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01章:突飛な出会いと旅立つ日。
04:~巻き込まれる非日常。~[後編]
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――ともかく、屈強な男に殴られたことはあれど、他者を殴った経験はない平和主義者――神東鈴丞は、既に目の前の鬼の逆鱗に触れてしまっている状況を打開する術を知らない。
もし、この場から逃げる手段があったとしても、「極悪」と顔に書いて歩き回っている男たちの重圧を前に、背格好の小さな少年を差し出して逃げる度胸は持ち合わせてはいなかった。
そうすれば、確実に胸の内に後悔が生まれていつまでも胸の中に残り続け、苦しむのは鈴丞自身であると、知っているからだ。仮に鈴丞が、そういった負け犬根性を持ち合わせていたとしても、きっと、逃避することはこの少年が許してくれるとは思えない。それは、彼の腕を強く固定している薄く小さな手のひらが物語っている。
まだ名も知らぬ彼の無垢な笑顔が天使のように見えたのは、ほんの一瞬だけであった。今はもう、隣にくっついている子どもが、悪魔か魔王の生まれ変わりのように見える。可愛らしく大きな瞳を前方に向けている少年を横目で盗み見ると、鈴丞はため息混じりに「逃げたい……」と愚痴を零した。
「さっきから何だァ?テメェ、やっぱそいつの仲間か」
「えッ、いや――」
いつまでも少年の傍に立っている鈴丞が、彼を庇っているように見えたのだろう。筋肉質の男はギロリと視線だけで怒りの矛先は鈴丞に変更する。――まるで蛇に睨まれた蛙だ。気圧される青年を睨めつける眼光は、腰を抜かして白旗を上げてしまいたくなるほどだった。
あまりの恐ろしさに全身を震わせる。そして、不良に目をつけられてしまった地味で気弱な真面目男子よろしく、サッと青ざめる視線を宙に泳がせた。
「知り合いというか――」
「まー……、俺にはテメェとそいつが知り合いだろうがそうじゃなかろうが、関係ねえか……」
「エッ」
「そいつと関わった時点でお前の運は尽きてたってことだよ!殺してさっさと資料の在処を吐かせてやる!!」
「ちょ、ま……ヒィイ!?」
ビリビリと心臓が震え上がるような怒声を浴びせながら、振り上げられた理不尽な鉄槌は何1つ加減されることなく、ひ弱な人間に下される。
これだから野蛮な人間は。死んだら吐ける情報も吐けないだろうが。
追い詰められているというのに、焦る脳内はどこか冷静だ。偏見を持った薄目でそう思いつつ、咄嗟に少年を庇うと、つんのめりながらも間一髪で破壊力抜群の攻撃を避けた。
ドゴッと地上を震わせる強烈な音を立てて、地面に裂傷を作った拳を見て、平然としていられる方が遥かにおかしいだろう。鞄の中で粉々に砕け散ったクッキーのような無惨な姿になった煉瓦を見た鈴丞は、再び情けなく悲鳴をあげて2歩後退した。驚愕と困惑で心拍数が急速に上がり、ぐるぐると旋回する視界は、左右に揺れているようにも思える。
これ以上、この男の相手をするのは危険だ。
