪に対する狂おしい恋慕だと気付いた時には、深雪は既に、当時白菊学園の不良グループのトップを張っていた三年生に言い寄られ、半ば押し切られる形で身体の関係を持つまでになっていた。
正確には、深雪がそうなったことで、竜馬は、初めて自分の気持ちを自覚した。
不幸だったのは、当時、竜馬の父親がストレスによる不眠で睡眠導入剤を処方されていたことだ。
深雪が親公認の幼馴染みで、お互いの家に気軽に泊まりに行く間柄だったことも拍車を掛けた。
深雪への気持ちを自覚したことはもちろん、深雪を誰かに取られたショックで気が動転していた竜馬が、父親の薬をこっそり盗み出すのに時間は掛からなかった。
竜馬は、薬を盗み出したそのすぐ週末に深雪を家へ誘った。
竜馬からの久しぶりの誘いに、深雪は、二人がまだお互いの部屋でしょっちゅう泊まり合いっこをしていた頃のテンションのまま、無邪気に部屋を訪ねてきた。
その晩、竜馬は初めて深雪を眠らせて、深雪の身体に触れた。
高校一年の五月のことだった。
翌朝、罪悪感に押し潰されそうになった竜馬は、自分の犯した罪を償うように深雪に優しく接した。
深雪の身体は竜馬が思っていた以上に竜馬を夢中にさせた。
そして、夢中になった分、竜馬に罪の意識を植え付けた。
深雪の身体はどこもかしこも熱く柔らかく、血気盛んな十代の竜馬の性欲を甘く満たした。その気持ち良さが背徳感をも呼び起こし、竜馬に更なる苦悩を抱かせた。
自分は許されざる罪を犯している。
しかし一度火がついてしまった深雪への恋情は、深雪の身体に触れたことによって、ますます大きな焔を上げて竜馬に迫った。
竜馬は、罪の意識に苛まれる一方で、自分のしていることを深雪に知られ、深雪に嫌われることを恐れた。
竜馬の気持ちは自然と行動に現れ、中学の頃のよそよそしさが嘘のように、甲斐甲斐しく深雪の世話をやくようになっていた。
深雪はそんな竜馬を、昔に戻ったようだと喜び、二人だけで遊んでいた頃のように無邪気に纏わり付いた。
深雪は、幼馴染みとの交流が復活したことを素直に喜んだ。
あれから一年と二ヶ月。
竜馬の深雪への性的行為は依然として続き、深雪は何も知らないまま竜馬の元へ通っている。
気付かれそうな気配はなかったが、こんな生活がいつまでも続くとはさすがに竜馬も思っていなかった。
深雪にバレて終わるか、バレる前に終わらせるか。
罪深い秘密を一人で抱え続けることにも限界を感じ始めていた。
そういう意味では、サポートコミュニティの会長、比留間(ひるま)によって深雪のカバンに仕掛けられた盗撮用小型カメラに、深雪への行為を隠し撮りされてしまったことは竜馬にとって悪いことばかりでは無かった。
比留間(ひるま)に知られたことにより、竜馬は、一人で秘密を抱える重圧から解放された。
もっともそれと引き換えに、いつバラされるか解らない不安を背負い込むことになったが、竜馬は、比留間(ひるま)の口から漏れるなら漏れるでそれも致し方ないと、半分開き直ったような気持ちにもなっていた。
竜馬はそれだけ行き詰まっていた。
「飯食ったら、家まで送ってってやっから……」
早々に夕食を平らげると、竜馬は、無言で焼きそばを掻き込む深雪を横目にウェットティッシュで口を拭った。
「目と鼻の先なんだから一人で帰れるよ」
「ダメだ。暗ぇし、何かあったらどうすんだ……」
「何があんだよ」
呆れたように笑う深雪を先に部屋へ戻らせ、食べ終えたお皿を、深雪のお皿と重ね合わせてシンクに運んだ。
洗い物を終えて部屋へ戻ると、深雪が胸元に残るキスマークを姿見に写して見ているのを目撃し、竜馬はドキリと立ち止まった。
「なんだ、なんか気になるのか?」
「あ? いや別に。これ、微妙にシャツからはみ出るな、と思って。母ちゃん帰ってるから、これだとさすがにマズイかなぁ、なんて……」
上から唇を重ねて痕を付けたのがバレたのかとヒヤリとしたが、どうやら思い過ごしだったようだ。
竜馬は、ホッと胸を撫で下ろし、箪笥の引き出しから白いTシャツを取り出し、深雪に、ほらよ、と手渡した。
「中に着たら隠れんだろ……」
深雪は、一瞬、Tシャツを握り締めたままポカンとしたが、すぐに、唇の端を緩めてクスッと小さく笑った。
「なんだよ、何がおかしいんだ」
「別に。ただ、竜馬がいてくれて本当に良かったな~、って思っただけ」
「気持ち悪りぃな。着るならさっさと着ろ」
はいはい、と、深雪は、おどけた顔でシャツのボタンを外して脱ぎ去ると、竜馬の渡したTシャツを頭から被り、鏡越しに見詰める竜馬と視線を合わせた。
「ジロジロ見んなよ、エッチ……」
「誰が見るか!」
「うそうそ、冗談。郷田があんまり言うからついつい意識しちゃうんだよね。あいつ、俺に、人前で裸になるなって言うんだぜ? 風呂もプールもダメだって。笑っちゃうだろ? 俺、男だぜ?」
それは、その肌の柔らかさや匂いを知っているからだ。
竜馬は、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
正確に言うなら、肌の柔らかさや匂いに欲情したことがある。見慣れた身体でも、欲情した途端、それは今までとは違う自分だけの特別な身体になる。深雪の身体に欲情する竜馬には郷田の気持ちが痛いほど解った。
「そんだけお前が好きなんだろ……」
竜馬は、特別な身体を惜しげもなく晒しながら着替える深雪を横目に呟いた。深雪は、片側の頬だけに皮肉な笑いを浮かべた。
「まあね。そりゃあもうドン引きするぐらい好きだよ、マジで」
「良かったじゃねぇか」
「良かった?」
予想外の疑問形に、竜馬は思わず食い付き気味に聞き返した。
「なんだ、良くねぇのか?」
「そういう訳じゃなくて……。郷田に好かれて良かったとか悪かったとか、正直あんま考えたことないんだよなぁ。あ、でも、郷田といると他の奴らが寄ってこない、っていうのは助かるよ」
