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02 ヴィンセント10歳 02
しおりを挟むそれから数日間。エルは仕事の依頼は引き受けずに、付きっきりで少年の看病をした。
彼はまだ、目を覚まさない。
傷は魔法で治せたが、今は他人のマナによって辛うじて生命が維持されているようなもの。
目を覚ますには、彼自身が自分でマナを取り込み、血液やマナを自分の力で身体中に巡らせなければならない。
それには少し時間がかかる。根気強く看病して見守るしかない。
けれど、十日が経過しても少年は、目を覚まさなかった。
それどころか彼の体内を満たしたはずのマナが、徐々に減り続けているではないか。
生き物は、生きているだけでマナを消費する。その減った分を、空気中から取り込むことで補っている。
彼の治療で大量にマナを消費したエルですら、今は元の量に戻りつつあるのに。
それなのに少年に渡したエルのマナは減り続け、彼自身のマナは一向に増える気配がない。
血液を作り出すためにマナを多く消費していたとしても、彼自身のマナが増えないことがおかしい。
そのほかにもエルには、気になっていることがあった。
彼の体内には、様々な者のマナが少量ずつ混在している。
仮に彼が病弱な身体だったとしたら、エルのようにほかの治療魔法師からの治療を日頃から受けていた可能性はある。
けれど、彼の体内にあるマナは他人のものばかり。本人のものと思われるマナがまったく感じられない。
初めは瀕死状態による影響かとも思ったが、十日もこの状態ではさすがに別の問題があると考えるほかない。
(もしかしてこの子、マナ核を染めてもらっていないのでは……)
人間は不便なもので、生まれたばかりの赤ん坊は母親のマナで満たされている状態であるため、自らマナを取り込む方法を知らない。
自らマナを取り込むには、マナ核を動かす必要がある。
そのマナ核も、生まれたばかりの頃は動いていない。
親が子のマナ核に自らのマナを満たし、親のマナ色に染めることで、マナ核は初めて動き出すのだ。
けれど、様々な事情で親から、マナ核を染めてもらえない子もいる。
そのような場合でも普通は、誰かしら不憫に思った者がマナ核を染めてくれるものだ。
そうでなければ赤ん坊は、マナを取り込めずに死んでしまうから。
それでも極まれに、マナ核が動かないまま生き続ける者もいる。他人からマナを与えられ続けることで成長する者が。
まさかと思いながらエルは、少年の右胸にあるマナ核の辺りに触れた。
(やっぱり。マナ核の音がしないわ……)
マナ核を誰の色で染めるかは、その子の人生に大きく影響する。
本当の親が現れるまでの繋ぎとして、善意でそのような処置をする場合もある。
ただ赤ん坊ならまだしも、この少年はもう十年くらいは生きている。それだけの長い期間を他人のマナだけで補うには、かなりの数の協力者が必要なはずだ。
(そんな……)
そこまでして、この少年を生かさなければいけない理由。
エルには心当たりがあった。
その証拠を見つけなければいけない。
エルは、捨てるつもりだった少年の汚れた衣服を取り出すと、井戸へと走り、必死に洗った。
なんとか泥と血を落とし元の色が見えるようになると、エルは愕然とした。
胸ポケットには、皇家の紋章。上着の内側には『第一皇子ヴィンセント』の名が刺繍されていた。
エルはこの人生で最も避けるべき相手、『小説のヒーロー』を拾ってしまったのだ。
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