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01章:突飛な出会いと旅立つ日。
03:~巻き込まれる非日常。~[前編]
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この国――ロビンス・ケイル王国は、他の国とは異なり、当たり前に異能力を扱う人間が多く存在している世界から断絶された国である。
地球の理から外れ、地図上から姿を消した彼らは、他国とは別の方法で発展を遂げたのだ。
ファンタジックな常識がある国ではあるが、電気もガスも通っており、鈴丞は日本に身を置いていた頃とは何ら変わりない生活を送れている。
ただ、能力の発展を代償に通信技術などの一部の発展が著しく遅れており、手のひらサイズの機器1つで全てのことをこなせていた社会に馴染んでいた鈴丞にとって不便に感じる点も多々あった。
今の彼にとって、テレビやスマートフォンのゲームよりも、異能力を持つ者を「異質」としないことが重要であったため、少しの不便や退屈は苦痛ではないのだが。
持たざる外部の人間ならば、ロビンス・ケイルを知る一握りの者ですら寄せ付けない閉塞的な国の中でも、鈴丞が身を置いている『フィレーヌ』という街は、国の中心にぽっかりと浮かんでいる孤島にある。
深い森に周囲を取り囲まれた白煉瓦の大都市は、ロビンス・ケイル本島から人がやってくることも少なく、あらゆるものが揃っている大きな街にしては喧騒のない静かな街であった。
街の中心で天高く聳えるセントラ大学には、国内で最も優秀な成績を収める学生が集っており、街に居を構える市民に紛れ、多くの学生が大通りを行き来しているのが見受けられる。
道沿いに並ぶ店で、店員とコミュニケーションを図る者もいれば、洒落たウッド調のカフェテラスで腰を落ち着けて読書を嗜む者、あるいは晴天の下、デートを楽しむ者。様々だった。
だが、この街唯一と言ってもいい名物――年に1度行われるセントラ大学の催事の日には、街全体が華やかに彩られ、学生の彼らを中心に皆が三日三晩騒ぎ立てる。その週だけは、規則正しい街が眠らず騒がしい街へと変貌するのだ。
――そんな静かでありながら賑やかな街は、ロビンス・ケイル国内で最も能力者が集う街とも言われており、持っている力を誇示しようと他者に勝負を仕掛ける者も少なくはない。その為、やや治安が悪く、第三者を巻き込んで喧嘩騒ぎが起こるなんてことは日常茶飯事だった。流血沙汰や警察沙汰にまでなっているのを鈴丞は、何度も目にしたことがある。
だが、幸い彼は、この街で生活を初めてからそういった騒ぎに巻き込まれたことがないのだ。
日本にいた時分には、幼馴染の無茶に巻き込まれて死にかけた時や、学生の頃に『学園の姫』とまで呼ばれた1番目の美人姉の恋人と誤認され、体中が腫れ上がるまで理不尽に殴られた時など、怪我をして帰宅する度に「重度の巻き込まれ体質」だと揶揄されていたものだ。
しかし、日本を離れここ数年、その厄介な体質が本領を発揮することが一切なかったのだ。
ずっと1人でいるからというのも確かにあるだろう。だが、鈴丞にとってその事実は確かに誇りであった。
そうだ、やっとあの体質とも訣別することが出来たのだ。これからもこの街で慎ましく生きよう。
我ながら妙案だ。と何度も頷き、これからも現状を保つことを決意した鈴丞であったが――
「――さっさと出せって言ってんだろうが!!」
「だから、ないものは出せないんだってば。全く、このやりとり何回目?もしかして馬鹿なの?」
「なんだと!?」
「ふああ……、うーん、ボク飽きちゃった。帰っていい?」
「…………」
予告もなく、傍らの路地から聞こえてきた脅迫的な男の怒鳴り声と、欠伸混じりの澄んだ少年の声。少年の声は、直接威圧的な絶叫を浴びているはずなのに、びくりと肩を震わせ、振り返る鈴丞よりも冷静だった。
振り返った鈴丞の視界に映ったのは、横柄な態度の男2人と、それらに囲まれている背丈の低い華奢な少年である。
自然と目が惹かれるほど目立つ少年の金髪は、キラキラと仄かに届く光を反射して輝きており、頭頂部の癖毛は意思を持っているかのように苛々と動いている。
