Magic Retention

卯佐美 うさ。

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02章:憧れと決意、それから。

11:~異端狩り。~[前編]

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 一体なんだったんだ。

 よろめきながら立ち上がり、打ちつけた腰をさすってぼやく。

「怪我がないならよかったけど。……それにしても今の――」
「知り合いか?」

 臀部でんぶに付着する土埃を払う鈴丞を横目に、フランは顎に指を当ててしゃがみ込むと、残留する少女の痕跡を凝視した。それは可愛らしいローファの靴跡だった。スタンプのように深く残っている。

「いや別に。さっきの子エルファーナだったんじゃないかと思って」
「え」
「ボクの位置からはちゃんと見ることができなかったけど……。でも、耳、尖ってたから」

 数秒も経たないうちに小さな足跡を眺めることに倦厭けんえんしたフランは、己の小さな耳を指先で摘みながら立ち上がり、やれやれと目的地に向かって歩を再開する。服に付着する緑を全て取り払った鈴丞もその後に続こうとするが、後ろ姿を見せている少年の仕草を見ると、浮かせていた足をそっと地面に戻す。

 知識として、ずっと前からについて知っている少年にとっては、さらりと流すようなことなのかもしれないが、青年にとっては違ったからである。
 新しく覚えたばかりの言葉とその存在を認識してしまった鈴丞は、喫驚きっきょうの声を上げる。まさか、そんな。
 俄かには信じられない思いでいっぱいになった。だが、指摘されてみればそうだったかもしれない。嵐のような出来事に惑乱し、不明瞭になってしまった記憶の中から、ぼやけて残る少女の姿を無理矢理絞り出した。

 人と異なる尖った耳が髪の隙間から覗き、うるうると潤む澄んだ菫色の瞳。そして、人形のように小さな体――
 まるで幼い頃に何度も読み聞かせされた絵本に出てくる妖精のような愛らしい容姿であった。ふわりと鼻をくすぐった、大地に咲く花のような香りは、更に可憐なキャラクターのような、非現実的な印象を増強させる。

 ――そして、何よりも事前に与えられていた知識と合致していたのだ。

 彼女がエルファーナであると確信を持った鈴丞は、夢見心地にほう、と息を吐いた。
 まさか、実際にエルファーナをお目に掛かることが出来るとは、と。

「キミって相当な運の持ち主なんだね。生きているうちにあんな間近で見られることなんて本来ならありえないんだよ」
「この森で隠れて暮らしてるんだっけか」
「そ」

 フランの肯定を最後に、2人が口を閉ざすとつい数分前の騒々しさが嘘のような沈黙を取り戻した。旅人2名との服と濃く色を乗せる葉が触れて奏でる、くすみを知らない葉擦れの音だけが、新鮮な空気に震え、無意識のうちに奏者となった彼らの耳に癒しを与える。

 自然の光すらもなかなか届かない森には不釣り合いの爽快な合唱だった。
 風景と音の不協和音は、森を通過する者をどこか異世界へと案内しているかのようだ。この森を抜けると、見たこともない街並みや、衣服を纏った人々が行き交っている――そんな稚拙な妄想が繰り広げされるほどに、少女との衝突を境に卦体けたいな心地になった鈴丞には、恐怖さえ湧き上がってくるような森が少し違って見えていたのだ。

「あ」

 ――考え事をしながら、森の合唱に聞き入っていた鈴丞の耳に突如割り込んできたのはフランの声。それは、どこか浮ついていた青年の意識を現実の世界へと引き戻し、宙を仰いで進み続けていた彼の体は、やがて急停止した少年の背中に衝突してしまったのだ。上から覗き込んでも分かるくらいにまんまると見開かれたエメラルドの宝石。その視線を追って前方を見ると、鈴丞も瞬時に顔を歪ませて「げ」と声を漏らしたのだった。

 2人の瞳に映るその姿は、かの少女――ではなく、フィレーヌの路地にて、フランを囲い、脅していた横柄な態度の男たちであった。生意気な少年を殺してでも従わせようと目論もくろみ、欲望と理不尽な怒りが滲み出す、恐ろし形相は、鈴丞らの存在に気付いた瞬間に一変させ、ぶわりと冷や汗を吹き出させた。
 ギギギ……とその図体に似合わない、ぎこちない動きで首を動かして顔を見合わせると、引き攣った笑みを口許に貼り付け、震える手を揉み始めたのだ。
 さっきはどーも。と腰の低い態度でひょこひょこと接近してくる男たちに、鈴丞は警戒心を露わにした。
 執拗にフランを追い回していた彼らのことだ。肝心の目的は断片的にしか把握していないが、またフランを追ってここまで来たのかもしれない。そう思う青年の怪訝けげんな視線に身を固くして、更に額に脂汗を浮かべる男たち。こんなにも狭い道でなければ、すぐさま逃げ出して、身を隠していたはずだった。

