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02章:憧れと決意、それから。
14: 恐怖と提案。[後編]
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――今度こそ、本当に時が止まってしまったかのようだった。一部始終を俯瞰していたフラン以外はぴくりとも動かないのだから、そう錯覚するのも致し方ないだろう。
「――2人とも大丈夫?」
1歩、伸びている彼らに近付いたフランは、それらを見下ろしてどこか他人事のようにも聞こえる口調で言葉を放った。それを切っ掛けにして心許ない動きで起き上がった彼女は、ぺたんと着座する。泳ぐ目を誤魔化すように前髪を指で梳き、思い切り打ち付けた額を指先で撫でた。
「リン、キミは?生きてる?おーい」
「待て、今起き上がるから――」
そして、まだ蹌踉めく頭を支えながら、ようやく起き上がった鈴丞。大股で近寄ったフランの手を借りて立ち上がりながら「いてて……」とぼやき、じんわりと痛みが残る腰を摩った。
目を細め、チカチカと星飛ぶ視界をはっきりとさせる。その苦悶を意味する顰め面は、怯えている彼女にとっては、閻魔様の怒りのように見えたのだ。ここが天国と地獄の狭間であるならば、きっと粗相をした彼女は、地獄行きの判決を下されていたことだろう。
そんな恐ろしいところには行きたくないと、顔面蒼白の少女は息を呑むと、最後の力を振り絞って勢いよく体を折り曲げた。ギリリと悲鳴を上げる節々を一切無視して、鈴丞に向かってこれでもか、というほど深く土下座を披露したのだ。
それは一切の無駄がなく、そして、全てを許してしまいたくなるほどに小さくいじらしい。
だが、それは予告もなく唐突だったのだ。鈴丞らがいじらしさを感じる前に、驚き固まるのも無理はなかった。
「すみませんすみませんすみませんんんんん!!私っ、気付かなくって!!ごめんなさいぃっ!た、たた、食べないでぇ!」
「食べねえけど!?」
擦り傷を作って痛むはずの額を地面に擦り付け、悲鳴にも似た詫び言をいう。長時間踏みつけにされて、文句の1つや2つないわけがないのだが、すみませんとごめんなさいを大安売りしている少女の切実な気持ちを詰る気にもなれず、寧ろ「年端のいかない女の子がそんなことをするものじゃない」と彼女の前に膝をついて嗜める。
「その……傷にも障るからさ」
「あぅ……、あの、た、食べないんですか……?」
「さっきからその食べる……って?」
「少なくとも、ボクやリンの周りにはエルファーナを食べるような変食な人はいないけど?」
「えッ……ええっ!?エルファーナは人間の主食じゃ――」
告げられた事実にあんぐりと口許に驚愕を浮かべ、勢い良く上体を起こした。さらりと緩やかな風のせいで横に流れた前髪の中から点のようになったまんまるの瞳が覗く。
「そもそも、キミたちが人の前に姿を現さないのにどうやって食べるのさ。キミたちがボクたちの主食なら、今頃人類は滅亡してるよ」
「そ、そうでした……私たち森の中に隠れて――」
「そんなエルファーナがどうして追われていたのか、ボクは心底疑問なんだけど。」
「う……」
「無謀と勇敢は違うんだよ、言ってること分かる?失敗してやり直せないことだってあるんだよ」
「うう……」
鋭く太い棘のように心に刺さるフランの言葉に、彼女の長く尖った耳はぺたんと項垂れた。まるで、両親に厳しく叱られてしまった子どものようだ。反省の色を露わにし、蒼白の顔で正座したまま背中を丸めている。
「なあ、その辺にしておけよ」
ぽたぽたと次から次へとスカートの上に丸い染みを作る少女の姿を不憫に思った鈴丞は、氷点下の眼差しを彼女に向けているフランを窘める。だが下手に出た鈴丞に振り向いた彼の表情は、鬼の形相のままだ。暗く、ハイライトを意図的に失ったエメラルドは、今にも人を1人射殺しそうな尖鋭な目つきだった。
「でも――」
「結果的に何事もなかったんだから、もういいだろ」
「……分かったよ」
――きっと、彼の見せた凄まじい形相も、地を這うような低い声色も、とげとげとした言葉選びも、きっと彼なりの思いやりなのだろう。賢いが彼は、まだ傷心の心を癒す術をはっきりとは知らない。大人を言い負かすほど口達者で、いくら饒舌多弁であろうとも、弱者に寄り添う言葉はまだ選択肢にはないのだ。
鈴丞は、不服そうに口を尖らせているフランの髪を強く撫で付ける。優秀な少年の未熟な部分を垣間見て、からかうようなにやけ顔をしている彼に少年は「子どもじゃないんだから」と顔を顰めていたが、そのまろい頬はほんのりと赤みを増し、悦喜してしっかりと真顔を保っていたはずの表情が無意識に緩んでいく。それでも彼のプライドは破顔することを許さず、出来る限り表情を引き締め、隠せない広角は腕で隠蔽した。そして、ひたすらに金色の髪をくしゃくしゃに混ぜる鈴丞の手を押し退け、ふいとそっぽを向いた。
「あのぅ……」
――彼らの楽しげな応酬を呆然と見ていた少女は、震える小さな声で言葉を挟む。かろうじて、二人の男の耳にも届くくらいの気鋭りそうな声であった。
その声を拾い上げた彼らの視線が一斉に向くと、彼女はまたヒッと短い悲鳴を上げて萎縮してみせる。
間近にいる彼らを前にしては、隠れられる物影もない。逃げたところですぐに捕らえられてしまうだろう。それに、バクバクと脈打つ心臓は、恐怖に苛まれていて、今にも吐き出してしまいそうなのに、緊張と微かに残る好奇心が隠せない手のひらは、胸元で握り締められていた。
もしかしたら、この人たちなら、私の話を聞いてくれるのではないだろうか。そんな一縷の希望を信じて。
「どうした?」
「い、いえ!えっと……あのあの……ッ、あ、あなたたちは――」
「俺か?俺は神東鈴丞。こっちのむくれてるのはフラン・アドクロムだ」
「あぅ、えと……わ、私、ロゼッタ・アントネラですっ!……それで、その……あなた、たちは……捕まえようとしないんですか……?さっきの人たちみたいに」
試すような言葉選びの割に、他者と目を合わせるのが怖くて、視線を下方で彷徨わせながら、もじもじと胸の前で握力を緩和した指先を弄る。そして「えっと、その……」と準備もしていなかった次の言葉を探した。
何と言えば彼らに意思が伝わるのだろうか。それさえ分かれば、きっと応えてくれるはずなのに。
「――ボクたちは、そのさっきの人たちがまだキミのこと探してたから早く住処まで帰ったほうが良いって忠告しにきた善良な人間だよ」
はくはくと口籠もりながら言葉を探していたロゼッタの思考を遮るように言ったフランの真っ直ぐな声は、彼女が求めていた答えそのもので。読心術でも見たような表情で、彼らを交互に眺めた。
じとりとした翠の視線と、不満げなままの少年に苦笑して、細められる焦茶色の視線。その色には全く嘘偽りがなかったのだ。そう分かると彼女の竦んでいた肩もほっと一息、脱力した。
エルファーナは生き物の感情に聡い。だからこそ、彼らが信頼に足る人物であると直感することが出来たのだ。
――そう。彼らは、正真正銘の純粋で真っ白な心の持ち主だ。心を持って生きているのだから、全く欲望の色がないとは言い難いが、フランの言葉は確かに本物だ。
そう確信したロゼッタは、安堵して胸を撫で下ろす。怯えて青白かった頬はほんのりと桃色が戻ってきていた。
「――そうだそうだ。ねえリン。ボクたちどうせ明日まで時間潰さなきゃいけないんだし、この子のこと住処まで送って行ってあげようよ」
ひと段落ついた頃、ふと思いついたフランは手を打つと、目を輝かせて提案する。刺すような鬼の視線をころっと豹変させ、名案だと無邪気に笑う表情にもロゼッタの思った通り、悪意はない。
そもそも、フランにとっては彼女がエルファーナ族の少女であることは二の次だったのだ。
勿論、彼が鈴丞に言った、異端狩りの2人への報復が目的でもあるのだろうが、それ以上に彼は目の前で困っている者がいたから救いの手を差し伸べたそれだけなのだ。息を顰め、平和に暮らしている彼らの居場所を興味本意に踏み荒らすつもりも毛頭ない。彼の思う目的が果たされるのならば何も問題はないのだ。
ただし、フランにとっては、だ。
「あ……、ありがとうございます……で、でも村に人間の方は――」
