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そう尋ねながらテーブルを見てみると、彼はまだメニューすら開いていなかったようだ。
王太子である彼は、庶民の食堂事情を知らないかもしれない。手取り足取り教えるべきか悩んでいると、彼は自らテーブルの脇に立てかけられてあったメニューを手に取り開いた。
それからもう一度、クローディアに微笑みかける。
その笑顔が素敵すぎて、クローディアは見惚れてしまった。いつも柔らかい口調の彼だったが、仮面の下にはこんな笑顔を隠していたのだろうか。
「こちらのお勧めを、教えていただけますか?」
「はっ……はい。本日のお勧めは、ビーフシチューセットです。それから、キノコと鶏肉のチーズグラタンも美味しいですよ」
メニューのイラストを指しながら、本日のお勧めとともに自分が一番好きなメニューも勧めてみる。
オリヴァーはそれらをじっくりと吟味してから、チーズグラタンのほうを注文した。
問題なく注文を取り終えたクローディアは安心しつつ、イアンに伝えにカウンターへと戻る。
「オッケー。チーズグラタンな」
イアンが調理を始める姿をぼーっと眺めながら、クローディアは昔を思い出していた。
一緒に遊んでいた頃も、クローディアとオリヴァーは好きな食べ物が同じだった。
それが今でも変わらないことが、たまらなく嬉しい。
思わず「ふふ」っと笑みをこぼすと、イアンは作業していた手を止め視線を上げる。それから組んだ腕をカウンターに乗せると、覗き込むようにしてクローディアの顔を見た。
「ディア。顔が赤いけど、良いことでもあったのか?」
「えっ? 気のせいよ……」
いつの間にか顔に出ていたようだ。恥ずかしくなったクローディアは、両手で頬を押さえる。
するとテーブル席の奥から、がたりと大きな音が鳴った。
何事かと二人がそちらへ視線を向けると、何故か焦った様子のオリヴァーが椅子から立ち上がって、カウンターへと顔を向けていた。
(なっ……なに?)
両者に沈黙が流れる。
それからオリヴァーは「ごほん」と咳払いをして椅子に座り直した。
(どうしたのかしら、オリヴァー様……)
首を傾げながらイアンに視線を向けると、彼は急にテキパキと調理の手を早める。
「あー……。俺、調理に集中するから、悪いけど話しかけないでくれな」
そちらから話しかけてきたのに、意味がわからない。
今日のイアンはやはり変だ。
この様子では、調理の手伝いはさせてもらえそうにない。仕方なくクローディアは椅子から立ち上がった。
「私は外の掃除でもしているわね」
「いや! ディアは、そこから動かないでくれ。なんならあの客と、お喋りでもしたらどうだ?」
本当にどうしたのだろう、イアンは。
昨日までは、むやみに男性と話すなというスタンスだったのに。クローディアの決意を後押しするにしても、急すぎないか。
「……ここにいるわ」
オリヴァーと雑談なんて、急に言われても心の準備ができていない。ここに残るほうを、クローディアは選んでみた。
しかし、やたらとオリヴァーから視線を感じる気がして居心地が悪い。
よりによってなぜ、調理に時間がかかる料理をお勧めしてしまったのだろう。
クローディアは少し後悔しつつ、その視線を耐えしのいだ。
「お待たせいたしました。キノコと鶏肉のチーズグラタンです」
やっと完成した料理をオリヴァーの席へと運ぶと、彼は嬉しそうに顔をほころばせた。
「ありがとうございます。美味しそうですね」
「私も大好きなんです」
彼の視線には困ったが、こうして喜ばれるとクローディアとしても嬉しい。
思わずそんな返しをすると、彼は少し悩むそぶりを見せてから、うかがうようにクローディアを見上げた。
「よろしければ、一緒に食べませんか?」
「あの……。申し訳ありませんが、今は仕事中ですし……」
クローディアが大好きだと言ったので、食べたいと判断されてしまったのかもしれない。
気を使ってくれたのは嬉しいが、お客様の料理を食べるなんてもってのほか。
「そうですか……。一人で食べるのは寂しいもので」
