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04 兄がいなくなりました3
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「ほんと疲れた……」
先ほどまでの忠臣のような姿はどこへやら。これが彼の素の態度だ。
執事とは、邸宅にいる使用人たちととりまとめたり、主人の補佐をする重要な役職。カイは、リーゼルとリーンハルト以上に厳しく育てられた。
そのため人前では完璧な態度を保つが、双子の前でだけは幼馴染らしく素の姿を見せてくれる。
彼の秘密の正体を知っているようで、リーゼルもリーンハルトも彼のこの態度を気に入っていた。
「それにしても、リーもお人好しだよな。リーンのためにこんなことまでするなんてさ」
カイはいつも、リーゼルのことを「リー」、リーンハルトのことを「リーン」と呼んでいる、これも三人だけの愛称だ。
「仕方ないわ。リーンは繊細な子だもの。田舎領主は務まるとしても、皇宮の官吏は荷が重いわ。私たちがもっと早くに、気づいてあげるべきだったのよ」
「リーンはアカデミーも無理だったしな……」
貴族の後継者となる者の多くは、首都にあるアカデミーへ通う。
三年前にリーンハルトとカイもアカデミーへ入学したが、リーンハルトが馴染めないという理由で、二人は早々に領地へと戻ってしまった。
結局は家庭教師を雇う羽目になったので、リーゼルも一緒に学ぶことができた。それがなければ、男装して官吏になるなんて大それたことは不可能に近い。
「首都の貴族って、そんなに怖いのかしら……?」
家庭教師の授業は熱心に受けていたリーンハルトはきっと、勉強が嫌なわけではなく、アカデミーの人間関係に馴染めなかったのだろう。
詳しい理由は、聞けずじまいとなっているが、首都に行けばその理由がわかりそうだ。
「うーん。リーンにとっては恐怖だっただろうな。リーも同じ目に遭いそうで心配だよ。絶対に、俺から離れないでよ?」
(もしかして私、いじめられてしまうのかしら……)
リーンハルトよりは怖がりでないと自負しているが、あの両親あってこその娘だ。
リーゼルはぷるぷると震えながら、一生懸命に首を縦に振った。
その頃。皇宮でも、新人官吏を迎え入れる準備が進められていた。
叙任式の準備に、配属先の検討会。そしていつも土壇場になってやってくる、厄介な書状への対応など。
「陛下。複数の家門から嘆願書が届いておりますが、いかがいたしましょうか」
「目を通そう。無下に断ると、また圧政だの、恐怖政治だの、言われるからな……」
ディートリヒはため息をつきながら、補佐官のレオン・ツィーゲから手紙の束を受け取った。
この時期に貴族から送られてくる手紙といえば、だいたいは官吏についての嘆願だ。
肉食獣人家門からの嘆願は、『より良い役職に就けてほしい』といった野心に溢れたものが多いので断りやすい。
けれど問題は、草食獣人や小動物系の雑食獣人家門。彼らは皇室の種族である狼族が怖いがために、何かと理由をつけては官吏になることを避けたがる。
そもそも種族によって不平等が生じないように、このような制度が始まったというのに。肝心の保護したい種族が乗り気ではないことに、ディートリヒはいつも憤りを感じている。
それでも彼らの恐怖も理解してやらねばならないので、できる限りは要望に応じているが――
「後継者変更のため、今年は辞退したい? この家門は去年も同じ内容の嘆願書を送ってこなかったか?」
「こちらの家門は多産ですから……。息子だけでも十人いるとか」
「言い訳にしか聞こえないが、仕方ないな。受理してやれ」
「承知いたしました」
「次は、息子が小心者なので官吏を辞退したい? これを認めたら制度を作った意味がない。却下だ」
次々に手紙を仕分けていくディートリヒは、ある嘆願書に目を留めた。
「次は、後継者本人からの嘆願書のようだ。官吏になれるだけの度胸をつけるため隣国へ留学したいので、皇宮入りを一年遅らせたいそうだ。すでに留学先に滞在しているのでそちらに返事をほしい。罰は戻ってから受ける。と」
「珍しい嘆願ですね。どちらの家門ですか?」
「シャーフ伯爵家のリーンハルト卿だそうだ」
名前を聞いたレオンは思い出したように、「ああ」と呟く。
「確か三年ほど前に、アカデミーで有名になった令息ですね」
「ほう。それほど優秀なのか?」
「優秀といいますか……」
レオンは周りを気にするようにしながら、ディートリヒに耳打ちした。
「――なるほど、それで度胸をつけたいと。これは応援してやらねばな」
十日の旅を終え、リーゼルとカイの一行は首都へと入った。
ティア帝国の首都は、シャーフ家の領地がある地方とは別世界のようだ。都会的な建物に、オシャレなお店。そして何より驚いたのが、人の多さだ。
「カイ。今日はお祭りなのかしら? 広場に露店がたくさん見えるわ」
「あれは、毎日おこなわれている市場だよ」
「市場のお店があんなにたくさんあるの? 食べ物以外のものもたくさん売っているわ」
「首都にはさまざまな品が集まるからね。あとで見学しに行こうか」
「ええ。そうね……」
リーゼルはこれからのことで頭がいっぱいだったが、首都には田舎には無いさまざまな楽しみがあるはず。
いつか首都へ行ってみたいと願っていたが、思わぬ形で現実となった。
けれど、未だにリーンハルトは行方不明のままであり、リーゼルには失敗は許されない。
そんな不安な状況では、楽しめそうにない気がする。
再び窓の外の賑わいを眺めていると、カイが急に御者へと呼びかけて馬車を停止させた。
「どうしたのカイ?」
「ちょっと待ってて」