圧倒的な殺意を前に、命の危機を感じ取った鈴丞はそう判断して、逼迫した肺の中に蟠る酸素を追い出すと、男の攻撃で起きた振動で尻餅をついた少年を小脇に抱える。
大振りな能力を使用した後で、隙が出来た大柄な男の横を通り抜け、街の喧騒に溶け込んでしまおうと企てたのだ。
だが、現実は少年漫画のようにいくはずもなく――
「逃げんな!」
「無茶を言うな!ッうわ――」
クソ野郎!と男のスラングを皮切りに、大男の脇下を通り抜けた鈴丞の体は、宙に浮かび上がってしまったのだ。
しっかりと地についていたはずの足を空中で滑らせ、さも無重力の空間にいるかのように自由を奪われた体に感じる心許ない浮游感に戸惑う。
上手くバランスを取るコツを掴めず、ふらふらとその場を回転している鈴丞らにのっそりとした動きで追いついた男の大きな拳は、的確に狙いを定めたのだ。今度こそ避けようもない。
グッと大岩のような拳を強く握り込む男の強烈な欧撃を想像して、死を覚悟した――
「浮いてるのは大きいお腹の奴の能力だ。念動力みたいなものなのかなあ……。筋肉の方がパワー増強系なのは分かるんだけれど」
――にも関わらず、なんと、少年は尋常じゃないほど硬い拳が迫ってきているにも関わらず、少年は動揺する様子すら見せず、寧ろそんなものは見えていないかのように、顎に手を当て、男たちの能力を分析していたのだ。
言ってる場合か、と今の鈴丞には少年を批判する余裕もない。見た目よりもずっと重い少年の体を自由の利かない腕で抱え直し、なんとか少年の体を護るように受け身を取った。
どうして一体こんなことに。
惑乱する頭で、その答えを必死に探しながら無闇に足をばたつかせた。
その姿はまるで、蜘蛛の巣から脱出を試みようとする無様な蟲のよう。透明な檻から脱出出来ると信じて悪あがきをする。死を悟っても尚、まだ生きていたいと足掻くのだ。
しかし、鈴丞の努力も虚しく、1歩、2歩と確実に距離を詰めてきた男は、やがてがっつりと鈴丞の胸ぐらを掴み上げ、焦燥感の漂うぼんやりとした顔に硬い拳を向けた。
グッと体が反る感覚に、食いしばった歯の隙間からギッと声が漏れだし、強敵を前に倒れ伏した名もない村人になった気分になる。そして、勢いをつけて飛んでくる拳を見て、迫る激痛を想像しながら強く瞼を閉じた。
もう、駄目だ。
全身が増幅する恐怖に打ち震え、一身に迅雷を浴びたように体が硬直する。劈くような痛苦と共に、体の身を電流が駆け抜けたのだ。
予兆すらなかった激痛に悶絶し、男の拳が鼻を掠めたその刹那――
バチバチと青白い光の糸を纏った青年に呼び寄せられるように空には不穏な黒雲が集合した。燦々と輝いていた太陽は バチバチと青白い光の糸を纏った青年に呼び寄せられるように空には不穏な黒雲が集まり、燦々と輝いていた太陽は隠される。
今日も変わらず1日快晴だと、堂々と表記されていた新聞の天気予報は大きく外れ、急激な天候の変化に予報を信じていた街の住人は、一斉に天を仰いだ。ぽかんと口を丸く開け、唸るような雷鳴に耳を傾ける。呆然と棒立ちになる彼らは皆、似たような立ち姿をしていた。
一方、鈴丞は全身の毛を逆立たせ、心臓が脈動する度に摩擦して静電気を起こしているかの如く、襲いくる壮絶な痛みに絶叫したのだ。
「ッあああああああ!!」
ビシャン!
