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03 兄がいなくなりました2
しおりを挟むそれから一か月間は、慌ただしく準備が進められた。
皇宮での仕事着としてあつらえたリーンハルトの衣装は、リーゼルのサイズに合わせて全てお直しに出した。
リーゼル自身も、男性の礼儀作法を学び、一か月間でダンスの男性パートも踊れるまでに仕上がった。
そして出発当日の朝。
リーゼルは下着姿で鏡を見つめていた。
「まさか、腰を絞るためのコルセットを、胸を潰すために使うとはね……」
決して豊満ではないその胸も、最近はそれなりに成長したというのに。わざわざ潰さねばならない日が来るとは。
こんな時はリーンハルトを恨みたくもなるが、いない相手に文句を言っても仕方ない。
「スレンダーなお嬢様も素敵ですわ。どうか気を落とさずに……」
メイドのエマが、遠慮気味にコルセットを絞めながら、慰めてくれる。彼女も年頃の女性。この気持ちを共有してくれるようだ。
「そう言ってくれると嬉しいわエマ。遠慮せずに、もっときつく絞って」
「はい。お嬢様……」
エマのほうが悲しそうなのが、だんだんおかしく思えてきて、リーゼルはふふっと笑みをこぼした。気持ちを理解してくれる優しい使用人のためにも、完璧に男装しなければ。
そう自分に言い聞かせながらリーゼルは、リーンハルトが三年前に着ていた服を着こんだ。仕事着はお直しに出したが、普段着はリーンハルトのお古がちょうど良いサイズだった。
胸を絞ったおかげで、試着した時は女性っぽく見えていたラインも、すらりと男性的に見えている。
「どう? 私、カッコイイかしら?」
そう尋ねてみると、エマは「はい。あの……」と困ったように口ごもる。
「リーゼルお嬢様は、リーンハルトお坊ちゃまとよく似ていらっしゃいますので、その…………。可愛いです」
それを聞いたリーゼルは、きょとんとした顔になる。それから顔を見合わせた二人は、同時に笑い出した。
そう。リーンハルトは可愛いのだ。
男性に使う言葉ではないのは承知しているが、かっこいいよりも可愛いが似合う人だった。
女性らしさを捨てることに少しだけ後悔を感じているリーゼルにとっては、気分が楽になる言葉だ。
おかげでリーゼルは決心がついた。
「ねえ、エマ。髪の毛を肘の上くらいまで切ってくれないかしら」
「お嬢様……。大切に伸ばしておられましたのに、よろしいのですか……?」
「いいのよ。腰まで伸ばしている男性はさすがに珍しくて目立つもの」
出発当日まで決心がつかずにいたが、髪を半分くらいに短くしたところで、女性としての自分が消え去るわけではない。エマの先ほどの一言が後押しとなった。
エマに髪を切ってもらってから、短くなった髪を後ろで一本に束ねると、よりリーンハルトらしくなった。
これでどこから見ても、男性に見えるはずだ。
邸宅の外へと出ると、出発の準備を整えた馬車が並んでいた。
馬車の前で待ち構えていたのは、幼馴染のカイ・アイヒ。彼はリス獣人で、リーゼルと同じく十八歳になったばかり。
薄茶のふわっとした髪と、黒い瞳はくりっとしていて可愛いが、それを本人に言うと非常に嫌がられる。
シャーフ家の執事であるアイヒ男爵の長男で、リーゼルと同じく皇宮で働く予定だ。
リーゼルが現れると、カイを含めたその場にいる使用人全員が、リーゼルに注目した。急に雰囲気が暗くなる。
「リーゼルお嬢様、髪の毛を……」
カイは心底悲しそうに目尻を下げながら、リーゼルのもとへとやってきた。カイだけではない。出発の準備をしていた使用人たち皆が、悲しそうな目でリーゼルを見つめる。
全身が美しく手入れされているリーゼルの存在は、使用人たちにとって誇れるもののひとつだった。リーゼルには擦り傷ひとつ付けたくなくて、大切にお世話してきた。
それなのに、このような男装をさせることになってしまい、彼女が大切にしていた髪まで切ることになってしまった。
「皆、あまり悲しまないで。髪はまた伸びるもの。それよりも今は、領地の存続のほうが大切よ。皆、どうか首都でも、私の支えになってね」
リーゼルがそうお願いすると、使用人たちは一斉に頭をさげた。
「もちろんでございます。リーゼルお嬢様のお役に立てるよう使用人一同、心を込めてお仕え致します」
カイは使用人を代表してそう述べた。彼はいずれ父親の役目を引き継ぎ、シャーフ家の執事となる身。本当ならばリーンハルトとともに首都へ行き、主従の絆をより深める予定だった。
このような事態となってしまい、伯爵家の娘として申し訳ない気持ちでいっぱいなる。
けれど、このような先行き不安定な伯爵家に、彼らはまだ誠意を持って仕えてくれている。彼らのためにも、失敗は許されない。
「リーゼル。早速、次期当主の風格が出てきたな」
「お父様」
リーゼルの両親も、見送りのために邸宅の外へと出てきた。どうやら、今のやり取りを見ていたようだ。
「あなた。悪い冗談はよしてくださいよ。リーゼルが困ってしまうわ」
「しかし本当に惜しい。リーゼルが爵位を継げたならな……」
父の心から残念そうな言葉に、使用人たちも項垂れる。これから先、この領地はどうなってしまうのか。不安が尽きないのはリーゼルも同じだ。
「リーゼル。カイ。この作戦には、領民の命がかかっている。どうかよろしく頼む」
「立派に役目を果たして見せますわ、お父様」
「お任せ下さい旦那様。リーゼルお嬢様は、私が必ずお守り致します」
「二人とも、身体にだけは気をつけてね」
両親と別れのハグをしてから馬車に乗り込み、皆に見送られながら馬車は出発した。
少しでも皆を安心させたい。リーゼルは馬車の窓から顔を出して、とびきりの笑顔で皆が見えなくなるまで手を振り続けた。
馬車は、敷地から公道へと向かうポプラの長い並木道を進んでいく。この時期はポプラの綿毛が、雪のように舞い飛んでいる。このようなのどかな領地の風景ともしばしのお別れだ。
リーゼルが感傷に浸っていると、向かい側に座っているカイが「はあ……」と溜息をつきながら姿勢を崩した。
「ふふ。お疲れ様カイ」
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