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第十三話
凄惨な火事から一夜明け、私はアーロンさんと居間のソファに座っていた。
「さて、気持ちは落ち着いたかな」
問いかけながら、アーロンさんは空になったふたつのカップを手に取る。
焦燥している私に、昨晩アーロンさんがホットミルクを淹れてくれたのだ。
「うん……うん……まあ」
まだザワザワと落ち着きない心境ではあったが、時間を置いたことで興奮状態からは抜け出したように思う。
固まった体を奮起するように伸ばし、私は天井を見上げた。
「ショーの人たち、大丈夫かしら……」
言葉にすればまた、昨夜の地獄のような光景が頭に浮かんでしまう。
ぶんぶんと力強く首を振って想像を蹴散らそうとしている私の前に、アーロンさんが膝をついた。
「気になるなら、行ってみようか」
「行くって……どこへ?」
「現場」
そう言って、アーロンさんはニヤリと意地悪く笑う。
「何か気づきがあるかもしれないだろう、名探偵?」
――
通りはいつもより閑散としていた。
焦げ臭い匂いが辺りに漂い、警官らしき人物が複数人、焼け跡のそばで何か難しい顔をして話し合っている。
端の方に座り込み、見るからにサボっている様子の見慣れた顔を見つけ、私は近寄った。
「どうも、警官さん」
「おや、あなた方は……確かオスカーさんのところで……」
顔を上げたのは、オスカーさんの殺人事件で事情聴取をしていた警官だった。
確か名前はマルクさんだったな、と思い出す。
まだ若く、体力が有り余っていそうだが、出世に興味がないのか常に面倒くさそうに仕事をしている。
「昨日ここのショーを見ていたから、火事のことが気になってね」
「へぇ、物好きですねぇ」
アーロンさんの言葉に苦笑しながら、マルクさんは重い腰を上げた。
「ショーの人たちはどうなったの?」
問いかけると、マルクさんはいかにも面倒くさそうにため息を吐く。
「上からあんまり細かいことは教えるなと言われてるんですがねぇ。まあオスカー氏の件もあるし、少しならいいかなぁ……」
ブツブツと独り言を言ってから、マルクさんは一つ咳払いをした。
「だいたいは無事ですよ。といっても大なり小なり火傷はしてますがね」
「問題は座長と、取り残された三本腕の男性かな」
アーロンさんが呟くと、マルクさんは頬をかく。
「ええ、まあ。座長はすぐに大病院に運び込まれましたが、あまりにも火傷がひどいので、助かる見込みは低いでしょうな」
予想していたことだが、それでも胸が痛む。
昨日の座長の姿を思い出しそうになり、慌ててかぶりを振った。
「三本腕の男性については、それらしき焼死体が焼け跡から発見されたところですよ。炭化しきっている上に事故でもあったのかバラバラで、身元の判別もつかないご遺体ですがね」
マルクさんは警官たちが難しそうな顔をして集まっている方に視線を向ける。
「それでも三本腕の男性と特定できたんだね」
「ええ、まあ。バラバラになった遺体を拾い集めたら、腕が三本ありましたからね。まず間違いないでしょう」
まるで壊れた機械の話でもするような調子でマルクさんは話す。
彼にとっては焼け焦げた遺体でしかなく、それが昨日まで生きていたと考える方が難しいのだろう。
「火元って検討がついているのかしら」
「火元かぁ……」
私の質問に、マルクさんは歯切れ悪く答える。
「関係者の話では、テントの中には雰囲気を出すためにランプやらライトやら、熱源になるものが大量にあったとか。それが何かに引火した、と考えるのが妥当でしょうね」
「やや! これはこれは昨晩の旦那とお嬢さん!」
マルクさんの言葉尻に被せるように甲高い声が響いた。
声のした方に目を向けると、痩せぎすの男性が手を擦り合わせながら近寄ってきている。
「いやぁ、昨日はとんだご迷惑をおかけしまして……私どもの管理が至らないせいでこのような……」
ペコペコと頭を下げる痩せぎすの男性に、慌てて首を振る。
「そんな、あなたに怪我がなくて何よりだわ」
「して、お嬢さんがたはなんの用で? 忘れ物でもしましたか? 拾うのは望み薄かと思いますが」
