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22 戻ってきた日常?

3 魔法薬店の行列

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 浮かれていたリズの心は、カルステンのせいで一気にハラハラ落ち着かないものへと変わった。

 リズは前世を含めて今まで味わったことはないが、初めて相手に思いが伝わった直後は、落ち着いて座ってなどいられないほど嬉しかったり、未知の関係になることへの不安などで、心の中がぐちゃぐちゃになるらしい。リズは今、その状態に近いと言えよう。

 しかもリズは、相手の気持ちを確かめていない。勘違いだった際のことを考えると、本当に落ち着いてなどいられず。
 こんな気持ちに誘導した張本人に向けて頬を膨らませていると、カルステンは窓の外を見て「おや?」と声を上げた。

「魔法薬店の前に長い列ができていますが……。今日はまだ、開店日ではありませんよね?」
「えっ? 違うけど。どこどこ?」

 リズはカルステンと一緒になって、窓の外を覗いてみた。彼の言うとおり、魔法薬店の外には長蛇の列ができている。あの人数を捌くには何時間もかかりそうだ。

「みんな、体調が悪そうだね。風邪が流行る時期には早いし、何かの病が流行しているのかな……」
「そういった報告は、公宮には上がっておりませんが……。とにかく、ここは危険です。公宮へ戻りましょう」

 カルステンが御者に引き返すよう合図を送ろうとしたので、リズは「待って!」と彼を止める。

「ミミも困っているだろうし、お店の様子を確認しようよ」
「しかし、公女殿下を危険には晒せません。どうしてもとおっしゃるのでしたら、俺が確認してまいります」
「大丈夫。魔法薬店に並んでいるってことは、きっと魔法薬で治せる病気なんだよ。ミミと直接話したいし、私も行くね」

 リズは立ち上がろうとしたが、カルステンに両肩を掴まれて元に戻される。

「いけません。ミミさんは俺が連れてまいりますので、殿下はこの馬車から一歩も出ないでください」

(カルステンの庇護欲が発動してる……)

 こうなると、リズではなかなか彼を止められない。
 忙しいところ悪いが、ミミには馬車に来てもらうほかないようだ。


 しばらくしてカルステンが連れてきたミミは、馬車の中へ入るなり泣いてはいないが泣き声を上げながら、リズに抱きついてきた。

「うぇ~ん、リズちゃんやっと来てくれたぁ!」
「しばらく来られなくてごめんね。あの行列はどうしたの?」

 ミミには、アレクシスが帰国したことや、市場で彼女が見たイケメンがフェリクスだったことなど、話したい話題がいろいろとあるが、今日はお預けになりそうだ。
 早速、あの行列について尋ねると、ミミは訴えるようにリズに向けて顔をあげる。

「それがね、昨日辺りからまた・・魔力の減少期に入っちゃったみたいなの!」
「えっ。魔力の減少期は、数か月前に終わったばかりじゃない」

 ちょうど小説のストーリーが始まった頃に魔力の減少期が起こり、リズの母が体調を崩していたのだ。
 通常、魔力の減少期は年に一度。起こらない年もあるくらいの、緩やかな周期だ。

「そうなの! それだけでもおかしいのに、しかも今回のは超大型みたいで、一般の人達にまで影響がでちゃってるみたい!」
「それで、こんなに人が集まってるのね……。それじゃ、うちのお母さんも……?」

 リズの母は身体が弱いので、魔力の減少期に敏感だ。ひどくなっていなければ良いがと、リズは不安になる。
 その気持ちをいつも近くで感じていたミミは、力強くリズの手を握った。

「リズちゃんのお母さんは、魔女の森の皆で看病しているから大丈夫だよ!」
「ありがとう、ミミ」

 お互いににこりと微笑み合っていると、カルステンが申し訳なさそうに声を上げた。

「お話し中に申し訳ございませんが……、魔力の減少期とはなんですか?」
「えっとね。たまに、空気中の魔力が減少する時期があるんだけど、減少期に入ると人間は魔力を補給しにくくなるの。特に身体の弱い人は、その影響を大きく受けるんだぁ」

 多少なりとも、リズの魔力の仕組みについて知識を得ているカルステンは、すんなりとその説明を受け入れたようだ。

「そのような現象があったのですか。今まで知りませんでした」
「普通は、魔力に依存している魔女や魔術師くらいにしか影響がないから。でも一般の人にまで影響が出ているとなると、相当の規模だと思う」

