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第5章
真実 18※
しおりを挟むこれまで共有していた空間に、もう一ノ瀬は居ない。
追いかけなかったのは、それをしたところで何も出来ないことを知っていたから。
『無駄な時間だと言われた。……本当にそうかもしれないな』
一ノ瀬の言葉が脳内で反響し、痛いほど心を締め付ける。
二人で過ごした時間までも“無駄”だと言われたようで、ただただ、悔しくて、惨めで、哀しかった。
これでもう、二度と会うことはないのだろう。
所詮、その程度の関係だったのだ。
長い時間そこに留まった後、虚脱感に苛まれながら帰路につく。
マンションのエントランス前に着いた途端、僅かな明かりに照らされて佇む人影を見て、ハッと息を呑んだ。
「どうしてここにいるんだ」
そこにいたのは、今、最も会いたくない――会ってはいけない人物だった。
「もう2ヶ月も顔見てないし、千尋兄、ちゃんとご飯食べてるかなって、心配で……。でも、お母さんが行ったら駄目だっていうから……黙って来ちゃった」
気まずそうに俯く亜矢の手の先に、パンパンに詰まった買い物袋が見えた。
「――今日は帰れよ」
横を通り過ぎながら言うと、軽く袖を掴まれ引き止められる。
「僕、帰らない」
「もう遅いんだから、帰れって! 子供が出歩いていい時間じゃ――」
「だったら、泊めて」
その言葉に、思わず振り向いて亜矢の顔を凝視した。
「お前、自分が何を言ってるか、解ってる?」
そう聞いておきながら、こいつの言葉に他意はないのは自分でも解っていた。
不意に、トンと胸元に圧がかかる。
縋るように胸に顔を埋めて寄りかかる亜矢の口から、静かな声が漏れた。
「ずっと、千尋兄のことばかり考えてた……。好きなんだ。千尋兄のことが」
震えるようにか細く紡がれるその言葉は、まるで傷口を抉る刃物のようだった。
「……は?――お前、俺に何されてもそう言えんの?好きだって」
残酷な問いだと自分でも思う。頭の片隅で、否定してほしいと強く願った。――それなのに。
「うん。千尋兄になら、僕、何をされてもいい……」
大きな瞳に見つめられ、右手に小さな手が触れた。
一ノ瀬のそれとは対照的な、温かい手。
熱を帯びた眼差しも、直球な言葉も、触れる体温も、すべてあいつとは違う。
そんなことは、最初から解りきったことなのに。
俺はこれまで何をやっていたのだろう。
脳内で一ノ瀬の身体に触れているうちに、その心までも許されたと思い込んでいたのだ。
だから、あれだけ、あいつの中に踏み込まないと決めていたのに、過ちを犯してしまった。
もっと時間をかけて歩み寄れば、ずっと傍で支えることもできたはずだったのに。
自分で、その未来を壊してしまった。「友人」にすら、なれないまま……。
遣り切れない想いは、自分でも理解できないほどの強い衝動に変わった。
亜矢の細い腕を強引に引いて、部屋に入るなり制服のブレザーとベストを脱がす。その反動で大きな音を立てて荷物が落ちるのも気にせず、直ぐにベッドの上に押し倒し、縫い付けるように両手を顔の横に固定したまま乱暴に口づけをした。
唇を重ねたのは初めてだった。あれほど私欲にまみれた行為をしたくせに、それだけはしてはいけないと、亜矢に対する情けがあったからだ。
「ふ、っ、ん……ぅ」
亜矢はどうすることもできないのか、唇が離れる度に苦しそうに息継ぎをし、口の中で暴れ回る舌に弄ばれるままだった。制止の言葉はなかったが、全身が強張っているのが嫌でも分かった。
唾液の溢れた口の端を舐め、そのまま首筋から鎖骨へと舌を這わせる。その間にボタンを外したシャツを肩から落とし、露わになった白い肩口を甘噛みした。
「あ、の、千尋兄……」
「やめろ」
「っ!……」
「その呼び方、やめろ。萎える」
性急に足からスラックスと下着を抜いて、中心のモノを直に触ると、既に熱を持っていた。そのことに何故か苛立って、濡れた先端を親指で強く擦る。
「んっ、あ……ッ」
「お前、期待してたの?」
「ぁ……っちが……」
「俺に舐めてもらうの、ずっと待ってたんだろ?」
亜矢は顔を真っ赤に染めてふるふると首を横に振った。
――本当に分かりやすいんだよ。
亜矢の熱くなった手を掴み、そのまま自分の下半身に導く。
「今日はお前がシて」
ハッと潤んだ瞳が俺を捉えた。何か言いたげに、唇が震える。その反応をするのは当然だった。今までソレを要求したことは一度もない。
亜矢は少し戸惑う様子を見せた後、何も言わずに上体を屈め、スラックスのボタンに手を掛けた。
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