67 / 111
第4章
再会 11
しおりを挟む大学時代、理学部で地球環境の研究分野を専攻した俺は、修士課程を修了した後、独立行政法人の環境科学研究所に就職した。院に残ることも考えたが、研究員として働きながら目指せる論文博士の方を選び、去年、晴れて博士号を取得することができた。
研究所には、環境リスクや資源循環などといった多様なチームがあるが、その中でも俺は、気候変動や地球物質などを調査対象とする領域に所属する。
4年前、シカゴ支部に異動になり、研究のため、アメリカ本土のあらゆる地域に足を運んだ。日本に戻ってもそのフットワークの軽さは求められ、各地への出張は頻繁にあった。
3日ぶりに家に帰ると、食欲を唆る匂いが俺を待っていた。
トントンと包丁の小気味良い音が聞こえる。俺の気配に気づいた亜矢は、こちらを見ることなく「おかえりなさい」と小さく言った。
「飯、何?」
「ぶり大根と蓮根のきんぴら、あと、あさりの味噌汁。
千尋兄、和食ばかりリクエストするんだもん。献立考えるの、大変なんだから」
「日本の家庭料理に飢えてんだよ」
「戻ってきてから、だいぶ経つけど」
「別にいいだろ、和食が好きなんだから。札幌じゃ何故かイタリアンやらラーメン屋やら連れて行かれるし。寿司、食わせろっての」
亜矢は相変わらずつんけんとしている。それでも甲斐甲斐しく料理を作ってくれ、朝と夜の頬へのキスは忘れない。前はあんなに素直だったのに、とは思うものの、その変わらない健気さが可愛くてしょうがない。何より、ちゃんと会話をしてくれるようになっただけでも嬉しかった。
「あ、これ土産」
キッチンのカウンターテーブルにがさりとそれを置く。
「お前が欲しがっていたチーズケーキ」
亜矢は鍋の中を見ていたが、それを聞いてぱっと顔を上げ、手提げ袋に視線を移した。
「これ……」
「お前、この前テレビでこれ特集されてたとき、いいなぁって見てただろ」
亜矢が驚いたような顔を向けた。
俺がこんなことをするとは、思ってもみなかったのだろう。
「でも、限定ものだし……」
「後輩に並ばせた。おかげで今度、飯奢る羽目になった」
亜矢は少し複雑そうにしてから「ありがとう」と微笑んだ。それはとても自然で、あどけないものだった。
そういえば、こんな笑顔は再会してから初めて見る。いや、ここ直近のことというよりは、記憶上、最後にそれを見たのは遥か昔だ。
釣られて笑みが溢れそうになるのを抑え、「それなりの対価が要るな」と言うと「あ、お金、払うよ」と返される。
「金は要らない。俺が欲しいもの、解ってるだろ」
真顔で言った言葉に、亜矢の表情が硬くなる。
――まだ、そんなに身構えるのか。
「……冗談だよ。まあ、でも、今日は俺の部屋で寝ろ」
それだけを言い残して、荷物を置きに自室に戻った。
亜矢と暮らすことを姉に伝えた際、義兄が仕事仲間を泊めるために使っていた空き部屋を貸してくれたのだ。
亜矢に再会してから2ヶ月が経っていた。
あの泣かれた日から、情事はおろか、唇を重ねることも抱き締めることもしない。
その代わりに、度々、亜矢と一緒のベッドで眠るようになった。
石鹸の香りを纏い、白い胸元を無防備に晒した寝間着姿の亜矢に、何の感情も持たないはずはない。それでも一切の手は出さず、ただ寄り添って体温を共有した。まるで4年の空白を埋めるかのように。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる