5 / 37
05 兄がいなくなりました4
しおりを挟む「リーが食べたがっていた、チョコレート味のアイスクリームだよ」
「……これが?」
田舎領地でも、冬になればアイスクリームを作ることは可能だが、外国から輸入されるチョコレートは非常に貴重。地方では、たまにしか食べられない贅沢なお菓子だ。
首都には、それをたっぷりと使用したアイスクリームがあると、アカデミー帰りの二人から聞いた。その時から、いつかは食べてみたいと思っていた。
「早く食べてみて。とけちゃうよ」
「あっ……うんっ」
ぱくっと一口味わってみると、ひんやりとした中にミルクチョコレートの味が広がる。
「わあ! とっても美味しいわ」
「良かった。首都に来たからには楽しまないとね」
カイはにこりと笑みを浮かべながら、目配せした。
どうやら、リーゼルの気持ちはカイにはお見通しだったようだ。
これくらい楽しむ余裕もなければ、同行してくれている皆にも余計に気を遣わせてしまうかもしれない。
「ありがとうカイ。カイも食べてみて。本当に美味しいわ」
いつもどおりを心がけながら、カイへとアイスクリームを差し出す。しかしカイは、急に姿勢を正して「こほんっ」と小さく咳ばらいをした。
「リーゼルお嬢様。私たちも成人したことですし、男女の礼儀は重視いたしませんと」
カイに指摘されて気づかされたリーゼルも、慌てて姿勢を正す。
「まあ。私としたことが、大変失礼いたしましたわ」
貴族としてのマナーを指摘し合う場合は、何故かいつもこのような雰囲気になる。
リーゼルも令嬢らしく返してから、あら? と首をかしげた。
「今は男装中だから、大丈夫じゃない?」
「余計に駄目だよ……。はあ、この先が心配だ……」
カイは貴族らしさを捨ててうなだれると、頭を抱えて悩み始めた。
無事に首都のタウンハウスへと到着した、その夜。
「長旅でお疲れでしょう。本日はごゆっくりお休みくださいませ」
「ええ。エマも疲れたでしょう。早めに休んでね」
エマとの挨拶を終えて寝室で一人になったリーゼルは、ベッドの上でおもむろに寝間着を脱ぎ始めた。
そして、ぽふっと羊の姿へと変身する。
「はあ~。やっと気兼ねなく休めるわ」
人の姿のほうが便利ではあるが、リーゼルは羊の姿でいることも好きだ。このモフモフの毛をまとうと、なんとも心地よい気分になれる。リーゼルにとってはリラックスできる姿だ。
緊張や恐怖によって動物の姿にならないのは、そういった感情も作用しているのかもしれない。
リーゼルは寝ころんでモフモフを堪能しながら、改めて寝室を見回した。ここはリーゼルのために用意されていた部屋。
リーンハルトのためではなく、リーゼルのためにずっと前から用意されていたのだと、タウンハウスの管理人であるマルクが教えてくれた。
幼い頃から何度も「首都へ行ってみたい」とお願いしても、父はそれを叶えてくれなかった。いつも「子羊は美味しいから食べられてしまうぞ」と。
それが単なる脅しであることくらいは成長とともに理解したが、それでも首都は用心しなければいけない場所だと思っていた。
けれど今日、カイと一緒に首都の賑わいを見て、それほど怖い場所ではないと実感した。なによりここでは、肉食獣人も、草食獣人も、雑食獣人も一緒に暮らしている。
怖いと思う獣人に対してはさりげなく距離置き、また捕食者に位置する獣人も相手を怖がらせないように配慮しているように見えた。皆ここでは、トラブルを起こすことなく上手に共存しているようだ。
(リーンはアカデミーの何が嫌だったのかしら……)
勉強が嫌いではなかった兄は、肉食獣人が怖いのかと思っていたが、ここに住んでいる肉食獣人は領地の山賊とは違い理性的だ。それでも全てではないだろうが。
もしかしたら、臆病なリーンハルトを脅かすような、悪いクラスメイトでもいたのかもしれない。
リーンハルトと同学年だった者たちとは、明日の叙任式で会うことになる。
ついに男装の本番が始まる。気を引き締めていかなければと、リーゼルは決意を新たにしながら眠りについた。
翌日。
馬車で皇宮へと到着したリーゼルは、初めて見る巨大な建物に圧倒されていた。
来る途中からも全体像は見えていたが、近づくにつれて皇宮はどんどんと大きく見えてきて。今では馬車の窓に貼りついて見上げなければ、屋根にある尖塔まで確認することは叶わないほど大きい。
「わあ……ここが皇宮……。皇帝陛下がおられるのね……」
「大きいだろ。怖くなった?」
「大丈夫よっ」
リーゼルは、両方の手で握りこぶしを作って気合を入れた。
恐怖よりも今は、とにかく男装がバレないよう気を引き締めなければという気持ちが強い。
先に降りたカイは、条件反射的にリーゼルをエスコートするため手を差し出した。それを見たリーゼルは「こほんっ」と小さく咳ばらいをする。
「カイ?」
「……っ! 失礼いたしました。リーンハルト坊ちゃま」
「ふふ。それと今日からは同じ貴族の後継者として働く仲間よ。私のことは、リーンハルト卿と呼んでくださいね。カイ卿」
「承知しましたリーンハルト卿」
カイのささやかな失敗のおかげで、リーゼルは緊張がほぐれた。
きっと大丈夫だ。カイさえ隣にいてくれたら、必ず二人で乗り越えられる。今までも三人で協力して育ってきた。それが二人に減っただけのこと。
181
あなたにおすすめの小説
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
蝋梅
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~
小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。
そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。
幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。
そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――?
「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」
鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。
精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。
【完結】ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
やってもいない罪を被せられ、公爵令嬢だったルナティアは断罪される。
王太子であった婚約者も親友であったサーシャに盗られ、家族からも見捨てられてしまった。
教会に生涯幽閉となる手前で、幼馴染である宰相の手腕により獣人の王であるドラゴンの元へ嫁がされることに。
惨めだとあざ笑うサーシャたちを無視し、悲嘆にくれるように見えたルナティアだが、実は大の爬虫類好きだった。
簡単に裏切る人になんてもう未練はない。
むしろ自分の好きなモノたちに囲まれている方が幸せデス。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる