霧の都の少女探偵録

黒田乃蒼

文字の大きさ
16 / 51

第十六話

 ✼••┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈••✼


 幸せな記憶を思い出そうとすると、いつも厄介な記憶が一緒に顔を出す。

  壁に映されたマジックランタン、その美しい画は、突如として記憶の映像から消え失せた。

「何をしている!」

 代わりに思い出されるのは、目を吊りあげたアーチボルトの顔。

「これはな、とてつもなく高いものなんだ。お前たちが触れていいものじゃないんだよ」

 そう言って、アーチボルトは大切そうにマジックランタンを抱え、どこかに持ち去ってしまった。

 そう、美しいものは、いつだって僕らの手には届かない。
 美しいものには高い値段が付けられ、美しい人だけが大金を支払って手に入れることができる。
 生まれつき美しくない僕らは、安いショーで見世物になって、その日の食べ物を恵んでもらうことしかできない。

 でも、だけれども。
 いつも避けられるのは、疎まれるのは、見下されるのは、見た目の醜さだけなのだ。


「ひどいでしょ?爛れちゃうのよ、どうしても」

 記憶の映像が切り替わって、悲しそうに笑うネリスの顔が浮かぶ。

「私、何も無いから……特別美人でもなければ、売れる特徴だってないの。だから、こうするしかないのよ」

 そう言って、ネリスは爛れた肌に薄く色の着いたニスを塗る。
 熱されたニスが肌の傷に染みるのか、ネリスは苦痛の声を上げた。
 ニスはネリスの肌の上で冷えて、やがて固まる。


 まるで、“魚の鱗”のように。


「こうすれば、何も無い私でもみんなと同じようにショーができるのよ。アーチボルト様がそう言ったんだから」

 言い聞かせるように呟いて、ネリスは無理に笑って見せる。
 苦悶の表情を浮かべても、ネリスはどこまでも美しかった。
 きっと、その心根が美しかった。

 でも心の醜さが問題にならないのと同じように、心の美しさも決して評価はされない。
 ネリスがどれだけ苦痛をその心に隠したとしても、誰もそれに気づかない。
 ただ目先の美しさにつられて拍手を送るだけだ。

 馬鹿馬鹿しいが、それが世界の全てだ。
 醜く生まれた自分は、誰よりもそれを理解している。

 長いこと自分を苛んだ男は、後ろから頭を殴れば拍子抜けするほどあっさりと死んだ。


 どうせ僕は醜い。
 どうあっても同じなら、せめて住む地獄は選ぶのだ。


 油を注いだ遺体に火のついたマッチを掲げ、僕――サイラスは、あの“手紙”に書かれていた問いを、物言わぬ死体に投げかける。

「心が醜いのと、体が醜いの。どちらがより救いようがないと思う?」


 ✼••┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈••✼


「……あなたがどうしてこんなことをしたのか、その理由は聞けないし、聞かないわ。私に話す義務だってないもの」

 呟いて、私は物言わぬ男性が横たわるベッドを背にする。

「……でも、もしこの推理が合っているなら、あなたのことを心配していた仲間たちには、きちんと頭を下げるべきだと思うわよ」

 病室を出てドアを後ろ手に閉めると、扉の前で待機していたマルクさんが頭をかいていた。

「いやぁ、犯人が分かったから病院に入れろ、なんて無茶言ってくれますが……流石にこんな怪我人、しょっぴけないですよ」

「そうだろうね。悪いことをしたね」

 悪びれもせずに飄々と宣うアーロンさんに、マルクさんはため息を吐く。

「……彼は、これからどうなるの?」

「さあ。しかしひどい火傷ですし、今生きてるのが奇跡みたいなもんですよ。そのうち死んでしまうかもしれませんしね」

 私にできることは何もありませんよ、と言い残し、マルクさんは去っていった。

「あのぅ……」

 代わりに声を上げたのは、先程から一言も発さずに扉を見つめていた痩せぎすの男性だ。

「中にいるのは、座長じゃなくてサイラスなんですよねぇ?」

「この子の推理通りだとしたらね」

 アーロンさんの言葉に、痩せぎすの男性は眉を下げる。

「そう……ですかぁ……。ああ、弱ったなぁ……アーチボルトの旦那がいないと、私めはどうやって生きていけば……」

 痩せぎすの男性は腕を組んで廊下を右往左往した。
 事情は知らないが、彼にとってアーチボルトさんは生命線のようなものだったのだろう。

「お困りなら知り合いを紹介しようか。ちょうど住み込みで、家の管理をしてくれる人を探しているらしいからね」

 アーロンさんの言葉に、痩せぎすの男性は目を見開いたかと思うと、やにわにアーロンさんの手を掴んだ。

「本当ですか旦那! いやぁ、貴方様は本当に良い人だ! これほど紳士という言葉が似合う男を、わたくしめは見たことがございません!」

「うん、分かった。分かったから手を離しなさい」

 目に感涙を浮かべて褒めちぎる痩せぎすの男性をやんわりと窘め、アーロンさんはため息を吐く。

「それにしても……」

 私は先程出てきた扉を振り返り、独り言のように呟いた。

「本当に、サイラスさんはどうしてこんなことをしたのかしら……」

「そうですねぇ、詳しい事情は知りませんが、ある“手紙”が届いてから、塞ぎ込んでいる様子ではありましたねぇ」


 手紙。


 その一言に私は弾かれたように痩せぎすの男性の方を振り返る。

「手紙? 手紙って、どんな?」

「設営の準備中に、いつの間にか置いてあったんですよ。サイラス宛とありましたから、てっきりファンレターかもと思って渡したんですがねぇ」

 痩せぎすの男性は顰め面をして答えた。

「中身は見ていないの?」

「ええ、まあ。他人宛ての手紙の中を盗み見るほど落ちぶれちゃあいませんよ」

 チッチッチッ、と舌を鳴らして否定した後、では私めはこれで、と言い残して痩せぎすの男性は去っていった。

「旦那ぁ! 仕事の話、忘れないでくださいよ! 待ってますからね!」

 と、言い残すことは忘れなかった。

「手紙……それって、もしかしてセリーナさんの時の……」

 脳裏に浮かぶのは、先日の美食家殺人事件でセリーナさんが言及した手紙のことだ。

「もしかして、この街で犯罪を起こさせようと企んでいる人がいるのかしら……」

「さてねぇ」

 ぶつぶつと呟く私を尻目に、アーロンさんは心底つまらなそうに答える。

「そうだとして、手紙一つで人を殺そうなんて思うものだろうか」

「……普通の精神状態でなければ、縋ってしまうこともあると思うわ」

 私の言葉に、アーロンさんはふんと鼻を鳴らした。

「であればなおのこと、そんな精神状態の人間は遅かれ早かれ何らかの行動は起こすだろう」

「それは……そんなの、分からないじゃない」

 あまりにも冷たい意見にアーロンさんを睨むと、アーロンさんは肩を竦める。

「どんな理由があろうと、罪は罪を犯した人間のものだよ」

「人を悪の道に唆すことだって罪だわ」

 私たちはしばし無言で見つめあった。
 先に目を逸らしたのはアーロンさんだった。

「分かった分かった。君はいつも正しいよ、ルル」

「……馬鹿にしているでしょう」

 じとりと睨みつけると、アーロンさんは心底心外だと言う顔で私を見下ろす。

「まさか、本心だとも」

「いいわよ別に。私はアーロンさんみたいに偏屈な大人にはなりたくないもの」

 ぷいとそっぽを向いて、私は出口に向かって歩き出した。

「ルル」

 不意に、真剣な声でアーロンさんが私の名前を呼ぶ。

「君は、心が醜いのと、見た目が醜いの。どちらの方が救いようがないと思う?」

 アーロンさんの方を振り返る。
 突拍子もない質問だが、アーロンさんの目は真剣だった。

 私はサイラスさんがいる病室にチラリと視線を送ってから、口を開く。

「醜いとか醜くないとか、それは私たちの心が決めることだわ。虫を食べる文化がない人にとっては食虫文化は気味の悪いものだし、生の魚を食べる文化がなければ、生の魚を食べることは気持ち悪いでしょう」

 アーロンさんは瞬きもせず私を見つめていた。
 彼の漆黒の瞳は、何を考えているかをこちらに読み取らせない。

「何を醜いと思うかは人によって違うのに、誰がその醜さを救おうというの? いつでも私たちを見守ってくださるという神様かしら?」

 そこまで話してから、私はにやりと笑った。

「だとしたら、自分が作った世界に美醜を持ち出して救うか救わないかを決めるなんて、神様ってのは随分傲慢じゃない」

「驚いた。神相手に不遜を語るのかい、君は」

「私が信心深いように見える?」

 ふん、と鼻で笑うと、つられたようにアーロンさんが笑う。

「ふふ、確かに。全然見えないかな」

 くしゃりと綺麗な顔が歪んで、少し子供っぽい笑顔を見せるアーロンさんを、不覚にも可愛いと思ってしまった。
 気まずさに目をそらすと、一等甘い声でアーロンさんが呟く。

「ルルは本当に、いつも正しいね」
感想 22

あなたにおすすめの小説

「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。 「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」 第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。 着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。 「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。 行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。 「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」 「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」 氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。 一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。 慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。 しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。 「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」 これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

忘れて幸せになってください。〜冷酷な妻として追い出せれましたが、貴方の呪いは私が肩代わりしていました〜

しょくぱん
恋愛
「君のような冷酷な女は知らない」――英雄と称えられる公爵夫人のエルゼは、魔王の呪いを受けた夫・アルフレートに離縁を突きつけられる。 しかし、夫が正気を保っているのは、エルゼが『代償魔導』で彼の呪いと苦痛をすべて肩代わりしていたからだった。 ボロボロの体で城を追われるエルゼ。記憶を失い、偽りの聖女と愛を囁く夫。 だが、彼女が離れた瞬間、夫に「真実の代償」が襲いかかる。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

名前すら呼ばれなかった妻は、最強の竜騎士でした〜ようやく気づいても、もう遅いです〜」

まさき
ファンタジー
屋敷を襲った魔物。 三年間、夫に名前すら呼ばれず冷遇され続けた私は、隠された力を解放する――。 「下がってください――」たった一言で戦況は一変。 魔法と剣技を駆使して魔物を一瞬で撃退し、夫も周囲も愕然とする。 私の正体――最強の竜騎士――は、誰も予想できなかった。 冷遇されていた日々はもう終わり。 これからは、私が世界を切り開く――戦闘と魔法で。

失踪した悪役令嬢の奇妙な置き土産

柚木崎 史乃
ミステリー
『探偵侯爵』の二つ名を持つギルフォードは、その優れた推理力で数々の難事件を解決してきた。 そんなギルフォードのもとに、従姉の伯爵令嬢・エルシーが失踪したという知らせが舞い込んでくる。 エルシーは、一度は婚約者に婚約を破棄されたものの、諸事情で呼び戻され復縁・結婚したという特殊な経歴を持つ女性だ。 そして、後日。彼女の夫から失踪事件についての調査依頼を受けたギルフォードは、邸の庭で謎の人形を複数発見する。 怪訝に思いつつも調査を進めた結果、ギルフォードはある『真相』にたどり着くが──。 悪役令嬢の従弟である若き侯爵ギルフォードが謎解きに奮闘する、ゴシックファンタジーミステリー。