――言い争いの現場にチラリと視線を向けたのは、鈴丞だけではなかったはずなのに。
フィレーヌで起こる喧嘩に1つ1つ首を突っ込んでいてはきりがない。そう物心つく前から知恵として備わっている鈴丞以外のフィレーヌ市民は、子どもがガタイのいい大人に絡まれているにも関わらず、大した確認をすることなく、巻き込まれたくない一心で視線を前に戻し、颯爽と己の日常へ戻っていくのだ。――つまり、怒鳴られても尚、平然としている少年を目視したのは鈴丞のみということになる。
この街ではよくあることだ、と、鈴丞も見て見ぬふりをする彼らに倣ってしまえばよかった。何事もなかったふりをして、目的のモーニングカフェへと向かえば、もう恐ろしい形相と身なりをした男たちに絡まれる心配はないと。
だが、美しい少年の姿に一瞬でも見入ってしまった彼は、視線を逸らすのが誰よりも遅れてしまったのだ。
立ち尽くす青年の影に気付いた少年は、聞く気もしない怒鳴り声を他所に、路地を眺めている鈴丞の姿を捉えた。
ぽかんと口を薄く開き、まるで地上に落ちてきた天使に出会ったかのように呆然としている彼は、一瞬たりとも見逃さないと言わんばかりに少年を凝視している。
随分と間抜けな顔だ。
少年はくすりと笑いそうになる。
そして、腹を抱えて笑う変わりに、端麗な顔に満面の笑みを浮かべた。
街中で起こる「喧嘩」が当たり前になってしまい、皆が見向きもしない中で、足を止めてしまった彼を利用してやろうと思ったのだ。まだ幼い少年は、1人で2人の屈強な男たちから逃れる術を持たないと自覚しているからだ。
「――じゃあ、知り合いが来ちゃったから話はもうおしまいね」
「は……?」
ニコニコと歳相応に可愛らしい笑顔を湛えたまま、彼の笑顔に不意を突かれて隙が出来た男たちの間をすり抜けて鈴丞に駆け寄る。それはもう、元々待ち合わせをしていた友人の顔を見た時のようにごく自然に。
「やっと来たの?待ちくたびれたよ」
頬を膨らませてそう言いながら、鈴丞の腕をがっしりと掴み、親の腕を強引に引く子どものように引っ張った。あどけない仕草をする割には握力があり、絶対に逃がさないという強い意志が垣間見える。
「ほら、早く行こうよ。時間に遅れちゃう」
「え、いや――は……?」
「はあ!?勝手に決めてんなよ!俺ァまだ――」
「おしまいだってば。悪いね、ボクはキミたちみたいに暇じゃないんだ」
べえ、と赤い舌を出した少年は、唖然としたままの鈴丞を引きずるようにして路地から離れる。
幼く、棒のように細い足を前へ前へと出して、競歩のように歩を進める彼は、小対面の男の都合などには一切興味を示さない。「おい」と声をかけても応答せず、ただ追ってくる男たちから逃げるようにして街の中心へと向かう。
突発的なことに対応しきれていない鈴丞は、少年との身長差のせいで前のめりになって、されるがままだった。鈴丞が目的としていたカフェもとうの昔に通り過ぎてしまった。
少年と2人の男の間で、どんなトラブルがあったのか、今の鈴丞には知る由もないが、「勝手に決めてんなよ」と行った男の声には賛同出来る。
彼は、自分勝手に鈴丞の予定を上書きし、都合よく通りかかっただ毛の彼の問いかけにも耳を傾けようともしないのだ。まるで独裁者だ。
横暴な独裁者の容姿が異様なまでに整っているのもまた憎らしい。
直接日光を浴びた金色の絹糸のようなプラチナブロンドが、影にあった時よりもずっと繊細に輝いており、もう20回を声た鈴丞の呼びかけにようやく振り返った少年の持つ大きなエメラルドはぱちぱちと見え隠れしながら鮮明に鈴丞を映したのだ。
キュッと閉じられた桜色の唇は薄く、まろい頬はうっすらと桃色に染まっている。
まるで絵画から出てきた天使のような少年だった。
見えるはずのない純白の羽が目に浮かび、思わず瞠目して指の背で下瞼を擦った。
「どうしたの?早く行こう」
「いや、待て。急に何なんだお前は」
「何――って、見てたでしょう?さっきの男たちから逃げてるんだよ」
「そうじゃねえよ、何で俺を巻き込むんだ!」
皆の待ち合わせ場所や憩いの場となっている街の広場の先にある路地で、足を止めた少年にそう問い掛ける。
疲労による興奮のあまり、少し語気を荒げてしまったが、少年は睨む鈴丞にものともしない態度でご機嫌な笑顔を浮かべている。