眩い光が瞬間的に街を純白に染め上げたかと思うと、地面を揺らす程の音を響かせて街の外れに一筋の一直線を描く。ぎゅっと閉じていた瞼の薄い壁を貫通するくらいに白く、美しい光の柱であった。
街にいる皆が、一斉に目を奪われるほどに。
一瞬でも、それが恐ろしい自然現象であるということを忘れ、神が降臨なされたようだったと、噂したのだ。
青年は、チラチラと明滅する瞳を固く閉ざしたまま、魔法が溶けたかのように拘束されていた体が解放され、地面に叩きつけられた。ゴッと顎を硬い灰色の地面に打ちつけ、割れるような痛みに唸る。
「――おーい、大丈夫?」
「なん、とか……」
怪我1つなく鈴丞の腕の中から脱出した少年は、断続的に続く静電気のような痺れが残る重い体を動かすことが出来ず、倒れ伏したままの鈴丞の旋毛をつついた。
数分間続いた麻痺状態が治っても尚、節々を襲う気怠さのせいで、しつこく繰り出される攻撃には反応せずにいた鈴丞。しかし、その力強さは次第に増していくばかりだ。若干の痛みを覚え始めた頃、流石に痺れを切らした彼は、少年の指を掴んで避けながら、倦怠感が伴う体をのっそりと起こした。
「何なんだよ、さっきから……」
寝起きのような掠れた声で、きょとん顔の少年に問い掛けると同時に、ずっと鈴丞の頭上で蟠っていた黒い雲はようやくポツポツと水滴を零し始めて徐々に雨足を早めていく。
それは、鈴丞の意識ははっきりとするのに比例し、ぼんやりと不明瞭だった思考が元に戻る頃には、フィレーヌを土砂降りの雨が襲い、一瞬のうちに人々の纏う服を巫鳥に濡らした。
髪や肌が濡れるのもお構いなしに、つい先刻まで、不思議な雲に覆われていた空を見上げていた者たちが、駆け足で雨除けのある場所へ向かう様子を鈴丞は傍観する。
濡れた服が肌に張り付いていても気にせずマイペースに歩く者、久しい雨にはしゃぐ者、既に鞄の中に傘を忍ばせており、肩の辺りが濡れるだけで済んだ者。様々だ。
「ね、ね、キミ凄いんだ!こんな能力を持っているなんて!」
街の様子を観察しながら、一気に奪われた体力の回復を待っていた鈴丞の視界を阻むように、少年はずいと鈴丞の目の前に現れた。ピカピカと光る好奇心を纏った瞳の色が、先程の落雷よりも眩い。あまりの輝きを見ていられなくて、鈴丞は目を細めた。
「は――能力……?」
「うんうん!あんなに強力なものを持つ運命られた人は珍しいんだよ!?ボクだって能力の研究をしているけれど、天候を変えるまでの能力――実際に見るのは初めて……」
こいつは今、何と言った。
鈴丞は疲労困憊の体のことを忘れて起き上がり、ぎょっと目を見開いた。
異能力保持者がどこにでも存在するこの国では、能力を駆使することなど別段珍しいことでもない。だが、鈴丞には「それ」に対して制約を掛けていたのだ。もう、あの時のようにならないように――
「お前――今能力、って言ったか?」
「ん?うん。キミがビリビリって電気を纏った瞬間に、雲1つなかった空に黒い雲が集まってバリバリって、あいつらに向かって一直線に雷が落ちてきたんだ。……もしかして、覚えてない?」
彼は、見た目の年齢の割には知的な言葉を使っていたと思うが、興奮すると口調が幼くなるらしい。目の前で起こった出来事を一刻も早く鈴丞に伝えようと、擬音を多く用いて鈴丞が起こしたことを簡潔に語った。 彼は、幼い割には知的な言葉を使っていたと思うが、興奮すると口調が幼くなるらしい。
だが、記憶が曖昧なとうの鈴丞はそれどころではなかった。
ぽっかりと穴が空いたような記憶を呼び起ころうとこめかみを押さえ、すっかりと沈黙してしまった男たちを振り返る。
――あんなもの人に向かって使うものではない!
記憶が呼び覚まされなかった代わりにフラッシュバックした過去のせいで、鈴丞は頭を抱えた。
このロビンス・ケイル王国という国の存在を知る以前から、この能力は絶対に使わないと決めていたのに。
当惑しながら、黒く焼け焦げた地面に目を留める。
鈴丞が目にしたものは『あの日』の後、思い出の公園に行った際に、見た痕跡と酷似していた。
決められたように見る悪夢を見ていないのに、鮮明な記憶が脳内に流れこむと、心臓はいやに早鐘を打ち、きゅうっと縮み上がった。荒くなる息が邪魔をして、上手く呼吸が出来ない。喘鳴する胸元を握り込み、頬の伝う脂汗を肩で拭った。
「大丈夫、あいつらも掠っただけだよ。目立った怪我はないから、すぐ起きるんじゃない?」
鈴丞の肩口から丸く変色した地面と、累々と積み重なる2人の男を覗き込んだ少年は、青年の大きな背中を撫でた。あからさまな動揺を瞬時に察知したのだろう。
――やはり彼は、まだ年端もいかない無力な子どもであるはずなのに、成人している鈴丞よりも遥かに冷静で堅実だ。そして、紛れもなく天使のような深い慈悲の持ち主であった。確かに彼は、自己中心的な性格をしているようだが、この月の輝きのような笑顔を見ていると、心が安らいだのだ。
三日月型に目を細め、純粋な笑顔を浮かべる天使を見て安堵した鈴丞は、己の体を反転させ、白い壁に体を委ねた。腰を落ち着けると、溢れるように舞い戻ってきた疲労感にぐったりと脱力する。
「もう用は済んだだろ?俺のことは良いからもう行けよ。雨降ってるし」
「そうしたいのは山々なんだけど――ううん。」
「エ?」
顎に手を当てて熟考する少年は、ぶつぶつと小声で独り言を言う。
彼はしっかりと発音をしているつもりなのだろうが、すぐ傍にいる鈴丞にすらその声を上手く拾い上げることは出来なかった。
早々に彼の声を理解することを諦め、暇を持て余した鈴丞は、脱力し、なるべく早急な疲労回復に努め、中断されてしまった言葉の続きを待つ。
円な瞳を何度か瞬かせながら、うん、と深く頷いた少年は、躊躇することなく鈴丞の腕を掴んだ。そして、にっぱりと笑った彼の結論は出たようだ。鈴丞も彼の目を見て、口を開くのを待つが――
少年はそのまま鈴丞を引き起こすと、そのまま歩き始めたのだ。未成熟な足でスタスタと。
「え、ちょ……おい!」
これではさっきと同じじゃないか。
強引な力に引きずられるように立ち上がった拍子に、少しよろめくが、立ち止まって体勢を整える時間などは与えられない。ふらふらとよろめき、訳もわからないまま、今度はご機嫌な様子で狭い路地の先を行く少年に、またもやついて行く他なかったのだ。
もし、この場から逃げる手段があったとしても、「極悪」と顔に書いて歩き回っている男たちの重圧を前に、背格好の小さな少年を差し出して逃げる度胸は持ち合わせてはいなかった。
そうすれば、確実に胸の内に後悔が生まれていつまでも胸の中に残り続け、苦しむのは鈴丞自身であると、知っているからだ。仮に鈴丞が、そういった負け犬根性を持ち合わせていたとしても、きっと、逃避することはこの少年が許してくれるとは思えない。それは、彼の腕を強く固定している薄く小さな手のひらが物語っている。
まだ名も知らぬ彼の無垢な笑顔が天使のように見えたのは、ほんの一瞬だけであった。今はもう、隣にくっついている子どもが、悪魔か魔王の生まれ変わりのように見える。可愛らしく大きな瞳を前方に向けている少年を横目で盗み見ると、鈴丞はため息混じりに「逃げたい……」と愚痴を零した。
「さっきから何だァ?テメェ、やっぱそいつの仲間か」
「えッ、いや――」
いつまでも少年の傍に立っている鈴丞が、彼を庇っているように見えたのだろう。筋肉質の男はギロリと視線だけで怒りの矛先は鈴丞に変更する。――まるで蛇に睨まれた蛙だ。気圧される青年を睨めつける眼光は、腰を抜かして白旗を上げてしまいたくなるほどだった。
あまりの恐ろしさに全身を震わせる。そして、不良に目をつけられてしまった地味で気弱な真面目男子よろしく、サッと青ざめる視線を宙に泳がせた。
「知り合いというか――」
「まー……、俺にはテメェとそいつが知り合いだろうがそうじゃなかろうが、関係ねえか……」
「エッ」