「魔除けか!」
「うーん、魔除け、ってか、虫除け?」
「ひでぇな……」
とは言え、郷田の恋人に収まるまでの深雪の男性遍歴を考えれば、深雪が郷田の虫除け効果を重宝がる気持ちも解らなくは無かった。
当時、トップを張っていた深雪の最初の男は、深雪を手に入れたことに舞い上がり、行く先々に深雪を連れ回し、これみよがしに見せ付けた。
そのせいで、深雪は、学校外にまで存在を知られることになり、熱狂的なストーカーから興味本位で引っかけてくる輩、男を恨む他校の不良たちの復讐のターゲットにされ、始終誰かにつけ狙われることになった。
もっとも、逃げるのも面倒だからと関係を持ってしまう深雪の身持ちの緩さが拍車をかけたのも原因の一つだが、そんな生活が半年以上も続き、深雪が心身ともに疲労困憊していたのは事実だった。
郷田が深雪の前の男をトップの座から引き摺り下ろしたのは深雪の疲労がピークに達した時だった。当時、二年生だった郷田は、自分がトップの座に収まるとすぐに深雪に交際を申し入れた。
ろくに話したこともない相手からのいきなりの申し入れを竜馬は警戒したが、深雪は郷田と付き合う意思を固めていたようだった。
正式に付き合う報告を受けた時は、疲労の末の逃げだと心配したが、今となっては、深雪の選択は正しかったと言えた。
「ああ見えてすんげぇ心配性なの。あいつ、自分が俺のこと好きだからって、俺の周りにいる全員が俺を狙ってると思ってるんだぜ?」
「実際、お前、モテっから……」
「だからって、全員が全員、俺を好きになるわけじゃないだろ? でも郷田はマジでそう思ってんだ。郷田が言うには、俺には妙なフェロモンがあって、俺といると皆んな妙な気持ちになるんだと。んなわけあるかよ、って思うんだけど、絶対引かねぇから、へいへい、って言うこと聞いてんの」
「でも、郷田の気持ちも解らなくも無いが……」
「ちょっとぉ、竜馬まで何言ってんの。じゃあ、竜馬は俺といると妙な気持ちになんの?」
「それは……」
竜馬は言葉に詰まった。答えは確かめるまでもなく、イエス、だった。
しかし正直に答えることは出来なかった。
竜馬は、一瞬、黙ったあと静かに応えた。
「ならない……」
「ほら見ろ。やっぱならねぇじゃん!」
深雪は、大袈裟に眉を釣り上げて笑った。
「なんで笑うんだ」
「別にバカにしてるわけじゃねぇよ。てか、むしろ逆。俺、竜馬が妙な気持ちにならなくて良かったって思ってる。
先ほどまでのおどけた感じから一転、柔らかく目元を崩し、深雪は、しみじみとした表情で言った。
「竜馬は、俺が男と付き合ってもずっと変わらないでいてくれるじゃん? 他の奴らが俺のこと変な目で見ても、竜馬だけは俺のこと俺として見てくれる。俺はそれがスゲェ嬉しいの。やっぱ、竜馬は俺の……」
「ヘイブン……だろ?」
深雪の言葉に被せるように、竜馬は言った。
ヘイブン。
深雪の言葉が冷たいナイフのように胸に刺さる。
深雪が竜馬に与えた役目。
竜馬を縛る呪いの鎖。
竜馬の気持ちをよそに、深雪は、長い睫毛を震わせて伏せ目がちに微笑んだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘブン? 天国?」
「ちげーよ。ヘイブン。“安息の地”だ」
「へぇ~。だから竜馬くんは深雪姫には手が出せないんだ……」
比留間(ひるま)が顎の下まで伸ばした前髪を耳にかけながら薄い唇をニヤリと歪める。
比留間(ひるま)率いる護衛隊がアジトにしている学生寮の空き部屋は、今日も雑然とした喧騒に包まれていた。
床にはおびただしい数のケーブルが這い回り、内臓を剥き出しにした機械や意味不明の文字の羅列を映し出したモニターが机の上に無造作に置かれている。機械から出るモーター音が低い唸り声を上げ、パソコン画面に向かう隊員たちのタイプピンクの音が苛立たしく響いていた。
「そりゃあ、“安息の地”なんて言われちゃぁ紳士でいるしかないもんねぇ……」
「うっせぇ。余計なこと食っちゃべってねぇでさっさと報告しな」
竜馬の高圧的な物言いに、はいはい、と呆れ混じりに応えながら、比留間は、向かい合ったパソコン画面に凄まじい勢いで文字を入力し、どうだと言わんばかりに力強くエンターキーを押した。
「テキスト形式で抽出したからいつも見てる画面とは違うけど、一応、無料通話アプリのやり取り内容」
比留間には、深雪のスマホの中身を調べるよう頼んであった。
「相手は解るのか」
「だいたいはね。てか、意外なことに、深雪姫、ほとんど友達登録してないの。やり取りも、郷田くんとお前と両親ぐらいかな。あのキャラだからさぞかしヤバいのがザクザク出てくるかと思いきや、案外、身持ち固くてびっくりよ」
「無精なだけだろ……」
「あー、それもありそー。でもまぁ、お前が心配してるような修羅場になりそうな男関係は無いよ。ただ……」
ふいに口籠る比留間に、竜馬は思わず、「ただ?」とオウム返しした。
「ただ、通話履歴がちょっと……。同じ番号から一日に何度も着信がある」
「誰からだ!」
「さぁ。掛けてみるのが一番手っ取り早いけど、ただの嫌がらせにしては多すぎるし、万が一ヤバイ相手だったら、かえって深雪姫が危ないだろ? 通話時間は殆ど無いから着信拒否してるんだと思うけど、始まったのが郷田くんが登校を制限し始めてすぐだから、郷田くん絡みの可能性は高いね……」
深雪の現在の恋人であり、指定暴力団、関東建仁会会長の一人息子である郷田邦彦(ごうだくにひこ)が、父親と敵対する対抗勢力との関係悪化を受けて登校を控えるようになったのは三か月ほど前のことだった。
深雪への無言電話は、それからすぐに始まっており、タイミングからして郷田絡みであることは間違いなかった。
郷田が今どんな状況にいるのは解らないが、一高校生が関わるような事態でないことは竜馬にも解っていた。
竜馬は、比留間に、ここ三か月の通話履歴をプリントアウトするよう頼んだ。
比留間は、言われなくても解っているとばかり、得意気に印刷ボタンを押した。
「ヘイブンとしては、一刻も早く姫を救出しなきゃ、ってか?」
「うるせぇ……」
レーザープリンターから吐き出された書類を比留間から受け取り、筒状に丸めて斜め掛けのバックに突っ込んだ。
軽く礼を言って立ち去ろうとすると、比留間が意外そうな顔で竜馬を呼び止めた。
「もう行くの?」
「は?」
「いや、時間潰していかなくてもいいのかな、と思って……」
郷田が珍しく放課後まで学校に残っていることは、比留間の耳にも入っていたようだった。
「別に構わないさ……」
竜馬は構わず踵を返した。
比留間の大きな溜め息が、タイピングの音に混じって低く漂った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ダメだって……も……竜馬が来るからっ……あぁっ……んっ……」
深雪の、白くしなやかな背中が、上に下に艶かしく動いていた。
肩幅の狭い、肩甲骨の綺麗に浮き出た均整の取れた背中だ。うなじから中央にかけて程よく湾曲し、すっきりと窪んだ肩甲骨の間から腰にかけて少し反りながら綺麗なカーブを描く。肉付きも薄く、中央を真っ直ぐに走る筋が、くびれた腰とその下に続く白い臀部をより艶かしく見せていた。
その臀部を、郷田の、浅黒い節くれ立った手が両側からガッチリと掴んでいた。
「来たっていいさ、見せてやれよ……」
「やぁっ……ダメ……あっ……あ……」
郷田は、ベッドの上に両脚を伸ばして座り、膝の上に深雪を向かい合わせに跨がせ、下から上へと腰を突き上げていた。
深雪は、郷田の首に手を回し、自分の胸を郷田の顔に擦り付けるように密着させていた。
郷田が腰を突き上げるたび、深雪の身体が揺さぶられ、ベッドがギシギシと音を立てた。
「ほら、もっと自分で動け」
「あっ、ダメ……そんなしたら、全部入っちゃ……うっ……」
「一番奥までずっぷり入れてやる」
「バカッ! もう、やめないと……竜馬が……」
「るっせえな。こんな時に他の男の名前なんか呼んでんじゃねぇよ。呼ぶなら俺の名前を呼びな。ほら、その、色っぽい口で『くにひこ』って言えよ」
「くにひ……あぁっ、あぁぁっ、いやぁあぁっ!」
お尻を持ち上げられて股の付け根までズドンと落とされ、深雪が鼻に抜けるような喘ぎ声を上げる。
今更止められる筈がない事は敢えて言うまでも無い。
証拠に、激しく腰を振る郷田同様に、深雪もまた、奥深くまで捻じ込まれた郷田の男根をしっかりと咥え込み、郷田の頭を自分の胸に抱え込むようにしがみ付いて身を任せている。
まるで、乳首を吸ってくれと言わんばかりの行動に、郷田が唇を突き出して口に含むと、背中をピクンと弾ませ、白い喉を天井を仰ぐように仰け反らせて泣き喘いだ。
「ヤベェ。乳首噛むと締まる……」
「あっ、やだっ! んあっ! やめっ……」
「ほら、シカトしてないでちゃんと俺の名前、言えよ……」
「あああっ……くにひ……こっ、くにひこっ……」
再び、お尻を持ち上げられて根元まで落とされ、深雪が悲鳴に近い喘ぎ声を上げた。
郷田は、深雪を更に泣かせてやるとばかりに、深雪の乳首に吸い付きながら、勢いよく腰を突き上げた。
竜馬はその様子を保健室の後方の窓から眺めながら、わざわざベッドを仕切るカーテンを全開にして窓から見える角度で深雪を責める郷田の毛深い脚に向かって心の中で唾を吐いた。
竜馬がいるのを知っていて、わざと深雪を喘き悶えさせている。その、郷田の子供っぽいマウント行為が、竜馬を気持ちを掻き乱した。
本音を言えば、その場から逃げ去ってしまいたかった。
しかし、そうする事で、郷田のマウントに屈したと思われるのも癪だった。
竜馬は、動じていないフリをして、二人の行為が終わるのを待つ事にした。
郷田は、竜馬の気配が無くならないことにイラついたのか、竜馬を挑発するように、膝の上に乗せた深雪を後ろへ押し倒し、深雪のお尻が天井を向くほど折り返して身体の上に乗り上げた。
「やっ、なにっ!」
「死ぬほど気持ち良くしてやるよ……」
「んあぁっっ! いやぁっ!」
殆ど真上から男根を捻じ込まれ、深雪が、どうにも耐えられないとばかり顔を顰める。
しかし、郷田は手加減しなかった。
剥き出しに晒された深雪の後孔に体重を掛けながら奥の奥まで男根を突き入れ、横から下腹部に腕を回して深雪のペニスを握り、腰の動きに合わせて激しく扱き上げる。深雪の吐く息はことごとく泣き声に変わり、言葉にならない声がベッドの軋む音と重なり響いた。
「深雪、気持ちいいだろ? 深雪」
「あああああ、んんっ、んんん、あっ……」
「ここ、お前の良いとこ……中もちゃんと擦ってやっから……」
「んあぁっっ! ダメっ!」
ヒィィッと声を引き摺らせながら、深雪が嫌々と首を振る。息が短くなっているのは、絶頂が近い証拠だった。
「んだめぇっ! そんなにしたらイクッ! やっ……イッちゃ……あぁぅんっ!」
「くっそ、たまんねぇ……」
「あああぁぁぁっ!! はぁあっ!」
ズン、と、郷田が腰を突き入れたのが早いか、深雪がビクビクと脚を痙攣させ、背中を弓なりに浮かせながら絶頂を迎えた。
郷田は、放心したように天井を眺める深雪を満足気に眺め、ふいに、窓の方を振り返った。
見つかる。
思った瞬間、竜馬は、反射的に身を屈め、郷田の視線を間一髪で免れた。
自分で行動しておきながら、咄嗟に郷田の視線から逃げた自分に悔しさがこみ上げた。
「完全にマウント取られてんじゃねーか」
窓の外にへたり込みながら、竜馬は、心の中で吐き捨てた。
一度ついた欲望の火は、相澤竜馬の元をなかなか離れて行かなかった。