見るからに緊急事態だというのに呑気なものだ。
「つか、お前は誰なんだよ。初対面だよな?」
「ボク?ボクは――」
くるりと軽快なステップを踏んで、鈴丞に向き直る。
そして、天使のような美しい顔に見合う、凛とした声でその名を告げようと可愛らしい口を開くが――
「やぁっと、追いついたぜ……」
と、下卑た声が少年の自己紹介を遮ったのだ。鍛え上げられた筋肉を持つその肩幅の大きい男がゼエゼエと荒い呼吸で壁に手をつくと、彼らの行先に立ち塞がる。彼は少年を取り囲んでいた1人だった。
標的を発見し、ニヤリとニヒルに笑った表情に思わず「げ」と声が零れた。
ギロリとひと睨みすれば、誰もが怯んでしまいそうな迫力のある三白眼で小さな少年を見下げ、ついでに隣にいた鈴丞を瞥見
する。
男にとって獲物を捕まえるまたとない絶好のチャンスだ。
節くれ立つ大きな手を伸ばし、茫然自失の少年を捕らえようと試みる。すばしっこいガキ相手の鬼ごっこでは敵わなかったが、力比べならば圧倒的な力の差を見せつけられる。勝機だ。
無骨な手を軽い足取りで躱した少年は、鈴丞の手を引き、来た道を戻るべく方向転換をするが、その先で待ち構えていたのはぽよんと柔らかい感触だった。大きな腹の壁は、少年の体を包み込み、トランポリンのようにバウンドさせてふわりと元の場所に戻す。
キヒヒと高らかに笑う壁は、横に大きい図体を利用して逃げる術を奪ったのだ。
「キヒヒ、天才と持て囃されるような子どもでも、所詮はただのガキンチョか!全く同じ方法で捕まってやがる!!」
「さ、観念して大人しく例のデータを寄越しやがれ!」
「だから、ボクはキミたちが欲しがっているようなデータに関するような研究はしていないってば。そもそも、そんなのあったとしてもボクの一存で出せるわけないって何度も説明したじゃないか。もう、何回言わせるのさ」
心底うんざりした表情とぞんざいな口調で言葉を投げつける少年は、本気で凄む男たちを睨み返す。草臥れた服の袖をくいくいと引っ張った彼は、口許をへの字に歪め、袖の主、鈴丞に「何とかしてよ」と耳打ちをする。
うるせえ、自分で何とかしろ。
――と、喉元まで出掛かった言葉を懸命に飲み込んだ鈴丞は、代わりに引き攣った息を零した。
赤の他人を勝手に巻き込んでおいて随分な物言いだな。未成年が大人に頼るのは当然なのだろうが、そんな苛つきさえ覚えたのだった。
地球の理から外れ、地図上から姿を消した彼らは、他国とは別の方法で発展を遂げたのだ。
ファンタジックな常識がある国ではあるが、電気もガスも通っており、鈴丞は日本に身を置いていた頃とは何ら変わりない生活を送れている。
ただ、能力の発展を代償に通信技術などの一部の発展が著しく遅れており、手のひらサイズの機器1つで全てのことをこなせていた社会に馴染んでいた鈴丞にとって不便に感じる点も多々あった。
今の彼にとって、テレビやスマートフォンのゲームよりも、異能力を持つ者を「異質」としないことが重要であったため、少しの不便や退屈は苦痛ではないのだが。
持たざる外部の人間ならば、ロビンス・ケイルを知る一握りの者ですら寄せ付けない閉塞的な国の中でも、鈴丞が身を置いている『フィレーヌ』という街は、国の中心にぽっかりと浮かんでいる孤島にある。
深い森に周囲を取り囲まれた白煉瓦の大都市は、ロビンス・ケイル本島から人がやってくることも少なく、あらゆるものが揃っている大きな街にしては喧騒のない静かな街であった。
街の中心で天高く聳えるセントラ大学には、国内で最も優秀な成績を収める学生が集っており、街に居を構える市民に紛れ、多くの学生が大通りを行き来しているのが見受けられる。
道沿いに並ぶ店で、店員とコミュニケーションを図る者もいれば、洒落たウッド調のカフェテラスで腰を落ち着けて読書を嗜む者、あるいは晴天の下、デートを楽しむ者。様々だった。
だが、この街唯一と言ってもいい名物――年に1度行われるセントラ大学の催事の日には、街全体が華やかに彩られ、学生の彼らを中心に皆が三日三晩騒ぎ立てる。その週だけは、規則正しい街が眠らず騒がしい街へと変貌するのだ。