「そいつと関わった時点でお前の運は尽きてたってことだよ!殺してさっさと資料の在処を吐かせてやる!!」
「ちょ、ま……ヒィイ!?」
ビリビリと心臓が震え上がるような怒声を浴びせながら、振り上げられた理不尽な鉄槌は何1つ加減されることなく、ひ弱な人間に下される。
これだから野蛮な人間は。死んだら吐ける情報も吐けないだろうが。
追い詰められているというのに、焦る脳内はどこか冷静だ。偏見を持った薄目でそう思いつつ、咄嗟に少年を庇うと、つんのめりながらも間一髪で破壊力抜群の攻撃を避けた。
ドゴッと地上を震わせる強烈な音を立てて、地面に裂傷を作った拳を見て、平然としていられる方が遥かにおかしいだろう。鞄の中で粉々に砕け散ったクッキーのような無惨な姿になった煉瓦を見た鈴丞は、再び情けなく悲鳴をあげて2歩後退した。驚愕と困惑で心拍数が急速に上がり、ぐるぐると旋回する視界は、左右に揺れているようにも思える。
これ以上、この男の相手をするのは危険だ。
圧倒的な殺意を前に、命の危機を感じ取った鈴丞はそう判断して、逼迫した肺の中に蟠る酸素を追い出すと、男の攻撃で起きた振動で尻餅をついた少年を小脇に抱える。
大振りな能力を使用した後で、隙が出来た大柄な男の横を通り抜け、街の喧騒に溶け込んでしまおうと企てたのだ。
だが、現実は少年漫画のようにいくはずもなく――
「逃げんな!」
「無茶を言うな!ッうわ――」
クソ野郎!と男のスラングを皮切りに、大男の脇下を通り抜けた鈴丞の体は、宙に浮かび上がってしまったのだ。
しっかりと地についていたはずの足を空中で滑らせ、さも無重力の空間にいるかのように自由を奪われた体に感じる心許ない浮游感に戸惑う。
上手くバランスを取るコツを掴めず、ふらふらとその場を回転している鈴丞らにのっそりとした動きで追いついた男の大きな拳は、的確に狙いを定めたのだ。今度こそ避けようもない。
グッと大岩のような拳を強く握り込む男の強烈な欧撃を想像して、死を覚悟した――
「浮いてるのは大きいお腹の奴の能力だ。念動力みたいなものなのかなあ……。筋肉の方がパワー増強系なのは分かるんだけれど」
――にも関わらず、なんと、少年は尋常じゃないほど硬い拳が迫ってきているにも関わらず、少年は動揺する様子すら見せず、寧ろそんなものは見えていないかのように、顎に手を当て、男たちの能力を分析していたのだ。
言ってる場合か、と今の鈴丞には少年を批判する余裕もない。見た目よりもずっと重い少年の体を自由の利かない腕で抱え直し、なんとか少年の体を護るように受け身を取った。
どうして一体こんなことに。
惑乱する頭で、その答えを必死に探しながら無闇に足をばたつかせた。
その姿はまるで、蜘蛛の巣から脱出を試みようとする無様な蟲のよう。透明な檻から脱出出来ると信じて悪あがきをする。死を悟っても尚、まだ生きていたいと足掻くのだ。
しかし、鈴丞の努力も虚しく、1歩、2歩と確実に距離を詰めてきた男は、やがてがっつりと鈴丞の胸ぐらを掴み上げ、焦燥感の漂うぼんやりとした顔に硬い拳を向けた。
グッと体が反る感覚に、食いしばった歯の隙間からギッと声が漏れだし、強敵を前に倒れ伏した名もない村人になった気分になる。そして、勢いをつけて飛んでくる拳を見て、迫る激痛を想像しながら強く瞼を閉じた。
もう、駄目だ。
全身が増幅する恐怖に打ち震え、一身に迅雷を浴びたように体が硬直する。劈くような痛苦と共に、体の身を電流が駆け抜けたのだ。
予兆すらなかった激痛に悶絶し、男の拳が鼻を掠めたその刹那――
バチバチと青白い光の糸を纏った青年に呼び寄せられるように空には不穏な黒雲が集合した。燦々と輝いていた太陽は バチバチと青白い光の糸を纏った青年に呼び寄せられるように空には不穏な黒雲が集まり、燦々と輝いていた太陽は隠される。
今日も変わらず1日快晴だと、堂々と表記されていた新聞の天気予報は大きく外れ、急激な天候の変化に予報を信じていた街の住人は、一斉に天を仰いだ。ぽかんと口を丸く開け、唸るような雷鳴に耳を傾ける。呆然と棒立ちになる彼らは皆、似たような立ち姿をしていた。
一方、鈴丞は全身の毛を逆立たせ、心臓が脈動する度に摩擦して静電気を起こしているかの如く、襲いくる壮絶な痛みに絶叫したのだ。
「ッあああああああ!!」
ビシャン!