昂り続けるペニスを深雪の手のひらに握らせながら、相澤竜馬(あいざりょうま)は、深い寝息を立てて眠る深雪(みゆき)の緩んで開いた唇を見ていた。
深雪は、相澤竜馬が自分の唇の感触を知っていることを知らない。
唇と唇が触れた時の柔らかさ、舌の質感、内側の粘膜の熱さ、舌を絡ませた時の吸い付いてくる感じ、その全てを相澤竜馬がとうに知り尽くしていることを知らない。
唇だけでなく、卑猥に膨らむ乳輪、硬く尖る乳首、平らな乳輪がどんなふうに赤みを増してどんなふうに盛り上がるのか、舌の先で簡単に潰れてしまう柔らかい乳首がどんなふうに硬さを増してどんなふうに舌先を押し返すのか、その感触や変化を、相澤竜馬が、想像しただけで股間が勃ち上がってしまいそうなほど事細かに知り尽くしていることを知らない。
深雪はただ、夢すらも見ない深い眠りの中で、微かに眉をしかめるだけだ。
口に含むとすぐに反応してトロトロと蜜をこぼすペニスを弄られて射精させられていることも、柔らかいお尻の肉の間にある濡れそぼった後孔を広げられて舐められていることも、深雪は何も知らずにただ眠っている。
その、汚れを知らない子供のような寝顔が、竜馬の良心に無数の針を突き立てていた。
「ごめん深雪……。もうちょっとだから我慢してくれ……んんっ、んっ!」
ペニスを握らせた深雪の手を上から支えるように握り締め、深雪の喘ぎ悶える姿を想像しながら激しく上下に擦り上げる。
うしろめたさが快楽となって射精感を高め、あっ! と思った時には、ペニスの根元から頭に突き抜けるような快感が走り、竜馬は、腰をビクビク痙攣させながら生温かい精液を迸らせていた。
何度目かの絶頂にも関わらず、凄まじい放出感に背筋がぶるっと波立ち膝がガクガクと震える。身体が崩れ落ちそうな強烈な快感に、吐き出した精液がシーツに付くのも忘れ、深雪の手を握ったまま前屈みに倒れ込んだ。
「深雪……深雪……」
快楽と引き換えにやって来るのは、自分自身への鼻白むような罪悪感と背徳感だ。
無抵抗な人間を本人の知らないところで好き放題に辱め、素知らぬ顔で日常へと戻って行く。そのどうしようもなく下衆な行為もさることながら、その、うしろめたい行為に快楽を感じている自分自身にも吐き気を覚える。
ならばやめてしまえばいいものを、それは依存性の強いドラッグのように竜馬の心の隙間に入り込み、抑えきれない衝動となって竜馬を支配した。
ただ、深雪に触れたい、という純粋な思いが、竜馬を引き返せないところまで連れて来てしまった。
竜馬に出来るのは、この秘密を自分の胸の内に秘めておくことと、この卑劣な行為を深雪に気付かせないこと。
そのためには、自分が触れた痕跡を深雪の身体に残さないよう細心の注意を払う必要があった。
やろうと思えばいつでもやれる状況にありながら、口の中と後孔への挿入には未だ二の足を踏んでしまうのは、自分の痕跡を残してしまう可能性が高いからだ。
しかし、その、全てを手に入れられない歯痒さが、竜馬の欲情を更に掻き立てているのもまた事実だった。
「ちょっとまっててくれよ……」
昂りの治まりつつあるペニスを深雪の手の平から離し、指の間にまとわりついた精液をティッシュで拭った。
深雪を仰向けに寝かせ、台所へ行って温かいお湯でしぼったタオルを二、三本用意して部屋に戻り、執拗に舐め回し唾液まみれになった口元を拭いたあと、乳首と胸全体を優しく拭い、シャツのボタンを上から順に留めた。
ペニスと股間はより慎重に拭い、脚の先から股の付け根を下から上へと片脚づつ交互に拭き取り、両脚を真っ直ぐに揃えて、掛け布団代わりのタオルケットをお腹の上まで掛けた。
最後に、精液の付いた手をお湯を注いだ洗面器に浸し、一本一本指の間を綺麗に洗い、乾いたタオルで拭き取った。
こうして全ての痕跡を消した後、すやすやと眠る深雪に寄り添い腕枕をして、恋人にするようにおでこにキスをした。
「おやすみ、深雪……」
しばらくそのまま隣で眠り、深雪がもぞもぞと動き始めたところで腕枕を外してベッドを抜け出した。
新呼吸をして息を整え、幼馴染みの相澤竜馬に気持ちを切り替えてから、おもむろに深雪に声を掛けた。
「深雪、起きろ、時間だぞ」
深雪が、うーん、と唸って眉を顰める。汗ばんだ額をペチペチと叩き、何か言いたそうに動く唇を、指でつまんで左右に揺らした。
「ほら、いい加減起きろって」
竜馬の頭は完全に切り替わっていた。
深雪は苦しそうな顔でイヤイヤと首を振っていたが、竜馬にしつこく唇をつままれ、んんん、と呻きながら薄っすらと目を開けた。
「ようやくお目覚めですか、お姫さま……」
「ん? えっ……と……」
目覚めたものの、頭は完全には目覚めてはいない。
焦点の合わない目でぼんやりと見上げる深雪を横目に、竜馬は、寝ている深雪を相手に何度も射精していたのが嘘のように、何事も無かったかのような顔で深雪を揺り起こした。
「ほら、しっかりしろ。俺が誰だか解るか?」
「ん……りょう……ま?」
「よろしい、正解。しっかしまぁ、相変わらず寝坊助さんなお姫さまだな。てか、晩飯、食ってくんだろ? チンしてやるから早いとこ着替えて一緒に食おうぜ」
「う……ん……。あ……あれ? パンツ……」
「パンツは郷田に持って行かれたんだろ?」
「ごう……だ……?」
「お前さんの変態彼氏の郷田くんだよ」
「彼氏……」
「おいおい、どんだけボケボケなんだよ。しゃあねぇ。履かせてやっから、ほら、足上げな……」
よろよろと差し出される脚を掴んでズボンを履かせ、両腕を引いて上半身を起き上がらせた。
深雪はぼんやりとした瞳で遠くを見ていたが、少しづつ覚醒しているらしく、竜馬が夕食をレンジで温めていると、眠そうに目蓋を擦りながらキッチンにやって来てテーブルに着いた。
「やきそば。お前好きだろ?」
「ん……」
「ほら、お茶。むせるからゆっくり飲めよ……」