 リズがそう説明すると、カルステンは思い出したような顔になる。

「もしかして公女殿下が魔力を使いすぎて倒れられた際に、俺が貰って来た薬が効くのですか?」
「そうそう。あの薬を飲めば魔力をより取り込みやすくなるの」
「では、あの薬をたくさん作れば良いのですね」

 カルステンは問題が解決したような顔をするが、ミミは不安に駆られたように二人を交互に見た。

「そこが問題なの! その薬を作るには魔花が必要なんだけど、あまり在庫がなくて……。全て使い切っちゃうと万能薬を作れなくなるし、どうしようリズちゃ~ん!」

 魔花は生態がよく解っていない植物なので、栽培ができない。草木が生えている場所をひたすら探すしかないので、採取数が少ないのだ。
 しかも一般の人は、魔花を魔女が使う怪しい植物だと思っているので、見つけ次第駆除されてしまう。もちろん、流通もしていない。

 けれど、今は出し惜しみなどしていられない状況。
 リズは即座に決断する。

「魔花はなんとかするから。ミミは他の魔女に応援を頼んで、魔花を使い切ってでも薬を作り続けて」
「うん! 私も一人じゃそろそろ限界だったから、商会長さんに魔女の森へ応援を頼みに向かってもらっているの」

 ミミもそれなりに対策は打っていたようだ。

「ミミが店長で良かった」

 ぎゅっと抱きしめて幼馴染を労うと、ミミは「えへへ」と嬉しそうにリズの肩に顔を預けた。
 普段のミミはリズを引っ張っていくような明るさがあるが、意外と甘えたがりで幼い頃からリズにべったりだった。

 ミミとは一歳違いだが、彼女曰く「リズちゃんは時々お母さんみたい」と感じるらしい。
 生まれた瞬間から前世の記憶を持っていたリズは、今でこそ心に身体が追いついた状況だが、幼い頃は大人びすぎている子供だったのだ。ミミの感想はかなり的を得ている。

 それからミミに、アレクシスからのお土産を渡すと「疲れが吹き飛ぶ可愛さ!」と喜んでくれた。
 やる気を補給したミミが元気よく馬車を降りる姿を見送ったリズは、自分もできることをしなければ。と気合を入れた。




 それから、作業を分担して魔花を探しに行きたいリズと、護衛としてリズの傍を離られないカルステンとの間で、誰が公宮へ報告に行くかについて大いに揉めた。
 最終的にはカルステンが折れて、報告は御者に任せることにしたが、重大な報告を御者に任せることには、かなりの不満があるようで。

「もしかして……公女殿下。アレクシス殿下と顔を合わせたくなくて、逃げているんじゃないでしょうね?」

 ほうきに二人乗りしている後ろで彼は邪推を始めたので、リズの操縦は大きく揺れた。

「ちっ……違う、そんなんじゃないよ……!」
「そうですか? かなり動揺していらっしゃいますが」
「そう……じゃなくて……。これはアレクシスを思い出しちゃっただけ……で……」

 しどろもどろにリズが理由を話すと、後ろからくすりと笑い声が聞こえる。

(もう……。絶対に遊ばれてるっ!)

 ぶすっとリズが頬を膨らませると、それが見えていないであろうカルステンが、リズの頭をポンポンとなでる。最近は護衛騎士としての距離を適切に守っている彼としては、珍しい行動だ。

「そういえば、ローラントから聞きましたよ。我が家の養女になってくださると」
「……話が進みすぎだよ。まだ、どうにかなるとも決まっていないのに」

 この兄弟はどうしてそこまで、リズとアレクシスをくっつけたがっているのだろうか。

「それを抜きにしても、俺は殿下の兄になりたいですね」
「どうして?」
「俺達は気が合うと思いませんか? きっと何でも話せる兄妹になれると思いますよ」

 カルステンとは本音をさらけ出す機会が多かったせいか、込み入った話もできる仲になった。カルステンが兄となれば、きっとリズの良い理解者になってくれるだろう。

「ふふ。そんなこと言ったら、アレクシスが妬いちゃうよ」
「残念ですが、夫と兄は両立できませんから、アレクシス殿下はどちらかを諦めなければなりませんよ」

 もし仮に、フェリクスとの婚約を破棄した後で、その二択を選ぶ日が来たなら、アレクシスはどちらを選ぶのだろうか。
 知りたいけれど、知りたくない。リズはその答えを考えないようにしながら、ほうきの操縦に専念した。
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