眩い光が瞬間的に街を純白に染め上げたかと思うと、地面を揺らす程の音を響かせて街の外れに一筋の一直線を描く。ぎゅっと閉じていた瞼の薄い壁を貫通するくらいに白く、美しい光の柱であった。
街にいる皆が、一斉に目を奪われるほどに。
一瞬でも、それが恐ろしい自然現象であるということを忘れ、神が降臨なされたようだったと、噂したのだ。
青年は、チラチラと明滅する瞳を固く閉ざしたまま、魔法が溶けたかのように拘束されていた体が解放され、地面に叩きつけられた。ゴッと顎を硬い灰色の地面に打ちつけ、割れるような痛みに唸る。
「――おーい、大丈夫?」
「なん、とか……」
怪我1つなく鈴丞の腕の中から脱出した少年は、断続的に続く静電気のような痺れが残る重い体を動かすことが出来ず、倒れ伏したままの鈴丞の旋毛をつついた。
数分間続いた麻痺状態が治っても尚、節々を襲う気怠さのせいで、しつこく繰り出される攻撃には反応せずにいた鈴丞。しかし、その力強さは次第に増していくばかりだ。若干の痛みを覚え始めた頃、流石に痺れを切らした彼は、少年の指を掴んで避けながら、倦怠感が伴う体をのっそりと起こした。
「何なんだよ、さっきから……」
寝起きのような掠れた声で、きょとん顔の少年に問い掛けると同時に、ずっと鈴丞の頭上で蟠っていた黒い雲はようやくポツポツと水滴を零し始めて徐々に雨足を早めていく。
それは、鈴丞の意識ははっきりとするのに比例し、ぼんやりと不明瞭だった思考が元に戻る頃には、フィレーヌを土砂降りの雨が襲い、一瞬のうちに人々の纏う服を巫鳥に濡らした。
髪や肌が濡れるのもお構いなしに、つい先刻まで、不思議な雲に覆われていた空を見上げていた者たちが、駆け足で雨除けのある場所へ向かう様子を鈴丞は傍観する。
濡れた服が肌に張り付いていても気にせずマイペースに歩く者、久しい雨にはしゃぐ者、既に鞄の中に傘を忍ばせており、肩の辺りが濡れるだけで済んだ者。様々だ。
「ね、ね、キミ凄いんだ!こんな能力を持っているなんて!」
街の様子を観察しながら、一気に奪われた体力の回復を待っていた鈴丞の視界を阻むように、少年はずいと鈴丞の目の前に現れた。ピカピカと光る好奇心を纏った瞳の色が、先程の落雷よりも眩い。あまりの輝きを見ていられなくて、鈴丞は目を細めた。
「は――能力……?」
「うんうん!あんなに強力なものを持つ運命られた人は珍しいんだよ!?ボクだって能力の研究をしているけれど、天候を変えるまでの能力――実際に見るのは初めて……」
こいつは今、何と言った。
鈴丞は疲労困憊の体のことを忘れて起き上がり、ぎょっと目を見開いた。
異能力保持者がどこにでも存在するこの国では、能力を駆使することなど別段珍しいことでもない。だが、鈴丞には「それ」に対して制約を掛けていたのだ。もう、あの時のようにならないように――
「お前――今能力、って言ったか?」
「ん?うん。キミがビリビリって電気を纏った瞬間に、雲1つなかった空に黒い雲が集まってバリバリって、あいつらに向かって一直線に雷が落ちてきたんだ。……もしかして、覚えてない?」
彼は、見た目の年齢の割には知的な言葉を使っていたと思うが、興奮すると口調が幼くなるらしい。目の前で起こった出来事を一刻も早く鈴丞に伝えようと、擬音を多く用いて鈴丞が起こしたことを簡潔に語った。 彼は、幼い割には知的な言葉を使っていたと思うが、興奮すると口調が幼くなるらしい。
だが、記憶が曖昧なとうの鈴丞はそれどころではなかった。
ぽっかりと穴が空いたような記憶を呼び起ころうとこめかみを押さえ、すっかりと沈黙してしまった男たちを振り返る。
――あんなもの人に向かって使うものではない!