ご機嫌に破顔するフランの純粋な厚意をひしひしと感じ取りながらも、眉を下げて言い淀むロゼッタ。当然だ。人から身を隠して生きているエルファーナの住む村へ、人間である彼らが足を踏み入れることなどあってはならないのだ。
しかし、子うさぎのように小さく内向的な彼女が、純真な厚意をあからさまに突っ撥ねることなど到底出来るはずもなく。少女は辟易し、口籠る。
はわはわはわ。
そう口にする彼女のおかしな挙動を横目に見たフランは、「そっか」と思い出した様子で、再度手を打った。
「ボクたちがキミたちの聖域を知る必要なんてないんだよね。じゃあ、その付近まで一緒にいくよ。それなら問題ないよね、リン」
「俺は別に構わないが……」
「うん。じゃあ行こう!!」
曖昧な口調のまま、はっきりとしない鈴丞の回答は、数秒も経たないうちに肯定と取られる。赤べこのように何度も深く頷いたフランは、くるりと体を180度反転させると、明後日の方向を指差した。その仕草はまるで、未知の世界へと大冒険をしようとする旅好きの主人公のように爛々と輝き、真っ直ぐ前を見据えている。この広大で雑木ばかりの道を進むだけなのだが……。
「――あんたはそれで良いのか?」
「え?」
これから草木に足を取られ、体力もじわじわと削られていくであろうことに、うんざりとして冷静な感情を保ったままの鈴丞は、今度は起き上がり小法師のように左右に揺れ、未知なる冒険への出発時刻を待っているフランにため息を吐くと、もじもじとしているロゼッタを見下ろし、ひそひそ声で確認をとる。
彼はすでに猪突猛進モードに入ってしまった。もうロゼッタが拒絶の言葉を口に出しても聞く耳を持たないだろう。そうなると、彼のスイッチを無理矢理切り替えることが出来るのは鈴丞だけなのだ。
「あ、はい……。村の場所が知られなければ……多分……」
「そうか」
「ねー早く行こうよ。日が暮れちゃう」
「まだ昼過ぎだよ」
いつまでも足を止めたままの2人を待ち侘びてぴょんぴょんと跳ねるフランを案内するため、彼女は鈴丞の隣から離れ、先頭へと出る。そして、先刻のフランのように、くるりと体を反転させると、鈴丞に向かって深々と頭を下げた。
「じゃ、じゃあ……よろしくお願いします!」
深い森に木霊する可愛らしい声に口角を上げて頷くと、小さな少女の背中について、本来踏み込むことがなかった森の最新部へと足を向けたのであった。
「――2人とも大丈夫?」
1歩、伸びている彼らに近付いたフランは、それらを見下ろしてどこか他人事のようにも聞こえる口調で言葉を放った。それを切っ掛けにして心許ない動きで起き上がった彼女は、ぺたんと着座する。泳ぐ目を誤魔化すように前髪を指で梳き、思い切り打ち付けた額を指先で撫でた。
「リン、キミは?生きてる?おーい」
「待て、今起き上がるから――」
そして、まだ蹌踉めく頭を支えながら、ようやく起き上がった鈴丞。大股で近寄ったフランの手を借りて立ち上がりながら「いてて……」とぼやき、じんわりと痛みが残る腰を摩った。
目を細め、チカチカと星飛ぶ視界をはっきりとさせる。その苦悶を意味する顰め面は、怯えている彼女にとっては、閻魔様の怒りのように見えたのだ。ここが天国と地獄の狭間であるならば、きっと粗相をした彼女は、地獄行きの判決を下されていたことだろう。
そんな恐ろしいところには行きたくないと、顔面蒼白の少女は息を呑むと、最後の力を振り絞って勢いよく体を折り曲げた。ギリリと悲鳴を上げる節々を一切無視して、鈴丞に向かってこれでもか、というほど深く土下座を披露したのだ。
それは一切の無駄がなく、そして、全てを許してしまいたくなるほどに小さくいじらしい。
だが、それは予告もなく唐突だったのだ。鈴丞らがいじらしさを感じる前に、驚き固まるのも無理はなかった。
「すみませんすみませんすみませんんんんん!!私っ、気付かなくって!!ごめんなさいぃっ!た、たた、食べないでぇ!」
「食べねえけど!?」
擦り傷を作って痛むはずの額を地面に擦り付け、悲鳴にも似た詫び言をいう。長時間踏みつけにされて、文句の1つや2つないわけがないのだが、すみませんとごめんなさいを大安売りしている少女の切実な気持ちを詰る気にもなれず、寧ろ「年端のいかない女の子がそんなことをするものじゃない」と彼女の前に膝をついて嗜める。
