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第5章
真実 11
しおりを挟む「蓮見?どうかしたのか?」
ふわりと降ってきたその声に勢いよく顔を上げると、直ぐ目の前に一ノ瀬の顔があった。
久しぶりに呼ばれた名前とその至近距離に焦って、「何だよ」と、思い切り視線を逸らす。
我ながらかなり不自然だったと思うが、覗き込むように見つめられた瞳があまりにも綺麗で、直視できなかったのだ。
「今日のあんたは変だ。本も資料も、パソコンすら開いていないし、ぼうっとしている」
――その原因、お前なんだけど。
心の中でそっと呟く。
甥と重ねてお前を辱めた。そのことがずっと頭から離れない、なんて、口が裂けても言えない。
俺が黙っていると、一ノ瀬が眉根を寄せて小首を傾げた。
「おかしい。いつもは煩いくらい話しかけてくるのに。どこか悪いのか?」
「そんな風に顔に表情浮かべているお前も、十分おかしい」
そう言いながら、一ノ瀬の眉間の皺を指で軽く突く。
「いつもは澄ました顔してるし。だから俺のこと、心配してくれるなんて嬉しいよ」
「馬鹿か」と顔を背けるその仕草が予想外に可愛く見えて、思わず口元が緩みそうになるのを堪えていると、向こうを見たまま一ノ瀬が言った。
「好きなんだ」
「――は?」
唐突に出てきた“好き”の言葉に、間の抜けた声を出してしまう。
「蓮見が本に埋もれて色々やっているところ、見るのが好きなんだよ」
ああ何だ、そんなことか、と何故か落胆してしまう。一瞬でも別の意味を想像してしまった自分が阿呆らしい。
「研究に没頭しているあんたを見ると、羨ましくなる。ああ、楽しそうだ、って」
「お前も大学のゼミだか研究室だかで、何かしら専攻しているだろ」
「まあ、そうなんだが……経済学は、自分のやりたい分野ではなかったから。そもそも理系に進みたかった」
確かに、一ノ瀬がいつも読んでいるのは物理や科学関連の専門書ばかりだった。
「何で行かなかったんだ。理系に」
一ノ瀬は小さく溜息を吐いてから、それに答えた。
「進路は家の人間に決められた」
「家って……ああ、社長の息子だもんな。今どきあるんだな、そういった学歴云々のしがらみ」
「……それも一つだが」
「何、他にもあるのか?」
「家の人間は、俺をソトに出したくないんだよ。自分たちのテリトリーから。そうすることで安心したいんだろうが」
“ソト”……。込山の話を聞いた時にも違和感を覚えた単語。
自分が生きるのに外も中もあるかよ。安心?一体何に?ただ縛っているだけじゃないか。そんな奴ら関係ないだろ。
次々に溢れてくる言葉を、グッと飲み込む。
干渉して嫌われるのはいやだ、と思う自分はつくづく狡い奴だ。
一ノ瀬の深いところに踏み込む勇気が出ない。
身内の話題になった途端、険しい表情になる一ノ瀬から、多くのものを背負っていると否応にも感じ取れたから。
おそらく左耳のピアスは、彼にとって少しばかりの抵抗なのだと思う。
「ソトに連れ出したいよ。お前を」
思わず空気を含んだ声で呟くと、一ノ瀬は静かにこちらへ視線を戻した。
「何か言ったか?」
その問いには黙ったまま、出来る限りの優しい微笑を彼に向けた。
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