体で払ってくれませんか?

メンタルは大事に

文字の大きさ
21 / 43
6

探る再スタートの位置

しおりを挟む
「…という話があって」

夕食に買って帰ったピザを頬張る夢花。恐れていたような動揺はなかった。内心では隠しているかもしれないが。

俺は、ありのままを包み隠さず伝えた。下手に誤魔化して、夢花に嫌われたくなかった。

「弥人は…なんて答えたの?」
「仲直りはして欲しいけど、その要望には応えられない」

最近、夢花との目まぐるしい日常の中で忘れかけていた。仲直りしたいかどうかは、当人たちの問題だ。

夢花自身が忘れようとしていたなら、俺がぶり返す話ではない。

それでも、気がかりになることが頭から消えない。希海が去り際に放った言葉。

諦めないとは、付き合う事ではないだろう。俺をダシにして仲直りしたかったのか。

『今は距離を置きたがっている』

バーのママに言われた事が、不意に頭の中に浮かんでいた。あの時の"今"は、もう過ぎたのだろうか。

「俺さ…」
「私ね…」

全く同じタイミングで声が被った。

「いいよ、夢花から話して?」
「私…希海に恨まれていると思う」

実は最近、夢花は希海と遭遇していたらしい。西方祭の前、籐矢にパンフレットを貰った時の話。希海はベンチで一人、菓子パンを食べていたそうだ。

取り巻きは、いなかった。いなくなっていた。それは今日会った時も同じ。

俺の頭の中で、点と点が繋がっていく。出来上がった線は、歪に曲がりくねって絡み合う。何本もの線が、分かれては結ばれ…。

それでも俺の進むべき道は、たった一本である。

「恨まれている?」
「先に裏切ったのは私だから…」

俺は直感した。夢花には今まさに選択肢が与えられている、と。だから全ての状況を、材料を、見解を、夢花と共有した上で…。

「俺はさ、どっちでもいいよ」
「……?」
「仲直りしようとしても、しなくてもどっちでもいい」

俯き加減な夢花の傍に寄った。両肩を掴んだ。そこにある、夢花の確かな温もりを確認した。

「どちらを選ぶにしても、俺は…俺は夢花の味方であり続けるよ」

顔を上げる夢花。俺は愛おしく愛らしいその顔に、堪らず笑みが出てしまった。

「もう一度、謝ってみる」
「まぁ、ダメならダメでいいよ。俺が傍にいるから」

******

「…という話をしたのです」
「あらまぁ、男前ね」

ここは、夢花の働いているバー。

カウンターで向き合うママが、笑いながらお酒を注いだ。

普段は一切飲まない俺が、今日は二杯目に突入していた。

「でも問題は、そこからなんすよ」

もったいぶって言葉を発するより先に、グラスを振って一息に飲み干す。

「結局ゥ、夢花には返信がなかったみたいなんですゥ」
「あらまぁ」
「それがッすよ、俺にはRine送ってくるんすよ?これ見てくださいよォ」

俺は、酒にめっぽう弱かった。

おぼつかない手で、スマホを操作してママにみせる。

希海『弥人先輩!今日大学来ますかぁ?』08:31
希海『もしもーし?』08:57
弥人『あ、仕事だから無理です』10:33
希海『え?バイト中???』10:34
弥人『いや、会社です』12:35
希海『もしかして、学生じゃない…!?』12:35
希海『なーんつってねw冗談(スタンプ)』12:36

「俺、どうしたらいいんすかァァ?」
「Rine交換してやり取りしたこと、夢花は知ってるの?」
「そうなんすよォ。スマホ貸したら、なーんか勝手に登録されましたァ」
「…そうなのね」

俺は3杯目の要求に手を伸ばした所で、やんわりグラスを取り上げられた。

バイトの店員さんが、代わりのお水を持ってくる。

「もォ訳わからんですよ。希海ちゃんは何がしたいんですかネ!」
「それは難しいわね。アタシも下手なこと言えないし」
「俺ァ、ただ、みんななかよォく…」

*****

重たい目が開いた。

眩しい光が視界に差さってくる。

ここは、見覚えのある部屋と…夢花?

あれ、非番じゃなかった…?

俺の脳みそが、鳥のさえずりを理解して目覚める。

ここは俺と夢花が二人で住んでいる部屋だ。

布団の中――。

真正面にはいつもの距離感と違う夢花。

鼻息が届いて、そのまま吸い込めそうな位置。

「ゆめか」
「…おはよう」
「夢花?」
「…うん?」

どうやら昨夜、店で酔っぱらっていた俺のことを連れ帰ってくれたらしい。

床に置かれたオレンジ色のスマホが朝日に照らされる。

時刻は10時を過ぎていた。土曜日の文字に安堵した。

「すまん」
「うん?」
「迷惑かけちゃって」
「ううん。いいよ」

すると、夢花が体を寄せてきた。

温もりの中で、熱を帯びた夢花の体温が伝わる。

「夢花…」
「昨日、ありがとうね」
「いや俺は、何もしてあげれてないからさ」
「そんなことないよ」

夢花は、俺の頬を両手で包み込んでくれた。

視線を合わせることの出来ない俺を、一生懸命見つめる。

「すまん」
「らしくない。まだリスタートしたばかり」
「そ、そう…」

すると、スマホの着信が鳴った。

俺は頭上にあった端末を探り当てて画面を見る。

「希海から?」
「あ、あぁ」
「そっか」
「夢花、返信してみる?」

寝起きで冴えない頭に、なんとなく浮かんだ案。

俺が送ったことにすれば、希海は返信をくれるだろう。

「ねぇ弥人、二人で相談しながら内容決めてみない?」
「おk。俺はそれでいいよ」
「なんか面白くなってきちゃった」
「それは良かった」

面白おかしく笑う夢花を見て少しだけ安心した。

所詮、友達のいなかった俺には、仲直りの仕方なんて分からない。

二人の関係修復は、長い戦いになるだろう。

それでも、一歩ずつ進めば良いと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...