Magic Retention

卯佐美 うさ。

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01章:突飛な出会いと旅立つ日。

05:~はじまりの福音。~[前編]

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 街の中心に向かって真っ直ぐに歩いていたかと思えば、不定期的に分岐を曲がる。四方、どこを眺めていても変化がなく、うねるような迷路は色濃く街を覆い初めた霧のせいで現在地を認知することもままならない。目の前にやってくるまで何も認識出来ず、視界は不明瞭であるのに、迷路の答えを知る少年の足取りは軽く、困惑したままの鈴丞の斜前を早足で歩いていた。

「――お、おい……一体何なんだよ……?」
「…………」
「お、おい?」

 横柄な男たちから逃走していた時のように、鈴丞はぴょこぴょこと跳ねている頭頂部の毛束を眺めながら、ひたすら少年に声を掛け続ける。だが、当然のように返事はない。
 競歩のような速度で歩き続ける彼の隣に並んで顔を覗き込むと、そこにあるのは新しい玩具おもちゃを手に入れた子どものようにご機嫌で今にも踊り出しそうな表情だ。

「うん!ほんとに決めたよ!」
「何を――」

 憂鬱な曇天でさえ、吹き飛ばしてしまいそうな明るいエメラルドグリーンを綻ばせ、ぴたりと足を止めた少年は一言そう言うと、鈴丞へと振り返った。

 窮屈な路地裏から、雨足が緩やかになりつつある空に浮かぶ灰色の雲の隙間から陽光が降り注ぐ大通りへと出た瞬間、大きな双眸そうぼうはにんまりと悪戯に細まった。
 急雨に降られて濡れそぼった金糸と、普通に暮らしていると、とても手が出せない高級宝石のような瞳の持ち主は、細く顔を出し始めた太陽を背に鈴丞の目を見詰めた。
 絵画に描かれた天使がそっくりそのまま飛び出してきたような美しくも中性的な風貌は、芸術に疎い鈴丞でも見惚れてしまうほどのものだった。

 例えるなら、そう――『造りもの』だ。

 実際には、鈴丞と同じように呼吸をして、その四肢を動かしている正真正銘の人間なのだが、人にしては顔に欠点がなく、人間味のある自己中心的な性格の唯一の欠点くらいは「人間誰しも欠点の1つや2つあるものだから……」と許容してしまえるほどに恐ろしく整っていたのだ。
 明るみに出てはっきりとその顔面を拝めば、尚のことそう感じる。

 しかし、そんな彼が浮かべている『何かを企んでいるような笑顔』には、あまりいい思い出がない。かつて幼馴染が何か悪巧みを思い付いた時の笑顔が少年の笑顔に重ね合わさったのだ。
 滲み出るような嫌な予感に身構え、半歩だけ後退する。
 訝しげな表情を浮かべた青年の後ろ向きな歩幅に対し、ずいと跳ねるような大股で詰め寄ってきた名も知らぬ少年は、鈴丞の両手を取り、ブンブンと元気良く上下に振ったのだ。まるで乱暴な握手だ。肩まで揺れる動きは少し痛みを伴う。

「ボク、キミと行くことにする!」
「ど、どこに……?」
「この国を巡る旅さ!」
「へえ…………。ってへ、は?俺??」
「キミ以外に誰がいるのさ」

 思うより先に、口を突いて出た疑問に、少年は眉を顰めてこてんと小さな顔を横に傾ける。目の前にいる青年が何を言っているのか、全く理解が出来ないと言った表情だ。だが、そんな顔をしたいのは俺の方だ。と鈴丞は、怪訝な顔をしている彼に密かにそう思うが、ぐっと堪えた。

 。そんな気がする。

「旅――とかの前に、マジでお前は何なんだよ?話はそれからだろ?」
「あれ……自己紹介、しなかったっけ?」
「ああ、途中で邪魔が入ったからな」
「あ……そっか、そうだったね。よく考えたらボクもキミのこと知らないや」

 随分と昔のことを思い出すかのように、視線を地面に落として考え込み、鈴丞の言葉に納得した少年は、こほんと咳払いをして仁王立ちになる。自信たっぷりのその姿は、人を圧倒的な力で統べているかのような圧倒的な力が垣間見えるような気がする。

「ボクはフラン・アドクロム。昨年、セントラ大学を卒業して、今は能力や運命さだめられた人の研究をしている大学の研究員さ」
「大人か?そんな風には見えない」
「当然だよ、13歳だもの。フィレーヌでは有名な話でしょう?神々に選ばれし申し子、天才美少年・フラン・アドクロム――ってね。それにさっきの人たちも言ってたよ、「天才って言って所詮はただのガキだ」って。失礼しちゃうよねえ」

 誰もが己のことを知っていて当然だという高慢な物言いに、鈴丞は言葉を詰まらせた。
 俺は知らないぞ。

 ――だが、実際には彼の言う通りなのだろう。
 すれ違う人は皆――とは言わないが、時々少年、フランのことを一瞥し、ひそひそと小さな彼の噂をしている声が聞こえてくるのだ。遠巻きにはどんなことを言っているのか聞き取ることは不可能であったが、彼の顔が街中に知れていることは確からしい。

 フランが在学していた大学の学生寮に世話になっている鈴丞が、彼のような天才少年を知らなかったのは、つい1年ほど前まで、ずっと部屋に閉じこもっていたからなのだ。鈴丞が必要以上に外に出られるようになったのは、つい最近の話である。

「それより、キミは?」

 自ら美少年を自称したフランは、興味津々に鈴丞を見詰める。
 ライトに当てられたスパンコールのように、くどい輝きを増す翠色の瞳を直視すると目が眩んでしまいそうだ。
 恥じらいを覚えた鈴丞は、過度な美しさを持つ瞳から視線を逸らし、聞き逃すまいと待ち構えている少年に向かって手早く名乗った。

「神東、鈴丞……」
「シントウ、リン、スケ……?――ああ!もしかしてロビンス・ケイル王国外で初めての運命られた人っていう?いつか会って話してみたいと思っていたけれど、キミのことだったんだ。なら、尚更丁度良いね。さ、行こう。リン」
「いやいや、丁度良いって何だよ。つーか『リン』ってお前――」
「呼びやすいし、いいでしょ」

 狼狽うろたえる鈴丞の手を引き、大通りを進んで行くフラン。ご機嫌に鼻歌を歌いながら、軽やかなステップで向かう先は、街の中心にある『セントラ大学』であった。
 王の住む城のように、天高く聳え立つ灰色の建物は、街の遠くから見るよりもずっと存在感がある。
 いつか、テレビの旅番組で見た異国の神聖な教会のように、精巧に造形された外壁は一般人を拒んでいるような重圧感がある。一見、棒立ちしているだけに見える警備員の横を通り過ぎ、重厚な黒い扉の向こうに侵入する者は見受けられないため、敷居の高い場所のように感じるのだ。

 一生縁がなく、前を通り過ぎるだけだと思っていたその場所へ鈴丞は足を踏み入れた。
 何年も毎日のように足を運んでいるフランとは違い、建物の前を通り過ぎることさえ少ない青年は、ギロリとひと睨みする警備の彼らの視線に肩身の狭い思いをしながら、少年の後に続いたのであった。
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