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36 町のお祭り6
しおりを挟む切羽詰まった様子のオリヴァーは、何かを言いかけようとした。けれどクローディアは、聞きたくなくて彼の手を引いて歩き出す。
どれだけ彼が慰めてくれようとも、事実はかわらないのだから。
「今日はすべて忘れて、お祭りを楽しむことに専念しましょう」
「……そうですね。俺もまだまだディアと楽しみたいです」
その後、再び露店を見て回ったり、イアンに差し入れをしてみたりと、あっという間に日は暮れ夜になった。
夜のお祭りは、がらりと雰囲気が変わる。噴水の周りにはかがり火が焚かれ。さらにその周りには、何かを待つように人が溢れかえっている。
そんな人混みを避けるように、二人は少し離れたベンチに座り、夜空を見上げていた。
「わぁ! 凄い数の星ですわ」
首都の夜空とは段違いに、星で溢れている町の夜空。どれが星座かわからなくなってしまうほど、星で埋め尽くされていた。
感嘆の声を上げるクローディアに、オリヴァーは首を傾げる。
「もしかして、この町の夜空を見るのは初めてですか?」
「あ……。そうだったみたいです」
クローディアはいつも夕暮れ前には家に帰っていたし、夜は料理をするのが趣味のようになっていた。竜神へのお祈りにも時間をかけていたので、ゆっくりと星を眺める時間もなくいつも就寝していた。
「そうですか。俺と見るために、取っておいてくれたのですね」
オリヴァーはこてりと、頭同士をくっつけてくる。
「……偶然です」
「俺はそう思いたいんです」
今なら横を向けば、間近にオリヴァーを見られる。けれどドキドキしすぎて、クローディアの首は動けない。
初めての夜空の星鑑賞は、クローディアが思っていたのと少し雰囲気が違う。
説明好きのオリヴァーなら、星座を詳しく解説してくれるのかと思ったが。実際は言葉少なめに、二人だけの静かな時間が過ぎて行く。お祭りの賑わいすら耳に入らなくなってしまいそうだ。
「近いうちに、ディアを連れて夜空を飛行したいです」
「嬉しいです……。楽しみにしています」
そんな中で、クローディアの心臓の音だけが激しい気がする。オリヴァーに聞こえてしまったらどうしよう。
クローディアは心臓を押さえながら、夜空に集中した。
しばらくして華やかな笛や太鼓の音が、辺りに溢れ出した。
噴水の前に集まっていた人々は、その音色合わせてダンスを始める。
貴族の社交ダンスとは全く別もの。規則性すらあまりないように見える。皆、思い思いに身体を動かしているようだ。
ただひとつ共通点があるとすれば、白い動物の仮面を付けていること。
「露店にあった仮面は、ダンスに使用するものだったのですね」
露店ではあちらこちらに、仮面を売っているお店を見つけた。白い犬や猫、兎やとぐろを巻いた蛇まで、さまざまな仮面が売られていた。
「俺達も仮面をつけましょうか?」
オリヴァーはにこりとそう提案する。
彼と一緒に仮面を付けて一緒に踊れたら、非日常を共有できて楽しそうだ。
けれどクローディアにとっては、仮面をつけていない彼のほうが特別に感じられる。
「今は――、素顔のオリヴァー様を見ていたいです」
彼が首都へ戻ってしまえばもう一生、彼の素顔をみることはできない。自分へと向けられる笑顔を、この目にしっかりと焼き付けておきたい。
大胆な発言をしてしまった気がしたクローディアは、照れ笑いしながら「仮面をつけたオリヴァー様も素敵ですけど」と付け加える。
それを聞いたオリヴァーは昔を懐かしむような、少し切ない表情を見せる。
「あの時。仮面を恐れずに接してくれたのは、ディアだけでした」
――オリヴァーとクローディアが、初めて出会った日。
その日は、同じ年頃の子供達とオリヴァーが交流するための会が開かれていた。
聖竜城の庭園に設けられた、たくさんの遊具やお菓子。その近くでは母親たちがお茶会を開いており、夫人達の談笑が華やかに響く。
けれど、子供達の遊び場は楽しい雰囲気ではなかった。
オリヴァーが身につけている黒竜の仮面を見て、貴族の子供達が驚いていたからだ。
怖くて泣き出す子。
気持ち悪そうに顔を歪める子。
敵意をむき出しにする子。
この仮面は、王族の威厳を示すもの。これらの反応は妥当なところ。
それに加えてオリヴァーには、竜に変化できるほどの勇ましい角もはえている。子供たちが恐れるには、十分な材料がそろっていた。
子供は意図せぬタイミングで、本人の意志とは無関係に竜に変化してしまうことがある。日頃から使用人達からも恐れられていたオリヴァーば、周りに受け入れてもらえない寂しさで情緒不安定な子供だった。
子供同士ならば無邪気に交流できると、安易に考えた大人達によってこの場は設けられた。
けれど、オリヴァーにとっては逆効果になってしまう。
同世代の子にまで嫌われてしまったショックで、彼は感情をコントロールできなくなる。
その結果。本人が望まぬ形で、竜へと変化してしまった。
まだ幼獣の竜だった彼は、大人の竜人程度の大きさしかない。それでも子供を恐怖に陥れるには十分だった。
泣き叫ぶ子供達と、それを必死になだめようとする彼らの乳母やメイド。
オリヴァーの侍女達は、「無礼だ」と子供らの行動を叱責するも、彼女達自身も震えていた。
その状況に気づいた母親達が、慌てて駆け寄ってきた時。
一人だけ、瞳を輝かせて幼獣の黒竜に近づいてきた者がいた。
「わぁ! かっこいい。なでなでしてもよいですか?」
オリヴァーにとっては信じられない光景だった。
自分には決して向けられることがないと思っていた心からの笑顔が、目の前にいる女の子によって与えられている。
「クローディアお嬢様! 王太子殿下に対して失礼ですよ!」
震えながら乳母が駆け寄ってくるも、クローディアと呼ばれた女の子は期待に満ちた顔でオリヴァーを見つめている。
恐れられながら世話されるのが嫌で仕方なかったが、この子になら触れられても嫌ではない気がする。オリヴァーはこくりと頭を縦に振った。
「ぷにぷにでかわいいね」
幼獣の竜は鱗が生えておらず、皮膚がむき出しだ。その姿が気持ち悪いと嫌がる者も多かったが、可愛いと言われたのは初めてだ。
褒められて嬉しいという感情を、この時オリヴァーは初めて知る。
クローディアになでられて心が落ち着いたオリヴァーは、自然と人の姿へと戻ることができた。
「仮面もかっこいいね。あちらでお菓子をたべながらあそびましょう」
ためらいもなくオリヴァーの手を握るこの子が、不思議でならない。
けれど、オリヴァーは彼女の行動の全てが、嬉しくて仕方なかった。
それが二人の出会い。
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