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09 舞踏会の目的
5 公王との交渉3
しおりを挟むなにか企みでもあるのかと思ったリズが、引き気味に視線を返していると、公王が再び発言する。
「つまり、その娘を公宮で迎え入れた影響で、薬の供給量が減ったということだな」
「おっしゃるとおりです。父上」
再び貴族達がざわつき始める。
「あの魔女は、王太子妃になるんだろう?」
「国から出ていってしまえば、永久に万能薬は供給不足のままじゃないか……」
「それでは済まされないぞ。母親が死んだ後はどうするんだ」
先ほど公王が怒りを見せたばかりなので、貴族達はひそひそ囁き合う。そんな貴族の声を気にする様子もなく、アレクシスが続けた。
「しかしながら彼女は大変、慈悲深い心を持っております。王国へ嫁いだ後も公国民が求めるならば、万能薬を公国へ送り続けてくださるそうです」
(嫁ぐ予定はないけどね……。公女として生きていくことになってもお母さんの代わりに、薬を作り続けるつもりではあるよ)
リズの母は、他の魔女に万能薬のレシピを譲渡する予定だが、売り物として通用する薬が作れるまでには、何年もかけて修行する必要がある。その間だけでも、母の助けになりたいとリズは考えている。
アレクシスの提案にリズも納得していると、貴族達も安堵したような声を上げ始めた。その反応に気を良くした様子のアレクシスが、さらに続ける。
「しかも彼女は、今までの五倍の量を供給してくださると、約束してくれました」
(へ……? 何言ってるのよ、アレクシス。万能薬を作るには、時間がすごーくかかるんだから……!)
事前にすり合わせすらしていないのに、いきなりそのような提案をされ、リズは大いに焦る。貴族達が「おおおお!」と歓声を上げる中、リズはアレクシスに耳打ちした。
「私、そんなに作れないよ……。みんなに嘘をつくつもり?」
「リズは、今までどおりの量を作ってくれれば問題ないよ。それだけで五倍に増やせるんだ」
「どういうこと……?」
物を増やす魔法でもあるのだろうか。リズは首を傾げる。
「実は薬のことで、リズのお母さんと手紙のやり取りをしているうちに気がついたんだけど、リズが作った量に比べて、公宮へ納品される数が極端に少なかったんだ」
(アレクシスがお母さんと……?)
リズが知らぬ間に、アレクシスと母は随分と親しくなっていたらしい。母はリズの代わりに、万能薬についての詳細をアレクシスに話してくれたようだ。
「それで調べているうちに、商会が万能薬の九割を、違法に他国へ売りさばいていたことが発覚したんだ」
「えっ。九割も……?」
ジトっと商会長を見やると、彼は照れたように頭を掻く。
(そこ、照れるとこじゃないから!)
母の国民を思いやる気持ちを考えれば、横流しはひどい裏切りだ。
「それで五倍に増やしても、余裕ってことなのね……」
「うん。違法とはいえ、他国への供給を切るのは影響が大きいから、五倍で手を打つことにしたんだ。今後は正式な手続きをおこなって、取引してもらうつもりだよ。商会には、他にも報いを受けてもらうつもりだから、安心して」
つまり商会長は、アレクシスに弱みを握られたために、ここに引きずり出されて協力する羽目になったようだ。
商会長はいつも『気味の悪い魔女の薬を買ってやっている』と、事あるごとに値切ろうとしていたが、その裏では私腹を肥やしていたらしい。
今までのやり取りを思い出すと、リズは怒りしか湧きおこらないが、こういうことに厳しいアレクシスなら、きっといいようにしてくれるだろう。
「不正まで暴いてくれて、ありがとうアレクシス。お母さんの頑張りも少しは報われるよ」
「リズ、お礼を言うのはまだ早いよ。本番はこれからだ」
アレクシスの言うとおり、リズの名前についての議論が残っている。
万能薬と引き換えに、公王はリズに名前を授けてくれるのだろうか。リズは、公王に視線を戻してみる。
壇上では、公王に呼び寄せられた宰相が、ひそひそと公王と打ち合わせをしているところだった。
その打ち合わせが終わると、公王は再びアレクシスへと視線を戻した。
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