「ん……ぐはっ」
「ほら言わんこっちゃない!」
弾みで溢れそうになったグラスを深雪の手から取り上げ、咳き込む背中を優しく撫でた。咳がおさまったところで口許に吹きこぼれた飛沫をタオルで拭うと、涙目になった深雪が手の甲で唇を拭いながら竜馬を見上げた。
「悪りぃ……」
竜馬は、「勘弁しろよなぁ」と軽口を叩きながらも、テーブルに飛び散った飛沫を拭き、取り上げたグラスにお茶を足して深雪の前に置いた。
「いいから、冷めないうちにとっとと食え……」
深雪は、自分の食事そっちのけで後片付けをする竜馬を見、愛おしそうに目を細めた。
「ほんと、優しいな……竜馬は……」
「どうせまた、母ちゃんみたい、とか思ってんだろ?」
「まさか。母ちゃんでもここまでしてくれねぇよ……」
「へー、へー、どうせ俺はお前のお世話係ですよ」
「違うよ……竜馬は俺の……」
言い掛けた深雪の言葉を搔き消すように、竜馬は、水道の蛇口のレバーを最大限にして慌ただしくタオルを濯いだ。
勢い良く流れる水の音に深雪の声は完全に掻き消された。
深雪はそれ以上何も言わなかった。
竜馬も無言のままタオルを濯き、硬く絞ってシンクに置くと、ようやく深雪と向かい合わせに置かれた自分の食事の前に座った。
「あーあ、誰かさんのせいですっかり冷めちまった」
「自分が好きで片付たくせに……」
深雪はムッと口を尖らせて竜馬を睨んだが、竜馬に、睨めっこでもするようにわざと変顔で睨み返され、プッ、と吹き出した。
竜馬は吹き出す深雪を見て満足げに笑った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
独占欲、という言葉だけでは片付けられないものがあった。
深雪を誰にも盗られたく無かった。
親にも、友達にも、周りの大人にも、学校の先生にも、女にも、男にも。
いつからそう思っていたかも思い出せないくらい、竜馬の中では、生まれた時からずっとそう思っているような感覚だった。
なぜなら、竜馬はずっと深雪と共にいたからだ。
物心ついた頃からいつも深雪が当たり前のように傍にいて、竜馬は一日の殆どを深雪を見て過ごした。
竜馬の景色はいつも深雪と共にあった。
竜馬にとって深雪が傍にいることは、夜が終われば朝が来るような、ごくごく当たり前の日常だった。
同い年で、男同士。体格差も力の差もほとんど無い、自分と他人の区別すら曖昧だった頃からいつも一緒に時を過ごしていたせいか、竜馬は、深雪のことを、同じところから生まれた双子のような、一つが二つになったような、自分の片割れのような存在だと感じていた。
小学校へ上がると徐々に体格差が現れ、顔立ちも変わり、さすがに同じではないと気付かされたが、それでも竜馬は、深雪を自分の片割れとして大切に扱い、楽しいことも悲しいことも、好きなものも嫌いなものも、全て深雪と共有した。
竜馬の生活は、竜馬のものであると同時に深雪のものでもあった。
二人は、二人だけの世界で時を過ごし、その世界はとても居心地が良く、竜馬はずっとそこにいたいと願った。
しかし現実は竜馬の期待を裏切り、竜馬と深雪の違いをまざまざと見せ付けた。
成長するにつれ、竜馬の骨格は逞しく太くなり、身体は、お日様に向かって伸びる木の幹のようにぐんぐん高く伸びた。
一方深雪は、子どもの頃の華奢な面影のまま、日陰に咲く花のように細っそりとなよやかに肢体を伸ばした。
この頃から、竜馬は、深雪といてもどこか落ち着かない、よそよそしい違和感を感じるようになっていた。
体格差は外見にも現れ、キリリとした男らしい顔立ちに成長した竜馬に比べ、深雪は、長い睫毛に黒い瞳が印象的な、男というより、“綺麗な人”という言い方がしっくりくる、中性的な美人に成長した。
とくに中学に上がってからの深雪の変化は凄まじく、日増しに美しく成長する片割れを、竜馬は複雑な気持ちで見守った。
竜馬もまた、日増しに男らしくなっていく自分自身を冷静に見守った。
二人の個体差は、中学二年から三年にかけてのわずか一年で大きく開いた。
個体差が開くとともに、深雪の周りには竜馬の知らない顔ぶれが取り巻き、竜馬の周りもまた深雪の知らない顔ぶれが取り巻いた。
同じ背丈に同じ躰つき。幼い頃、お揃いの服を身に付けて遊んでいた二人の姿は何処にもなかった。
その頃には竜馬の抱いた違和感は決定的なものになり、深雪から漂う、竜馬の知らない独特の雰囲気と、それを受けて無意識に深雪と親密になるのを避けてしまう自分自身に強い反発を覚えた。
それは、一つだと思っていたものが全く別の二つのものだったというガッカリした気持ちと、深雪がどんどん自分の知らない深雪になってしまう寂しさ、そんな深雪をどう扱っていいのか解らない、深雪を自分の片割れだと思えなくなってしまった自分自身への戸惑いの現れとも言えた。
その頃から、竜馬は深雪を“片割れ”ではなく“幼馴染み”と思うようになった。
そして、それがあまりに強烈な印象だったせいで、竜馬は、自分の抱いている違和感が、かつての自分と深雪の関係が壊れてしまったことへの拗ねた気持ちからだけでなく、深雪を猛烈に求める強い愛情から来ていることに気付けなかった。
違和感を引き起こす原因が深雪に対する狂おしい恋慕だと気付いた時には、深雪は既に、当時白菊学園の不良グループのトップを張っていた三年生に言い寄られ、半ば押し切られる形で身体の関係を持つまでになっていた。
正確には、深雪がそうなったことで、竜馬は、初めて自分の気持ちを自覚した。
不幸だったのは、当時、竜馬の父親がストレスによる不眠で睡眠導入剤を処方されていたことだ。
深雪が親公認の幼馴染みで、お互いの家に気軽に泊まりに行く間柄だったことも拍車を掛けた。
