Magic Retention

卯佐美 うさ。

文字の大きさ
6 / 16
01章:突飛な出会いと旅立つ日。

05:~はじまりの福音。~[前編]

しおりを挟む
 街の中心に向かって真っ直ぐに歩いていたかと思えば、不定期的に分岐を曲がる。四方、どこを眺めていても変化がなく、うねるような迷路は色濃く街を覆い初めた霧のせいで現在地を認知することもままならない。目の前にやってくるまで何も認識出来ず、視界は不明瞭であるのに、迷路の答えを知る少年の足取りは軽く、困惑したままの鈴丞の斜前を早足で歩いていた。

「――お、おい……一体何なんだよ……?」
「…………」
「お、おい?」

 横柄な男たちから逃走していた時のように、鈴丞はぴょこぴょこと跳ねている頭頂部の毛束を眺めながら、ひたすら少年に声を掛け続ける。だが、当然のように返事はない。
 競歩のような速度で歩き続ける彼の隣に並んで顔を覗き込むと、そこにあるのは新しい玩具おもちゃを手に入れた子どものようにご機嫌で今にも踊り出しそうな表情だ。

「うん!ほんとに決めたよ!」
「何を――」

 憂鬱な曇天でさえ、吹き飛ばしてしまいそうな明るいエメラルドグリーンを綻ばせ、ぴたりと足を止めた少年は一言そう言うと、鈴丞へと振り返った。

 窮屈な路地裏から、雨足が緩やかになりつつある空に浮かぶ灰色の雲の隙間から陽光が降り注ぐ大通りへと出た瞬間、大きな双眸そうぼうはにんまりと悪戯に細まった。
 急雨に降られて濡れそぼった金糸と、普通に暮らしていると、とても手が出せない高級宝石のような瞳の持ち主は、細く顔を出し始めた太陽を背に鈴丞の目を見詰めた。
 絵画に描かれた天使がそっくりそのまま飛び出してきたような美しくも中性的な風貌は、芸術に疎い鈴丞でも見惚れてしまうほどのものだった。

 例えるなら、そう――『造りもの』だ。

 実際には、鈴丞と同じように呼吸をして、その四肢を動かしている正真正銘の人間なのだが、人にしては顔に欠点がなく、人間味のある自己中心的な性格の唯一の欠点くらいは「人間誰しも欠点の1つや2つあるものだから……」と許容してしまえるほどに恐ろしく整っていたのだ。
 明るみに出てはっきりとその顔面を拝めば、尚のことそう感じる。

 しかし、そんな彼が浮かべている『何かを企んでいるような笑顔』には、あまりいい思い出がない。かつて幼馴染が何か悪巧みを思い付いた時の笑顔が少年の笑顔に重ね合わさったのだ。
 滲み出るような嫌な予感に身構え、半歩だけ後退する。
 訝しげな表情を浮かべた青年の後ろ向きな歩幅に対し、ずいと跳ねるような大股で詰め寄ってきた名も知らぬ少年は、鈴丞の両手を取り、ブンブンと元気良く上下に振ったのだ。まるで乱暴な握手だ。肩まで揺れる動きは少し痛みを伴う。

「ボク、キミと行くことにする!」
「ど、どこに……?」
「この国を巡る旅さ!」
「へえ…………。ってへ、は?俺??」
「キミ以外に誰がいるのさ」

 思うより先に、口を突いて出た疑問に、少年は眉を顰めてこてんと小さな顔を横に傾ける。目の前にいる青年が何を言っているのか、全く理解が出来ないと言った表情だ。だが、そんな顔をしたいのは俺の方だ。と鈴丞は、怪訝な顔をしている彼に密かにそう思うが、ぐっと堪えた。

 。そんな気がする。

「旅――とかの前に、マジでお前は何なんだよ?話はそれからだろ?」
「あれ……自己紹介、しなかったっけ?」
「ああ、途中で邪魔が入ったからな」
「あ……そっか、そうだったね。よく考えたらボクもキミのこと知らないや」

 随分と昔のことを思い出すかのように、視線を地面に落として考え込み、鈴丞の言葉に納得した少年は、こほんと咳払いをして仁王立ちになる。自信たっぷりのその姿は、人を圧倒的な力で統べているかのような圧倒的な力が垣間見えるような気がする。

「ボクはフラン・アドクロム。昨年、セントラ大学を卒業して、今は能力や運命さだめられた人の研究をしている大学の研究員さ」
「大人か?そんな風には見えない」
「当然だよ、13歳だもの。フィレーヌでは有名な話でしょう?神々に選ばれし申し子、天才美少年・フラン・アドクロム――ってね。それにさっきの人たちも言ってたよ、「天才って言って所詮はただのガキだ」って。失礼しちゃうよねえ」

 誰もが己のことを知っていて当然だという高慢な物言いに、鈴丞は言葉を詰まらせた。
 俺は知らないぞ。

 ――だが、実際には彼の言う通りなのだろう。
 すれ違う人は皆――とは言わないが、時々少年、フランのことを一瞥し、ひそひそと小さな彼の噂をしている声が聞こえてくるのだ。遠巻きにはどんなことを言っているのか聞き取ることは不可能であったが、彼の顔が街中に知れていることは確からしい。

 フランが在学していた大学の学生寮に世話になっている鈴丞が、彼のような天才少年を知らなかったのは、つい1年ほど前まで、ずっと部屋に閉じこもっていたからなのだ。鈴丞が必要以上に外に出られるようになったのは、つい最近の話である。

「それより、キミは?」

 自ら美少年を自称したフランは、興味津々に鈴丞を見詰める。
 ライトに当てられたスパンコールのように、くどい輝きを増す翠色の瞳を直視すると目が眩んでしまいそうだ。
 恥じらいを覚えた鈴丞は、過度な美しさを持つ瞳から視線を逸らし、聞き逃すまいと待ち構えている少年に向かって手早く名乗った。

「神東、鈴丞……」
「シントウ、リン、スケ……?――ああ!もしかしてロビンス・ケイル王国外で初めての運命られた人っていう?いつか会って話してみたいと思っていたけれど、キミのことだったんだ。なら、尚更丁度良いね。さ、行こう。リン」
「いやいや、丁度良いって何だよ。つーか『リン』ってお前――」
「呼びやすいし、いいでしょ」

 狼狽うろたえる鈴丞の手を引き、大通りを進んで行くフラン。ご機嫌に鼻歌を歌いながら、軽やかなステップで向かう先は、街の中心にある『セントラ大学』であった。
 王の住む城のように、天高く聳え立つ灰色の建物は、街の遠くから見るよりもずっと存在感がある。
 いつか、テレビの旅番組で見た異国の神聖な教会のように、精巧に造形された外壁は一般人を拒んでいるような重圧感がある。一見、棒立ちしているだけに見える警備員の横を通り過ぎ、重厚な黒い扉の向こうに侵入する者は見受けられないため、敷居の高い場所のように感じるのだ。

 一生縁がなく、前を通り過ぎるだけだと思っていたその場所へ鈴丞は足を踏み入れた。
 何年も毎日のように足を運んでいるフランとは違い、建物の前を通り過ぎることさえ少ない青年は、ギロリとひと睨みする警備の彼らの視線に肩身の狭い思いをしながら、少年の後に続いたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...