22 / 43
6
再び繰り返す気持ち
しおりを挟む
いくつもの山と川を越え、特急電車に揺られること約2時間。
「まつもとーまつもとーまつもとー」
独特な案内音声を聞いて、笑いが込み上げてきた。これが、あの有名な案内放送か。
長野県松本市。
日本の中央を縦に走る二つの大山脈に挟まれた盆地。国宝松本城の所在地である。
「現存する5重6階の中で最古のお城だって」
「昔からあるの?」
「そうみたいだね。400年以上前から残ってるらしい」
「400年…?」
夢花は駅で見つけたパンフレットを眺めながら呟く。あまり実感が湧かない様だ。
「そういえば夢花はお城とか行ったことない?」
「1回もないと思う。写真で見たくらい」
「なら、人生で1度は来ておいても損はないな」
「うん。楽しみにしてる」
季節は晩秋。少し肌寒いくらいで、歩くには丁度良い。
バス移動でもよかったが、座り続けだったこともあり適度に運動することになった。
「もう秋かぁ」
「夢花?どうしたの急に」
「なんか色々あったなーって」
澄み切った青い空に、薄い雲が撫でられ進んでいく。人ごみの会話に横断歩道の音、走り去っていく電車のリズム。鮮明に届く感覚の中に、互いに握る手の温度。
幸せな時間は、いつでもすぐに去っていくものだ。それでも、その時々をしっかり歩んでいく。
「1年前には想像もつかなかったから」
「俺もだよ」
年を重ねるにつれて忘れていた。1年1年の重み。それを夢花が、思い出させてくれた気がした。視界の中の街並みが、鮮やかに映える。
「私、弥人と会えて良かった」
「俺も良かったよ…ありがとう」
「こちらこそ」
「でもさ、これ行きに言う台詞じゃないよな」
「確かに」
「行くぞー松本。国宝が待ってる」
恥ずかしくなった俺は、手を解いて駆け出していた。
******
「階段凄かった。あと天守閣?からの眺めも。山と街並み」
「いい景色でしょ。あれ見ると天下取りたくもなるよ」
「それは言い過ぎじゃない?」
「夢花姫には、俺が天下取ったらやりたいほうだいさせてあげよう」
「取ったらね」
本丸庭園にあるベンチで休憩中も、俺は月見櫓を眺めていた。江戸幕府三代将軍、徳川家光のために、後に造成されたものだ。
城から突き出しており、見る人によっては余計な構造物かもしれない。だがそれも含めて今の松本城が、松本城として存在している。
「弥人?何考えてるの?」
「ん、あぁ」
「後付けの理由…かな」
「どういうこと?」
「あそこの色違う部分あるじゃん。広間になっていた所…」
俺は、己の醜欲を満たすため夢花にお金を貸した。
それは紛れもない事実であり、そして後付けの理由だ。
情けない男――。
心の中で嘲笑し、太陽には雲が掛かり始める。
夢花のことが好きだ。でも俺に好きになる資格はあるのか。
「ねぇ、今日は問題だしてくれないの?」
「…え?」
「もしかして、今考えてた?w」
「あ、あぁ…完全に忘れてた」
「もう、それじゃ私が出すよ?」
角がほんのり折れたパンフレットを取り出した夢花。
一生懸命に考える姿は、天に浮かぶ名月なんかよりもずっと眩しい。
まだ昼だけど。
「夢花は、どう思ってる?」
「…どう?って?」
「今の暮らしとか、状況だとか、俺のこととか…なんでもいいけど」
パンフレットを閉じた夢花の顔つきが真剣になった。
夢花は体勢を向き直す。そして、恐る恐る窺う俺の視線が合うまでじっと待ち続けた。
「私は希海のことが好き。仲直り出来るならしたいと思ってる」
俺の頭の中には、ひとつの選択肢が思い起こされる。
話だけは聞いていた。夢花と希海の馴れ初めは、なんの変哲もないエピソード。
「でもね…」
覚悟はこれまでに何度も決めきた。
初めからそうだった。
「そのために弥人と引き裂かれるくらいなら、希海は諦める」
真っ黒な核心を残したまま、邪な覚悟で誤魔化し続けてきた。
夢花が光を帯びていくたび、己が咎に心は蝕まれる。
「弥人?」
「俺は…」
俺は、とてつもなく汚い人間だ。
乙女の身体が欲しかった。自分のものにしたかった。
その執着心で夢花の檻を作り続けていた。
裂けない程度に心を広げながら、逃がさないよう四方八方に山を作ってきた。
「俺より希海ちゃんのほうがまともだよ?」
「まともじゃなくてもいい。私は弥人を一番愛してるから」
「まともじゃない答えだな」
「だって私、まともじゃない男の彼女だしw」
伏し目がちだった俺の顔を、夢花の両手が包み込んだ。
再び降り注ぎ始めた太陽光とは対照的に冷たい手。
「さて問題です。ここは一体どこ?」
「夢花…?」
「ぶぶッー正解はまつもとでしたー」
夢花からパンフレットを返されて、俺は立ち上がった。
「帰りの電車何時だったっけ?」
「まつもとーまつもとーまつもとー」
独特な案内音声を聞いて、笑いが込み上げてきた。これが、あの有名な案内放送か。
長野県松本市。
日本の中央を縦に走る二つの大山脈に挟まれた盆地。国宝松本城の所在地である。
「現存する5重6階の中で最古のお城だって」
「昔からあるの?」
「そうみたいだね。400年以上前から残ってるらしい」
「400年…?」
夢花は駅で見つけたパンフレットを眺めながら呟く。あまり実感が湧かない様だ。
「そういえば夢花はお城とか行ったことない?」
「1回もないと思う。写真で見たくらい」
「なら、人生で1度は来ておいても損はないな」
「うん。楽しみにしてる」
季節は晩秋。少し肌寒いくらいで、歩くには丁度良い。
バス移動でもよかったが、座り続けだったこともあり適度に運動することになった。
「もう秋かぁ」
「夢花?どうしたの急に」
「なんか色々あったなーって」
澄み切った青い空に、薄い雲が撫でられ進んでいく。人ごみの会話に横断歩道の音、走り去っていく電車のリズム。鮮明に届く感覚の中に、互いに握る手の温度。
幸せな時間は、いつでもすぐに去っていくものだ。それでも、その時々をしっかり歩んでいく。
「1年前には想像もつかなかったから」
「俺もだよ」
年を重ねるにつれて忘れていた。1年1年の重み。それを夢花が、思い出させてくれた気がした。視界の中の街並みが、鮮やかに映える。
「私、弥人と会えて良かった」
「俺も良かったよ…ありがとう」
「こちらこそ」
「でもさ、これ行きに言う台詞じゃないよな」
「確かに」
「行くぞー松本。国宝が待ってる」
恥ずかしくなった俺は、手を解いて駆け出していた。
******
「階段凄かった。あと天守閣?からの眺めも。山と街並み」
「いい景色でしょ。あれ見ると天下取りたくもなるよ」
「それは言い過ぎじゃない?」
「夢花姫には、俺が天下取ったらやりたいほうだいさせてあげよう」
「取ったらね」
本丸庭園にあるベンチで休憩中も、俺は月見櫓を眺めていた。江戸幕府三代将軍、徳川家光のために、後に造成されたものだ。
城から突き出しており、見る人によっては余計な構造物かもしれない。だがそれも含めて今の松本城が、松本城として存在している。
「弥人?何考えてるの?」
「ん、あぁ」
「後付けの理由…かな」
「どういうこと?」
「あそこの色違う部分あるじゃん。広間になっていた所…」
俺は、己の醜欲を満たすため夢花にお金を貸した。
それは紛れもない事実であり、そして後付けの理由だ。
情けない男――。
心の中で嘲笑し、太陽には雲が掛かり始める。
夢花のことが好きだ。でも俺に好きになる資格はあるのか。
「ねぇ、今日は問題だしてくれないの?」
「…え?」
「もしかして、今考えてた?w」
「あ、あぁ…完全に忘れてた」
「もう、それじゃ私が出すよ?」
角がほんのり折れたパンフレットを取り出した夢花。
一生懸命に考える姿は、天に浮かぶ名月なんかよりもずっと眩しい。
まだ昼だけど。
「夢花は、どう思ってる?」
「…どう?って?」
「今の暮らしとか、状況だとか、俺のこととか…なんでもいいけど」
パンフレットを閉じた夢花の顔つきが真剣になった。
夢花は体勢を向き直す。そして、恐る恐る窺う俺の視線が合うまでじっと待ち続けた。
「私は希海のことが好き。仲直り出来るならしたいと思ってる」
俺の頭の中には、ひとつの選択肢が思い起こされる。
話だけは聞いていた。夢花と希海の馴れ初めは、なんの変哲もないエピソード。
「でもね…」
覚悟はこれまでに何度も決めきた。
初めからそうだった。
「そのために弥人と引き裂かれるくらいなら、希海は諦める」
真っ黒な核心を残したまま、邪な覚悟で誤魔化し続けてきた。
夢花が光を帯びていくたび、己が咎に心は蝕まれる。
「弥人?」
「俺は…」
俺は、とてつもなく汚い人間だ。
乙女の身体が欲しかった。自分のものにしたかった。
その執着心で夢花の檻を作り続けていた。
裂けない程度に心を広げながら、逃がさないよう四方八方に山を作ってきた。
「俺より希海ちゃんのほうがまともだよ?」
「まともじゃなくてもいい。私は弥人を一番愛してるから」
「まともじゃない答えだな」
「だって私、まともじゃない男の彼女だしw」
伏し目がちだった俺の顔を、夢花の両手が包み込んだ。
再び降り注ぎ始めた太陽光とは対照的に冷たい手。
「さて問題です。ここは一体どこ?」
「夢花…?」
「ぶぶッー正解はまつもとでしたー」
夢花からパンフレットを返されて、俺は立ち上がった。
「帰りの電車何時だったっけ?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
清掃員と僕の密やかな情状
MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。
青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。
肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。
44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる