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01 神託
しおりを挟む『竜たま』
それはかつて、日本で人気を博した乙女ゲームの名前。
――グラジル聖竜国、大神殿。
儀式場は朝のひんやりと澄んだ空気と、ステンドグラスから差し込む色鮮やかな光に包まれていた。
大神殿に仕える者のほぼ全員が集まり、竜神への祈りを捧げるのが朝一番のお努め。
この大神殿にて筆頭聖女を務めているクローディアは、この日初めて竜神からの神託を受けた。
『竜たま』
その名が頭に響いた瞬間、怒涛の如く乙女ゲームの知識が頭の中を駆け巡る。クローディアの前世は、このゲームに夢中だったらしい。
その知識によるとここ、竜人族が住むグラジル聖竜国が『竜たま』の舞台。
ヒロインは攻略対象と出会い、一定の好感度を得ると『竜の卵を授かる儀式』というイベントに挑める。
そこで授かった卵を攻略対象と一緒に温めることで、さらに好感度を上げることができ。無事に卵を孵化させることで、ハッピーエンドを迎えられるのだ。
そんな乙女ゲームの世界でクローディアに与えられた役割は、残念ながらヒロインではない。
『竜の卵を授かる儀式』をとりおこなう聖女という、地味な脇役だった。
クローディアは他の聖女の模範となるよう、最前列で祈りを捧げながらも、冷や汗をかいた。
(なぜ竜神様は、私にこのような神託を授けてくださったのかしら……)
初めての神託だというのに、竜神の意図を全く計れない。
(このような神託を受けて、皆になんと説明したら良いのかしら……)
本来なら、祈りを中断してでも神託を受けたことを知らせなければならないが、今のクローディアには本当に告げて良いものか判断しかねる。
ありのままを話したとして、皆が信じてくれる自信もないし、もしも『竜たま』と聞いて、他の者達にも前世の記憶が蘇ったりしたら、大混乱になってしまう。
この神託を公表するには、よくよく考える必要がありそうだ。
そう判断したクローディアだが、神託があったことを秘密にしておくのは、とてつもない罪悪感に襲われる。
「……クローディア様。大丈夫ですか?」
斜め後ろで心配そうな声をかけてきたのは、クリス・ロスウィル枢機卿。彼は、クローディアが五歳で神殿入りしてからずっと面倒を見てくれていた、頼れる兄のような存在。
大丈夫。と微笑むために後ろを振り返ったクローディアは、さらに乙女ゲームの設定を思い出す。
(ああ……クリス枢機卿。あなた、攻略対象でしたのね……)
神託について、唯一相談できるのは彼だと思っていたが、それも残念ながら無理そうだ。
純真な聖職者である彼に「あなたは乙女ゲームの攻略対象なので、ヒロインと恋に落ちるかもしれません」などと、言えるはずがない。
なぜ恋愛を禁止されている聖職者を、攻略対象にしてしまったのか。クローディアの心には、さらに重圧がかかる。
竜神に仕えることだけに専念してきた彼女には、この神託はあまりに衝撃的すぎた。
完全に情報過多となってしまったクローディア。
もう何も考えられなくなった彼女は、ふらっとその場に倒れてしまう。
「きゃ! 筆頭聖女様がお倒れになりました!」
彼女が意図しない形で結局、儀式場は大混乱となってしまったのだった。
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