死んでも言わない

瀬楽英津子

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死んでも言わない〜1

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「結局、どんな女ならいいわけよ」

 遊び仲間に詰め寄られ、久松ひさまつタケルは、細く整えられた眉を、うぅーん、と顰めた。

「ナイスバディで頭の悪そうな女かなぁ」

 午前一時を回ったナイトクラブ。最高潮の盛り上がりに湧くフロアを横目に、ふかふかのボックスシートにもたれながらシャンパングラスを傾けるタケルを、同じく、ボックスシートに大股開きで座る仲間の一人が呆れ顔で見る。

「出たよ、タケルのクズ発言」

「失敬な。お前らだって本心じゃそう思ってんだろ?」

「思ってねーし」

 テーブルには追加注文したドンペリニヨン。その周りには飲み掛けのグラスが無造作に並び、少し前まで一緒に飲んでいた自称読者モデルの女たちが注文したフルーツ盛りのオレンジが、フロアの熱気に当てられ甘ったるい芳香を上げている。
 それが、女たちが残していった化粧品や香水の匂いと混ざり合い、せっかくの高級シャンパンの風味を著しく損ねていた。
 グラスを置き、背もたれに身体を深く沈めてフルーツ盛りの皿の端に残ったアメリカンチェリーを摘み上げる。
 へたごと口の中に放り込んで舌の先で弄んでいると、フロアに踊りに出ていた仲間が、DJブースから響くアップテンポのエレクトロナンバーにノリノリで身体を揺らしながら戻って来た。

「なに? なに? また、タケルがワガママ言ってんの?」

「言ってねーし。てか、暑苦しいからどけってば!」

 汗ばんだ身体を滑り込ませてきた仲間を、肘鉄を食らわせて追い払うと、今度は、反対側に座っていた仲間が、ふざけながらタケルとの距離を詰め、割り込んできた男と自分との間にタケルを挟むようにしてお尻を寄せた。

「そうなんだよー。タケルの野郎ったら、俺っちが連れてくる女ことごとく却下しやがってさぁ。さっきだって、読モのイカした女三人も連れて来てやったのに、メロンの食い方がどうとか言いやがって……」

「メロン、じゃなくて生ハムメロンだよ。別々に食うとか普通に無いだろ」

「たかがメロンだろ?」

「一事が万事、って言葉を知らないのか? てか、マジで暑苦しいから離れろってッ!」

 上半身をもぞもぞと捻って振り払うタケルを、割り込んだ仲間がドンペリニヨンのなみなみに注がれたグラスを、「おっと」と持ち上げながら避ける。

「まあまあ。尊が女の好みに煩いのは今に始まったことじゃないだろ? てか、俺も生ハム食いたい、頼んでいい?」

「あ、俺も、シャインマスカットぉ!」

「お前らなぁ」

「ケチケチすんなよ。こちとら3Pキメるつもりで張り切ってナンパしてるっつーのに、協力しない罰だってのッ!」

「俺は旨いもんが食えりゃそれで良いッ!」

「勝手にしろ」と、口々にはしゃぐ仲間を一喝し、ソファーから立ち上がった。
 テーブルの隙間をぬって席を離れると、仲間の一人が慌ててタケルを見上げる。

「え? もう帰っちゃうの?」

「ああ」

「3Pは?」

「勝手に言ってろ」

 演出照明のレーザービームを浴びながらフロントへと足を進める。

「タケル、どこ行くの?」「帰る? やだー、私も帰るッ!」「マジで、帰んの?」

 すれ違う面々が口々にタケルに声を掛ける。
 
 月一で開催される、大学のオールラウンドサークル、通称“飲みサー”の定期交遊会は、巷で話題のナイトスポットで開催されているということもあり、いつにない熱気に包まれている。
 大学に入ってすぐゼミの仲間に誘われ退屈凌ぎに参加して以来、これといってハマるわけでもなく、二年経った今も何となくズルズルと籍を置いている。
 総勢三百人は下らない巨大サークルの交遊会だけあってお店はほぼ貸切状態。満員御礼のダンスフロアは身体を揺らす男女で溢れ返り、ミラーボール型の照明から出る煌びやかな光りの粒が暗闇を縦横無尽に走り回る。人の顔の判別も難しい店内で、すれ違うメンバーの殆どがタケルに声を掛けて別れを惜しむのは、タケルが、誰でも一度は耳にしたことのある財閥企業の御曹司だからという理由ばかりではない。
 タケルには、人を惹きつけるオーラのようなものがある。
 まずその外見。青みの効いたアッシュカラーの髪に、ほどよく焼けた肌。御曹司ならではの品の良さと、世界的なトップモデルとして活躍した母親譲りの端正な顔立ち、百八十センチを超える長身のスラリとした体型は、同年代の男女を惹きつけるには充分すぎるほどの魅力を備えている。
 そのくせ、性格は父親に似て豪快かつ大雑把で、その金持ちらしからぬ気取りの無さと一見近寄り難く見える整いすぎた外見とのギャップが、ますます周りを惹きつけ、魅了した。
 実際、ここにいるメンバーの殆どが、タケル目当てで参加していると言っても過言ではない。
 男も女も年上も年下も、誰もがタケルとお近づきになりたがり、少しでも親しくなろうと、あの手この手でタケルの気を引いた。
 大企業の御曹司、類い稀なビジュアル、大勢の仲間たち。生まれながらにして、天に二物も三物も与えられた男、それがタケルだ。
 しかし、だからといってタケル自身がそれを恩恵と感じているかどうかはまた別の話しだ。
 はたから見れば恵まれた環境でも、その中にいる人間にとっては当たり前の日常。タケルも例外ではなく、自分が恵まれているということは理解しているものの、それを心の底から実感しているかと言えば、正直、ピンと来ていない、というのが本音だった。
 頭では理解出来ても心が伴わない。当たり前すぎて実感が湧かない。実感が湧かないから感動もない。
 高級ブランドを身に付け颯爽と歩くタケルを、周りは、将来を約束された特別な人間だと羨望の眼差しで眺めたが、タケル自身は、自分の何がそんなに羨ましいのか全く理解できなかった。むしろ、自分が周りから幸せの象徴のように思われていることに戸惑いすら覚えていた。
 高級腕時計も上質なスーツも、タケルにとっては機能以外なんの意味も持たない。
 ただ自分の要望に合っているから選ぶ。値段やブランドはあくまでオマケの要素。探していた物を見付けた喜びはあるものの、それ以上の喜びや高揚感は無い。
 タケルにしてみれば、高級ブランドを身に付けること自体に喜びを見出し、手に入れることに満足感を覚える仲間たちの方がよほど幸せそうに見える。
 憧れのスポーツカー、限定モデル、一点物、なかなか手に入らないチケット。それをいつどこでどんなふうに手に入れたかを話す仲間たちを見るたびに、タケルは、彼らの弾けるような笑顔と溢れ出る高揚感、隠しきれない優越感に、羨ましさと虚しさを同時に覚えた。
 自分はあんなふうに胸を躍らせたことがない。
 自分よりも、彼らの方がよほど幸せそうに見える。
 前方に見える受付カウンターの背面ミラーに映る自分の顔にふと目をやり、タケルは実感する。
 誰の目から見ても、疲れた、退屈そうな顔。汗だくになって踊り狂う仲間たちとはてんで真逆。
 一体、これのどこが“幸せ”なのか。
 むしろ、この中の誰より幸せから遠く見える。羨望の的であるはずのこの自分が。
 精神的なものだろう。自分の疲れた顔を見た途端、疲労感が現実となってどっと押し寄せた。
 持病の偏頭痛が出てくるのも時間の問題だ。こういう日は早めにシャワーを浴びて寝るに限る。
 クロークに預けておいた麻のジャケットとセカンドバックを受け取り、入口のウェイテング用のソファーに腰掛け、スマホの通話アイコンをタップした。
 プルルルッ、と、単調な呼び出し音が鳴り、なかなか繋がらない電話にタケルの足が無意識に苛々と床を踏み始めた頃、ようやく、ハァハァという荒い息遣いとともに、男にしてはか細い声が電話口から響いた。

「は、はいッ……」

「はい、じゃねーよ。スリーコール以内に出ろっていつも言ってるだろ?」

「あ、あの、でも……お風呂洗ってて……」

「知らねーよ」

「ご、ごめん……」

 千堂せんどうマヒロ。
 今からちょうど一年前の大学二年の夏。遊び仲間に、『お前の大ファンらしい』と紹介されて以来、家政婦代わりに傍に置いている。
 イジメの類いなどではない。
 大学生活にもすっかり馴れ、それなりに充実したキャンパスライフを送る一方で、慣れない一人暮らしに日増しにゴミ屋敷化していく自分の部屋に脅威を感じ、家政婦でも雇おうかと周りに漏らしていたところ、仲間の一人が、それならうってつけの奴がいる、と連れて来たのが千堂マヒロだった。
『お前のためなら何でもするって』『好きに使ってもらって構わないってさ』
 いじめっ子よろしくニヤつく仲間の傍らで、男のくせに顔を赤らめ、もじもじと見上げる姿があまりに滑稽で、その場にいた仲間に面白おかしく乗せられる形でマヒロに部屋の掃除を頼んだのが始まり。
 その時に、マヒロが昼食用に持参した手作り弁当がタケルの口に合い、試しに作らせた夕食の焼きそばと里芋のみそ汁に完全に胃袋を掴まれた。
 その日を境に、タケルは、マヒロを自宅マンションに頻繁に呼びつけ、食事を作らせたり、掃除をさせるようになった。一カ月後には、合鍵を渡して自由に部屋に出入りさせた。わざわざ時間を合わせて呼び付けるより、その方が合理的だと思ったからだ。
 そうして一年経った今、タケルは、炊事洗濯等の家事はもちろん、日用品の買い出しや宅配の受け取り、個人的な雑用や知人宅へのお使いまで、身の回りの世話の一切合切をマヒロに任せている。
 マヒロに同性愛者であることを告白されてからは、それに性的な要素が加わり関係はますます濃密なものになった。
 もちろんイジメの類いなどではない。むしろ、マヒロに誘われてそうなった。タケルにとっては不可抗力のようなものだった。

「三十分で帰るからなんかあっさりしたもん作っとけ」

「え? 今日は朝まで帰らないんじゃ……」

「うるせぇ。気が変わったんだよ」

「あ……はい……」

 タケルの一方的な要求にも従順に応じるマヒロの言葉を遮るように電話を切り、受付でタクシーを手配する。
 一声掛ければ送迎用の運転手などいくらも見つかるが、今夜は一人で帰りたい気分だった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「えッ……あの、ご、ごはん食べるんじゃ……」

「あとでな……」

 くの字に折れ曲がった身体を後ろから覆い被さるように抱きすくめ、耳元で囁きながら片手をスウェットパンツの股間に潜り込ませる。

「ちょ、ちょっと待っ……あッ……」

 インターホンを鳴らして直ぐ、出迎えたマヒロの顔を見た途端ムラムラきた。
 タケルを玄関に迎え入れた後、ドアを閉めて内鍵を掛けるマヒロの背後に迫り、羽交締めにして廊下に引っ張り上げて壁に押し付けた。
 何度もこうして不意打ちを喰らわされているというのに、毎回毎回、初めてされるかのように身体をビクつかせる。追い詰められたウサギのように、おどおど肩を竦めて振り向く仕草がタケルの嗜虐心をくすぐる。ビクつく瞳を見据えながら、華奢な身体を背後から腕ごと抱きかかえ、ズボンに片手を潜り込ませて股間を握った。

「あッ、やぁッ!」

 強引な振る舞いが興奮を誘うのか、軽く擦っただけでマヒロのペニスは硬く勃ち上がり、おとなしそうな外見には不釣り合いなピッタリとした黒のビキニブリーフの前面をこんもりと盛り上げる。
 それを上下に擦ってガチガチに勃たせたところでスウェットパンツを引き下ろすと、ビキニブリーフにくっきりと浮かび上がったペニスの先端部分がそこだけ濃い染みを作り、タケルの興奮を煽った。

「もうこんなに漏らして……スケベだな」

「いやぁ……触っちゃ……」

「すげぇねちょねちょ。パンツの上からでもこんなに伸びる……」

 濡れた生地越しに、敏感な先端をぐりぐりと円を描くように撫で回し、時折り指先を持ち上げてわざと糸を引かせる。
 卑猥な光景に、マヒロがビクンと肩を震わせて小さく喘ぐ。

「やぁ……はずかし……」

「恥ずかしいの好きだろ? ほら、ちゃんと見ろよ。どんどん出てくる……」

「あんッ……」

 耳たぶに唇を寄せて囁きながら何度も繰り返すと、マヒロの腰がねだるように浮き、自然と股間を突き出すような姿勢を取る。
 浮き出た輪郭を指先で摘んで上下に扱く。マヒロの声がぐずるような鼻声に変わり、膝がガクガクと震えだした。

「も……だめぇッ……」

 ブリーフの前面はグッショリと濡れて色濃く変色し、勃起した先端が今にもはみ出しそうにウエストのゴムを浮かせている。
 はち切れそうに膨れた先端部分を指先でなぞり、耳の先まで真っ赤にして震えるマヒロの首筋にキスしながら、ブリーフをずらしてペニスを露出させた。

「ビンビンだ……」

 勢い良く飛び出たペニスを揶揄うように弾き、強めに握って扱き上げる。
 マヒロが途端に切ない声を上げる。

「やっ! あッ、あぁんッ!」

「やらしい声……ホント好きモンだよな、お前……」

 片手でペニスを扱きながら、もう片方の手を部屋着のTシャツの裾から胸元に突っ込んで乳首をまさぐる。
 プニプニと柔らかい乳首を指の腹で押し潰し、硬くなったところで、今度は、わざと乳首に当たらないよう乳輪だけをなぞったり、手のひら全体で包み込むように回し撫でたりして反応を窺う。
 ペニスも同様に、激しく扱き上げたと思ったら一転スッと力を抜く。攻めては退く絶妙な焦らしにマヒロが切なそうに身を捩る。
 乳首を摘み、ぎゅうっと押し潰すと、捩れた身体がピンと伸び、ビクビクっと小さく震えた。

「ひょっとして乳首だけでイッたとか?」

 敏感な耳たぶに吐息を吐き掛けながら囁くと、マヒロが恥ずかしそうにうつむく。
 こういう時のマヒロの表情を、タケルは、瞼の裏に簡単に思い描けるほどよく知っている。夜景の見えるリビングや浴室、洗面台の前などで、タケルはこんなふうにマヒロを後ろから責め立て、窓や鏡に映ったマヒロの快楽に身悶える顔を見るのが好きだった。
 同じ男のはずなのに、マヒロが自分に触れられて女のように喘いだり瞳をとろけさせたりするのが、たまらなく不思議で、興奮する。
 そこに男同士ならではの快楽が加われば、二十代のやりたい盛りのタケルの衝動が抑えられるはずも無かった。

「自分ばっか気持ち良くなってんじゃねぇよ」

 イッている最中のマヒロを振り向かせ、肩を押さえて足元に跪かせた。
 後頭部を掴んで股間の前に顔が来るよう誘導すると、何も言わないうちから、マヒロがタケルのズボンのファスナーを下ろし、半勃ちになったペニスを下着から引っ張り出して口に咥える。
 ねっとりとした舌が竿に絡み付き、熱い粘膜が包みように亀頭を覆う。

「殆ど条件反射だな。俺のチンポ、そんなに旨いか?」

 コクコクと頷くマヒロの頬を撫で、耳の後ろを両手ですくって上を向かせた。
 マヒロは、潤んだ瞳で上目使いにタケルを見ながらせっせと裏筋を舐めている。
 まるで、ご主人様に褒めらるのを待つ犬のようだ。
 タケルを見上げ、シャワーも浴びていない雄臭いペニスを一切の躊躇なく口一杯に頬張り、舌先を尖らせて一心不乱に裏筋を舐める。