――そんな静かでありながら賑やかな街は、ロビンス・ケイル国内で最も能力者が集う街とも言われており、持っている力を誇示しようと他者に勝負を仕掛ける者も少なくはない。その為、やや治安が悪く、第三者を巻き込んで喧嘩騒ぎが起こるなんてことは日常茶飯事だった。流血沙汰や警察沙汰にまでなっているのを鈴丞は、何度も目にしたことがある。
だが、幸い彼は、この街で生活を初めてからそういった騒ぎに巻き込まれたことがないのだ。
日本にいた時分には、幼馴染の無茶に巻き込まれて死にかけた時や、学生の頃に『学園の姫』とまで呼ばれた1番目の美人姉の恋人と誤認され、体中が腫れ上がるまで理不尽に殴られた時など、怪我をして帰宅する度に「重度の巻き込まれ体質」だと揶揄されていたものだ。
しかし、日本を離れここ数年、その厄介な体質が本領を発揮することが一切なかったのだ。
ずっと1人でいるからというのも確かにあるだろう。だが、鈴丞にとってその事実は確かに誇りであった。
そうだ、やっとあの体質とも訣別することが出来たのだ。これからもこの街で慎ましく生きよう。
我ながら妙案だ。と何度も頷き、これからも現状を保つことを決意した鈴丞であったが――
「――さっさと出せって言ってんだろうが!!」
「だから、ないものは出せないんだってば。全く、このやりとり何回目?もしかして馬鹿なの?」
「なんだと!?」
「ふああ……、うーん、ボク飽きちゃった。帰っていい?」
「…………」
予告もなく、傍らの路地から聞こえてきた脅迫的な男の怒鳴り声と、欠伸混じりの澄んだ少年の声。少年の声は、直接威圧的な絶叫を浴びているはずなのに、びくりと肩を震わせ、振り返る鈴丞よりも冷静だった。
振り返った鈴丞の視界に映ったのは、横柄な態度の男2人と、それらに囲まれている背丈の低い華奢な少年である。
自然と目が惹かれるほど目立つ少年の金髪は、キラキラと仄かに届く光を反射して輝きており、頭頂部の癖毛は意思を持っているかのように苛々と動いている。
――言い争いの現場にチラリと視線を向けたのは、鈴丞だけではなかったはずなのに。
フィレーヌで起こる喧嘩に1つ1つ首を突っ込んでいてはきりがない。そう物心つく前から知恵として備わっている鈴丞以外のフィレーヌ市民は、子どもがガタイのいい大人に絡まれているにも関わらず、大した確認をすることなく、巻き込まれたくない一心で視線を前に戻し、颯爽と己の日常へ戻っていくのだ。――つまり、怒鳴られても尚、平然としている少年を目視したのは鈴丞のみということになる。
この街ではよくあることだ、と、鈴丞も見て見ぬふりをする彼らに倣ってしまえばよかった。何事もなかったふりをして、目的のモーニングカフェへと向かえば、もう恐ろしい形相と身なりをした男たちに絡まれる心配はないと。
だが、美しい少年の姿に一瞬でも見入ってしまった彼は、視線を逸らすのが誰よりも遅れてしまったのだ。
立ち尽くす青年の影に気付いた少年は、聞く気もしない怒鳴り声を他所に、路地を眺めている鈴丞の姿を捉えた。
ぽかんと口を薄く開き、まるで地上に落ちてきた天使に出会ったかのように呆然としている彼は、一瞬たりとも見逃さないと言わんばかりに少年を凝視している。
随分と間抜けな顔だ。
少年はくすりと笑いそうになる。
そして、腹を抱えて笑う変わりに、端麗な顔に満面の笑みを浮かべた。
街中で起こる「喧嘩」が当たり前になってしまい、皆が見向きもしない中で、足を止めてしまった彼を利用してやろうと思ったのだ。まだ幼い少年は、1人で2人の屈強な男たちから逃れる術を持たないと自覚しているからだ。
「――じゃあ、知り合いが来ちゃったから話はもうおしまいね」
「は……?」
ニコニコと歳相応に可愛らしい笑顔を湛えたまま、彼の笑顔に不意を突かれて隙が出来た男たちの間をすり抜けて鈴丞に駆け寄る。それはもう、元々待ち合わせをしていた友人の顔を見た時のようにごく自然に。
「やっと来たの?待ちくたびれたよ」
頬を膨らませてそう言いながら、鈴丞の腕をがっしりと掴み、親の腕を強引に引く子どものように引っ張った。あどけない仕草をする割には握力があり、絶対に逃がさないという強い意志が垣間見える。
「ほら、早く行こうよ。時間に遅れちゃう」
「え、いや――は……?」
「はあ!?勝手に決めてんなよ!俺ァまだ――」
「おしまいだってば。悪いね、ボクはキミたちみたいに暇じゃないんだ」
