悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り

文字の大きさ
31 / 57

31 夫の好感度が知りたい7

しおりを挟む
 ジェラートが帰ってきた。そう察したシャルロットは、心を弾ませながら部屋を飛び出し、廊下を走った。
 一階への階段に差し掛かり一階を見下ろすと、下から階段を上ってくる人の姿が。

「――ジェラート様! お帰りなさいませ!」
「今、戻った。二週間も留守にして、すまなかった」
「とんでもございませんわ。聖女探しのほうは、いかがでしたの?」
「残念ながら、手がかり無しだった……」

 階段を上り切ったジェラートは、曇った表情でため息をついた。
 二週間も休みなく聖女を探していたのか、疲れの色が濃く見える。シャルロットは、夫の体調が心配になった。

 小説どおりなら、聖女が見つかるのはまだまだ先。これから夫は、さらに苦労を重ねることになる。

(そんなの、嫌だわ……)

 夫の疲れた様子を目の当たりにして、不意にそんな感情が湧き起こった。

(私さえ気をつけていれば、断罪はされないもの。ジェラート様に、ヒロインの居場所を伝えようかしら……)

 そうは思っても、口にするには決心が必要だ。シャルロットがぎゅっと目を閉じると、ジェラートの手がシャルロットの肩に触れる。

「明日から再び、聖女探しを再開するので心配するな」
「一日も、お休みされないのですか……?」
「父様の許可が出ている間に、聖女を見つけてしまいたいんだ」
「そうですか……」

 いくらジェラートが頑張ろうとも、小説の開始時期ではないので、ヒロインとは出会えないはずだ。
 やっぱり伝えよう。そう決意して「あの……」と言いかけたところで、ジェラートが。

「今日は、こちらへ泊めてもらえるだろうか」
「えぇ、もちろんですわ。ごゆっくりと、お休みくださいませ。今、お部屋を用意いたしますわね」

 今はジェラートが疲れている。聖女の居場所を知らせるよりも、休んでもらうほうが先だ。
 シャルロットは使用人を呼びに行こうとしたが、ジェラートに手を掴まれそれを阻止される。

「今日は……、夫婦で寝室をともにする日だ」
「……そうでしたわね。では、私の部屋でお休みくださいませ」
「そうさせてもらおう……」

(もしかしてジェラート様は、そのために……?)

 夫婦の義務を果たしに、夫はわざわざ戻ってきたのかもしれない。
 この夫婦の間に何か起こるはずもないが、手を繋いで寝室へ行くという行為だけでも、シャルロットにとっては心臓が大騒ぎになる事態だった。



「ジェラート様。湯浴みやお食事は、いかがなさいますか?」

 部屋に到着してからそう尋ねると、ジェラートは自分の身体を見回して眉間にシワを寄せる。ジェラートにしては珍しく、服装が乱れ気味だ。見た目を構う余裕もなく、聖女探しに熱中していたことが伺える。

「湯浴みは……、必要だな。それからワインがあると、ありがたい」
「ご用意しておきますわ」



 厨房でカナッペを用意し、ワインと一緒に部屋へと運ぶと、ちょうどジェラートも湯浴みを終えて寝室へと戻ったところだった。

「お待たせいたしましたわ」
「酒の肴まで用意してくれたのか。料理人を起こしてしまい、申し訳ないな」

 ワイングラスに注いだワインを、一気に飲み干したジェラートは、カナッペもぱくぱくと食べ始めた。
 遠慮していただけで実は、お腹が空いていたのかもしれない。用意して良かったと思いながら、シャルロットは微笑んだ。

「料理人に頼むと時間がかかりますので、私がご用意させていただきました」
「この料理を、そなたが……?」
「料理と言えるほどのものではありませんが……」

 クラッカーに、チーズとトマトを切って乗せて、味付けしただけだ。
 狩猟場での、ワイルドな料理の心得はあるシャルロットだが、王族に出せるような食事はこの程度が限界。

「あの……、お口に合いませんでしたか?」

 シャルロットの話を聞いたジェラートは、最後のひとつを残し、急に食べる手が止まってしまった。
 心配になったシャルロットが夫の顔を覗き込むと、ジェラートは困ったように視線をそらす。

「そうではない……。今日はもう疲れてしまったので、手が動かないようだ。だが、最後のひとつも食べたい……」

 今まで普通に手を動かしていたのに、急にどうしたのだろうとシャルロットは首をかしげた。
 すると、ジェラートはワインを注ぎ、再び一気に飲み干した。

(手……、動かせているけれど?)