「んっ、んっ、ん……ッ、んんっ……」

 じゅるじゅると粘着質な音がマヒロの唇の隙間から漏れる。
 一旦口から出し、唾液まみれのペニスを上から下から、溶けかけの棒アイスを舐めるように角度を変えて何度も何度も舐めしゃぶる。息つく暇もなく繰り出される舌技に、タケルのペニスがギンギンに反り返る。亀頭がヒクつき、先走りを滴らせる。
 それを鈴口に直接唇をつけてちゅっちゅと吸うと、再び口一杯に頬張りディープスロートで締め付けた。

「どんどん上手くなってんな。俺の知らないとこで他の奴と練習してんのか?」

「……ひッ、ひへなひッ」

 タケルの言葉に、マヒロが、口の中にペニスを詰め込んだまま首を横に振る。柔らかな頬肉が先っぽに当たって気持ち良い。腰を回して上顎や頬肉にまんべんなく先っぽを擦り付け、マヒロの顔を股間に引き付けて喉の奥まで突っ込んだ。

「んぐッ! ……んふんッ、ぅうッ、んッ……」

 陰毛に鼻が埋まるほど深く咥え込み、マヒロが、うげッ、うげッと嘔吐えずきながら頭を前後に動かす。
 苦しそうな涙目。歪んだ眉。
 タケルが無理やりさせているわけではない。頭を押さえて顔を引けないようにはしているものの、実際のところ、タケルはそれほど力を入れていない。むしろマヒロの方がタケルの腰を両手でがっしりと掴んで積極的に股間にかじり付いている。
 歯を立てないよう、唇と頬の内側で挟んで咥え込み、喉の奥で亀頭を締めながら前へ後ろへ滑らせる。
 その激しさときたら、遊び人のタケルを以ってしても尻込みするほどの貪欲さで、じゅるじゅると唇の端から唾液を滴らせながら潤んだ目を半開きにして見上げる蕩けた表情は、卑猥以外のなにものでもない。
 ともすれば興醒めしてしまいそうなほどの痴態だが、しかしそうならないのは、マヒロが、女ではなく男だから、という理由が大きい。
 男だから、初々しさや恥じらいなどははなから期待していない。それよりも、男ならではの、男の生態を知り尽くした、痒いところに手が届く絶妙な愛撫に期待が高まる。
 大の男が、男のペニスを欲しくて欲しくてたまらないというふうに、性急に唇や舌を駆使して舐めしゃぶる姿も興奮した。
 知ってか知らずか、マヒロは、タケルの官能を煽り立てるように、一心不乱にペニスにむしゃぶり付いている。

「くッ……この……クソビッチがッ……。どうやったらこんなふうに吸えんだよ……」

 ずりゅ、ずりゅ、ずりゅ、とイヤらしい水音が響く。
 頬肉で亀頭を包み、舌先を縦横無尽に動かしながら先端の溝を広げてチロチロと舐める。敏感な部分を責められ、タケルの竿がビクビク震え出す。
 これ以上刺激されてはマズイ。
「退け!」と、頭を掴んでマヒロの顔を股間から引き剥がした。
 反動で自身のペニスがマヒロの口からブルンと飛び出る。
 マヒロは、唾液に濡れた唇を半開きにしたまま呆然とタケルを見上げ、しかしすぐに気を取り直したように赤く潤んだ目をうっとりと細めた。

「先に……しますか……?」

 甘えるような上目使い。
 目尻の上がった目、小さな鼻、ふっくらとした唇。とびきり美形でもなければ特別不細工でもない。良く言えば嫌味の無い、悪く言えば目鼻立ちの印象の薄い、いかにも日本人的な小さくて丸い顔。
 二十歳を越えているようにはとても見えないその幼い顔立ちを、耳にかかるほど伸びたストレートの黒髪と日焼けしていない白い肌がいっそう幼く際立たせる。
 それだけに、時折見せる大人びた表情が、内に秘めた妖艶さをことさら強く印象付けた。

「準備は出来てるので……。するならローションを持ってこないと……」 

「まさか、ケツはもう綺麗にしてあるってわけか?」

「お酒を飲んだ日はいつも性急に求められるので」

 ははッ、と、ひとりでに嘲笑が漏れる。

「ケツ洗って待ってるとか準備万端すぎんだろ。いったいどっちがヤりてぇんだか……」

 マヒロは、口答えもせずただ潤んだ目をタケルに向けている。
 密度の濃い睫毛が小さく瞬き、奥二重のつり目の奥の黒い瞳がチラリと揺れる。
 何度も目にしているにもかかわらず、タケルは、マヒロの、この、少し困ったような、それでいてどこか含みのある挑発的な目がどうにも苦手だった。
 この目に見詰められると、普段とのギャップに未だにドキリとする。
 それは、タケルにとっては不本意な反応だ。女相手ならまだしも、男の、ましてや、とりわけ美人でもないマヒロを相手に動揺している自分が腹立たしい。
 一瞬とはいえ、マヒロのペースに飲み込まれてしまったことが悔しい。自分がマヒロにやり込められたような気がしてならない。従者である筈のマヒロに主導権を握られてしまったような屈辱的な気持ちになる。
 タケルのその子供じみたプライドが、マヒロに対する優位意識を揺さぶり、征服欲を煽り立てた。

「どうせやるんだったらローションも仕込んどけよ」

 高圧的に言い、目の前にひざまずくマヒロの肩をトンと小突く。
 マヒロは、よろけながらも決して逆らわず、むしろ暗黙の了解とばかり、床にお尻をついて脱げかけのスウェットパンツとビキニブリーフを足首から抜き去ると、そそくさと立ち上がり部屋の奥へ向かいローションを片手に戻ってきた。
 再びタケルの前に立つと、Tシャツを脱いで全裸になり、タケルの足元に、タケルにお尻を向ける形で膝立ちになる。
 初めに、指先にローションを垂らし、前屈みに上体を倒しながら、上半身を伏せてお尻だけを高く上げる。
 次に、両手を後ろに回して両側から尻たぶを開いて後孔を露出させ、ローションを乗せた指を窄まりに忍ばせた。

「んっ……ん……」

 タケルの目の前で、マヒロが、両脚を開いてお尻を上に突き出し、指先に乗せたローションを後孔の窄まりにくるくると円を描くように馴染ませながら指を差し入れる。
 マヒロと関係を持ったばかりの頃、「こっちの方が興奮する」とタケルが漏らして以来、マヒロは率先してこのポーズを取るようになった。
 もっともそれは、後ろ向きならマヒロが男であることが多少は誤魔化せるといった嫌味も込められていたが、タケルの言葉を素直に受け止め、タケルを喜ばそうと一生懸命しなを作って腰を振るマヒロの健気さには正直心動かされるものがあった。
 男が相手とはいえ、こんなにも一途に思われて悪い気はしない。
 むしろ、男のマヒロから盲信的な思いを寄せられることに特別な優越感を感じる。女ではなく男に、という特殊性が、タケルの好奇心をくすぐり高揚感を抱かせた。
 今もマヒロは、タケルの気に入るよう、わざと背中を深く反らせて腰のラインを強調させながら、細い指を繰り返し後孔に埋めている。
 最初は片方の指を一本だけ入れて抜き差しし、動きがスムーズになったところでもう片方の指を追加して二本にする。
 後孔の両側から指を差し入れ、二本の指を左右交互または同時にぬぽぬぽと出し入れし、肉壁を上下左右に回し広げる。
 二本から三本。そして、さらにもう一本。
 お尻を抱え込むように手を回し、最終的には、左右二本づつ、計四本の指で自分の窄まりを広げ、中を掻き回す。
 ぴったりと閉じていた窄まりが開いて赤い肉壁を覗かせる。
 淫らに揺れるお尻の間にタケルが腰をズイと割り入れると、それを合図に、マヒロが後孔に埋めた指をズルリと引き抜き、そのまま窄まりの横に当てて左右に引き伸ばした。

「はぁ……お待たせ……しました……も……大丈夫……」

 さんざん痴態を見せ付けられ、タケルのペニスはすでにはち切れんばかりに腫れ上がっている。
 そこに輪をかけて、横に引き伸ばされた後孔が赤い肉壁をヒクつかせながら誘っている。
 愛撫をしている余裕などなかった。
 ゴクリと生唾を飲み込むと、タケルは、自身の反り返った昂ぶりを片手で掴み、もう片方の手でマヒロの腰を引き寄せ、ずっぽりと根元まで突き入れた。