深雪への気持ちを自覚したことはもちろん、深雪を誰かに取られたショックで気が動転していた竜馬が、父親の薬をこっそり盗み出すのに時間は掛からなかった。
竜馬は、薬を盗み出したそのすぐ週末に深雪を家へ誘った。
竜馬からの久しぶりの誘いに、深雪は、二人がまだお互いの部屋でしょっちゅう泊まり合いっこをしていた頃のテンションのまま、無邪気に部屋を訪ねてきた。
その晩、竜馬は初めて深雪を眠らせて、深雪の身体に触れた。
高校一年の五月のことだった。
翌朝、罪悪感に押し潰されそうになった竜馬は、自分の犯した罪を償うように深雪に優しく接した。
深雪の身体は竜馬が思っていた以上に竜馬を夢中にさせた。
そして、夢中になった分、竜馬に罪の意識を植え付けた。
深雪の身体はどこもかしこも熱く柔らかく、血気盛んな十代の竜馬の性欲を甘く満たした。その気持ち良さが背徳感をも呼び起こし、竜馬に更なる苦悩を抱かせた。
自分は許されざる罪を犯している。
しかし一度火がついてしまった深雪への恋情は、深雪の身体に触れたことによって、ますます大きな焔を上げて竜馬に迫った。
竜馬は、罪の意識に苛まれる一方で、自分のしていることを深雪に知られ、深雪に嫌われることを恐れた。
竜馬の気持ちは自然と行動に現れ、中学の頃のよそよそしさが嘘のように、甲斐甲斐しく深雪の世話をやくようになっていた。
深雪はそんな竜馬を、昔に戻ったようだと喜び、二人だけで遊んでいた頃のように無邪気に纏わり付いた。
深雪は、幼馴染みとの交流が復活したことを素直に喜んだ。
あれから一年と二ヶ月。
竜馬の深雪への性的行為は依然として続き、深雪は何も知らないまま竜馬の元へ通っている。
気付かれそうな気配はなかったが、こんな生活がいつまでも続くとはさすがに竜馬も思っていなかった。
深雪にバレて終わるか、バレる前に終わらせるか。
罪深い秘密を一人で抱え続けることにも限界を感じ始めていた。
そういう意味では、サポートコミュニティの会長、比留間(ひるま)によって深雪のカバンに仕掛けられた盗撮用小型カメラに、深雪への行為を隠し撮りされてしまったことは竜馬にとって悪いことばかりでは無かった。
比留間(ひるま)に知られたことにより、竜馬は、一人で秘密を抱える重圧から解放された。
もっともそれと引き換えに、いつバラされるか解らない不安を背負い込むことになったが、竜馬は、比留間(ひるま)の口から漏れるなら漏れるでそれも致し方ないと、半分開き直ったような気持ちにもなっていた。
竜馬はそれだけ行き詰まっていた。
「飯食ったら、家まで送ってってやっから……」
早々に夕食を平らげると、竜馬は、無言で焼きそばを掻き込む深雪を横目にウェットティッシュで口を拭った。
「目と鼻の先なんだから一人で帰れるよ」
「ダメだ。暗ぇし、何かあったらどうすんだ……」
「何があんだよ」
呆れたように笑う深雪を先に部屋へ戻らせ、食べ終えたお皿を、深雪のお皿と重ね合わせてシンクに運んだ。
洗い物を終えて部屋へ戻ると、深雪が胸元に残るキスマークを姿見に写して見ているのを目撃し、竜馬はドキリと立ち止まった。
「なんだ、なんか気になるのか?」
「あ? いや別に。これ、微妙にシャツからはみ出るな、と思って。母ちゃん帰ってるから、これだとさすがにマズイかなぁ、なんて……」
上から唇を重ねて痕を付けたのがバレたのかとヒヤリとしたが、どうやら思い過ごしだったようだ。
竜馬は、ホッと胸を撫で下ろし、箪笥の引き出しから白いTシャツを取り出し、深雪に、ほらよ、と手渡した。
「中に着たら隠れんだろ……」
深雪は、一瞬、Tシャツを握り締めたままポカンとしたが、すぐに、唇の端を緩めてクスッと小さく笑った。
「なんだよ、何がおかしいんだ」
「別に。ただ、竜馬がいてくれて本当に良かったな~、って思っただけ」
「気持ち悪りぃな。着るならさっさと着ろ」
はいはい、と、深雪は、おどけた顔でシャツのボタンを外して脱ぎ去ると、竜馬の渡したTシャツを頭から被り、鏡越しに見詰める竜馬と視線を合わせた。
「ジロジロ見んなよ、エッチ……」
「誰が見るか!」
「うそうそ、冗談。郷田があんまり言うからついつい意識しちゃうんだよね。あいつ、俺に、人前で裸になるなって言うんだぜ? 風呂もプールもダメだって。笑っちゃうだろ? 俺、男だぜ?」
それは、その肌の柔らかさや匂いを知っているからだ。
竜馬は、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
正確に言うなら、肌の柔らかさや匂いに欲情したことがある。見慣れた身体でも、欲情した途端、それは今までとは違う自分だけの特別な身体になる。深雪の身体に欲情する竜馬には郷田の気持ちが痛いほど解った。
「そんだけお前が好きなんだろ……」
竜馬は、特別な身体を惜しげもなく晒しながら着替える深雪を横目に呟いた。深雪は、片側の頬だけに皮肉な笑いを浮かべた。
「まあね。そりゃあもうドン引きするぐらい好きだよ、マジで」
「良かったじゃねぇか」
「良かった?」
予想外の疑問形に、竜馬は思わず食い付き気味に聞き返した。
「なんだ、良くねぇのか?」
「そういう訳じゃなくて……。郷田に好かれて良かったとか悪かったとか、正直あんま考えたことないんだよなぁ。あ、でも、郷田といると他の奴らが寄ってこない、っていうのは助かるよ」
「魔除けか!」
「うーん、魔除け、ってか、虫除け?」
「ひでぇな……」
とは言え、郷田の恋人に収まるまでの深雪の男性遍歴を考えれば、深雪が郷田の虫除け効果を重宝がる気持ちも解らなくは無かった。
当時、トップを張っていた深雪の最初の男は、深雪を手に入れたことに舞い上がり、行く先々に深雪を連れ回し、これみよがしに見せ付けた。
そのせいで、深雪は、学校外にまで存在を知られることになり、熱狂的なストーカーから興味本位で引っかけてくる輩、男を恨む他校の不良たちの復讐のターゲットにされ、始終誰かにつけ狙われることになった。