そう言って馬車から降りて、とあるお店へと入っていた彼は、しばらくすると何かを携えて戻ってきた。
先ほどまでの忠臣のような姿はどこへやら。これが彼の素の態度だ。
執事とは、邸宅にいる使用人たちととりまとめたり、主人の補佐をする重要な役職。カイは、リーゼルとリーンハルト以上に厳しく育てられた。
そのため人前では完璧な態度を保つが、双子の前でだけは幼馴染らしく素の姿を見せてくれる。
彼の秘密の正体を知っているようで、リーゼルもリーンハルトも彼のこの態度を気に入っていた。
「それにしても、リーもお人好しだよな。リーンのためにこんなことまでするなんてさ」
カイはいつも、リーゼルのことを「リー」、リーンハルトのことを「リーン」と呼んでいる、これも三人だけの愛称だ。
「仕方ないわ。リーンは繊細な子だもの。田舎領主は務まるとしても、皇宮の官吏は荷が重いわ。私たちがもっと早くに、気づいてあげるべきだったのよ」
「リーンはアカデミーも無理だったしな……」
貴族の後継者となる者の多くは、首都にあるアカデミーへ通う。
三年前にリーンハルトとカイもアカデミーへ入学したが、リーンハルトが馴染めないという理由で、二人は早々に領地へと戻ってしまった。
結局は家庭教師を雇う羽目になったので、リーゼルも一緒に学ぶことができた。それがなければ、男装して官吏になるなんて大それたことは不可能に近い。
「首都の貴族って、そんなに怖いのかしら……?」
家庭教師の授業は熱心に受けていたリーンハルトはきっと、勉強が嫌なわけではなく、アカデミーの人間関係に馴染めなかったのだろう。
詳しい理由は、聞けずじまいとなっているが、首都に行けばその理由がわかりそうだ。
「うーん。リーンにとっては恐怖だっただろうな。リーも同じ目に遭いそうで心配だよ。絶対に、俺から離れないでよ?」
(もしかして私、いじめられてしまうのかしら……)
リーンハルトよりは怖がりでないと自負しているが、あの両親あってこその娘だ。
リーゼルはぷるぷると震えながら、一生懸命に首を縦に振った。
その頃。皇宮でも、新人官吏を迎え入れる準備が進められていた。
叙任式の準備に、配属先の検討会。そしていつも土壇場になってやってくる、厄介な書状への対応など。
「陛下。複数の家門から嘆願書が届いておりますが、いかがいたしましょうか」
「目を通そう。無下に断ると、また圧政だの、恐怖政治だの、言われるからな……」
ディートリヒはため息をつきながら、補佐官のレオン・ツィーゲから手紙の束を受け取った。
この時期に貴族から送られてくる手紙といえば、だいたいは官吏についての嘆願だ。
肉食獣人家門からの嘆願は、『より良い役職に就けてほしい』といった野心に溢れたものが多いので断りやすい。
けれど問題は、草食獣人や小動物系の雑食獣人家門。彼らは皇室の種族である狼族が怖いがために、何かと理由をつけては官吏になることを避けたがる。
そもそも種族によって不平等が生じないように、このような制度が始まったというのに。肝心の保護したい種族が乗り気ではないことに、ディートリヒはいつも憤りを感じている。
それでも彼らの恐怖も理解してやらねばならないので、できる限りは要望に応じているが――
「後継者変更のため、今年は辞退したい? この家門は去年も同じ内容の嘆願書を送ってこなかったか?」
「こちらの家門は多産ですから……。息子だけでも十人いるとか」
「言い訳にしか聞こえないが、仕方ないな。受理してやれ」
「承知いたしました」
「次は、息子が小心者なので官吏を辞退したい? これを認めたら制度を作った意味がない。却下だ」
次々に手紙を仕分けていくディートリヒは、ある嘆願書に目を留めた。
「次は、後継者本人からの嘆願書のようだ。官吏になれるだけの度胸をつけるため隣国へ留学したいので、皇宮入りを一年遅らせたいそうだ。すでに留学先に滞在しているのでそちらに返事をほしい。罰は戻ってから受ける。と」
「珍しい嘆願ですね。どちらの家門ですか?」
「シャーフ伯爵家のリーンハルト卿だそうだ」
名前を聞いたレオンは思い出したように、「ああ」と呟く。
「確か三年ほど前に、アカデミーで有名になった令息ですね」
「ほう。それほど優秀なのか?」
「優秀といいますか……」
レオンは周りを気にするようにしながら、ディートリヒに耳打ちした。
「――なるほど、それで度胸をつけたいと。これは応援してやらねばな」
十日の旅を終え、リーゼルとカイの一行は首都へと入った。
ティア帝国の首都は、シャーフ家の領地がある地方とは別世界のようだ。都会的な建物に、オシャレなお店。そして何より驚いたのが、人の多さだ。
「カイ。今日はお祭りなのかしら? 広場に露店がたくさん見えるわ」
「あれは、毎日おこなわれている市場だよ」
「市場のお店があんなにたくさんあるの? 食べ物以外のものもたくさん売っているわ」
「首都にはさまざまな品が集まるからね。あとで見学しに行こうか」
「ええ。そうね……」
リーゼルはこれからのことで頭がいっぱいだったが、首都には田舎には無いさまざまな楽しみがあるはず。
いつか首都へ行ってみたいと願っていたが、思わぬ形で現実となった。
けれど、未だにリーンハルトは行方不明のままであり、リーゼルには失敗は許されない。
そんな不安な状況では、楽しめそうにない気がする。
再び窓の外の賑わいを眺めていると、カイが急に御者へと呼びかけて馬車を停止させた。
「どうしたのカイ?」
「ちょっと待ってて」
そう言って馬車から降りて、とあるお店へと入っていた彼は、しばらくすると何かを携えて戻ってきた。
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