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好きとかこわいとかそういうの全部ーーブルーピリオド
しおりを挟む自分のいた中学では俳句や短歌をよく作らされた。俳句や短歌というものはお金がかからない割に、数打てば何人かは賞がもらえる可能性が高いコンクールだったからではないか、と中学生の頃から邪推している。
やる気ないふりしながらも、わたしはこれに全力で取り組んでいた。しかし1年、2年の頃はやたらじじむさいというか、難しい言葉を使った句を書いていたような気がする。数年前はこの時の創作活動を思い出すたびに顔から火が噴《ふ》いていた。現在手元に作品がないのが不幸中の幸いである。
そんなある日、全校集会の時。俳句コンクールの表彰式が行われた。俳句や短歌というのはセンスがある人が一定数いるので、入賞常連の生徒もいるのだが、そんな生徒たちの中、意外な人物が受賞することもある。それが山田である。
山田はヤンキーだった。顔は大阪のビリケンさんみたいで、ずんぐりむっくりとしていた。クラスの中心的な男子だったが、山田が獲ったことに全校生徒一同驚愕した。
山田が獲ったって…! 山田が俳句を提出したって…!
獲ったこととと並行して、ちゃんと提出物を出したことに皆驚いた。そして、先生が受賞者全員の作品を読み上げる。皆、青春のきらっとしたものを封じ込めた爽やかな作品が多かった。そして山田の作品が読み上げられた。
あああつい あああついあつい あああつい
まじか! 今度は一斉に爆笑が起きた。山田は壇上で照れくさく笑った。わたしは拍子抜けした。…こんなんでいいの?と思った。
しかし、時間が経って、この句は確かに素直に表現してると思った。暑いことはしっかり伝わる。
そうか、素直に表現したらいいんだ。それからわたしは肩の力を抜いて、俳句や短歌をつくるようになった。どう考えればいいか、コツが分かるようになった気がした。
山口つばさ著の『ブルーピリオド』は日本の芸術大学最難関・東京藝術大学を受験する高校生の青春漫画である。
主人公の八虎は金髪ヤンキーな見た目しつつも勉強もでき、その上愛嬌良し。そんな彼が先輩の絵に触発され、青い渋谷の絵を初めて描いた。そこからどんどん絵にのめり込んでいき…
この漫画のとても印象的なのは“創作”のヒリヒリとした感覚が痛いくらい伝わるところだと思う。
※この先ネタバレありです。
例えば八虎が通う美術大学受験の専門予備校で、「わたしの大事なもの」というテーマで作品を作るように言われた時。八虎は人とのつながり=縁=糸という発想で作品を仕上げていくが、先生から「もっとテーマに反応するように」と言われてしまう。確かに縁=糸は安直な発想だと思う。
その後クラスメイトの関わりや大きなキャンパスを描いたりする中で、やがて自分にとって“縁”というモチーフを見つけていく。
――糸みたいに繊細な縁もあれば
刃物みたいに自分が傷つくこともある
自分の形が変わっていく
熱を持っていれば周囲の形も影響される
打たれるたびに強くなる
運命とか 「縁」っていうより
「関わり」って感じだけど…
でもこれが俺のリアルだから
俺
俺にとって 俺にとって縁は…
金属みたいな形かもしれない—―
金属…! なるほど、そういう発想は面白いな…。作中作に思わずうなる。
しかしこの話のヒリヒリする感じはここで終わらないのがすごいところだ。この「縁」の絵で発想のコツをつかんだ八虎は次々と予備校内で高評価を得るようになる。しかし、絶好調の中臨んだ予備校内でコンクールで下から三番目という評価を受ける。先生に理由を尋ねると、
「焼き回しだもん。『縁の絵』のさ」
と酷評を受けてしまう。
うっ…、マジか。どう発想すればいいか、コツをつかんでも、また新しい物をつかみに行かなきゃいけないなんて…。いつも同じ発想していたら面白くなくなる。それはわかるけど、新しいことを創造することがどんなにしんどいことか、この漫画を読むと分かる。
絵を描く人の頭の中にダイブすることができるのだ。こんな漫画体験、初めてだ。眼の前が青く深いところに落ちていくように染まっていく。
八虎は苦しみながらも、それでも絵をやめずに表現し続ける。好きなものがいつも楽しいとは限らない。だから、八虎を見ると好きってなんなんだろうとか思ってしまう。もう好きとか嫌いとかじゃないのかもしれない。けれども、八虎はいつも苦しみながらも絵で答えを出す。その答えと答えを出す過程に眼が離せない。
自分も文章を書く時、新しいことを書けているか意識して考えるようになった。まだ苦しいと思って書いたことはないけど、いつかそんな日が来ても八虎みたいにどろどろになりながらも答えが出せたらいい。そんな時が来たら本当はこわいけど。
表現者にとってこわい漫画かもしれない。それでも、この漫画を読み進めることも、おすすめすることもやめられなかった1冊だ。
今回の物語:山口つばさ著『ブルーピリオド』
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