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08 お披露目舞踏会

4 公子様との入場2

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 そう怒鳴り散らしたヘルマン伯爵は、顔がハッキリと確認できる辺りまで進むと、リズにちらりと視線を向ける。それから、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた。

「ははん。無欲な公子といえども、男だったということか。その魔女にたぶらかされたようですな。結婚相手のいない公子にとっては、刺激が強すぎましたかな」

 馬鹿にするようなヘルマン伯爵の口ぶりに、周りからも失笑が漏れる。それに気分を良くしたヘルマン伯爵は、さらに続けた。

「良い所を見せたいと、調子に乗っておられるようですが、それ・・は王太子殿下のものですぞ。他人のおもちゃ・・・・を取ってはいけないと、側室に習いませんでしたかな?」

 私生児と罵られても、アレクシスは動じていないようだったが、リズの話題になった途端、彼は身体を震わせ始めた。

(アレクシスに、王太子の話は禁句なのに……)

 大丈夫かな?と思ったリズが、チラリとアレクシスの顔を確認する。案の定、アレクシスは凍り付いてしまいそうなほど、冷たい視線をヘルマン伯爵に向けていた。

「リズを物扱いするだと? ……僕への無礼だけなら注意で済まそうと思ったけれど、妹への侮辱は許さない」

(あれ……、当て馬扱いされて怒ったんじゃないの?)

 どうやらアレクシスにとっては、自分への侮辱や、当て馬扱いされることよりも、リズが侮辱されることが最も許せないようだ。

「聖女の生まれ代わりといえども、何度も王太子妃にさせられるのですから、おもちゃも同然でしょう。舞踏会の使節団として、王国から一人しか寄こさなかったのも、大切にされていない証拠です」

 傍から見れば、そう解釈するのも不思議ではない。王太子の婚約者となる者の晴れ舞台だというのに、王国は使節団として一人しか送ってこなかった。
 しかし小説どおりならば、使節団として派遣されてきた青年は、王太子が信頼する密偵。王太子は彼に、ヒロインの身辺調査をさせて、王太子がヒロインを虐めから救い出す際に役立てたのだ。
 いわば、ヒーローの見せ場を盛り上げる、影の立役者だ。
 今回もリズが虐められていないか、密かに調査する目的で来た可能性が高い。

「それはどうかな。王太子殿下は思慮深い・・・・お方だ。リズが公国で大切にされているか、少数精鋭で調査しにきたのでしょう?」

 使節団の人数が多ければ、公国側としてもリズへ配慮しなければ恰好がつかないが、人数が少なければ『王国は、リズに興味がない』と判断し、ぼろを出す可能性が高い。

 リズは小説の内容を、詳しくはアレクシスに伝えていないが、鋭いアレクシスは使節団が少ない理由に感づいたようだ。

 王太子を褒めるのが悔しいのか、アレクシスは引きつった笑みを浮かべながら、使節団の青年へと視線を向ける。
 突然に話題を振られた青年は、苦虫を噛み潰したような表情で一礼をした。

「第二公子殿下のご明察どおり、私は聖女様のお暮らしぶりを確認しに参りました。王太子殿下は、聖女様を大変大切にされております。その点はご留意くださいませ」

 青年の任務は極秘だったのだろうが、アレクシスに王太子を立てられては、下手に否定して無能な王太子だと印象付けたくないのだろう。
 正直に青年が事情を話すと、アレクシスは相手の弱点を見つけたかのように、小さく笑みをこぼす。

「つまり、僕の妹に何かあれば、王太子殿下は黙ってはいないということだよね。王太子殿下にお手を煩わせるのは、申し訳ない。妹の問題は、僕が処理しよう」
「そっ……それは……」

 アレクシスが自ら対処するとは、思っていなかったのだろう。使節団の青年は動揺したように、言葉を漏らす。主人の見せ場が取られそうになっているのだから、無理もない。

 しかし青年が言葉を続けるより先に、声を上げたのはヘルマン伯爵だった。

「ご冗談も、大概にしてください。貴族を処罰するには、それなりの権限が必要なのですよ。それとも公子殿下は、わざわざ裁判でも起こすつもりですかな?」

 大声で笑いたてるヘルマン伯爵に、しかし賛同の意を表す者は少なかった。特にアレクシスの近くにいる貴族達は、怯えるような表情をヘルマン伯爵に向けている。

「ヘルマン伯爵……。これ以上は……」
「あまり怒らせると、本当に……」

 ひそひそと呟くような貴族達の助言に、ヘルマン伯爵は眉をひそめる。そこへ「ヘルマン伯爵」と、アレクシスの重い声が響き渡った。

「リズへの侮辱は、公家への侮辱であり、ひいてはドルレーツ王国への侮辱。到底許されるものではない。公子の権限において、ヘルマン伯爵を幽閉塔へ監禁する」
「そのような、横暴が許されるはず――」
「伯爵。これが見えないの?」

 アレクシスは人差し指を使い、公子の証を浮かせて見せる。

 するとヘルマン伯爵は「う……嘘だろう……」と青ざめながら、後ずさりはじめた。
 しかし、数歩下がったところで伯爵は人にぶつかる。振り返った伯爵は、騎士達に囲まれていることに気がつく。
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