 言葉と行動が伴っていない夫をじっと見つめると、ジェラートは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

「ワイングラスは持てるが、カナッペは繊細な手さばきが必要だ……」

 どうやら夫は、どうしてもカナッペを食べるために、自らの手は使いたくないらしい。
 そうなると、シャルロットが食べさせるしかないが――。

(もしかして、甘えているの……?)

 ワインの影響なのか、それともおねだりが恥ずかしいのか、ジェラートの頬は微かに赤みを帯びているように見える。
 つまりジェラートは、妻が作った料理を、妻に食べさせてもらいたいようだ。この前の、悪女行為のように。

(どうしよう……。ジェラート様が可愛いわ!)
 
 こんなことなら、カナッペを出す前に自分で作ったと告げておくべきだった。
 残り一つしかないカナッペに悔しさを感じながらも、シャルロットは夫に向けて微笑んだ。

「お疲れでしたら、私が食べさせて差し上げますわ」
「うむ。助かる……」

 カナッペを手に取り、ジェラートの口元に差し出すと、ぱくりと夫はひとくちで頬張る。

「……いかがですか?」
「最後の一つは、特に極上の味わいだ」

 夫は、心もお腹も満たされたように顔が緩む。
 確かに最後のひとつは、味に変化があっただろう。シャルロットは顔の熱を感じつつ、自分の濡れた指を見つめた。



 短時間で夫にドキドキさせられっぱなしのシャルロットは、落ち着かない気持ちのままベッドへと入った。
 先ほどの食べさせる行為もそうだが、夫はわざわざ夫婦の義務の日に合わせて戻ってきたらしい。そして、夫婦の義務だけ済ませ、また聖女探しに出かけるのだという。

 どうして疲れながらも、ハット家を訪れたのだろうか。
 その理由が知りたくて、シャルロットは隣で寝ているジェラートに視線を向けた。

「ジェラート様……」

 声をかけてみるも、ジェラートはよほど疲れているのか、すでに寝息を立てている。

「ジェラート様はなぜそんなにも、夫婦の義務を重視するのですか……?」

 素っ気なくとも、無視されつつも、辛うじて夫婦としての体裁を保っていられたのは『夫婦の義務』のおかげだ。
 それを重視していた理由が知りたい。ジェラートにはきっと、理由があるはずだ。

 しかし、返ってくるのは規則正しい寝息だけ。
 シャルロットは諦めて目を閉じた。
 しかし、身体を掴まれる感覚があり、シャルロットは驚いて目を開けた。

(どっ、どうして……?)

 なぜかジェラートに抱き寄せられて、夫の腕の中にすっぽりと収まっている。
 未だ、夫は眠ったままであり、どうやらこれは無意識の行動。
 すぐに理解はしたが、一度活発化した心臓はすぐには元に戻らない。

「ジェラート様……」

 そう呟くと、返事をするように夫が返事をする。

「シャル……、会いたかった……」
「…………っ!」

 初めて夫の口から紡がれる、愛称での呼び方と、妻を求める言葉。
 これも無意識の反応だろうが、無意識だからこそ素が出るのではなかろうか。
 『妻に慣れた』という感情だけでは、この言葉は聞けないはずだ。

(未来は、本当に変えられるかしら……)

 シャルロットの心に、わずかな希望の光が差し込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

【完結】うちの悪役令嬢はヒロインよりも愛らしい

らんか
恋愛
前世の記憶を思い出した今なら分かる。  ヒロインだからって、簡単に王子様を手に入れていいの?  婚約者である悪役令嬢は、幼い頃から王子妃になる為に、厳しい淑女教育を受けて、頑張ってきたのに。  そりゃ、高圧的な態度を取る悪役令嬢も悪いけど、断罪するほどの事はしていないでしょ。  しかも、孤独な悪役令嬢である彼女を誰も助けようとしない。    だから私は悪役令嬢の味方なると決めた。  ゲームのあらすじ無視ちゃいますが、問題ないよね?

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

処理中です...