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34 番の気持ち1
しおりを挟むその夜。話が決まってからのリーゼルは忙しかった。ラウレンティウスは明日には帝国を発つというので、一緒に帝国を出るため慌ただしく準備をしたのだ。
ディートリヒに真実を伝えられない罪悪感もあり、あまり眠れないまま翌朝を迎えた。
皇宮へと出勤するリーンハルトとカイとしばしの別れの挨拶をし、それと入れ替わるようにラウレンティウスが迎えにきた。
連れて行ける使用人は専属メイドのエマだけ。リーゼルは使用人たちとも慌ただしく別れの挨拶をして、馬車へと乗り込んだ。
隣国との国境までは、馬車で向かえば二十日ほどかかるが、高貴な方々は惜しみなく高価なワープゲートを使うようだ。
五か所目のワープゲートをくぐる頃にはリーゼルはすっかりと言葉数が減っていた。
「リーゼル嬢。気が進みませんか?」
「国を出るのは初めてなので緊張してしまって……」
緊張もあるし、慣れないワープゲートに少し酔った気もする。それにやはり、ディートリヒへの罪悪感。
「どのような些細な心配ごとでも、すべて私に話してください。あなたの望みのままにいたしますから」
王太子にそのようなことを言われても、戸惑いのほうが大きい。兄の友人でなければ、気軽に話すこともできないほど高貴な方だ。
それを察してか、ラウレンティウスはにこりと微笑む。
「友人から託された大切な妹君ですから」
「何から何までありがとうございます。この御恩はどうお返ししたら良いか……」
「恩など感じないでください。私がしたくてしているだけなので」
「ですが」
「でしたら、国へ到着したら私とたくさんデートをしてください」
「デート……ですか?」
「言い方が悪かったですね。あなたには案内したい場所がたくさんあるんです」
(こんなに素敵な殿下からデートに誘われたら、誰でも喜ぶはずなのに。どうしてかしら……。ますます気分が悪くなってきたわ……)
夜はあまり眠れなかったのも、災いしているのかもしれない。
それと本当はディートリヒに、昨日の謝罪もしたかった。
「国境検問所へ到着したようですね」
「はい……」
息苦しく感じながら返事をすると、ラウレンティウスが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「リーゼル嬢? 顔色が悪いですよ」
「馬車に酔ったのかもしれません……」
「それはいけない。馬車から降りて、休憩しましょう」
ドレスを着ての長時間の馬車移動も久しぶりだからかもしれない。
あと、ディートリヒが望んでいた『リーゼル嬢に会いたい』という願いは、叶えられそうにない。
リーゼルが騙していたと知れば、彼はきっとリーゼルと再会したい気持ちなどなくなるだろうから。
ますます罪悪感がつのる。
一方。皇宮では、ディートリヒが怒りに震えながら、リーンハルトを見つめていた。
「貴様は、誰だ……。リーンハルトはどこだ」
「へっ陛下……。僕がリーンハルトです……」
リーンハルトは、初めて体験する皇帝の威圧感に恐怖し、羊の耳が飛び出してしまいながら震えている。
「本当のリーンハルトは、貴様のように震えたりはしない」
「しかし陛下。どうみても彼はリーンハルト卿では……?」
レオンの目には、いつもと同じリーンハルトがいるようにしか見えない。ディートリヒを恐れていることが不思議ではあるが、昨日はあのような別れ方をしてしまった。何かしら負の感情が芽生えたのだろうか。
「いいや。こいつは絶対にリーンハルトでは……」
そう言いかけたディートリヒは、改めてリーンハルトの匂いを嗅いだ。いつものあの甘い香りはしないが、リーンハルトを思わせる匂いもただよってくる。
「もしかして、リーゼル嬢……なのか?」
「いっいいえ! ぼ僕がリーンハルトです!」
先ほどよりもおどおどしたこの態度で、ディートリヒは確信を得る。彼女はリーゼル嬢だ。
留学していたはずのリーゼル嬢の出現。彼女はラウレンティウスの国にいたはず。
このタイミングでの彼女の出現と、ラウレンティウスのあの態度。
「ああ……。そういうことか」
ラウレンティウスとリーンハルトは、元から関係があったのだろう。
リーンハルトは皇宮で働くのが嫌になって、ラウレンティウスに助けを求めたのか?
妹にまで協力させて。それほど侍従が嫌だったのか。
確かにリーンハルトにとっては、皇宮は安全な場所とは言えない。だからこそディートリヒが守ってきたが。それすら拒否したいほどなのか。
リーンハルトが助けを求める相手が、自分ではなくラウレンティウスだったことが悔しい。
身体の震えを押さえながらリーゼル嬢を見ると、彼女もまた恐怖で震えながら涙を浮かべていた。
「すべて僕のせいなんです。どうかリーゼルを責めないでください……」
「あ……いや。あなたを責めているわけではない」
リーンハルトと同じこの顔で泣かれると辛い。ディートリヒは相手を恐怖させていたことを心から悔いた。
ただ、ずっと会いたいと思っていたリーゼル嬢を前にしたことで、ディートリヒの心は決まる。
やはり運命の番は、リーンハルトだ。
同じ匂いを持つという双子を前にしても、これだけ感情の差が生まれるのだ。この気持ちは紛れもなく本物だ。
「リーゼル嬢に頼みがある。どうか、リーンハルトの居場所を教えてくれ」
「ですから僕はここに……」
「無理をして偽らないでくれ。俺はどうしても、リーンハルトに伝えなければいけないことがるんだ。このままリーンハルトと別れたら一生後悔する。どうか、気持ちを伝えるチャンスだけでも与えてくれ」
「もしかして陛下は、リーゼルを……?」
ひょっとして、ひょっとするのか。とリーンハルトは驚きながら皇帝を見つめる。
思い返せば昨夜のリーゼルも、陛下に対してかなりの信頼を持っている様子だった。
二人はじつは、想い合っている関係だったのでは?
そうとも知らずに、ラウレンティウスを紹介してしまったリーンハルトは、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「リーゼルは今朝、ラウレンティウス殿下とともに出立しました。今ごろは国境付近にいると思います」
「感謝する、リーゼル嬢。俺にとってリーンハルトは、特別なんだ。必ずリーンハルトを幸せにしてみせる」
それだけ言い残すとディートリヒは、狼の姿となり執務室を飛び出した。
「まっ待ってください! 僕も連れて行ってください!」
リーンハルトはそう叫んだが、ディートリヒの耳には聞こえていないのか風のように走り去ってしまう。
「どうしよう……。陛下が誤解したままだよ……」
おろおろするリーンハルトの姿がいつもと違いすぎる。レオンはさすがに気がついた。
「もしかして……、あなたが本当のリーンハルト卿で、私たちが接していたのはリーゼル嬢なんですか?」
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