「淫乱のくせに、相変わらずキッツイな……」

 暫くじっとマヒロの中の熱い粘膜の感触を楽しみ、小さく奥を突いたあと、そこからゆっくり腰を引く。

「んああぁぁぁッ!」

 マヒロが喘ぎ、くびれたウエストを強調させるように背中をよじった。

「あああぁぁッ……あぁぁッ……あッ……」

「入れたばっかでもうケツ振りやがって、この好きモンが」

「だってッ……タケルくんのが、すっごく……おっきぃ……からぁッ……」

 両肩を竦め、横向きに床についた顔を持ち上げてチラリと振り返る。
 形良く浮き出た肩甲骨、真ん中のくぼみ、深いS字を描いて腰へと伸びる白い背中、丸くて小さいお尻。
 後孔を指で広げている時は猫のようにお尻を上げて誘い、タケルを受け入れた今は、タケルのペニスが奥まで入るよう膝を曲げて大きく開脚し、自ら擦り付けるように腰を揺らす。
 後ろ向きなら男であることを誤魔化せると毒づいていたものの、正直タケルは、マヒロの身体がそれまで自分が関係を持ったどの女よりも魅惑的であることに早い段階で気付いていた。
 実際、マヒロの、ムダ毛の無い手入れの行き届いた肌は、つい先日、クラブでナンパして一夜を共したモデルの卵よりよほど滑らかで清潔感がある。
 見上げる視線も、甘ったるい嬌声も、くねくねと動く柔らかい腰も、白い肌から漂うボディソープの香りも、全てがタケル好み。今のタケルに男のマヒロを抱く抵抗感は無い。むしろ、女たちとマヒロを比べ、マヒロを抱いていた方が良いと思う場面が増えて行く。
 にもかかわらずマヒロに高圧的な態度を取ってしまうのは、タケルの中にある未知なモノへの畏れと、マヒロに対する本能的な警戒心のせいかも知れなかった。
 マヒロを抱くのはあくまでマヒロからの要望。それによって得られる快感は、マヒロの願いを叶えてやったことに対するいわば見返りのようなものだ。
 その大前提を崩すわけにはいかない。もちろん、流されるのも、引き摺り込まれるのも。

「お望み通り、デカいのたくさんくれてやるよ」

 ねだるように揺れるマヒロの腰を鷲掴みにし、持ち上げるようにして奥を突き上げる。

「んははぁんッ! あッ、はぅん……」

 感じる部分をカリ首のエラで押し潰しながら、神経の集中する浅い部分をゴリゴリと抉るように抜き差しする。
 気持ち良いところを繰り返し攻められ、マヒロが背中をビクつかせながら、「はッ」、「ふッ」と短く喘ぐ。

「ここがイイのか?」

「ん……イイッ! んはぁ……あッ……イッ……イイッ……そこがッ! はぅッ……」

 マヒロの白い肌がピンク色に染まりだす。
 少しづつ挿入距離を伸ばして動きを大きくすると、引き戻すタイミングで、マヒロが、ふううぅぅんッ、と喘いで身体をこわばらせ、ピンク色の肌がいっそう上気する。
 震える膝を感じる部分を狙いながら、膝を踏ん張り、全身の筋肉を使って体重を乗せながら深く激しく突き入れた。

「あぁッ、あん! あッ、ああッ! あッ!」

 マヒロの身体が前へ飛ばされ背中がビクビク跳ね上がる。
 ローションでべっとりと濡れたペニスが、ぐちゅぐちゅと糸を引きながら赤く腫れた後孔を出入りする。
 さんざんペニスを咥え込みながら、それでいて少しも使い込まれた感じのしないマヒロの少年のような薄桃色の窄まりに、己れの硬く筋張ったペニスが深々と突き刺さり充血して膨らんだ粘膜を捲り上げながらズルリと引き戻る。
 色白なだけに、捲れた粘膜の赤さが強調される。興奮が欲情に変わるのに時間は掛からなかった。

「そらッ! ここだろッ? ここがイイんだろッ?」

 マヒロの腰をがっしりと掴み、背中をしならせてガンガンと腰を振りたくった。

「あッ、たっ、タケルくんッ! ああッ! イイッ!」

 パンッ、パンッ、パンッ、と肉と肉がぶつかる音が玄関の壁に反響こだまする。
 腰を打つリズムに合わせて鳴るその音に、マヒロの鼻にかかった喘ぎ声が重なる。

「うぁぁぁ、あッ、すごッ……お腹の奥まで……届いて……あひッ……あぁあッ!」

「こんなにされてもまだケツ振りやがって。正真正銘の淫乱野郎だな」

「たっ……タケルくんがぁッ、すっ、凄いからッ!」

「調子良いこといいやがって。どうせ色んな男にそう言ってんだろ?」

「ちがッ……タケルくんだけッ、タケルくんしかッ……ぁあッ、たっ、タケルく……」

 タケルの名前を呼びながら、マヒロは、片手で自身のペニスを激しく扱いている。
 本当はタケルに扱いて貰いたいだろうに、決して催促しない控えめな態度がいじらしい。
 その手を上から掴んで一緒に扱くと、マヒロの背中が一瞬ビクッと震え、ペニスの先から歓喜の汁をトロトロと滴らせる。
 タケルに触れられただけでたちまち反応する、このはしたなくも素直な身体に、タケルの興奮がさらに増していく。

「あッ、あ……触っちゃ、いやぁッ……!」

「嘘つけ。こんなに喜んでるくせに……」

 自分が主導権を握っているという実感、マヒロを手の内に入れているという征服感が甘い快感となって身体中を駆け巡る。
 自分の愛撫に敏感に反応するマヒロをもっと見てみたい。男のマヒロが、「気持ち良い」と女のように喘ぐさまが見てみたい。
 男にしては線の細い、それでいて、多少乱暴に扱っても壊れない、男ならではのしなやかな肉体を限界まで味わいたい。
 首を振って悶えるマヒロを見下ろし、根元まで埋めたペニスをさらに奥へとズンズン突き入れながら、それと同じリズムでマヒロのペニスを扱き上げた。

「手伝ってやるから先にイケよ」

「あぁ……すごッ……やッ! ダメッ、イッ、イクッ!」

 トドメとばかり、マヒロの膝が浮き上がるほどの勢いでズンっと腰を突き入れる。
 マヒロがいななくように叫んで身体をピンッと硬直させ、その反動で、マヒロの肉壁がギュッと締まって後孔に咥え込んだままのタケルのペニスを絞り上げる。
 マヒロがビュクビュクと精液を撒き散らすのとほぼ同時に、下半身に噴き出すような絶頂感が駆け上がり、タケルは勢いのままマヒロの中に射精した。
 全く同時、とは言わないものの、タイミング的にははぼ同じ。
 何人もの女と身体を合わせてきたが、同じタイミングで絶頂を迎えたことなどただの一度もない。
 それが、マヒロとならばこんなにもすんなり叶ってしまう。肉欲と支配欲、湧き上がる欲情と絶頂感への切望が、心とは全く別のところでマヒロを求めていた。

「タケルく……ん……ハァ……」

 お尻を上げたまま気をやるマヒロの快楽に浸り切った表情を眺めながは、タケルは、精液を欲しがるように肉壁をうねらせる後孔に何度も何度も射精した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 シャワーを浴びて部屋に戻ると、一足先にバスルームを出たマヒロが、ダイニングテーブルに食事を用意して待っていた。

