7 / 35
07 上司面談1
しおりを挟むそして上司面談当日。
レイモンドが予約したレストランにて、カヴルを招待する形で始まった。
伯爵家以上の上位貴族しか予約のできない高級レストランに招待されて、早くもカヴルはいら立を懸命に抑えている状態だ。
(レイくん……。今日は穏便に諦めてもらうんじゃなかったの?)
リリアナはレイモンドの隣に寄り添いながら、作り切れていない笑みで緊張しながら、瞳をぱちくりさせていた。
(この素敵空間でなぜ私は、上司のクソダサ……地味なドレスを着ているのかしら。穏便に済ませる気がないなら、必要ない演出だったんじゃない?)
先ほどからチラチラと給仕たちに噂されているような気がして、非常に恥ずかしい。
「先日はご挨拶しそびれてしまい、申し訳ございませんでした。リリアナの婚約者レイモンド・オルヴラインと申します」
そんなリリアナとカヴルの様子など、気にしていないように見えるレイモンドは、爽やかな好青年を前面に押し出したような雰囲気で、カヴルに握手を求めた。
この幼馴染は、昔は本当に純粋無垢な可愛い男の子だったが、昨今ではすっかりと、公私で性格を完全に切り分けているから恐ろしい。
こういった場面ではどのような目に遭おうが、とことん好青年を貫く。
「こっ……婚約者!?」
リリアナとの約束を嘘だと決めつけていた様子のカヴルは、しょっぱなから間抜けな声を上げた。
すでにこの豪奢な空間で、地位の差を見せつけられた後だ。公爵令息が婚約者と聞かされ腰が引けているようだ。
リリアナですらこの状況を、現実として受け取れていない部分がある。なにせ公爵家と男爵家とでは、家格が違いすぎる。完全に夢物語の世界だ。
そんなカヴルの手を、自ら取って握手をしたレイモンド。カヴルは即座に顔を歪めた。
(レイくん。握手の力が強すぎるんじゃない……?)
公爵家の跡継ぎとして剣術の稽古が必修であるレイモンドは、スリムな身体に見えても意外と筋肉があり、握力はリリアナでは到底敵わない。見たところ、上司も同じようだ。
「はい。子爵殿がリリアナに求婚したと知りまして。俺の卒業を待つつもりでしたが急きょ、彼女と婚約させていただきました」
「それは事実なんでしょうな……。子供の虚言に付き合うつもりはありませんよ」
振り払うようにしてレイモンドの手から逃れたカヴルは、襟元を整えながらそう睨みつけた。
新年から立て続けにカヴルの弱い部分を見てきたせいか、その睨みも今となっては全然怖くない。今まではなぜこんなにも上司が怖かったのだろうと、リリアナは疑問に思うくらいだ。
「どうぞお座りください。婚約誓約書はこちらにございます。ご確認ください」
席についてお茶を振る舞ってから、レイモンドは先日交わした婚約誓約書をカヴルに手渡した。
あれは最終的に、国王陛下の印章も押されている正式なもの。カヴルがどうあがいても、他人が否定できるものではない。
何はともあれ、これで決着がつく。リリアナはお茶を口にしてからホッと息を吐いた。
しかしカヴルは、不正でも見つけたかのようにニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「こちらは本当にお二人のものですか? 先ほど名乗られた性と違うようですが」
(えっ?)
思い返せば誓約書を交わした際、リリアナは緊張していてレイモンドが書いた部分をろくに確認もしていなかった。
(レイくんもしかして、名前を間違えちゃったのぉ~?)
不安になりながらレイモンドを見つめると、彼は何でもないことのように「ああ」と笑みを浮かべた。
「便宜上、公爵家の性を名乗っておりますが、母方の祖父の爵位を譲り受けておりますので、正式にはレイモンド・エリンフィールド侯爵と申します」
(はいっ!?)
リリアナの心の叫びと、カヴルの叫びは同時だった。
「侯爵だと……! エリンフィールドといえば、果物の一大産地として急成長した……」
「リリアナは果物が大好きですから。美味しいものを食べさせたいと思い品種改良を重ねていたら、産地になってしまいました」
さすがに国王陛下が印章を押す書類に、嘘は書かないはず。レイモンドが侯爵位を受け継いだのは本当のようだ。
大切なことは報告し合う仲だと思っていたのに、リリアナは少し寂しい気持ちになる。
「レイモンド様……、それは初耳ですよ」
「結婚するまで秘密にしようと思っていたんだ。結婚の暁には領地いっぱいの果物をプレゼントするね」
こんな時に限って、昔のような無垢な笑顔が可愛すぎる。
二人が結婚する予定などないのに「それなら仕方ないわね」と許せてしまう可愛さだ。
今日のレイモンドは、偽装婚約者として完璧すぎる。
カヴルのほうも返す言葉がないのか、放心状態のようだ。
完全に勝者の貫禄でお茶を優雅に飲んだレイモンド。けれど、彼にしては非常に珍しいことだが、手が震えてお茶を少しこぼしてしまった。
「おっと、失礼。リリアナの上司の前なので、緊張してしまって」
(レイくんが緊張したりするの……?)
どのような場においても堂々と自分を作れるレイモンドが、どうしたことか。
リリアナが不思議に思っていると、レイモンドは「すみません」と言いながらテーブルを拭き出した。
しかしそれを見たリリアナは焦り出す。
レイモンドが拭いているそれは、テーブルナプキンなどではない。
リリアナが着用している、ドレスの裾だ。
「レ……レイモンド様っ」
「おや? 雑巾に似ていたもので、間違えてしまいました」
悪びれもせずレイモンドは、無邪気にカヴルに対して笑みを向ける。
カヴルの顔は、血管が破裂しないか心配なほど真っ赤に染まっていた。
(だからこのドレスを着ろって言ったのね……。どうしましょう。レイくんが腹黒く育っているわ……。どこで育て方を間違ったかしら……)
「リリ。ドレスを用意してあるから、着替えておいで」
「……はい。失礼いたしますわ」
この場が恐ろしすぎて、リリアナは逃げるようにして控え室へと向かった。
34
あなたにおすすめの小説
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
姉の婚約者と結婚しました。
黒蜜きな粉
恋愛
花嫁が結婚式の当日に逃亡した。
式場には両家の関係者だけではなく、すでに来賓がやってきている。
今さら式を中止にするとは言えない。
そうだ、花嫁の姉の代わりに妹を結婚させてしまえばいいじゃないか!
姉の代わりに辺境伯家に嫁がされることになったソフィア。
これも貴族として生まれてきた者の務めと割り切って嫁いだが、辺境伯はソフィアに興味を示さない。
それどころか指一本触れてこない。
「嫁いだ以上はなんとしても後継ぎを生まなければ!」
ソフィアは辺境伯に振りむいて貰おうと奮闘する。
2022/4/8
番外編完結
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです
朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。
取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。
フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、
王太子妃候補になれるほど家格は高くない。
本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。
だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。
そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。
王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます
みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。
それでもジェイドはカーレルを想っていた。
学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。
赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。
それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。
ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され……
ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。
だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。
そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。
そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。
だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる