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23 魔力の減少期

2 対策会議

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『大好きだよ。リズ』

 この言葉ばかりが頭の中をループしていたリズは、会議室の扉が大きく開き、拍手で迎えられたところでやっと我に返った。

(わぁ……。めちゃくちゃ歓迎されている……!)

 貴族達の多くは笑顔で立ち上がり、拍手でリズとアレクシスを迎えてくれている。もっとギスギスした状況をイメージしていたリズは、拍子抜けしながら辺りを見回した。

 楕円状に設けられた席の上座に公王がおり、公王を囲むようにして貴族達の席がある。ヘルマン伯爵と目が合うと、彼はにこやかにリズ達の元へと歩み寄ってきた。

「さぁ、陛下もお待ちかねです。どうぞお席へ」

 彼に案内され会議室の中を進むと、公王の隣に空いている席が二つある。どうやらそこが、リズとアレクシスの席のようだ。

「父上、リゼットを連れて参りました」
「うむ。ご苦労だったなアレクシス。二人ともこちらへ座りなさい」

 公王に促られて席につくと、公王がリズに身体を向けた。

「まずは礼を言わねばならない。魔女がこの病をいち早く発見し、薬の配布を始めているそうだな。我々だけでは原因の特定だけでも、莫大な時間を割かなければならなかった。後日、改めて礼をするつもりではあるが、今はそなたが代表して受け取ってくれ。国を代表して感謝する」

 優しい笑みで公王に感謝され、リズは身体がムズムズする感覚を覚えた。魔女に対して公王が、これほど気遣う言葉をかけてくれるとは思わなかった。

(今は一応、私のお父さんなんだよね…)

 生まれた時から父親がいなかったリズにとって、父親は未知の存在。前世の記憶にある父親はぼんやりとしか思い出せないが、今の公王のように温かな眼差しを向けてくれていた気がする。

「必ず魔女達に伝えます……お父様」

 初めて使う『父』を呼ぶ言葉に照れながらもリズが微笑むと、貴族からも拍手が起きた。
 公王は大きくて温かな手でリズの頭をぎこちなくなでると、拍手に紛れる小さな声で囁く。

「この場が辛ければ、代弁してやろうか?」

 先ほどのアレクシスと同じことを言うので、リズは思わず笑みをこぼした。

「アレクシスお兄様にもそう言われましたが、私は大丈夫です」
「おお、そうだったのか。リゼットの世話はアレクシスに任せなければ、後が怖いな」

 リズとアレクシスの関係を、公王は嬉しそうに受け止めている様子。
 再びぽんぽんとリズの頭をなでた公王は、「息子を頼む」と囁いてから身体を前方へと戻した。

(アレクシスを頼む?)

 むしろ、リズが一方的にお世話になっている状態だ。とリズは首を傾げる。
 そんなリズへ、アレクシスが耳元で囁いてきた。

「父上と今、何を話したの?」
「ふふ。アレクシスが二人になった気分だったよ」
「それ、どういう意味?」
「過保護なところが、そっくりだと思って」

 アレクシスは、なんともいえない微妙な表情を浮かべる。家族仲の良くないアレクシスにとっては、不本意なのかもしれない。
 けれど、双方が歩み寄る余地はまだあるのではとリズは考える。少なくとも公王のほうは、アレクシスを大切に思っているようだ。


 会議が再会されるとリズは、魔力の減少期や魔花の特徴についての説明を、貴族達に話して聞かせた。
 ヘルマン伯爵が事前に根回ししてくれていたのか、リズを悪く言う者もおらず、会議は滞りなく進んでいる。

「今は魔力不足の患者と他の病の患者が混在しているでしょうから、魔法薬の配布拠点を病院に移し、医師に診断させたほうが良さそうですな」
「患者を増やさないためにも、魔力の減少期が収束するまでは極力魔法具の使用を控えるよう、国民にお触れを出しましょう」
「重症者は、ドルレーツ王国へ避難させたらいかがでしょう。ドルレーツ側の国境沿いに当家の別邸がございますので、すぐにでも受け入れ準備を整えさせます」

 貴族達から次々に案が出てくるので、リズは驚きながらそれを見守った。リズと魔女達だけでは到底できない対策に関心しつつ、リズの話を信じてくれているのがとても嬉しい。

(あとは魔花さえ調達できれば、なんとかなりそう)

 少し安心しつつリズがそう思った時。バタン! っと大きな音を立てて、会議室の扉を開ける者がいた。

「公王陛下! ドルレーツ王国から緊急の書簡が届きました!」

 書簡を持ってきた者が小走りで公王の元へ向かうと、膝をついて書簡を公王へと捧げる。

「ドルレーツ王国からだと?」

 眉をひそめた公王は、巻物と封筒に入った手紙の二つを手に取った。

「こちらは王太子殿下から、リゼットへの手紙のようだ」
「私にですか……?」

 封筒のほうをリズに手渡され、リズは嫌な予感がしながらそれを受け取った。

(フェリクスからの手紙なんて、良いことが書いてあるとは思えないんだけど……)

 貴族の前で嫌な顔をするわけにもいかず、リズは困りながらアレクシスへと視線を向けた。

「とりあえず、読んでみたら?」

 今にもこの手紙を破り捨ててしまいそうなほどの、引きつった笑みを浮かべるアレクシス。相当、怒っているようだ。
 リズは釣られて作り笑いをしながら、侍従が差し出したペーパーナイフを受け取った。

 そこへ、隣で先に巻物を読み始めていた公王が「おお!」と感嘆の声を上げる。貴族達は公王に注目した。

「ドルレーツ王国が、魔花を提供してくださるそうだ!」
「本当ですか!」
「助かりましたね!」

 貴族達は喜びの歓声をあがるが、次第にその声は疑問へと変わる。

「しかしドルレーツはなぜ、我々が魔花を必要だと知っているのでしょうか」
「魔力の減少期については、我々も知ったばかりですよ……」

 その疑問は最もだ。属国の公国民が魔力の減少期を知らないということは当然、元は同じ国であるドルレーツ国民も知らないはず。

「それについては、こう記されてある。王太子殿下が昨夜、瞬間移動にてお忍びで公国を訪問。その際に、魔力の減少期に気が付かれたのだと。――王太子殿下ならば、今回の事情にもお詳しいということだな?」

 後半はリズへの問いかけのようなので、リズは「はい」とうなずいた。

「建国の大魔術師様でしたら、魔力の減少期にもご存知でしょうし、薬の材料も予想が付くのだと思います」

 万能薬に魔花が使われていると知ったフェリクスなら、簡単に予想できたはず。なんなら、ミミが薬を作っている場面を盗み見した可能性すらある。
 リズとしては、フェリクスなら何を知っていてもおかしくないという印象だ。

 公王はリズの説明に納得したようすでうなずいてから、さらに巻物を読み進めた。しかし、次第に表情が険しくなる。

「受け取りには、リゼットが直接来るようにとのことだ」

 婚約発表の件がまだ皆の心に色濃く残っているせいか、皆不安そうな顔になる。
 すると突然、バンッ! っとテーブルを叩く音と共に、ヘルマン伯爵が立ち上がった。

「これは公女殿下を貶めるための、罠かもしれません!」

(わぁ……。味方になると宣言したら、とことん味方になってくれるんだ……)

 少しわざとらしい感じではあるが、リズはその演技力に関心する。そのおかげで、他の貴族達からもぽつぽつと賛同の声があがる。

「うむ……。リゼットの手紙にはなんと書いてある?」

 公王に問われて、まだ手紙を読んでいないことに気が付いたリズは、慌てて便せんを開く。
 そこには短く、こう書かれていた。
 
『巻物にも書いたように、そなたが魔花の受け取りに来るように。
 それから、公子が捕まえた密偵をそろそろ返してくれ。
 この二つの条件で、鍋の対価は清算としよう』

「うっ……」

 とても簡潔で、フェリクスらしい内容だ。

「何と書いてある?」
「同じく、私が受け取りに来るようにと書かれていますね……」
「そうか。しかし、このままリゼットに行かせて、また不利な結婚条件をつけられないか心配だ」

 これは公国の威信にも関わる問題だ。皆が真剣に悩み始めたが、リズの答えは一つしかない。

(ここで拒否したら、もっと悪条件を付けられそうだよね……)

 それに魔花が手に入るのならば、リズはどれほど待遇が悪くなっても気にしない。どのみちフェリクスとは婚約破棄する。それまでの辛抱だ。

(今はなにより、公国民の健康を優先しなきゃ)

「皆様、心配してくださりありがとうございます。けれど私が行くことで魔花が手に入るなら、そちらを優先したいと思います」
「それで本当に良いのか?」
「はい。私も公女として、公国の役に立ちたいですから」

 公王の問いかけににこりとリズが微笑むと、横からアレクシスの声が続いた。

「妹だけでは心配ですから、僕も同行します」
「そうだな。お前がリゼットを守ってやってくれ」
「必ず守ってみせます。父上」

 アレクシスがついてきてくれるなら、これほど安心なことはない。
 リズは緊張の糸が切れたようにふぅっと息を吐いてから、アレクシスへと微笑む。

「ありがとう。アレク…………シス」

 しかしその微笑みはすぐにこわばった。なぜなら、アレクシスはすでにひきつった笑みすら消え、無表情で怒りを抑えている様子だったのだから。

(あ……あれ? 手紙はどこ?)

 気が付けばリズの手にあったはずの手紙が、アレクシスの手に移っているではないか。
 鍋に魔法陣を付与してもらったことについては、まだ話していなかったとリズは思い出す。

「リズ。この前から気になっていたんだけど、『鍋の対価』について詳しく教えてくれるかな?」

 耳元で囁かれる怒りのイケメンボイスは、肝試しよりも恐ろしい。
 リズは消え入りそうな声で「はい……」と答えた。
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