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第4章
再会 09※
しおりを挟む「早く脱げよ、亜矢」
再び言われたその言葉を、僕は無言で拒んだ。
「……何。そんなに俺に脱がせて欲しい?」
睨むようにじっとその顔を見据えると、僅かに口角が上がった。
「いつの間にそんな顔、出来るようになったんだ?」
襟元をぐいと引っ張られ、唇が触れそうになる程の距離まで顔が近づけられる。
「――上出来だ」
ボタンを2、3個外され無理矢理はだけた肩口に軽く歯を立てられる。微弱な痛みに顔をしかめると、一転して次には、そこに柔らかく口づけを落とし、哀れむように舌先でなぞった。
――この人は、いつもそうしていた。感覚が呼び起こされてしまう……
「っ……!」
耐えきれず、厚い胸板を掌で思い切り押す。
「俺に、触るな……」
「“俺”?……何それ。さっきから牽制のつもりか?
それとも、あの頃の自分とは違うって? つんけんしてるし、髪もずいぶん短くなってるしなぁ」
髪の毛先を指先で摘み、ふっと鼻で嗤われる。
次には熱のない目を僕に向けて低く唸った。
「強気な態度は嫌いじゃないが、その呼び方、直ぐに止めろ」
首筋から肩口までを這うように撫でていた手が、ふと左耳に触れる。そこにかかっていた髪を、さらりと横に流した。
「気づかなかった。何だ、このピアス」
僕は思わず身を固くした。
「前は穴、開けていなかったよな?どうしたんだ、亜矢?」
ん?と僕に顔を近づける。眼鏡のレンズを通して鋭く光る瞳に、再び捕らわれてしまう。
「誰に貰った? 彼女?……いや、彼氏か?」
「……!」
バッとピアスを庇うように掌で耳を塞ぐ。千尋兄はあからさまな僕の反応を一瞥した後、カチャリと眼鏡を外した。
「そんなわけ、ないよなぁ?」
性急に唇が重ねられる。舌を絡めて口づけをしたまま、耳を覆った僕の手を握って、ゆっくりと退けた。
耳元が再び露わになる。
「……これ……」
あまりにも沈黙が続くのを不審に思って、僕は彼の顔を見た。
まじまじとそれを見つめる表情には、いくらか驚きが見える。
――一体、このピアスに何が……?
「……お前には、似合わない」
千尋兄はそう呟くと、いきなりピアスを外し、シーツの上に放り投げた。
「っ!何す……」
音もなく落ちたそれを急いで拾おうとすると、ぐっと腰を掴まれる。
そのまま四つん這いの状態でベッドの上に倒れた僕に、彼が背後から覆い被さってきた。うなじに熱い息がかかる。
「……抱かせろ」
上着の中に手が滑り込み、胸の突起を指で摘むように強弱をつけて弄られる。
反対の手で下衣を膝まで降ろされ、露わになった太腿や双丘をゆるりと触ったあと、後孔に指が触れた。
「俺が居ない間、どうしてたんだ? 誰かに、可愛がってもらったのか?」
「っ……」
「……ココじゃないと、満足できないもんな?」
冷たい液体がそこに垂れたかと思うと、関節の太い中指が挿入され、縦横無尽に動かされる。荒々しい動きに、反射的に腰が逃げるのを、強く押さえつけられてしまった。
「や、め……!」
「相変わらず、直ぐに柔らかくなるんだな。溶けそうなくらいに熱くて。まぁ、俺がそうしたんだけど」
ヒタと固いモノが当てがわれ、断りもなく解されたそのナカに入ってくる。
手の中のピアスをギュッと握り、目を瞑る。
異物感と熱さが、あの夜の記憶を、打ち寄せる波のように連れてくる。
泣きそうに歪んだ顔、優しく名前を呼ぶ声、震える唇……
――忘れたい。
この人をまた好きになれたら、忘れられる……?
「どうした?声出せよ」
まるで前と同じ。
僕は男に抱かれて、あの人の熱を求めている。
違うのは、帰る場所も、癒やしてくれる存在も、何も無いこと……
――忘れなければ。
早く、この人に壊されたい。早く……
「亜矢、お前……」
千尋兄が動きを止め、僕の肩を掴み、体を反転させた。舐めるように全身を見る。僕のソレ自身をも。
「……お前、まさか……」
彼の言いたいことは嫌でも解った。自分でも解っていた。
確実に、前のカラダとは違っていた。僕は誰の快楽をも受け入れない。ただ一人を除いては……。
「っう……ぅ」
無意識に、頭に残る結月さんの影を消そうとしていた。彼とはまったく違う、千尋兄のことを想うことで恋しい気持ちをすり替えた。
しまい込んでいた過去の恋心を引っ張り出してまでも、消し去りたかった。
それなのに、無情にもカラダは覚えている。結月さんを求めている。
酷いよ。こんなカラダにしておいて。
忘れるなんて、出来ない……。
「あい、たい……」
「……亜矢?」
「結月さんに、会いたい……っ」
――結月さん。あの時、貴方にした約束を、僕は今、破ろうとしている。
貴方を忘れるために、他の人をまた好きになろうとしている。
こんな最低な僕を、貴方はもう、忘れてくれているでしょうか。
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