痩せぎすの男性は不思議そうに首を傾げた。
「ええっと……ショーの皆さんがどうなったのか、気になって」
これは半分本当で、半分嘘だ。
そもそもの行動の発端は、アーロンさんに現場検証に誘われたからなのだが、流石にそれは言いづらい。
「なんとまあ……私どものために……心の美しいお嬢さんだ……」
痩せぎすの男性は完全に善意だと受け取ったようで、私の言葉に感極まり、目に涙を溜めている。
「ああそうだ、警察の旦那。この方々にも現場検証をしてもらったらどうです? 外にいた私より、事件前の様子を覚えておいででしょうから」
「それはいい。ぜひお願いできるかな」
痩せぎすの男性とアーロンさんに見つめられたマルクさんは眉を上げ、しばし唸ったあと肩を落とした。
「まあそうですね……私も早く帰りたいですし、一つご協力いただけますか」
そう言ってマルクさんは焼け跡の方へと歩き出す。
その後ろ姿を追って焼け跡に近づいていくと、鼻につく焦げ臭い匂いが強くなっていった。
「まあ焼け跡と言っても、テントなんて材質は基本ロープと布ですから。ほとんど跡形もなく燃えてしまって、いくらかショーの道具なんかが残ってるだけなんですよ」
そう言ってマルクさんは焼け跡の傍にしゃがみ込む。
同じくしゃがんでみると、何やら剣や斧のようなものが大量に散らばっているのが目に入った。
「この大量の刃物類は?」
「ショーの小道具として使ったり、テントを建てる時に使ったりしてたものですねぇ。まとめて箱に入れていたんですよ」
後ろから痩せぎすの男性が覗き込んできて説明する。
「ちなみにちょうどご遺体があったのはこの辺りですね」
「ひっ」
マルクさんの言葉に思わず飛び退く。
そういうことは先に言ってほしいものだ。
「ご遺体はもう搬送済みかな」
「ええ、野犬にでも拾っていかれると厄介ですので」
マルクさんが頷く。
「見立てとしては、刃物類を入れていた箱に登って炎から逃れようとしたものの、箱ごと転落。その際に降り注いだ刃物によって切断された、といったところかな」
「ええ、まあ。刃物による失血死か、焼死か。死因は解剖してみないとなんとも言えませんが」
よくよく床を見ると、煤に塗れた地面にべったりと赤黒い血液が付着しているのが分かった。
どちらがいいというわけでもないが、せめて苦しまずに逝けたことを願わずにはいられない。
ふと、視線の先に刃物では無いものを捉えて指を指す。
「あれは何?」
それは細長い筒状の金属だった。
筒の先から黒焦げのチューブのようなものが二つの缶に繋がっている。
傍らに皿のような形をした、同じような金属が転がっていた。
「あれはライムライトと言って、ステージを照らすための光源でして」
痩せぎすの男性は身振り手振りを交えて話す。
「あの筒のようになっているところから、なんだかっていう名前の空気を送るんだとか。そうすると、先の方に付けた石灰から大きく火が上がるんで、その火を皿みたいな反射板に当てて、強い光にするんです」
「へぇ……」
痩せぎすの男性の説明を聞きながら、私はライムライトの残骸を観察してみた。
空気を送る、と言っているのは、チューブの先についた缶から可燃性の気体を送る、という意味かもしれない。
可燃した気体で石灰を炙って強い光を生み出していたとしたら、それが何らかの拍子に燃え移って火事になるのは自然なように思えた。
「では、あれもライムライトの部品かな?」
アーロンさんはライムライトの残骸の傍らに転がるガラス片を指で指し示す。
「ガラス……ですか……どうでしたかなぁ。私めもあまり詳しく観察したことがないので……」
そう言って痩せぎすの男性はぽりぽりと頬をかいた。
じっと目を凝らすと、アーロンさんが指し示すガラス片はどれもすこし湾曲した形をしている。
元はひとつの、何か丸っこい形をしたものだったようだ。
「おい、マルク! いつまで油を売ってるんだ!」
突然野太い男性の声が辺りに響く。
名前を呼ばれたマルクさんはびくりと体を震わせたかと思うと、今まで見せたことの無いスピードで立ち上がった。
「はい、はい! 今行きますとも警部殿!」
そう言うと、マルクさんは私たちに立ち去るように手でジェスチャーを送り、声のした方へと走っていってしまった。