「その……傷にも障るからさ」
「あぅ……、あの、た、食べないんですか……?」
「さっきからその食べる……って?」
「少なくとも、ボクやリンの周りにはエルファーナを食べるような変食な人はいないけど?」
「えッ……ええっ!?エルファーナは人間の主食じゃ――」
告げられた事実にあんぐりと口許に驚愕を浮かべ、勢い良く上体を起こした。さらりと緩やかな風のせいで横に流れた前髪の中から点のようになったまんまるの瞳が覗く。
「そもそも、キミたちが人の前に姿を現さないのにどうやって食べるのさ。キミたちがボクたちの主食なら、今頃人類は滅亡してるよ」
「そ、そうでした……私たち森の中に隠れて――」
「そんなエルファーナがどうして追われていたのか、ボクは心底疑問なんだけど。」
「う……」
「無謀と勇敢は違うんだよ、言ってること分かる?失敗してやり直せないことだってあるんだよ」
「うう……」
鋭く太い棘のように心に刺さるフランの言葉に、彼女の長く尖った耳はぺたんと項垂れた。まるで、両親に厳しく叱られてしまった子どものようだ。反省の色を露わにし、蒼白の顔で正座したまま背中を丸めている。
「なあ、その辺にしておけよ」
ぽたぽたと次から次へとスカートの上に丸い染みを作る少女の姿を不憫に思った鈴丞は、氷点下の眼差しを彼女に向けているフランを窘める。だが下手に出た鈴丞に振り向いた彼の表情は、鬼の形相のままだ。暗く、ハイライトを意図的に失ったエメラルドは、今にも人を1人射殺しそうな尖鋭な目つきだった。
「でも――」
「結果的に何事もなかったんだから、もういいだろ」
「……分かったよ」
――きっと、彼の見せた凄まじい形相も、地を這うような低い声色も、とげとげとした言葉選びも、きっと彼なりの思いやりなのだろう。賢いが彼は、まだ傷心の心を癒す術をはっきりとは知らない。大人を言い負かすほど口達者で、いくら饒舌多弁であろうとも、弱者に寄り添う言葉はまだ選択肢にはないのだ。
鈴丞は、不服そうに口を尖らせているフランの髪を強く撫で付ける。優秀な少年の未熟な部分を垣間見て、からかうようなにやけ顔をしている彼に少年は「子どもじゃないんだから」と顔を顰めていたが、そのまろい頬はほんのりと赤みを増し、悦喜してしっかりと真顔を保っていたはずの表情が無意識に緩んでいく。それでも彼のプライドは破顔することを許さず、出来る限り表情を引き締め、隠せない広角は腕で隠蔽した。そして、ひたすらに金色の髪をくしゃくしゃに混ぜる鈴丞の手を押し退け、ふいとそっぽを向いた。
「あのぅ……」
――彼らの楽しげな応酬を呆然と見ていた少女は、震える小さな声で言葉を挟む。かろうじて、二人の男の耳にも届くくらいの気鋭りそうな声であった。
その声を拾い上げた彼らの視線が一斉に向くと、彼女はまたヒッと短い悲鳴を上げて萎縮してみせる。
間近にいる彼らを前にしては、隠れられる物影もない。逃げたところですぐに捕らえられてしまうだろう。それに、バクバクと脈打つ心臓は、恐怖に苛まれていて、今にも吐き出してしまいそうなのに、緊張と微かに残る好奇心が隠せない手のひらは、胸元で握り締められていた。
もしかしたら、この人たちなら、私の話を聞いてくれるのではないだろうか。そんな一縷の希望を信じて。
「どうした?」
「い、いえ!えっと……あのあの……ッ、あ、あなたたちは――」
「俺か?俺は神東鈴丞。こっちのむくれてるのはフラン・アドクロムだ」
「あぅ、えと……わ、私、ロゼッタ・アントネラですっ!……それで、その……あなた、たちは……捕まえようとしないんですか……?さっきの人たちみたいに」
試すような言葉選びの割に、他者と目を合わせるのが怖くて、視線を下方で彷徨わせながら、もじもじと胸の前で握力を緩和した指先を弄る。そして「えっと、その……」と準備もしていなかった次の言葉を探した。
何と言えば彼らに意思が伝わるのだろうか。それさえ分かれば、きっと応えてくれるはずなのに。