「パスタ?」

「そうめん。ツナとトマトで洋風にしてみた。タケルくん、トマト好きだから」

 先日、実家に寄った時に母親に持たされた素麺だ。
 紙袋のまま置きっ放しにしていたのをマヒロが見付けて片付けたのだろう。
 トマトは、マヒロがベランダで栽培しているミニトマト。前に一度、『好き』と言ったら、『どうせなら新鮮なものを』と、プランターと苗を買い込みベランダ菜園まで始めてしまった。大好きというほどの好物でもなかったが、自分のためにせっせとトマトを栽培するマヒロにわざわざ真実を伝える必要もないと思い、敢えてそのままにしている。もっとも、採れたてを食べさせられているうちにすっかり好物になってしまったので、今はもう訂正する必要もない。
 お手製の洋風そうめんをタケルが口にするのを今か今かと待ち侘びているマヒロの視線に急かされ、タケルは目の前のそうめんに箸をつけた。
 ひと口食べた瞬間、トマトの酸味とツナの香ばしさが口一杯に広がり、冷たい喉越しが火照った身体をクールダウンさせる。
 タケル好みのすっきりとした口当たり。アルコールの残った胃にも優しい。
 あっさりしたもの、というキーワードだけで、この短時間のうちに冷蔵庫の中にあるものだけでリクエスト通りの食事を手際よくパパッと作ってしまう。
 家庭的という言葉がしっくりくる。
 マヒロが女であったなら、タケルの花嫁候補として、候補者リストにその名を連ねていたかも知れない。
 しかしマヒロは男であり、当然候補に上がることはない。
 タケルは、代々続く財閥系企業の跡取り息子として、その血を絶やさず後世ヘと引き繋ぐ使命を持っている。それは、財閥系企業の御曹司として生まれたタケルの宿命であり、タケルが久松タケルとして生きて行くうえで果たさなければならない最低限の責務とも言える。
 タケルは、久松の人間として、然るべき家柄の令嬢を妻に娶り、会社を盛り立て、子孫繁栄に努めて行く。
 愛だの恋だの騒いでいる暇はない。そんなものに意味はない。そういう次元では生きていない。
 時代錯誤なしきたりに反発した時期もあったが、逃れられない運命ならば、逆に上手く折り合いをつけて生きて行くほうが賢明だと考えた。
 幸い。手本となる大人はすぐ身近にいた。
 愛人を方々に住まわせ転々と渡り歩く父と、若いツバメを何人も囲い自由奔放に恋愛を楽しむ母。互いに別方向を向きながら、それでも“久松の繁栄”という大義によって堅く結ばれ己れの役割りを果たす両親。そんな二人の姿を目の当たりにするうちに、タケルは次第に、世間一般でいう恋愛や家族の在り方といったものにさほど興味を抱かなくなっていった。
 愛する人と結ばれ、築く家庭。世間がそれをどんなに崇高なものだと崇めようと、タケルにとっては、仮初めでもそれなりに成立してしまうまやかしの関係。そんな不確かな戯れ事に心を擦り減らすよりも、現実的な性への欲望に身を任せたほうが健全だと思われた。
 まどろっこしい心の駆け引きよりも、分かり易い身体の交わりをタケルは選んだ。
 求めるのはもっぱら肉欲。タケルが欲しいのは、ナイスバディで頭の悪い女。自分が何番目の女なのかも気にしない、安っぽい言葉で簡単に股を開く、その場凌ぎの快楽に弱いお手軽なビッチ。
 女たちを取っ替え引っ替えたらし込んでは快楽を貪るタケルを友人たちはクズ呼ばわりしたが、大企業の御曹司という肩書きと恵まれた外見のお陰で言い寄ってくる女は後を絶たず。やっかみ半分で揶揄していた友人たちも、タケルのおこぼれに預かろうとタケルをパーティーに誘い出し、3Pや4Pを仕組んで楽しむようになった。
 こうして、タケルを取り巻く女の数は、タケルの知らないところでどんどん増えて行った。
 女が寄れば女同士のいさかいも当然噴出し、中には、既成事実を作ろうと自宅に押しかけて来る女や面倒臭いことを言い出す女も出てくる。
 マヒロを紹介されたのは、女たちのそういういざこざに辟易していた時で、マヒロを家政婦代わりに側に置いたのも、男のマヒロならマンションに出入りさせても大した騒ぎにはならないだろうという女たちへの気遣いと、マヒロを自宅に置くことで女たちの襲撃から免れようという予防線的な狙いもあった。
 タケルの思惑通り、女たちはマヒロを恋敵だとは認識せず、タケルの親しい友人として、むしろ好意的に受け入れた。タケル宅への訪問も、マヒロのいる部屋で色仕掛けをするのはさすがに無理だと判断したのか、以前のように突然押しかけて迫ってくることもなくなった。
 マヒロのお陰で、タケルは平穏な日常を取り戻した。
 今、こうして自分の部屋でくつろいでいられるのも、マヒロが女たちを上手く抑制してくれているお陰だ。
 やはりマヒロを側に置いて正解だった。
 炊事、洗濯、掃除、家の中の雑事はもちろん、身の回りの世話から些細なお使いまで、何をやらせてもそつなくこなす。
 身体の相性も悪くはない。
 マヒロ以外の男を知らないので比べようもないが、快感だけで言えば、むしろ女を相手にするより遥かに気持ち良い。後ろの穴を使うことも、最初の抵抗が嘘のように、今は、当たり前のように受け入れていた。
 白い肌は女以上に柔らかく、ムダ毛らしいムダ毛も見当たらない。入念に手入れしているのだろう。行為の最中、タケルの気分を削がないよう、見えないところで努力する健気な姿勢にも好感が持てる。
 これといって美形でもない地味目な顔立ちだが、それだけに、乱れた時の艶っぽい表情が際立つ。声も、嘘っぽい大袈裟なものでなく、堪えきれずに漏れてしまったような、愚図り泣くような鼻にかかった甘え声。
 演技ではないと一目でわかる恥じらいの仕草や快感に耐える表情。全てがタケルの好みど真ん中。
 そのうえ、聞き分けがよくわがままも言わない。『来い』と言えば直ぐに来るし、『帰れ』と言えば直ぐに帰る。
 タケルが女を部屋に連れ込んだ時は、二人の濡れ事が済むまで何時間でも外で時間を潰し、終わった後の汚れたシーツを嫌な顔ひとつせずに取り替える。
 まさに絵に描いたような従順さ。
 求められるままに応じ、その場の空気を察して自然に退く。押し付けがましさも当て付けがましさもない、機微に聡く、流れるように対処する理想的な立ち振る舞い。
 マヒロが女であったなら、おそらく、久松家の嫁という役割りもそつなくこなしてしまうのだろう。
 しかし、やはりマヒロは正真正銘の男。
 もっとも、仮に女であったとしてもマヒロがその役目に就くことはない。
 タケルにとってマヒロは“男”だ。
 実際、これまで共に過ごしてきた中で、タケルは、『マヒロが女であったら』と思ったことはあるものの、『女ならば良かった』と思ったことは一度もなかった。
 女のマヒロを想像したことも、女になって欲しいと思ったこともない。
 むしろ、男で良かったと思っていた。
 男のマヒロが、同じ男であるはずの自分に抱かれて乱れるからこそ興奮するのだ。
 男のマヒロが、男である自分のイチモツを美味しそうに咥えてねだるようにお尻に誘導するさまが、あまりに異常でイヤらしく、どうしようもなく官能を刺激する。
 マヒロが女であったなら、タケルはおそらく今ほど興味を示していない。そもそも見た目も家柄も特筆するところのないマヒロなど、視界にすら入っていなかった可能性が高い。
 マヒロが男だからタケルは興味を持ったのだ。男のマヒロだからタケルには価値があった。