「さて、気持ちは落ち着いたかな」
問いかけながら、アーロンさんは空になったふたつのカップを手に取る。
焦燥している私に、昨晩アーロンさんがホットミルクを淹れてくれたのだ。
「うん……うん……まあ」
まだザワザワと落ち着きない心境ではあったが、時間を置いたことで興奮状態からは抜け出したように思う。
固まった体を奮起するように伸ばし、私は天井を見上げた。
「ショーの人たち、大丈夫かしら……」
言葉にすればまた、昨夜の地獄のような光景が頭に浮かんでしまう。
ぶんぶんと力強く首を振って想像を蹴散らそうとしている私の前に、アーロンさんが膝をついた。
「気になるなら、行ってみようか」
「行くって……どこへ?」
「現場」
そう言って、アーロンさんはニヤリと意地悪く笑う。
「何か気づきがあるかもしれないだろう、名探偵?」
――
通りはいつもより閑散としていた。
焦げ臭い匂いが辺りに漂い、警官らしき人物が複数人、焼け跡のそばで何か難しい顔をして話し合っている。
端の方に座り込み、見るからにサボっている様子の見慣れた顔を見つけ、私は近寄った。
「どうも、警官さん」
「おや、あなた方は……確かオスカーさんのところで……」
顔を上げたのは、オスカーさんの殺人事件で事情聴取をしていた警官だった。
確か名前はマルクさんだったな、と思い出す。
まだ若く、体力が有り余っていそうだが、出世に興味がないのか常に面倒くさそうに仕事をしている。
「昨日ここのショーを見ていたから、火事のことが気になってね」
「へぇ、物好きですねぇ」
アーロンさんの言葉に苦笑しながら、マルクさんは重い腰を上げた。
「ショーの人たちはどうなったの?」
問いかけると、マルクさんはいかにも面倒くさそうにため息を吐く。
「上からあんまり細かいことは教えるなと言われてるんですがねぇ。まあオスカー氏の件もあるし、少しならいいかなぁ……」
ブツブツと独り言を言ってから、マルクさんは一つ咳払いをした。
「だいたいは無事ですよ。といっても大なり小なり火傷はしてますがね」
「問題は座長と、取り残された三本腕の男性かな」
アーロンさんが呟くと、マルクさんは頬をかく。
「ええ、まあ。座長はすぐに大病院に運び込まれましたが、あまりにも火傷がひどいので、助かる見込みは低いでしょうな」
予想していたことだが、それでも胸が痛む。
昨日の座長の姿を思い出しそうになり、慌ててかぶりを振った。
「三本腕の男性については、それらしき焼死体が焼け跡から発見されたところですよ。炭化しきっている上に事故でもあったのかバラバラで、身元の判別もつかないご遺体ですがね」
マルクさんは警官たちが難しそうな顔をして集まっている方に視線を向ける。
「それでも三本腕の男性と特定できたんだね」
「ええ、まあ。バラバラになった遺体を拾い集めたら、腕が三本ありましたからね。まず間違いないでしょう」
まるで壊れた機械の話でもするような調子でマルクさんは話す。
彼にとっては焼け焦げた遺体でしかなく、それが昨日まで生きていたと考える方が難しいのだろう。
「火元って検討がついているのかしら」
「火元かぁ……」
私の質問に、マルクさんは歯切れ悪く答える。
「関係者の話では、テントの中には雰囲気を出すためにランプやらライトやら、熱源になるものが大量にあったとか。それが何かに引火した、と考えるのが妥当でしょうね」
「やや! これはこれは昨晩の旦那とお嬢さん!」
マルクさんの言葉尻に被せるように甲高い声が響いた。
声のした方に目を向けると、痩せぎすの男性が手を擦り合わせながら近寄ってきている。
「いやぁ、昨日はとんだご迷惑をおかけしまして……私どもの管理が至らないせいでこのような……」
ペコペコと頭を下げる痩せぎすの男性に、慌てて首を振る。
「そんな、あなたに怪我がなくて何よりだわ」
「して、お嬢さんがたはなんの用で? 忘れ物でもしましたか? 拾うのは望み薄かと思いますが」
痩せぎすの男性は不思議そうに首を傾げた。
「ええっと……ショーの皆さんがどうなったのか、気になって」
これは半分本当で、半分嘘だ。
