【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました

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35 偽装婚約(最終話)

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 その翌日の夜。侯爵家では、領地の貴族や有力者を招いた宴が開かれた。
 宴の目的は、『第二王子メイナードが見事、子どもの誘拐事件を解決したお祝い』。
 一応メイナードの顔を立てて、この事件の捜査を指揮したのは彼ということになっている。けれどメイナード曰く「レイモンドは面倒ごとを僕に押し付けただけさ」と口を尖らせていた。
 事実、王都に戻った後もなんやかんやと、宴や表彰式の予定がもりだくさん。そのすべてに、メイナードは出席しなければならない。

「それにしても、二人の婚約理由には本当に驚かされたよ」

 宴での挨拶もひと段落ついた頃。四人で集まってお疲れ様の乾杯をした。それからウォルターは、リリアナとレイモンドを見ながらしみじみとそう述べた。

 昨日の夜にリリアナとレイモンドは、メイナードとウォルターにこれまでの偽装婚約について打ち明けることにした。
 二人にはお世話になってばかりなので、このまま黙っておくのは申し訳ないと感じたのと、メイナードには「もうすぐ解決する」と話していたからだ。

 二人は偽装の事実を聞くと驚いた様子で、メイナードに至っては結構な愚痴をこぼされた。それでも最終的には二人とも、リリアナとレイモンドを見守ると言ってくれた。

「ふふ。ウォルター様はそればかりですね」
「いや、レイモンドがそこまで切羽詰まっていたのが可笑しくてね」
「そうそう。必死過ぎて呆れちゃうよ」

 続いてメイナードも笑い出したが、当のレイモンドは涼しい顔でワイングラスを傾けた。
 今日の宴で振る舞われているワインも、エリンフィールド産のぶどうで作られている。ただ彼はまだ未成年なので、飲んでいるのはぶどうジュースだ。

「どんなに見苦しくても、リリアナと結婚したいんです」

 そしてきっぱりと言い放つものだから、リリアナの頬は赤く染まった。
 プロポーズを終えたレイモンドは、気持ちを隠すつもりはまったくないようだ。

「そっそれより、お二人もそろそろ婚約なさらないのですか?」

 リリアナは恥ずかしさを隠すように、二人に話を振る。
 実は今までも、彼女は気になっていたのだ。特にウォルターはリリアナより一つ年上でもあるが、三人とも今まで婚約者の陰すら見ることはなかった。

「俺は、二人のおかげで話がやっと進みそうだよ」
「どういう意味ですか?」
「実は俺の婚約予定者が、レイモンドと結婚したがっていてね。まぁ、俺は政略結婚だから、どちらでも良かったんだけれど」

 ウォルターは涼しい顔で、にこりと微笑む。レイモンドに対しての嫉妬心などは、持ち合わせいないようだ。

「そっそうなんですね……」

(もしかして、レイくんが苦手だった先輩って、その方だったんじゃ……)

 他にもメイナードからは、妹ががっかりしていたという話も聞いているし、リリアナは実際にレイモンドの人気ぶりを、この目でしっかりと見ている。

 これは詳しく聞かないほうがよい。気になり出したらきりがない。
 リリアナはこの話題から逃げるようにして、メイナードへと視線を向ける。彼はぷっくりと頬を膨らませていた。

「僕は、リリアナが良かった!」
「殿下には渡しません」

 レイモンドはすかさず、リリアナを抱き寄せてメイナードをけん制した。

「ふふ。レイモンド様ったら、殿下は例え・・をおっしゃったのですよ」

 公爵家と男爵家の婚姻ですら非常に珍しいことなのに、男爵令嬢が王子に嫁ぐはずないではないか。
 そのような非現実的なことにまで嫉妬するレイモンドが、可愛くて仕方ない。

「侯爵閣下。ご挨拶なさりたい方がお待ちですが」

 そこへ侍従に耳打ちされたレイモンドがうなずいた。

「そろそろ挨拶回りを再開しようか。リリ、付き合ってくれるよね」
「もちろんです。――殿下、ウォルター様、失礼いたしますね。宴をお楽しみくださいませ」

 すでに本当の婚約者同士のように息が合った二人を見送りながら、メイナードはため息をつく。

「ねぇ、ウォルター。あの超絶鈍感なリリアナから、偽装でも婚約に持ち込んだレイモンドって、実はすごいヤツだと思わない?」
「同感です。真似はしたくないですけどね」



「初めまして伯爵様。レイモンド様の婚約者、リリアナ・モリンです」
「この日を待ち望んでおりましたモリン嬢。このような素敵なご令嬢を侯爵夫人にお迎えできること、心より嬉しく思います」
「ありがとうございます。領地発展のためにも、レイモンド様を陰ながらお支えしてまいりますわ」

 レイモンドは初めの挨拶で、リリアナを婚約者だと会場全体に紹介してしまった。おかげで挨拶する誰もが、未来の侯爵夫人の存在を喜んでくれている。


「リリも偽装が板についてきたようだね。嬉しいよ」
「本当に公表しちゃって大丈夫だったの……?」
「これでリリにフラられたら、俺は大恥をかくだろうね」

 レイモンドは、フラれるなどとは微塵も思っていないような、幸せそうな笑みを浮かべている。

「次は、子爵夫人に挨拶に行こう。彼女は祖母の補佐をしているんだ。きっとリリの助けになってくれるはずだよ」

 初めは上司を撃退したくて始めた偽造婚約だったのに、いつの間にか完全にレイモンドの罠にハマってしまっていたようだ。
 リリアナは今になってようやく、その事実に気づかされる。

 けれどそんな罠に、自ら飛び込んだのはリリアナのほう。
 心の奥底では、叶わぬ夢を叶えたい気持ちがあったのかもしれない。

 『レイくんと結婚する』という、幼い頃の無垢な夢を。

 偽装婚約のおかげで、大人として成長した彼をたくさん見ることもできた。
 リリアナよりも頼りがいがあり、そばにいると安心できる。少し強引だった好意にもドキドキさせられた。
 それでいて昔のような可愛さも残っており、そんなところがたまらなく大好きだ。

 レイモンドを男性として受け入れて、正式な婚約者となる日も、そう遠くはなさそう。
 
 リリアナはそう思いながら、嬉しそうに知り合いのところへ案内するレイモンドに微笑みかけた。
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