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33 レイモンドの温室1
しおりを挟む廊下へ出たのは良いが、今は冬だ。幼い頃なら二人でいくらでも雪の中を遊んだけれど、さすがにもうそのような歳ではない。
勢いで出てきてしまったがどうしたものか、とリリアナは困っていたが、レイモンドは目的を持って歩いているように見える。
「レイくん、どこか行く当てがあるの?」
「リリに見せたい場所があるんだ」
侯爵家の中はひと通り案内してもらっているが、一箇所だけ入らせてもらえなかった場所があったことをリリアナは思い出す。
「もしかして、レイくんの温室?」
「うん。正確には、俺たちのね」
「たちって?」
リリアナが首をかしげるとレイモンドは、全く笑えていない笑みをリリアナに向けてくる。
「ここには俺たち二人しかいないんだから、俺とリリちゃんに決まっているよね」
久しぶりに距離感を間違えてしまったようだ。けれど、侯爵家にリリアナの場所がある自体がおかしな話だ。
不思議に思いながらも、レイモンドに手を引かれてついていく。
彼が温室の扉を開けると、中はむせ返りそうなほど甘い香りで満ちていた。
「わあ……!」
温室に植えられていた植物は、花も多いが、それ以上に果樹が目立つ。しかも、さまざまな種類の果物が、たわわに実っている。
「魔道具の力も借りて一年中、果物が実るように調節しているんだ」
「すごい……。前にお邪魔した時には、こんな温室は無かったわよね? レイくんが作ったの?」
「うん。リリが言ったじゃないか。ここに住んで、毎日俺と一緒に果物を食べたいって。だから、いつでも食べられるように作ったんだ」
「そっ……。そうなんだ……」
あの時の恥ずかしい発言を、レイモンドが覚えていたとは。
(今のは、私をからかうための冗談よね……)
ここはきっと、品種改良の成果を展示するための温室なのだろう。そう納得したい反面、レイモンドがリリアナのために品種改良していたことも、また事実。
レイモンドは「好きなのを食べてみてよ」と嬉しそうに、リリアナを果樹の近くへと連れてきた。
この温室は手入れが本当によく行き届いているようで、どの果物も美味しそうに実っている。
「わあ! このマスカット。すごく大きくて美味しそう」
これほど粒が大きなマスカットは初めて見る。
レイモンドはハサミで房ごとカットすると「たくさん食べて」と、リリアナの手のひらに乗せた。大きな粒のとおり、ずっしりと重みがある。
房から一粒取って、口へと運んでみた。今まで食べたことがないほどの甘さに、リリアナは瞳を輝かせる。
「こんなに甘いマスカットは、初めて食べたわ。美味しすぎる……」
「良かった。ここに植えてあるのは、まだ流通させていないんだ。リリアナに一番に食べてほしかったから」
「ありがとうレイくん。きっと、すごくがんばってくれたんだよね。一緒に食べられて嬉しい」
昨今の二人はかみ合わない部分も多くて、レイモンドを不機嫌にさせてしまうことも多かった。けれど、レイモンドは昔からリリアナに優しくて、いつも喜ばせようとしてくれる。
その本質は今でも変わらないと、改めて実感する。
リリアナはレイモンドの口へとマスカットを運ぶ。彼はぱくりと受け取ってから、昔のような無垢な笑顔になった。
「リリに食べさせてもらえて、俺も嬉しい」
(レイくんが可愛い!)
やはりここに住んで、毎日こうしてレイモンドに果物を食べさせたい。ついつい身の程知らずな、欲が湧いてくる。
レイモンドと一緒にさまざまな果物を試食しつつ、カゴいっぱいに子どもたちへのお土産も収穫した。
リリアナは満ち足りた気分でベンチへと腰を下ろす。
「もうお腹いっぱいで幸せ。レイくん、本当にありがとう」
「どういたしまして。ここに滞在中はいつでも食べにきて」
「ふふ、そうさせてもらうね。それから、今回はレイくんに言い尽くせないほどの感謝があるの」
リリアナは居住まいを正して、丁寧に頭を下げる。彼と二人きりになったら、改めて伝えたいことがあった。
「レイくんのおかげで、私のトラウマが消えました。本当にありがとうございます」
カヴル親子が逮捕される場面は、それほどリリアナにとっては印象に残るものだった。
本当はリリアナも協力したかったし、長年に渡り隠されていたことについては、物申したい気持ちもあるが、そういった部分も含めて全てレイモンドの優しさだ。今回ばかりは素直に全て受け取りたい。
「けれどね、私たちが捕まったせいで、レイくんのトラウマが増えていないか心配なの……」
スカーレットも話してくれたように、今回の件でレイモンドは自分のトラウマも消すつもりだったはず。
それなのに、リリアナが捕まったせいで余計に、昔の記憶を鮮明にさせてしまった気がしてならない。
心配しながらレイモンドの顔をうかがう。すると彼は、穏やかに微笑んだ。
「むしろ逆だよ。今回は、自分の手でリリアナを助け出すことができたから、俺のトラウマも綺麗に消えたよ」
「本当に……?」
「気になるなら今夜にでも、俺の部屋を覗いて確認してみてよ。きっと爆睡しているはずだから」
そこまで言うのなら、信じても良さそうだ。リリアナは「良かったぁ」と肩の力を抜いた。
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