記憶が呼び覚まされなかった代わりにフラッシュバックした過去のせいで、鈴丞は頭を抱えた。
このロビンス・ケイル王国という国の存在を知る以前から、この能力は絶対に使わないと決めていたのに。
当惑しながら、黒く焼け焦げた地面に目を留める。
鈴丞が目にしたものは『あの日』の後、思い出の公園に行った際に、見た痕跡と酷似していた。
決められたように見る悪夢を見ていないのに、鮮明な記憶が脳内に流れこむと、心臓はいやに早鐘を打ち、きゅうっと縮み上がった。荒くなる息が邪魔をして、上手く呼吸が出来ない。喘鳴する胸元を握り込み、頬の伝う脂汗を肩で拭った。
「大丈夫、あいつらも掠っただけだよ。目立った怪我はないから、すぐ起きるんじゃない?」
鈴丞の肩口から丸く変色した地面と、累々と積み重なる2人の男を覗き込んだ少年は、青年の大きな背中を撫でた。あからさまな動揺を瞬時に察知したのだろう。
――やはり彼は、まだ年端もいかない無力な子どもであるはずなのに、成人している鈴丞よりも遥かに冷静で堅実だ。そして、紛れもなく天使のような深い慈悲の持ち主であった。確かに彼は、自己中心的な性格をしているようだが、この月の輝きのような笑顔を見ていると、心が安らいだのだ。
三日月型に目を細め、純粋な笑顔を浮かべる天使を見て安堵した鈴丞は、己の体を反転させ、白い壁に体を委ねた。腰を落ち着けると、溢れるように舞い戻ってきた疲労感にぐったりと脱力する。
「もう用は済んだだろ?俺のことは良いからもう行けよ。雨降ってるし」
「そうしたいのは山々なんだけど――ううん。」
「エ?」
顎に手を当てて熟考する少年は、ぶつぶつと小声で独り言を言う。
彼はしっかりと発音をしているつもりなのだろうが、すぐ傍にいる鈴丞にすらその声を上手く拾い上げることは出来なかった。
早々に彼の声を理解することを諦め、暇を持て余した鈴丞は、脱力し、なるべく早急な疲労回復に努め、中断されてしまった言葉の続きを待つ。
円な瞳を何度か瞬かせながら、うん、と深く頷いた少年は、躊躇することなく鈴丞の腕を掴んだ。そして、にっぱりと笑った彼の結論は出たようだ。鈴丞も彼の目を見て、口を開くのを待つが――
少年はそのまま鈴丞を引き起こすと、そのまま歩き始めたのだ。未成熟な足でスタスタと。
「え、ちょ……おい!」
これではさっきと同じじゃないか。
強引な力に引きずられるように立ち上がった拍子に、少しよろめくが、立ち止まって体勢を整える時間などは与えられない。ふらふらとよろめき、訳もわからないまま、今度はご機嫌な様子で狭い路地の先を行く少年に、またもやついて行く他なかったのだ。
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