 ――だが、そんな彼らにもは差し伸べられるのだ。

 威嚇せんばかりの態度をとる鈴丞とは裏腹に、にぱっと屈託のない無邪気な笑みを浮かべると、少年フランを庇うように前に出た鈴丞の腕の下をくぐり抜け、抱き合って怯える男たちにさくさくと軽快に歩み寄ったのだ。人懐っこい笑みを浮かべ、「やあ」と軽く片手を上げる彼は、まるで近所の子犬に話しかける少年を見ているような微笑ましささえある。

 だが、そうではないのだ。

 震える捨て犬のように震える男たちは、子供を相手にしているとは思えないほどに凄み、少年に因縁をつけていたはずだった。彼自身、全く物怖ものおじせず相手にもしていなかったとはいえ、再び対面した彼らの腹のうちが読めない限り、安易に近付いて良い相手ではない。

「やあ、キミたち奇遇だね」
「おい」
「大丈夫だよ、多分」
「その多分が不安なんだが……」

 最悪のパターンを想像して、考えなしにも思える無防備な行動を止めにかかった鈴丞の制止をいなしたフラン。尻尾を振って可愛がってもらおうと媚びた目をしているが、実は裏に凶悪な一面を持った狂犬どもに夢中になった彼には青年の切願は届かなかったようだ。

 確かに、子どものうち――特に己が大人になったと錯覚する思春期の少年少女は、大人が警戒する危難きなんなど理解出来るはずもない。まだ大人に守られた箱庭せかいだけを見ていることを知らない彼らは、危険を忌避きひする大人たちのことなんて知る由もない。己の意思を持ち、己の正しいと思った道を進もうとしているのに抑え込まれてしまうと、更に反抗し、「自分は大人である」と、訴えたくもなるのだ。

 鈴丞だって、少年のうちはそうだったのだから、聞く耳を持たない少年の気持ちだって理解しているつもりだ。
 それでもやはり、とでは話が別なのだ。
 鈴丞が相手ならば、いくらでも大人であると訴えてもらっても構わない。彼が天才であることも、鈴丞よりもずっと大人な思考を持っていることも確かなのだろうから。だが、同時にまだ無力な子供であることも確かなのだ。彼の真っ直ぐで純粋で、猪突猛進な一面が、鈴丞の胸に蔓延はびこる不安を増強させる。
 もしまた、奴らに危害を加えられたら。
 過ぎる嫌な予感を頭の片隅に置き、ほんの1つたりとも男たちの行動は見逃すまい、と目を見張った。

 ――しかし、その行き過ぎた懸念けねんも杞憂に終わることになる。

 なんと、数時間前に鈴丞とフランが初めて対面する前からいがみあっていたはずの彼らが、偶然街で出会った古い悪友のように親しげに肩を組んで話し始めていたのだ。

 ずるり。
 にこやかに会話を繰り広げる彼らを見て、気が抜けると少しだけ体勢が傾く。

「さっきはすいませんでした。仕事がうまくいかなくて頭に血が上っちまってつい……。よくよく考えれば無理なもんは無理っスよね~~、うちの会社だって機密書類持ち出したら大目玉どころじゃ済みませんもん」
「理解してくれたなら何よりだよ。僕もごめんね、馬鹿なんて酷いこと言って」
「へへ、構いませんよ。実際、フランさんに比べたら俺らなんてだーいぶ馬鹿ですからねえ」

 昨日の敵は今日のなんとやら――とはよく言ったものだ。

 正に、その翌日にはまた裏切られるかもしれない危うい言葉を体現した彼らは、悪巧みを誰かに聞かれないように顔を突き合わせて話を始めたのだ。ひそひそ声で話す内容を聞き取れない立ち位置にいる鈴丞は、フランのことを止めるのを諦め、やれやれと首を横に降って背後にある木の幹に体を預けた。

「お兄さんたちはここで何をしているの?港の方……には用なんてなさそうだけど……」
だなあ分かってるくせに。こんな辺鄙へんぴなところに来るなんて、理由は1つしかないでしょ?」
「ああ、そっか。お兄さんたちも飽きないよね」
「まあ、それが仕事っスから」