「ひょっとして……口に合わなかった……?」

 心配そうに眉をひそめるマヒロに、「いいや」と答え、ツナとトマトの絡まる素麺を一箸すくって口に運んだ。

「酔い覚ましにちょうど良いよ。ツナも見た目ほど脂っぽくなくて旨い」

「一度湯通しして、オリーブオイルに絡めたから……」

「オリーブオイル? イタリアンの?」

「うん。めんつゆにも意外と合うでしょ?」

 ついさっきまで、男のイチモツをお尻の穴一杯に咥え込んでいたとはとても思えないマヒロの無邪気な笑顔に、タケルの口元が自然と綻ぶ。

「ずいぶん嬉しそうだな」

「え……? だって……美味しい、って言って貰えたから……」

「それだけで?」

「それだけ、じゃないよ。こうして手料理を食べてもらえるだけで充分幸せなのに、美味しいなんて言ってもらえて感無量って言うか……」

「大袈裟なヤツだな。俺に褒められるのがそんなに嬉しいか?」

「そりゃあ……」

 もじもじとタケルを見上げ、目が合うなり、睫毛をシパシパと瞬かせて視線を逸らす。
 タケルの眼差し一つに敏感に反応するマヒロがタケルは見ていて楽しい。
 まるで、飼い主に忠実な犬。自分以外飼い主を知らない、自分だけを崇め従う。
 女が相手なら重いと感じる行動も、マヒロが相手なら、心置きなく征服感に酔いしれることが出来る。
 もっともそれは、男のマヒロならば、しつこく縋り付いたり、恨めしげに泣いたり、被害者ヅラして法に訴えてくることもないだろうという決め付けもあった。
 男のマヒロだからこそ得られるモノがある。普通に生きていれば知る筈もなかった禁断の快楽を、幸か不幸かタケルは知ってしまった。
 大の男を服従させる心地良さ。本来、支配欲や征服欲といったものを少なからず内に秘めているはずの成人男子が、意地もプライドもかなぐり捨てて自ら足元に跪く。
 従順に従い、黒と言えば迷わず黒と答える。出会った頃から一貫してブレないマヒロの献身的な態度が、タケルの官能を震わせ興奮で覆い包む。
 それは、知らないうちにタケルの内側に入り込み、タケルの心を甘く支配した。
 
「お前、俺のこと本当に好きなのな……」

 ふとした拍子に、マヒロの気持ちを確認するような言葉が口癖のように漏れていることにタケル自身は気付いていない。
 一方、マヒロは、タケルの問い掛けに一切の迷いなく答える。

「好きだよ。この世の何よりも……」

 含みも下心もない素直な言葉、はにかみながらも視線を逸らさず真っ直ぐに見詰めるマヒロの澄んだ瞳に、タケルの目元が自然と緩む。

「まるで、俺がいなきゃ生きて行けないみたいだな……」

「生きてけないよ……」

 黒い瞳が一瞬大きく開いてスッと細まる。
 この縋り付くような目がいい。
 タケル以外この世にいないかのような顔をして、何気ない言葉や優しく触れられる感触を期待しながらじっと待つ。
 あなた無しでは生きて行けないと言いたげな佇まい、儚げな表情とはうらはらな迷いのない瞳。
 マヒロの言葉が本心なら、ずっと側に置いてやるのもタケルとしてはやぶさかではない。
 料理も上手いし気も回る。なにより気を使わなくて済む。
 久松家の後継者として、ゆくゆくは久松の家柄に相応しい相手と家庭を築くことを義務付けられたタケルであったが、マヒロのことは、このままマンションに住まわせ愛人として囲うのも悪くないと思っている。
 男のマヒロなら、妻となる女の目を眩ますことも容易だ。一緒にいるところを見られたところで邪推されることもない。行為の真っ最中さえ押さえられなければバレないも同然、子供だなんだと要らぬトラブルを抱える心配もない。
 マヒロが聞き分けが良く争いを好まない性格であることは、タケル自身この一年の付き合いで充分承知している。マヒロなら日々重圧に晒される自分を十二分に癒やしてくれる。まさに、愛人にするには、うってつけ。
 そのマヒロが自ら懇願しているのだから受けない手はない。
 ひとりでに笑みが溢れていたのだろう。
 視線を感じて顔を向けると、マヒロの、うっすらと笑みを称えた顔と目が合い、タケルはドギマギと瞬きした。

「んだよ。ジロジロ見んな」

「ごめん。なんかすごく嬉しそうだったから……」

「べつに、嬉しかねぇよ」
 
 少し困ったような、それでいてどこか含みのある挑発的な目元。
 ついさっきまでとは打って変わった大人びた表情に、タケルは、また、ドキリと胸を突かれる。
 やっぱりこの目は苦手だ。
 動揺を隠すように、タケルは、マヒロから視線を外し、手元のガラスの器を抱えて残りの素麺を掻き込んだ。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 類は友を呼ぶ、と言う。
 似た者同士が寄り集まって仲間になる。
 だとすれば、降って沸いたようなこの状況も、予測の範囲内だったのかも知れないとタケルは思う。

「あいつ、タケルの言うことなら何でも聞くんだろ? 頼むよ。俺、一度でいいからケツん中入れてみてぇんだよぉ~」

 両手を顔の前で拝むように擦り合わせて迫る悪友、高橋の好色そうな目を呆れ顔で見ながら、タケルは深い溜め息をついた。

「お前、男もイケたのか」

「イケるってわけじゃねぇけど、アナルセックス させてくれる女なんてそうそういねぇし、マヒロだったらさせてくれるかな? みたいな?」

 意味深な物言いが癇に障る。
 相手が高橋でなかったら一蹴して立ち去っている。それが出来ないのは、高橋が、マヒロをタケルに紹介した張本人であり、タケルがマヒロと関係を持っていることを知っている唯一の人間だからだ。
『マヒロがゲイだって噂を聞いたんだけど、大丈夫か?』
 二人だけの飲みの席。ほろ酔い気分のところを言葉巧みに聞き出され、まんまと誘導尋問に乗ってしまった。
 もう少し早い段階で聞かれていたら、タケルは、マヒロとの関係を否定するのはもちろん、マヒロとの関わりそのものを清算していたかも知れない。
 しかし、高橋に問い正された時には既に遅く、タケルはマヒロとのセックスに嵌り、抜け出せなくなっていた。
 まるで見計らったかのようなタイミングに、タケルは、高橋が、本当はマヒロがゲイであることを最初から知っていて、二人が関係を持つようわざと紹介したのではないかと疑いを持った。
 しかし高橋は、タケルの告白に、『へぇ~』と目を丸めただけで、マヒロとの関係を揶揄するわけでもなく、それを理由にタケルを脅したり何かを求めたりもしなかった。
 それが今、こうして鼻息を荒げて目をらんらんと輝かせ、『ケツの中に入れてみたい』と懇願している。
 交換条件の材料なら他にいくらでもあるだろうに、何を今さらこんなことを言い出すのか。
 高橋にしか真意は解らないが、理由を問われたら、タケルには、もはや、『類は友を呼ぶ』とか、『同じ穴のムジナ』だとしか答えようがなかった。
 自分が男のマヒロを抱けるのと同じように、高橋もまたそういう要素を持った“同類”だったということだ。

「たのむよ。本当に一回でいいんだ。いつもみたいに3Pでさぁ。一回ヤったらそれでいいから」

「すぐには返事出来ねぇよ。マヒロがなんて言うかわかんねぇし」

「お前がヤレっつったらヤルんじゃね? 奴隷だとか専用オナホだとか言ってたじゃんッ!」

 一瞬、思考が止まる。
 そんなことを言っただろうか、とふと思う。
 多分、言ったのだろう。
 実際マヒロは、いつでも何処ででも股を開くタケル専用のオナホールだ。
 しかし、他人の口から聞くと違和感を覚える。違和感というより不快感だ。
 自分は平気で口にするくせに、他人が口にするのは不快に感じる。
 勝手な奴だと自分に呆れながらも、だからといって何をどうするわけでもない。
 
「とにかく今すぐ返事は出来ねぇ。マヒロの意見も聞かねぇと……」

 間近に迫る高橋をやんわりと交わし、机の上に開きっぱなしにしたノートを閉じてカバンに仕舞う。
 立ち上がろうと椅子を後ろに滑らせると、高橋がすかさず腕を掴んでタケルを止めた。
 
「頼むよ。マヒロの予定なんてなんとでもなるだろ? 奴隷なんだから、お前が『3Pしろ!』って命令すりゃすぐにオッケーじゃん!」

「解ってねぇな。アイツは俺にベタ惚れなんだ。俺以外の男に身体を許すわけがねぇだろう?」

「そこを何とかするのがお前の役目なんじゃん! 何でも言うこと聞くんだろ? ベタ惚れならなおさらじゃねーの」

「お前なぁ……」

 いい加減しつこい。
 振り払いたいところだが、変に事を荒立てて注目を浴びるのも嫌だった。
 タケルが黙っているのをいいことに高橋はますます図に乗り出す。

「なぁ、ってばぁ。一回ぐらいいいじゃんか。勿体ぶってねぇで俺にもらせろよぉ~」

「べつに勿体ぶってなんか」

「ぶってんじゃん! それとも他のヤツにはらせたくないってか?」

 ゾクリ、と、背筋に震えが走り、タケルは口籠った。

「そんなわけない」と反論するものの上手く言葉にならない。
 煮え切らないタケルの態度に、高橋は駄々を捏ねる子供のように口を尖らせる。

「なぁ~頼むよぉ~。まさか、お前もマヒロにマジ惚れとか言うんじゃねぇだろぉ?」

 今度は、一転、頭にカッと血が昇る。

「そんなわけねぇだろ!」

 殆ど発作的に、タケルは高橋を振り払っていた。

「いててッ! なんだよ、そんな怒んなよ!」

「お前が変なこと言うからだ」

「変じゃねーし。てか、図星だっつんなら諦めるけど」

「馬鹿言えッ!」

 叫んだ唇がわなわなと震える。
 誰が図星だ。
 マヒロにマジ惚れなどあり得ない。
 マヒロはただのしもべだ。それ以上でも以下でもない。
 そもそも、惚れているのはマヒロの方なのだ。自分は、マヒロの希望を叶え、その見返りに肉欲を満たしているにすぎない。
 行為のうえでは攻める側だが、対局的に見れば受け身の姿勢だ。
 それを、何が悲しくて『惚れている』などと言われなければならないのか。
 色んな思いが頭をぐるぐる巡り収集がつかなくなっていく。
 動揺ではない。混乱だ。
 今まで想像もしなかったことを突然言われて頭が混乱している。あまりのバカバカしさに感情がパンクする。
「違う」と、押し寄せるものを振りきるようにタケルは言った。

「この俺があんな奴にマジ惚れするわけねぇだろう」

「ならいいのか?」

「ああ、いいぜ。俺に任せとけ」

 高橋が、しめしめと言わんばかりの笑みを浮かべる。
 タケルはと言うと、胸のザワつきを高橋に悟られないよう呼吸を整えるのが精一杯だった。
 自分で言っておきながら、嵌められでもしたかのような後味の悪さがへばりつく。
 マヒロと3P。
 3Pならこれまで何度もやっている。
 なんて事ない。女とヤるようにヤるだけだ。
 しかし、マヒロは何と答えるだろうか。
 イエスか、ノーか。
 その答えは、タケルが思うよりずっと簡単に出た。
 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 



「タケルくんがそう言うなら」

 マヒロは言うと、一瞬寂しそうに眉尻を下げ、しかしすぐに密度の濃い睫毛をパチリと瞬かせてタケルを見た。

「タケルくんが喜んでくれるなら何だってする。俺はタケルくんのものだから……」

 マヒロの言葉が強がりでないことは、真っ直ぐに見上げる痛々しいまでに澄んだ瞳を見れば解る。
 わざわざ尋ねなくとも、マヒロがそう答えることは大方予測はついていた。
 マヒロが逆らわないことは、タケル自身が一番良く知っている。
 とは言え、絶対、という保証はなかった。
 男になど何の興味もなかった自分がマヒロを抱いているように、今までそれらしい素振りを全く見せなかった高橋がいきなり性癖を露わにしたように、人の気持ちは、いつ何時、どんなきっかけで変わるか解らない。
 今は従順なマヒロも、状況次第では簡単に変わってしまう。そういう意味では、今回の高橋の要求は、タケルがいつも心の奥底に抱いている疑念を白日の元に晒すきっかけの一つに違いなかった。

「好きでもないヤツに突っ込まれて平気なのか?」

「タケルくんの望みなら……。それに、タケルくんも一緒にいてくれるんでしょ?」

 一抹の曇りもない視線がタケルの瞳を貫く。全幅の信頼を向けるマヒロにたじろぎさえ覚えるタケルとはうはらはに、高橋は、マヒロが承諾したことを知ると、『さすがタケル!』と、タケルを英雄のように持ち上げ、褒め称えた。
『正直無理だと思っていた』『いくら惚れた相手の頼みでも、こればっかりは流石にキツい』
 そのうえで承諾させたタケルはやはり凄い奴で、マヒロの忠誠は本物だ、と、高橋は感心しきりの様子で瞳を輝かせた。
 褒められたこと自体は不快ではなかったが、その一方で、タケルは、高橋の反応に不穏な違和感を覚えていた。
 マヒロの承諾を一番望んでいたはずの高橋が、マヒロの承諾を一番驚いている。
 よくよく見れば、凄いと褒め称えながらも高橋の声はどこか引き気味で、瞳は、まるで奇異なものでも見るかのような戸惑いを浮かべている。
 それだけのことをした、と言えばそうなのだろうが、何か重大なモノを見落としているような気持ち悪さが、得体の知れない違和感となってタケルの胸を騒つかせた。
 とは言え、約束の日はやって来る。
 
「ハァ……こッ……こんないいモン、今まで独り占めしてやがったのかよぉ……」

 発情期の雄犬のように腰をへこへこと動かしながら、高橋が、二十一歳にしては締まりのない身体をうねらせる。
 マヒロはと言うと、この日のために借りた避暑地のコテージのベッドルームで、ダブルベッドに両膝をついてお尻だけを上げた状態で、高橋のモノを深々と捩じ込まれていた。

「この奥、ジュッポジュッポ先っぽに絡んでくんの。やべぇ……」

「あんま奥まで入れんなよ」

「だっ……て、めちゃめちゃ……気持ちい……」

 タケルは、マヒロの頭側に脚を投げ出して座り、自分の股の間に顔を埋めるマヒロの髪を撫でながら行為を見守っている。
 高橋がしつこく腰を突き入れるたび、股ぐらに縋り付くマヒロの手がギュッとタケルの太ももを掴む。
 フェラチオをさせる予定でいたが、させなくて正解だった。このペースで動かれたらそれこそペニスを噛まれかねない。

「どうでもいいが、中には出すなよ」

「わかっ……てるっ……て」

 マヒロのお尻を両手で開いて結合部を露出させながら、高橋が、長いストロークでペニスを出し入れする。

「しっかし、本当に……入っちまうんだな。マジで……すげぇ……」

 ぐちゅぐちゅと、ローションでべっとりと濡れたペニスが後孔を滑る音がする。
 ゴムを着けさせるつもりが、『ナマでさせてくれ』と拝み倒され、一回だけという条件でしぶしぶ了承した。
 乱暴にされた場合を想定し、マヒロには、予め、後孔にローションをいつもの倍の量たっぷりと仕込ませた。
 それがペニスを抜き差しするたび後孔からポタボタとこぼれ落ち、ますます高橋を興奮させる。
 苛烈なピストンを心配するタケルをよそに、高橋は、マヒロの奥深くをズンズン突き、ふいに抜け落ちそうなほど一気に引き戻した。

「あひぃッ!」

 カリ首で前立腺を抉られ、マヒロが引き攣ったような悲鳴を上げる。
 タケルへの気遣いだろう。挿入が始まってからというもの、マヒロはずっとタケルの内腿に突っ伏して快感に耐えていた。
 それが、弱い前立腺を突かれ、ついに我慢の限界を超えた。
 高橋の目の色が変わったことは言うまでもない。

「うおッ! 可愛い声でたぁ! ココ? ココ、もっとズボズボして欲しい?」

「んはッ! ……はぅッ、んッ……あッ……」

 堪えようとするも、一度溢れた声は止められない。イヤイヤと頭を振って快感から逃れようとするマヒロに追い討ちをかけるように、高橋が、亀頭だけを後孔に入れた状態で前立腺をゴリゴリと抉り回す。