べえ、と赤い舌を出した少年は、唖然としたままの鈴丞を引きずるようにして路地から離れる。
幼く、棒のように細い足を前へ前へと出して、競歩のように歩を進める彼は、小対面の男の都合などには一切興味を示さない。「おい」と声をかけても応答せず、ただ追ってくる男たちから逃げるようにして街の中心へと向かう。
突発的なことに対応しきれていない鈴丞は、少年との身長差のせいで前のめりになって、されるがままだった。鈴丞が目的としていたカフェもとうの昔に通り過ぎてしまった。
少年と2人の男の間で、どんなトラブルがあったのか、今の鈴丞には知る由もないが、「勝手に決めてんなよ」と行った男の声には賛同出来る。
彼は、自分勝手に鈴丞の予定を上書きし、都合よく通りかかっただ毛の彼の問いかけにも耳を傾けようともしないのだ。まるで独裁者だ。
横暴な独裁者の容姿が異様なまでに整っているのもまた憎らしい。
直接日光を浴びた金色の絹糸のようなプラチナブロンドが、影にあった時よりもずっと繊細に輝いており、もう20回を声た鈴丞の呼びかけにようやく振り返った少年の持つ大きなエメラルドはぱちぱちと見え隠れしながら鮮明に鈴丞を映したのだ。
キュッと閉じられた桜色の唇は薄く、まろい頬はうっすらと桃色に染まっている。
まるで絵画から出てきた天使のような少年だった。
見えるはずのない純白の羽が目に浮かび、思わず瞠目して指の背で下瞼を擦った。
「どうしたの?早く行こう」
「いや、待て。急に何なんだお前は」
「何――って、見てたでしょう?さっきの男たちから逃げてるんだよ」
「そうじゃねえよ、何で俺を巻き込むんだ!」
皆の待ち合わせ場所や憩いの場となっている街の広場の先にある路地で、足を止めた少年にそう問い掛ける。
疲労による興奮のあまり、少し語気を荒げてしまったが、少年は睨む鈴丞にものともしない態度でご機嫌な笑顔を浮かべている。
見るからに緊急事態だというのに呑気なものだ。
「つか、お前は誰なんだよ。初対面だよな?」
「ボク?ボクは――」
くるりと軽快なステップを踏んで、鈴丞に向き直る。
そして、天使のような美しい顔に見合う、凛とした声でその名を告げようと可愛らしい口を開くが――
「やぁっと、追いついたぜ……」
と、下卑た声が少年の自己紹介を遮ったのだ。鍛え上げられた筋肉を持つその肩幅の大きい男がゼエゼエと荒い呼吸で壁に手をつくと、彼らの行先に立ち塞がる。彼は少年を取り囲んでいた1人だった。
標的を発見し、ニヤリとニヒルに笑った表情に思わず「げ」と声が零れた。
ギロリとひと睨みすれば、誰もが怯んでしまいそうな迫力のある三白眼で小さな少年を見下げ、ついでに隣にいた鈴丞を瞥見
する。
男にとって獲物を捕まえるまたとない絶好のチャンスだ。
節くれ立つ大きな手を伸ばし、茫然自失の少年を捕らえようと試みる。すばしっこいガキ相手の鬼ごっこでは敵わなかったが、力比べならば圧倒的な力の差を見せつけられる。勝機だ。
無骨な手を軽い足取りで躱した少年は、鈴丞の手を引き、来た道を戻るべく方向転換をするが、その先で待ち構えていたのはぽよんと柔らかい感触だった。大きな腹の壁は、少年の体を包み込み、トランポリンのようにバウンドさせてふわりと元の場所に戻す。
キヒヒと高らかに笑う壁は、横に大きい図体を利用して逃げる術を奪ったのだ。
「キヒヒ、天才と持て囃されるような子どもでも、所詮はただのガキンチョか!全く同じ方法で捕まってやがる!!」
「さ、観念して大人しく例のデータを寄越しやがれ!」
「だから、ボクはキミたちが欲しがっているようなデータに関するような研究はしていないってば。そもそも、そんなのあったとしてもボクの一存で出せるわけないって何度も説明したじゃないか。もう、何回言わせるのさ」
心底うんざりした表情とぞんざいな口調で言葉を投げつける少年は、本気で凄む男たちを睨み返す。草臥れた服の袖をくいくいと引っ張った彼は、口許をへの字に歪め、袖の主、鈴丞に「何とかしてよ」と耳打ちをする。
うるせえ、自分で何とかしろ。
――と、喉元まで出掛かった言葉を懸命に飲み込んだ鈴丞は、代わりに引き攣った息を零した。
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