 薄汚く下卑た笑みは依然として変わらないが、敵意のない笑顔でフランを見下ろした三白眼の筋肉質な大男は、あははと愛想笑いをする。その視線は、フランではなく、霧の濃い森の奥へと向けられており、足の踏み場もない獣道を物色するとうにじろりと視線で慎重に撫でていた。 
 そのくすんだ灰色の目には、欲望の色があからさまに浮かび上がっている。狙うは一攫千金。目の前に賞金を積まれた賞金稼ぎのように、歪んだ輝きがそこにあったのだ。

「……ところで、この辺でエルファーナの女を見かけなかったっすか?すげえスピードでこっちに走っていっちまったんスけど……」

 図体の大きな男も、のほほんと呑気な笑顔でそう尋ねながら、鈍重な動きで遠くを見回し、時々真っ白なヴェールに包まれたその奥を目を凝らして見るが、やはりその黒く塗り潰されたつぶらな視線の先には誰もいない。

「…………さあ、ボクたちは見ていないよ。ねえ、リン」
「あ?ああ……」

 2人の行動を大袈裟に真似て、体を1周させて森全体を見渡したフランは、男たちに向き直ったかと思うと、予告もなく同意を求め、背後にいた鈴丞に振り返った。
 秘密の作戦会議とでもいうように、声を潜めて話していた彼らの話題を把握することを早々に断念していた鈴丞に話を合わせろと言わんばかりに、無言でぱちぱちとウィンクを繰り返すフランに困惑し、訳のわからないまま頷くしかない。「なんの話だ?」などと聞くのは野暮だということだ。

 ――世の中には関わり合いにならない方がいいことだってあるのだから。

 そう思った鈴丞は、萎縮の混じるぎこちない笑みを浮かべる男たちと、「そうだよね」と、鈴丞の短い回答に花丸を与えたのち、顔を正面に戻したフランを交互に眺め、作戦会議を再開する頃には、立派な木の幹に背中を預け、再び待機する体勢へと戻ったのだった。それに対して、男たちの質問に熟考する素振りを見せ、「そうだなあ」と顎に手を当てたフランは、俯きがちで本来少女が走り去って行った方向を眺める。あからさまな視線は、目に掛かるほどの長さを持つ前髪に隠されており、彼の視線の動きは誰も察することが出来ない。

「――うーん、この辺で見かけたのなら、もう反対の方角にいるんじゃないのかなあ。同じところに戻ってくるほど、エルファーナも馬鹿じゃないと思うよ」

 もし、誰もが彼の視線に気付いていたならば、皆が視線の先を指差すと思っていただろう。しかし、フランが指先を向けたのは、その真逆――鈴丞がエルファーナの少女と衝突した場所とも彼女が逃げ去った方角とも違う、光の恩恵が限りなく薄い森の中でもずっと禍々しく、暗闇が続く場所だったのだ。
 少年の指先の動きにつられてそちらを向いた鈴丞も、思わず喉を鳴らして息を呑むほどに。

 ――森の洋館をモチーフとする幽霊屋敷を思わせるそこは、霧すら目視出来ないほどに真っ暗闇が続いていて、あまりにもおどろおどろしい。森を縦断する人の道一帯は昆虫1匹寄り付かない場所であるはずなのに、心なしか化け物の絶叫のような声が聞こえてくるような気がする。
 1歩でも、あの先へと足を踏み入れれば、きっともう一生戻ってくることは出来ないのだろうという妄想嫌な予感が、皆の足を震わせる。と言っても過言ではなさそうだ。

 男たちは咥内を満たす唾を飲み込み、顔を見合わせた。
 こんなにも恐ろしいところに行くくらいならば、任務に失敗した旨を上司に告げ、素直に叱責を受けた方がまだマシだ。命しらずの鉄砲玉のような彼らだって、命は惜しいのだ。

 しかし、そんな震え上がる男たちの心境を知ってか知らずか、フランはあどけない天使あくまの微笑みを彼らに向けたまま、「頑張ってね」と他人事のように言い、ひらひらと手を振り、話題を持ち掛けた男たちを暗黒の地へと有無を言わさんばかりの声質で促した。
 可愛らしい少年の声援に煽られて、気を良くしてしまった男たちは、再度顔を見合わせた際によしと意気込む。どうやら決心はついたようだ。決して英断であるとは言い難いが。

「あ……ありがとう、ございます……!お、おい、行くぞ!」
「はいっス!!」
「迷わないようにねえ!」

 誰もが目にしようともせず、顔を逸らしてしまうような怪しげなその場所へ大股で侵入する2人の男。彼らに重圧感を与え、隔たりを作っていた長い雑草を乱暴に掻き分けてザワザワと行った音を立てながら、慎重に前へと進む。

 鈴丞たちは、決して歩きやすいとは言えない道なき道を進む2人が、完全に闇に溶けてしまったのを見送ったのだった。
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