「やべぇ。野郎の喘ぎ声、めちゃ興奮するッ!」

「あッ……あん! あッ! あッん……」

 先端が感じる部分を抉るたび、あまりの快感にマヒロが下半身を痙攣させる。
 それが皮肉にも突き入れた肉棒を締め付け、高橋を余計に興奮させる。

「ほらほらッ! もっと泣けよ! もっと、もっとぉッ!」

「ああッ、ぁあッああッ、んあぁッ」

「いい加減にしろ」とタケルが嗜めるが、ベッドの軋みに掻き消されて高橋の耳には入らない。
 そうしている間にも、高橋はどんどん動きを早め、突き上げられるリズムに合わせてマヒロが悩ましい声を上げる。
 その声に触発されたように、高橋は、亀頭だけを抜き差ししていた腰をふいに長く引き、再びペニスを奥までズンッと突き入れた。

「んあああぁッ!」

 反動でマヒロの背中が跳ね上がる。

「うほッ! なんだこれッ! ビクビク締まるぅ~」

「おいッ!」と、タケルは咄嗟に叫んでいた。

「もういいだろ! さっさと抜け!」

「冗談。今、めっちゃ締まって、気持ちイイ……とこなのにッ……」

 タケルの制止も聞かず、高橋はなおも腰を振り続ける。
 肉と肉がぶつかり合う音がだんだん早くなる。
 間に合わない。
 タケルがそう思ったのとほぼ同時に、突然高橋の背中がビクビクッと痙攣し、マヒロの後孔からローションまみれのペニスをずるりと引き出した。
 直後、赤く膨れた先端から、白い精液がビュッ、ビュッ、と勢い良くマヒロのお尻に降り掛かる。
 まさに間一髪。 
 中出しを免れた安心感からか、高橋の射精は一度では終わらず、二度三度とマヒロのお尻を汚した。

「やっべー、もうちょっとで中出しするとこだった」

「バカみてぇに腰振ってっからだ」

「だって、コイツが吸い付いて離してくんねぇんだもん……」

 ともあれ行為は終わった。
「退け」と、いつまでもマヒロのお尻にペニスを向けている高橋に言いながら、タケルは、自分の股の間に突っ伏したまま震えるマヒロの肩を掴んで仰向けに返した。
 マヒロは、白い顔を上気させ、濡れた唇を半開きにしながらハァハァと喘いでいる。
 二人だけなら、マヒロの薄っすらと開いた唇を唇で開いて舌で掻き回してやるところだが、今はそんな気分ではない。
 今は一刻も早くこの余興を終わらせたかった。
 先にシャワーを浴びさせようと、マヒロの頬を軽く叩いて目を開けさせる。起き上がるよう促すと、二人のやり取りを傍で見ていた高橋が、呆気に取られたようにポカンと口を開けた。

「え? え? なに? てか、なんでもう終わりなん?」

「一回こっきり、っつっただろ?」

「いやいや。その一回じゃないっしょ! 一晩ッ! 一晩ッ!」

 この期に及んで何を言い出すのかとタケルは呆れたが、高橋は一歩も引かない。

「だいたいお前全然参加してねーじゃん!」

「俺はいいんだ」

「そんなん3Pじゃねぇよ。俺だってまだ全然萎えねぇし、マヒロだってまだイッてねぇじゃん?」

 中イキ、という言葉を知らない高橋に、マヒロが今絶頂の余韻の真っ只中にいることを理解しろというほうが無理なのかも知れない。
 とは言え、教えてやるのも癪だった。
 そうこうしているうちにも、高橋は、起き上がりかけたマヒロの足を掴んで引きずり倒し、慌ただしく股の間に割って入る。

「とにかく、この勃起チンコをなんとかしてもらわねぇと……。ケツん中、まだ、ぐちょぐちょだけど、このまま入れても良い感じ?」

「ちょッ……ま、待てッ!」

 タケルの制止も聞かず、マヒロの足首を掴んで左右に開き、未だ萎えないペニスを後孔にグイグイ押し付ける。
 マヒロが気配を察して腰を引くものの、すかさず両足を担いで引き戻し、腰をグンと突き上げる。
「あぁッ」とマヒロの悲鳴が上がった時には、高橋のペニスはマヒロの後孔にガッツリ埋まり、前へ後ろへ揺さぶり始めていた。

「すご……キッツイのに、すんなり入っちまっ……た……」

 ぶちゅ、という音を立てながら、高橋のペニスがマヒロの後孔をゆっくりと出入りする。
 マヒロは、仰向けの状態で突き上げられながら、頭上に座るタケルに、助けを求めるように手を伸ばしている。
 泣き出しそうに皺を寄せた眉。赤く潤んだ瞳の奥に、ほんのりと恍惚の表情が見え隠れする。
 抗いながらも快感を隠し切れないマヒロを目の当たりにして、タケルは、自分に伸ばされた手を避けるようにマヒロから目を逸らした。
 一方高橋は、マヒロの足首を掴んで真横に開きながら、フン、フン、と鼻息を荒げて腰を突き入れている。

「ハァ……さっきの……気持ちイイとこ、いっぱい擦ってやっから……」

「んッあ……あぁあッ……あッ……はぁッ……」

 マヒロを見下ろしながら、バカの一つ覚えのように亀頭だけをぬぽぬぽと抜き差しする。
 弱い部分を刺激されているせいで、マヒロは喘ぎ声を止めることが出来ない。
 声の大きさに比例するように、反応の薄かったペニスが勃ち上がり、ピンク色の亀頭が先走りを滴らせる。
 そのいやらしさ。
 一旦は目を逸らしたタケルであったが、高橋に犯されて淫らに反応するマヒロのペニスからは目を逸らすことは出来なかった。
 知ってか知らずか、高橋は、マヒロの両脚を限界まで開き、背中を反らせて、わざとマヒロのペニスがタケルの位置からよく見えるような角度で腰を突き上げる。

「あッ、あああ、あん! あん! あッ!」

 高橋の腰の動きに合わせて、マヒロの勃起したペニスが上下にしなる。
 いつも真上から見下ろしている光景を別の場所から見る違和感。頭の奥にもやもやとしたものが立ち込める。
 茫然とするタケルをよそに、高橋は、腰の動きを早めてマヒロのペニスをブルブル揺らし、赤く腫れた先端が先走りを撒き散らすのを嬉々とした表情で眺めている。
 その目がふいに好色そうに光り、片手が濡れそぼったペニスを手の中に握り込んだ。

「あ、いやぁッ!」

 いきなりペニスを捕まれ、マヒロが悲鳴を上げる。 

「早くイケるように手伝ってやってんだろ? 遠慮すんなって」

「やぁッ……やだッ! んひィッ!」

 グチュグチュといやらしい音を立てながら、高橋が、先走りの粘液をローション代わりにペニスをせっせと扱き上げる。

「ほら、チンポとダブル責め、いいだろう、ほおら」

「あッ、やだ、やだッ……あぁぁ、あッ……」

 勃起を包んだ握り拳が上下に動くたび、とろみを増した先走りが鈴口から伝い流れ、マヒロのお腹に透明な糸をつーッと垂らす。
 マヒロは、身体をピンと突っ張らせ、赤らんだ顔を泣き出す寸前のように歪めながら喘いでいる。
 ぐっしょりと濡れた前髪、潤んだ瞳、語尾の上がったもつれるような喘ぎ声、熱く乱れた吐息。
 快感に打ち震えるマヒロを目の当たりにしながら、タケルは、予想外の事態に混乱していた。
 ゲイでもない高橋が、マヒロを熱っぽい視線で組み敷き、喘がせている。
 自分ですら最初は触れるのをためらったマヒロのペニスを、初めて触れる高橋が何の抵抗もなく当たり前のように握り締めて扱き上げているという異常さもさることながら、高橋に後ろと前を同時に犯され喘ぎ悶えるマヒロの姿にも戸惑いを覚えずにはいられない。
 これは誰だ、とタケルの意識の内側が訴える。
 こんなマヒロは知らない。
 タケルが心の中で叫ぶのと同時に、高橋の握り拳からはみ出たマヒロの亀頭がビクビクッと痙攣し、先走りの溜まった鈴口がブワッと開く。
 直後、

「ああッ……だ、だめッ! もッ……いくぅッ!」

 マヒロが喚くように絶叫し、飛び出た精液が空中で弧を描きながらみぞおちの窪みに落ちた
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