「――ボクたちは、そのさっきの人たちがまだキミのこと探してたから早く住処まで帰ったほうが良いって忠告しにきた善良な人間だよ」
はくはくと口籠もりながら言葉を探していたロゼッタの思考を遮るように言ったフランの真っ直ぐな声は、彼女が求めていた答えそのもので。読心術でも見たような表情で、彼らを交互に眺めた。
じとりとした翠の視線と、不満げなままの少年に苦笑して、細められる焦茶色の視線。その色には全く嘘偽りがなかったのだ。そう分かると彼女の竦んでいた肩もほっと一息、脱力した。
エルファーナは生き物の感情に聡い。だからこそ、彼らが信頼に足る人物であると直感することが出来たのだ。
――そう。彼らは、正真正銘の純粋で真っ白な心の持ち主だ。心を持って生きているのだから、全く欲望の色がないとは言い難いが、フランの言葉は確かに本物だ。
そう確信したロゼッタは、安堵して胸を撫で下ろす。怯えて青白かった頬はほんのりと桃色が戻ってきていた。
「――そうだそうだ。ねえリン。ボクたちどうせ明日まで時間潰さなきゃいけないんだし、この子のこと住処まで送って行ってあげようよ」
ひと段落ついた頃、ふと思いついたフランは手を打つと、目を輝かせて提案する。刺すような鬼の視線をころっと豹変させ、名案だと無邪気に笑う表情にもロゼッタの思った通り、悪意はない。
そもそも、フランにとっては彼女がエルファーナ族の少女であることは二の次だったのだ。
勿論、彼が鈴丞に言った、異端狩りの2人への報復が目的でもあるのだろうが、それ以上に彼は目の前で困っている者がいたから救いの手を差し伸べたそれだけなのだ。息を顰め、平和に暮らしている彼らの居場所を興味本意に踏み荒らすつもりも毛頭ない。彼の思う目的が果たされるのならば何も問題はないのだ。
ただし、フランにとっては、だ。
「あ……、ありがとうございます……で、でも村に人間の方は――」
ご機嫌に破顔するフランの純粋な厚意をひしひしと感じ取りながらも、眉を下げて言い淀むロゼッタ。当然だ。人から身を隠して生きているエルファーナの住む村へ、人間である彼らが足を踏み入れることなどあってはならないのだ。
しかし、子うさぎのように小さく内向的な彼女が、純真な厚意をあからさまに突っ撥ねることなど到底出来るはずもなく。少女は辟易し、口籠る。
はわはわはわ。
そう口にする彼女のおかしな挙動を横目に見たフランは、「そっか」と思い出した様子で、再度手を打った。
「ボクたちがキミたちの聖域を知る必要なんてないんだよね。じゃあ、その付近まで一緒にいくよ。それなら問題ないよね、リン」
「俺は別に構わないが……」
「うん。じゃあ行こう!!」
曖昧な口調のまま、はっきりとしない鈴丞の回答は、数秒も経たないうちに肯定と取られる。赤べこのように何度も深く頷いたフランは、くるりと体を180度反転させると、明後日の方向を指差した。その仕草はまるで、未知の世界へと大冒険をしようとする旅好きの主人公のように爛々と輝き、真っ直ぐ前を見据えている。この広大で雑木ばかりの道を進むだけなのだが……。
「――あんたはそれで良いのか?」
「え?」
これから草木に足を取られ、体力もじわじわと削られていくであろうことに、うんざりとして冷静な感情を保ったままの鈴丞は、今度は起き上がり小法師のように左右に揺れ、未知なる冒険への出発時刻を待っているフランにため息を吐くと、もじもじとしているロゼッタを見下ろし、ひそひそ声で確認をとる。
彼はすでに猪突猛進モードに入ってしまった。もうロゼッタが拒絶の言葉を口に出しても聞く耳を持たないだろう。そうなると、彼のスイッチを無理矢理切り替えることが出来るのは鈴丞だけなのだ。
「あ、はい……。村の場所が知られなければ……多分……」
「そうか」
「ねー早く行こうよ。日が暮れちゃう」
「まだ昼過ぎだよ」
いつまでも足を止めたままの2人を待ち侘びてぴょんぴょんと跳ねるフランを案内するため、彼女は鈴丞の隣から離れ、先頭へと出る。そして、先刻のフランのように、くるりと体を反転させると、鈴丞に向かって深々と頭を下げた。
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