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「…という話があって」
夕食に買って帰ったピザを頬張る夢花。恐れていたような動揺はなかった。内心では隠しているかもしれないが。
俺は、ありのままを包み隠さず伝えた。下手に誤魔化して、夢花に嫌われたくなかった。
「弥人は…なんて答えたの?」
「仲直りはして欲しいけど、その要望には応えられない」
最近、夢花との目まぐるしい日常の中で忘れかけていた。仲直りしたいかどうかは、当人たちの問題だ。
夢花自身が忘れようとしていたなら、俺がぶり返す話ではない。
それでも、気がかりになることが頭から消えない。希海が去り際に放った言葉。
諦めないとは、付き合う事ではないだろう。俺をダシにして仲直りしたかったのか。
『今は距離を置きたがっている』
バーのママに言われた事が、不意に頭の中に浮かんでいた。あの時の"今"は、もう過ぎたのだろうか。
「俺さ…」
「私ね…」
全く同じタイミングで声が被った。
「いいよ、夢花から話して?」
「私…希海に恨まれていると思う」
実は最近、夢花は希海と遭遇していたらしい。西方祭の前、籐矢にパンフレットを貰った時の話。希海はベンチで一人、菓子パンを食べていたそうだ。
取り巻きは、いなかった。いなくなっていた。それは今日会った時も同じ。
俺の頭の中で、点と点が繋がっていく。出来上がった線は、歪に曲がりくねって絡み合う。何本もの線が、分かれては結ばれ…。
それでも俺の進むべき道は、たった一本である。
「恨まれている?」
「先に裏切ったのは私だから…」
俺は直感した。夢花には今まさに選択肢が与えられている、と。だから全ての状況を、材料を、見解を、夢花と共有した上で…。
「俺はさ、どっちでもいいよ」
「……?」
「仲直りしようとしても、しなくてもどっちでもいい」
俯き加減な夢花の傍に寄った。両肩を掴んだ。そこにある、夢花の確かな温もりを確認した。
「どちらを選ぶにしても、俺は…俺は夢花の味方であり続けるよ」
顔を上げる夢花。俺は愛おしく愛らしいその顔に、堪らず笑みが出てしまった。
「もう一度、謝ってみる」
「まぁ、ダメならダメでいいよ。俺が傍にいるから」
******
「…という話をしたのです」
「あらまぁ、男前ね」
ここは、夢花の働いているバー。
カウンターで向き合うママが、笑いながらお酒を注いだ。
普段は一切飲まない俺が、今日は二杯目に突入していた。
「でも問題は、そこからなんすよ」
もったいぶって言葉を発するより先に、グラスを振って一息に飲み干す。
「結局ゥ、夢花には返信がなかったみたいなんですゥ」
「あらまぁ」
「それがッすよ、俺にはRine送ってくるんすよ?これ見てくださいよォ」
俺は、酒にめっぽう弱かった。
おぼつかない手で、スマホを操作してママにみせる。
希海『弥人先輩!今日大学来ますかぁ?』08:31
希海『もしもーし?』08:57
弥人『あ、仕事だから無理です』10:33
希海『え?バイト中???』10:34
弥人『いや、会社です』12:35
希海『もしかして、学生じゃない…!?』12:35
希海『なーんつってねw冗談(スタンプ)』12:36
「俺、どうしたらいいんすかァァ?」
「Rine交換してやり取りしたこと、夢花は知ってるの?」
「そうなんすよォ。スマホ貸したら、なーんか勝手に登録されましたァ」
「…そうなのね」
俺は3杯目の要求に手を伸ばした所で、やんわりグラスを取り上げられた。
バイトの店員さんが、代わりのお水を持ってくる。
「もォ訳わからんですよ。希海ちゃんは何がしたいんですかネ!」
「それは難しいわね。アタシも下手なこと言えないし」
「俺ァ、ただ、みんななかよォく…」
*****
重たい目が開いた。
眩しい光が視界に差さってくる。
ここは、見覚えのある部屋と…夢花?
あれ、非番じゃなかった…?
