初恋の代償

南 鴇也

文字の大きさ
110 / 111
最終章

萌芽 16

しおりを挟む

僅かな光を感じてふと目を開ける。横になったまま窓の外を見ると、いつのまにか雨雲が去り、澄んだ夜空に満月が浮かんでいた。

隣に視線を向ける。
彼が寝ていたはずのそこは、ぽっかりと空間が出来ていて、僕は勢いよく上体を起こした。
シーツに触れるとひんやりとした感覚が指を伝う。
その瞬間、最悪の事が脳裏を掠めて、咄嗟に大声で彼の名前を呼んだ。

「――亜矢?」

カチャリと扉が開くと同時に、愛しい声が耳に入ってくる。

「どうしたんだ、そんなに大きな声出して」

目を丸くした結月さんの姿を見るなり、一気に全身から力が抜け、思わず「どこに行ってたの」と拗ねたような台詞を漏らしてしまった。

「どこって、隣のコインランドリーで濡れた服を洗濯していただけだが」

自身が纏っている服の、大きく開いた襟元やだぶついた袖口を見て、それが自分のものではないことに気づく。ふわりと微かに、懐かしい柔軟剤の香りと彼の匂いがした。辺りを見回すと、生活感のないキッチンや、数冊の本と一つのスーツケースだけが置かれたリビングが目に入った。

――そうだ。土砂降りの中、結月さんに腕を引かれて彼のアパートメントに来たんだっけ。

「……夢かと思いました。全部」

ポツリと呟くと、結月さんは何も言わずに傍に寄って、ベッドの縁に腰掛けた。
「おいで」と腕を伸ばして、優しい声で促される。擦り寄るように近づく僕を、彼は優しく抱き締めてくれた。

「怖かった?」
「うん」

馴染みのある香りと体温にこの上なく安心する。
本当に怖かった。彼が居ないことが。彼の居ない世界が。

「亜矢、これ見て」
結月さんはそう言って、静かに掌を僕の目の前に差し出した。
それを見るなり、「あっ」と声を上げた。
そこにあったのは、ひとつの小さな青い花。

「君が残してくれたメモに、挟まっていたみたいだ」

まるで溶けるように柔らかな微笑みに、トクリトクリと優しい鼓動が胸を打つ。

――ああ、この笑顔をずっと傍で見ていたい。

何故かこみ上げてくる涙を隠すように、彼の腰に手を回して肩口におでこを擦り付けると、「どこにも行かないよ」と、また泣きたくなるほどの温かい声に包まれた。


これから永遠に、不変の愛が続く保証なんて無い。
それでも、彼と、一緒に生きてゆきたい。
何度も重ねた心と体が教えてくれる、確かな幸せを頼りに。
そして、二度とない「恋」であることを信じて。


彼の掌からそっと受け取って、月明かりにかざした勿忘草は、花びらの薄青色が月光の白に滲んで、それはまるで幻のように美しく輝いていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

処理中です...