もっとも、逃げるのも面倒だからと関係を持ってしまう深雪の身持ちの緩さが拍車をかけたのも原因の一つだが、そんな生活が半年以上も続き、深雪が心身ともに疲労困憊していたのは事実だった。
郷田が深雪の前の男をトップの座から引き摺り下ろしたのは深雪の疲労がピークに達した時だった。当時、二年生だった郷田は、自分がトップの座に収まるとすぐに深雪に交際を申し入れた。
ろくに話したこともない相手からのいきなりの申し入れを竜馬は警戒したが、深雪は郷田と付き合う意思を固めていたようだった。
正式に付き合う報告を受けた時は、疲労の末の逃げだと心配したが、今となっては、深雪の選択は正しかったと言えた。
「ああ見えてすんげぇ心配性なの。あいつ、自分が俺のこと好きだからって、俺の周りにいる全員が俺を狙ってると思ってるんだぜ?」
「実際、お前、モテっから……」
「だからって、全員が全員、俺を好きになるわけじゃないだろ? でも郷田はマジでそう思ってんだ。郷田が言うには、俺には妙なフェロモンがあって、俺といると皆んな妙な気持ちになるんだと。んなわけあるかよ、って思うんだけど、絶対引かねぇから、へいへい、って言うこと聞いてんの」
「でも、郷田の気持ちも解らなくも無いが……」
「ちょっとぉ、竜馬まで何言ってんの。じゃあ、竜馬は俺といると妙な気持ちになんの?」
「それは……」
竜馬は言葉に詰まった。答えは確かめるまでもなく、イエス、だった。
しかし正直に答えることは出来なかった。
竜馬は、一瞬、黙ったあと静かに応えた。
「ならない……」
「ほら見ろ。やっぱならねぇじゃん!」
深雪は、大袈裟に眉を釣り上げて笑った。
「なんで笑うんだ」
「別にバカにしてるわけじゃねぇよ。てか、むしろ逆。俺、竜馬が妙な気持ちにならなくて良かったって思ってる。
先ほどまでのおどけた感じから一転、柔らかく目元を崩し、深雪は、しみじみとした表情で言った。
「竜馬は、俺が男と付き合ってもずっと変わらないでいてくれるじゃん? 他の奴らが俺のこと変な目で見ても、竜馬だけは俺のこと俺として見てくれる。俺はそれがスゲェ嬉しいの。やっぱ、竜馬は俺の……」
「ヘイブン……だろ?」
深雪の言葉に被せるように、竜馬は言った。
ヘイブン。
深雪の言葉が冷たいナイフのように胸に刺さる。
深雪が竜馬に与えた役目。
竜馬を縛る呪いの鎖。
竜馬の気持ちをよそに、深雪は、長い睫毛を震わせて伏せ目がちに微笑んだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘブン? 天国?」
「ちげーよ。ヘイブン。“安息の地”だ」
「へぇ~。だから竜馬くんは深雪姫には手が出せないんだ……」
比留間(ひるま)が顎の下まで伸ばした前髪を耳にかけながら薄い唇をニヤリと歪める。
比留間(ひるま)率いる護衛隊がアジトにしている学生寮の空き部屋は、今日も雑然とした喧騒に包まれていた。
床にはおびただしい数のケーブルが這い回り、内臓を剥き出しにした機械や意味不明の文字の羅列を映し出したモニターが机の上に無造作に置かれている。機械から出るモーター音が低い唸り声を上げ、パソコン画面に向かう隊員たちのタイプピンクの音が苛立たしく響いていた。
「そりゃあ、“安息の地”なんて言われちゃぁ紳士でいるしかないもんねぇ……」
「うっせぇ。余計なこと食っちゃべってねぇでさっさと報告しな」
竜馬の高圧的な物言いに、はいはい、と呆れ混じりに応えながら、比留間は、向かい合ったパソコン画面に凄まじい勢いで文字を入力し、どうだと言わんばかりに力強くエンターキーを押した。
「テキスト形式で抽出したからいつも見てる画面とは違うけど、一応、無料通話アプリのやり取り内容」
比留間には、深雪のスマホの中身を調べるよう頼んであった。
「相手は解るのか」
「だいたいはね。てか、意外なことに、深雪姫、ほとんど友達登録してないの。やり取りも、郷田くんとお前と両親ぐらいかな。あのキャラだからさぞかしヤバいのがザクザク出てくるかと思いきや、案外、身持ち固くてびっくりよ」
「無精なだけだろ……」
「あー、それもありそー。でもまぁ、お前が心配してるような修羅場になりそうな男関係は無いよ。ただ……」
ふいに口籠る比留間に、竜馬は思わず、「ただ?」とオウム返しした。
「ただ、通話履歴がちょっと……。同じ番号から一日に何度も着信がある」
「誰からだ!」
「さぁ。掛けてみるのが一番手っ取り早いけど、ただの嫌がらせにしては多すぎるし、万が一ヤバイ相手だったら、かえって深雪姫が危ないだろ? 通話時間は殆ど無いから着信拒否してるんだと思うけど、始まったのが郷田くんが登校を制限し始めてすぐだから、郷田くん絡みの可能性は高いね……」
深雪の現在の恋人であり、指定暴力団、関東建仁会会長の一人息子である郷田邦彦(ごうだくにひこ)が、父親と敵対する対抗勢力との関係悪化を受けて登校を控えるようになったのは三か月ほど前のことだった。
深雪への無言電話は、それからすぐに始まっており、タイミングからして郷田絡みであることは間違いなかった。
郷田が今どんな状況にいるのは解らないが、一高校生が関わるような事態でないことは竜馬にも解っていた。
竜馬は、比留間に、ここ三か月の通話履歴をプリントアウトするよう頼んだ。
比留間は、言われなくても解っているとばかり、得意気に印刷ボタンを押した。
「ヘイブンとしては、一刻も早く姫を救出しなきゃ、ってか?」
「うるせぇ……」
レーザープリンターから吐き出された書類を比留間から受け取り、筒状に丸めて斜め掛けのバックに突っ込んだ。
軽く礼を言って立ち去ろうとすると、比留間が意外そうな顔で竜馬を呼び止めた。
「もう行くの?」
「は?」
「いや、時間潰していかなくてもいいのかな、と思って……」
郷田が珍しく放課後まで学校に残っていることは、比留間の耳にも入っていたようだった。
「別に構わないさ……」
竜馬は構わず踵を返した。
比留間の大きな溜め息が、タイピングの音に混じって低く漂った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ダメだって……も……竜馬が来るからっ……あぁっ……んっ……」
深雪の、白くしなやかな背中が、上に下に艶かしく動いていた。
肩幅の狭い、肩甲骨の綺麗に浮き出た均整の取れた背中だ。うなじから中央にかけて程よく湾曲し、すっきりと窪んだ肩甲骨の間から腰にかけて少し反りながら綺麗なカーブを描く。肉付きも薄く、中央を真っ直ぐに走る筋が、くびれた腰とその下に続く白い臀部をより艶かしく見せていた。
その臀部を、郷田の、浅黒い節くれ立った手が両側からガッチリと掴んでいた。
「来たっていいさ、見せてやれよ……」
「やぁっ……ダメ……あっ……あ……」
郷田は、ベッドの上に両脚を伸ばして座り、膝の上に深雪を向かい合わせに跨がせ、下から上へと腰を突き上げていた。
深雪は、郷田の首に手を回し、自分の胸を郷田の顔に擦り付けるように密着させていた。
郷田が腰を突き上げるたび、深雪の身体が揺さぶられ、ベッドがギシギシと音を立てた。
「ほら、もっと自分で動け」
「あっ、ダメ……そんなしたら、全部入っちゃ……うっ……」
「一番奥までずっぷり入れてやる」
「バカッ! もう、やめないと……竜馬が……」
「るっせえな。こんな時に他の男の名前なんか呼んでんじゃねぇよ。呼ぶなら俺の名前を呼びな。ほら、その、色っぽい口で『くにひこ』って言えよ」
「くにひ……あぁっ、あぁぁっ、いやぁあぁっ!」
お尻を持ち上げられて股の付け根までズドンと落とされ、深雪が鼻に抜けるような喘ぎ声を上げる。
今更止められる筈がない事は敢えて言うまでも無い。
証拠に、激しく腰を振る郷田同様に、深雪もまた、奥深くまで捻じ込まれた郷田の男根をしっかりと咥え込み、郷田の頭を自分の胸に抱え込むようにしがみ付いて身を任せている。
まるで、乳首を吸ってくれと言わんばかりの行動に、郷田が唇を突き出して口に含むと、背中をピクンと弾ませ、白い喉を天井を仰ぐように仰け反らせて泣き喘いだ。
「ヤベェ。乳首噛むと締まる……」
「あっ、やだっ! んあっ! やめっ……」
「ほら、シカトしてないでちゃんと俺の名前、言えよ……」
「あああっ……くにひ……こっ、くにひこっ……」
再び、お尻を持ち上げられて根元まで落とされ、深雪が悲鳴に近い喘ぎ声を上げた。
郷田は、深雪を更に泣かせてやるとばかりに、深雪の乳首に吸い付きながら、勢いよく腰を突き上げた。
竜馬はその様子を保健室の後方の窓から眺めながら、わざわざベッドを仕切るカーテンを全開にして窓から見える角度で深雪を責める郷田の毛深い脚に向かって心の中で唾を吐いた。
竜馬がいるのを知っていて、わざと深雪を喘き悶えさせている。その、郷田の子供っぽいマウント行為が、竜馬を気持ちを掻き乱した。
本音を言えば、その場から逃げ去ってしまいたかった。
しかし、そうする事で、郷田のマウントに屈したと思われるのも癪だった。
竜馬は、動じていないフリをして、二人の行為が終わるのを待つ事にした。
郷田は、竜馬の気配が無くならないことにイラついたのか、竜馬を挑発するように、膝の上に乗せた深雪を後ろへ押し倒し、深雪のお尻が天井を向くほど折り返して身体の上に乗り上げた。
「やっ、なにっ!」
「死ぬほど気持ち良くしてやるよ……」
「んあぁっっ! いやぁっ!」
殆ど真上から男根を捻じ込まれ、深雪が、どうにも耐えられないとばかり顔を顰める。
しかし、郷田は手加減しなかった。
剥き出しに晒された深雪の後孔に体重を掛けながら奥の奥まで男根を突き入れ、横から下腹部に腕を回して深雪のペニスを握り、腰の動きに合わせて激しく扱き上げる。深雪の吐く息はことごとく泣き声に変わり、言葉にならない声がベッドの軋む音と重なり響いた。
「深雪、気持ちいいだろ? 深雪」
「あああああ、んんっ、んんん、あっ……」
「ここ、お前の良いとこ……中もちゃんと擦ってやっから……」
「んあぁっっ! ダメっ!」
ヒィィッと声を引き摺らせながら、深雪が嫌々と首を振る。息が短くなっているのは、絶頂が近い証拠だった。
「んだめぇっ! そんなにしたらイクッ! やっ……イッちゃ……あぁぅんっ!」
「くっそ、たまんねぇ……」
「あああぁぁぁっ!! はぁあっ!」
ズン、と、郷田が腰を突き入れたのが早いか、深雪がビクビクと脚を痙攣させ、背中を弓なりに浮かせながら絶頂を迎えた。
郷田は、放心したように天井を眺める深雪を満足気に眺め、ふいに、窓の方を振り返った。
見つかる。
思った瞬間、竜馬は、反射的に身を屈め、郷田の視線を間一髪で免れた。
自分で行動しておきながら、咄嗟に郷田の視線から逃げた自分に悔しさがこみ上げた。
「完全にマウント取られてんじゃねーか」
窓の外にへたり込みながら、竜馬は、心の中で吐き捨てた。
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欲望のまま触れる手もある。
優しさのふりをする声もある。
そして、ときどき――本当に優しい人間もいる。
それが一番、苦しい。
人間に消費されることには慣れている。
傷つくことにも。
それでも恋をしてしまう。
抱かれなくてもいい。
選ばれなくてもいい。
ただ一度だけ、
「お前がいい」と言われたかった。
優しさが刃になる、
檻の中の妖精たちの切ないBL短編集。
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