俺の脳みそが、鳥のさえずりを理解して目覚める。
ここは俺と夢花が二人で住んでいる部屋だ。
布団の中――。
真正面にはいつもの距離感と違う夢花。
鼻息が届いて、そのまま吸い込めそうな位置。
「ゆめか」
「…おはよう」
「夢花?」
「…うん?」
どうやら昨夜、店で酔っぱらっていた俺のことを連れ帰ってくれたらしい。
床に置かれたオレンジ色のスマホが朝日に照らされる。
時刻は10時を過ぎていた。土曜日の文字に安堵した。
「すまん」
「うん?」
「迷惑かけちゃって」
「ううん。いいよ」
すると、夢花が体を寄せてきた。
温もりの中で、熱を帯びた夢花の体温が伝わる。
「夢花…」
「昨日、ありがとうね」
「いや俺は、何もしてあげれてないからさ」
「そんなことないよ」
夢花は、俺の頬を両手で包み込んでくれた。
視線を合わせることの出来ない俺を、一生懸命見つめる。
「すまん」
「らしくない。まだリスタートしたばかり」
「そ、そう…」
すると、スマホの着信が鳴った。
俺は頭上にあった端末を探り当てて画面を見る。
「希海から?」
「あ、あぁ」
「そっか」
「夢花、返信してみる?」
寝起きで冴えない頭に、なんとなく浮かんだ案。
俺が送ったことにすれば、希海は返信をくれるだろう。
「ねぇ弥人、二人で相談しながら内容決めてみない?」
「おk。俺はそれでいいよ」
「なんか面白くなってきちゃった」
「それは良かった」
面白おかしく笑う夢花を見て少しだけ安心した。
所詮、友達のいなかった俺には、仲直りの仕方なんて分からない。
二人の関係修復は、長い戦いになるだろう。
それでも、一歩ずつ進めば良いと思った。
夕食に買って帰ったピザを頬張る夢花。恐れていたような動揺はなかった。内心では隠しているかもしれないが。
俺は、ありのままを包み隠さず伝えた。下手に誤魔化して、夢花に嫌われたくなかった。
「弥人は…なんて答えたの?」
「仲直りはして欲しいけど、その要望には応えられない」
最近、夢花との目まぐるしい日常の中で忘れかけていた。仲直りしたいかどうかは、当人たちの問題だ。
夢花自身が忘れようとしていたなら、俺がぶり返す話ではない。
それでも、気がかりになることが頭から消えない。希海が去り際に放った言葉。
諦めないとは、付き合う事ではないだろう。俺をダシにして仲直りしたかったのか。
『今は距離を置きたがっている』
バーのママに言われた事が、不意に頭の中に浮かんでいた。あの時の"今"は、もう過ぎたのだろうか。
「俺さ…」
「私ね…」
全く同じタイミングで声が被った。
「いいよ、夢花から話して?」
「私…希海に恨まれていると思う」
実は最近、夢花は希海と遭遇していたらしい。西方祭の前、籐矢にパンフレットを貰った時の話。希海はベンチで一人、菓子パンを食べていたそうだ。
取り巻きは、いなかった。いなくなっていた。それは今日会った時も同じ。
俺の頭の中で、点と点が繋がっていく。出来上がった線は、歪に曲がりくねって絡み合う。何本もの線が、分かれては結ばれ…。
それでも俺の進むべき道は、たった一本である。
「恨まれている?」
「先に裏切ったのは私だから…」
俺は直感した。夢花には今まさに選択肢が与えられている、と。だから全ての状況を、材料を、見解を、夢花と共有した上で…。
「俺はさ、どっちでもいいよ」
「……?」
「仲直りしようとしても、しなくてもどっちでもいい」
俯き加減な夢花の傍に寄った。両肩を掴んだ。そこにある、夢花の確かな温もりを確認した。
「どちらを選ぶにしても、俺は…俺は夢花の味方であり続けるよ」
顔を上げる夢花。俺は愛おしく愛らしいその顔に、堪らず笑みが出てしまった。
「もう一度、謝ってみる」
「まぁ、ダメならダメでいいよ。俺が傍にいるから」
******
「…という話をしたのです」
「あらまぁ、男前ね」
ここは、夢花の働いているバー。
カウンターで向き合うママが、笑いながらお酒を注いだ。
普段は一切飲まない俺が、今日は二杯目に突入していた。
「でも問題は、そこからなんすよ」
もったいぶって言葉を発するより先に、グラスを振って一息に飲み干す。
「結局ゥ、夢花には返信がなかったみたいなんですゥ」
「あらまぁ」
「それがッすよ、俺にはRine送ってくるんすよ?これ見てくださいよォ」
俺は、酒にめっぽう弱かった。
おぼつかない手で、スマホを操作してママにみせる。
希海『弥人先輩!今日大学来ますかぁ?』08:31
希海『もしもーし?』08:57
弥人『あ、仕事だから無理です』10:33
希海『え?バイト中???』10:34
弥人『いや、会社です』12:35
希海『もしかして、学生じゃない…!?』12:35
希海『なーんつってねw冗談(スタンプ)』12:36
「俺、どうしたらいいんすかァァ?」
「Rine交換してやり取りしたこと、夢花は知ってるの?」
「そうなんすよォ。スマホ貸したら、なーんか勝手に登録されましたァ」
「…そうなのね」
俺は3杯目の要求に手を伸ばした所で、やんわりグラスを取り上げられた。
バイトの店員さんが、代わりのお水を持ってくる。
「もォ訳わからんですよ。希海ちゃんは何がしたいんですかネ!」
「それは難しいわね。アタシも下手なこと言えないし」
「俺ァ、ただ、みんななかよォく…」
*****
重たい目が開いた。
眩しい光が視界に差さってくる。
ここは、見覚えのある部屋と…夢花?
あれ、非番じゃなかった…?
俺の脳みそが、鳥のさえずりを理解して目覚める。
ここは俺と夢花が二人で住んでいる部屋だ。
布団の中――。
真正面にはいつもの距離感と違う夢花。
鼻息が届いて、そのまま吸い込めそうな位置。
「ゆめか」
「…おはよう」
「夢花?」
「…うん?」
どうやら昨夜、店で酔っぱらっていた俺のことを連れ帰ってくれたらしい。
床に置かれたオレンジ色のスマホが朝日に照らされる。
時刻は10時を過ぎていた。土曜日の文字に安堵した。
「すまん」
「うん?」
「迷惑かけちゃって」
「ううん。いいよ」
すると、夢花が体を寄せてきた。
温もりの中で、熱を帯びた夢花の体温が伝わる。
「夢花…」
「昨日、ありがとうね」
「いや俺は、何もしてあげれてないからさ」
「そんなことないよ」
夢花は、俺の頬を両手で包み込んでくれた。
視線を合わせることの出来ない俺を、一生懸命見つめる。
「すまん」
「らしくない。まだリスタートしたばかり」
「そ、そう…」
すると、スマホの着信が鳴った。
俺は頭上にあった端末を探り当てて画面を見る。
「希海から?」
「あ、あぁ」
「そっか」
「夢花、返信してみる?」
寝起きで冴えない頭に、なんとなく浮かんだ案。
俺が送ったことにすれば、希海は返信をくれるだろう。
「ねぇ弥人、二人で相談しながら内容決めてみない?」
「おk。俺はそれでいいよ」
「なんか面白くなってきちゃった」
「それは良かった」
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