断られたオリヴァーは、捨てられた子犬のようにしゅんと項垂れてしまう。
王族は一人での食事が多く、「寂しい」と幼い頃の彼は訴えていた。そのことを思い出したクローディアは、心がズキズキと痛み出す。
「お話し相手でしたら……」
とうとう、そう提案してしまうと、オリヴァーはまるで天使のようにキラキラと微笑んだ。
(うっ。可愛いわ……)
やはり推しの笑顔に勝るものはない。クローディアは完全に敗北した気分で、向いの席へと腰を下ろした。
美味しい、美味しいと、喜びながら食べる推しを見るのは眼福でしかない。何だかんだ言いつつもクローディアは、この状況に満足しながらうっとりとオリヴァーが食べる姿を観察する。
大好きな人だからだろうか。彼の近くにいると、どうしようもなく幸せな気分になる。
このままずっと一緒にいたいという気持ちがこみ上げてくると同時に、彼の状況が気になった。
オリヴァーは毎日のようにこの町まで飛行していたし、今日はとうとうこの町に降り立った。
本来なら聖竜城で、婚約者とともに卵を温めるのに忙しい時期。そんな彼が、なぜこのような行動を取っているのか。
「こちらへは、ご旅行ですか?」
お客様の行動を詮索するのは良くないが、彼は大きな荷物を持っている。これくらいなら許されるかと思い、クローディアは質問してみる。
それに対して彼は、嫌な顔もせずに答えてくれた。
「こちらへは、仕事とプライベートの半々くらいですね。大切なものを探しに来ました」
彼の仕事ということは、国として大切なものを探しにきたのだろうか。わざわざ王太子自ら探しに来るとは、よほど貴重なものなのかもしれない。
「お手伝いできることがあれば、おっしゃってください」
彼の手助けをしたいという気持ちから、クローディアは思わずそんなことを口走ってしまった。
単なる客とウェイトレスの関係なのに、変に思われただろうか。
ハラハラしながら彼を見つめると、オリヴァーは照れたように微笑む。
「嬉しいです。実は急いで飛び出してきたもので、宿の手配もしていないのです。どこかに良い宿はありますか?」
幸いオリヴァーは、クローディアの発言を変には思わなかったようだ。クローディアは胸をなでおろしながら、宿の場所を彼に教えた。
王太子である彼は、庶民の食堂事情を知らないかもしれない。手取り足取り教えるべきか悩んでいると、彼は自らテーブルの脇に立てかけられてあったメニューを手に取り開いた。
それからもう一度、クローディアに微笑みかける。
その笑顔が素敵すぎて、クローディアは見惚れてしまった。いつも柔らかい口調の彼だったが、仮面の下にはこんな笑顔を隠していたのだろうか。
「こちらのお勧めを、教えていただけますか?」
「はっ……はい。本日のお勧めは、ビーフシチューセットです。それから、キノコと鶏肉のチーズグラタンも美味しいですよ」
メニューのイラストを指しながら、本日のお勧めとともに自分が一番好きなメニューも勧めてみる。
オリヴァーはそれらをじっくりと吟味してから、チーズグラタンのほうを注文した。
問題なく注文を取り終えたクローディアは安心しつつ、イアンに伝えにカウンターへと戻る。
「オッケー。チーズグラタンな」
イアンが調理を始める姿をぼーっと眺めながら、クローディアは昔を思い出していた。
一緒に遊んでいた頃も、クローディアとオリヴァーは好きな食べ物が同じだった。
それが今でも変わらないことが、たまらなく嬉しい。
思わず「ふふ」っと笑みをこぼすと、イアンは作業していた手を止め視線を上げる。それから組んだ腕をカウンターに乗せると、覗き込むようにしてクローディアの顔を見た。
「ディア。顔が赤いけど、良いことでもあったのか?」
「えっ? 気のせいよ……」
いつの間にか顔に出ていたようだ。恥ずかしくなったクローディアは、両手で頬を押さえる。
するとテーブル席の奥から、がたりと大きな音が鳴った。
何事かと二人がそちらへ視線を向けると、何故か焦った様子のオリヴァーが椅子から立ち上がって、カウンターへと顔を向けていた。
(なっ……なに?)
両者に沈黙が流れる。
それからオリヴァーは「ごほん」と咳払いをして椅子に座り直した。
(どうしたのかしら、オリヴァー様……)
首を傾げながらイアンに視線を向けると、彼は急にテキパキと調理の手を早める。
「あー……。俺、調理に集中するから、悪いけど話しかけないでくれな」
そちらから話しかけてきたのに、意味がわからない。
今日のイアンはやはり変だ。
この様子では、調理の手伝いはさせてもらえそうにない。仕方なくクローディアは椅子から立ち上がった。
「私は外の掃除でもしているわね」
「いや! ディアは、そこから動かないでくれ。なんならあの客と、お喋りでもしたらどうだ?」
本当にどうしたのだろう、イアンは。
昨日までは、むやみに男性と話すなというスタンスだったのに。クローディアの決意を後押しするにしても、急すぎないか。
「……ここにいるわ」
オリヴァーと雑談なんて、急に言われても心の準備ができていない。ここに残るほうを、クローディアは選んでみた。
しかし、やたらとオリヴァーから視線を感じる気がして居心地が悪い。
よりによってなぜ、調理に時間がかかる料理をお勧めしてしまったのだろう。
クローディアは少し後悔しつつ、その視線を耐えしのいだ。
「お待たせいたしました。キノコと鶏肉のチーズグラタンです」
やっと完成した料理をオリヴァーの席へと運ぶと、彼は嬉しそうに顔をほころばせた。
「ありがとうございます。美味しそうですね」
「私も大好きなんです」
彼の視線には困ったが、こうして喜ばれるとクローディアとしても嬉しい。
思わずそんな返しをすると、彼は少し悩むそぶりを見せてから、うかがうようにクローディアを見上げた。
「よろしければ、一緒に食べませんか?」
「あの……。申し訳ありませんが、今は仕事中ですし……」
クローディアが大好きだと言ったので、食べたいと判断されてしまったのかもしれない。
気を使ってくれたのは嬉しいが、お客様の料理を食べるなんてもってのほか。
「そうですか……。一人で食べるのは寂しいもので」
断られたオリヴァーは、捨てられた子犬のようにしゅんと項垂れてしまう。
王族は一人での食事が多く、「寂しい」と幼い頃の彼は訴えていた。そのことを思い出したクローディアは、心がズキズキと痛み出す。
「お話し相手でしたら……」
とうとう、そう提案してしまうと、オリヴァーはまるで天使のようにキラキラと微笑んだ。
(うっ。可愛いわ……)
やはり推しの笑顔に勝るものはない。クローディアは完全に敗北した気分で、向いの席へと腰を下ろした。
美味しい、美味しいと、喜びながら食べる推しを見るのは眼福でしかない。何だかんだ言いつつもクローディアは、この状況に満足しながらうっとりとオリヴァーが食べる姿を観察する。
大好きな人だからだろうか。彼の近くにいると、どうしようもなく幸せな気分になる。
このままずっと一緒にいたいという気持ちがこみ上げてくると同時に、彼の状況が気になった。
オリヴァーは毎日のようにこの町まで飛行していたし、今日はとうとうこの町に降り立った。
本来なら聖竜城で、婚約者とともに卵を温めるのに忙しい時期。そんな彼が、なぜこのような行動を取っているのか。
「こちらへは、ご旅行ですか?」
お客様の行動を詮索するのは良くないが、彼は大きな荷物を持っている。これくらいなら許されるかと思い、クローディアは質問してみる。
それに対して彼は、嫌な顔もせずに答えてくれた。
「こちらへは、仕事とプライベートの半々くらいですね。大切なものを探しに来ました」
彼の仕事ということは、国として大切なものを探しにきたのだろうか。わざわざ王太子自ら探しに来るとは、よほど貴重なものなのかもしれない。
「お手伝いできることがあれば、おっしゃってください」
彼の手助けをしたいという気持ちから、クローディアは思わずそんなことを口走ってしまった。
単なる客とウェイトレスの関係なのに、変に思われただろうか。
ハラハラしながら彼を見つめると、オリヴァーは照れたように微笑む。
「嬉しいです。実は急いで飛び出してきたもので、宿の手配もしていないのです。どこかに良い宿はありますか?」
幸いオリヴァーは、クローディアの発言を変には思わなかったようだ。クローディアは胸をなでおろしながら、宿の場所を彼に教えた。
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