そもそもの行動の発端は、アーロンさんに現場検証に誘われたからなのだが、流石にそれは言いづらい。
「なんとまあ……私どものために……心の美しいお嬢さんだ……」
痩せぎすの男性は完全に善意だと受け取ったようで、私の言葉に感極まり、目に涙を溜めている。
「ああそうだ、警察の旦那。この方々にも現場検証をしてもらったらどうです? 外にいた私より、事件前の様子を覚えておいででしょうから」
「それはいい。ぜひお願いできるかな」
痩せぎすの男性とアーロンさんに見つめられたマルクさんは眉を上げ、しばし唸ったあと肩を落とした。
「まあそうですね……私も早く帰りたいですし、一つご協力いただけますか」
そう言ってマルクさんは焼け跡の方へと歩き出す。
その後ろ姿を追って焼け跡に近づいていくと、鼻につく焦げ臭い匂いが強くなっていった。
「まあ焼け跡と言っても、テントなんて材質は基本ロープと布ですから。ほとんど跡形もなく燃えてしまって、いくらかショーの道具なんかが残ってるだけなんですよ」
そう言ってマルクさんは焼け跡の傍にしゃがみ込む。
同じくしゃがんでみると、何やら剣や斧のようなものが大量に散らばっているのが目に入った。
「この大量の刃物類は?」
「ショーの小道具として使ったり、テントを建てる時に使ったりしてたものですねぇ。まとめて箱に入れていたんですよ」
後ろから痩せぎすの男性が覗き込んできて説明する。
「ちなみにちょうどご遺体があったのはこの辺りですね」
「ひっ」
マルクさんの言葉に思わず飛び退く。
そういうことは先に言ってほしいものだ。
「ご遺体はもう搬送済みかな」
「ええ、野犬にでも拾っていかれると厄介ですので」
マルクさんが頷く。
「見立てとしては、刃物類を入れていた箱に登って炎から逃れようとしたものの、箱ごと転落。その際に降り注いだ刃物によって切断された、といったところかな」
「ええ、まあ。刃物による失血死か、焼死か。死因は解剖してみないとなんとも言えませんが」
よくよく床を見ると、煤に塗れた地面にべったりと赤黒い血液が付着しているのが分かった。
どちらがいいというわけでもないが、せめて苦しまずに逝けたことを願わずにはいられない。
ふと、視線の先に刃物では無いものを捉えて指を指す。
「あれは何?」
それは細長い筒状の金属だった。
筒の先から黒焦げのチューブのようなものが二つの缶に繋がっている。
傍らに皿のような形をした、同じような金属が転がっていた。
「あれはライムライトと言って、ステージを照らすための光源でして」
痩せぎすの男性は身振り手振りを交えて話す。
「あの筒のようになっているところから、なんだかっていう名前の空気を送るんだとか。そうすると、先の方に付けた石灰から大きく火が上がるんで、その火を皿みたいな反射板に当てて、強い光にするんです」
「へぇ……」
痩せぎすの男性の説明を聞きながら、私はライムライトの残骸を観察してみた。
空気を送る、と言っているのは、チューブの先についた缶から可燃性の気体を送る、という意味かもしれない。
可燃した気体で石灰を炙って強い光を生み出していたとしたら、それが何らかの拍子に燃え移って火事になるのは自然なように思えた。
「では、あれもライムライトの部品かな?」
アーロンさんはライムライトの残骸の傍らに転がるガラス片を指で指し示す。
「ガラス……ですか……どうでしたかなぁ。私めもあまり詳しく観察したことがないので……」
そう言って痩せぎすの男性はぽりぽりと頬をかいた。
じっと目を凝らすと、アーロンさんが指し示すガラス片はどれもすこし湾曲した形をしている。
元はひとつの、何か丸っこい形をしたものだったようだ。
「おい、マルク! いつまで油を売ってるんだ!」
突然野太い男性の声が辺りに響く。
名前を呼ばれたマルクさんはびくりと体を震わせたかと思うと、今まで見せたことの無いスピードで立ち上がった。
「はい、はい! 今行きますとも警部殿!」
そう言うと、マルクさんは私たちに立ち去るように手でジェスチャーを送り、声のした方へと走っていってしまった。
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