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33 ヴィンセント25歳 06
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パーティーから五日後。
エルは日課となっていた庭園でのお茶を嗜みながら、ぼーっとしていた。
この身体へと憑依しても、なんだかんだとこの身体で生きて行く気力はあった。それはひとえに、皇宮には愛する息子がいたからだ。
けれど先日のパーティーでヴィンセントは、エルにエルヴィンと関わるなと忠告をしてきた。
それが本気であることを示すかのように、次の日から皇子宮の周りは頻繁に騎士が見回るようになり、以前のようにこっそりとエルヴィンを見守れなくなった。
(エルヴィンに会えないなら、皇宮にいても仕方ないわ……)
いっそのこと離婚すれば、ヴィンセントもマリアンも喜ぶのでは。
それから密かに身分を変えて皇子宮で働くほうが、確実にエルヴィンを見守ることができる。
「――ちゃ~ん!」
(ほら。恋しすぎて、エルヴィンの幻聴までしてきたわ)
ついでに幻で良いからエルヴィンに会いたい。そう願いながら声がしたほうへと視線を向けると、思ったとおりにエルヴィンが走ってくる姿が見える。
しかし随分と動きがリアルだ。
(えっ……本当にエルヴィン?)
まさかと思いながら椅子から立ち上がると、エルヴィンはぱぁっと表情を明るくさせる。
「お姉ちゃ~ん!」
嬉しそうに手を振りながら駆けてくる姿は、信じられないほど愛らしい。
(うちの子が世界一可愛いって、こういうことを言うのかしら?)
幻でも本物でもどちらでも良い。ひたすら可愛い我が子に胸をきゅんきゅうさせられながら見つめていると、エルヴィンは途中で派手に転んでしまった。
「エルヴィン!」
急いで駆け寄ったエルは、エルヴィンを抱え起こした。彼の膝には、小さな擦り傷ができていて薄っすら血が滲んでいる。
「大変! 今、治療するわね」
治療魔法をかけ初めてからやっとエルは、この子が幻ではないと確信した。幻に魔法は反応しないから。
(それにしても、なぜここにいるのかしら?)
彼の顔を改めて見ると、エルヴィンは先ほどまでと変わらずにこにこしたまま。
「泣かないのね。えらいわ」
我が子ながら立派な態度だ。エルは思わずエルヴィンの頭をよしよしとなでまわした。
それからすぐに、彼の侍女たちが血相を変えて走ってきた。
「皇子様!」
「転んで擦りむかれたので、治療しておいたわ」
「感謝申し上げます皇妃殿下!」
侍女たちはエルヴィンを抱き上げると、あっという間にその場から走り去ってしまった。
エルはその姿が見えなくなってから、自分の手を見つめた。
束の間ではあったが、成長したエルヴィンに触れることができた。
それだけでも、この五日間の虚しさが吹き飛ぶほど幸せに思えた。
その日の夕方。ヴィンセントが皇妃宮を訪れた。正式な訪問はエルが憑依してから初めてだ。
皇妃宮で働く者たちにとっても珍しいことのようで、微妙な空気が漂っている。
喜んでいるのは、エルが目覚めた時に看病に来たメイドのエマだけで、他の者たちは面白くない様子だ。
(ほんと、エルシーって嫌われていたのね)
エルシーが信頼しているのは父親と、公爵家から連れてきたエマだけ。
皇妃ならば侍女が数名はいるはずだが、彼女には一人も付けられていない。
侍女になれるのは貴族女性で、エルシーにとってはヴィンセントを誘惑するかもしれない敵だっただろうから。
だからこそエルシーは人知れずベッドの上で亡くなり、エルが憑依したのだろうか。
(それにしてもヴィーは、何をしに来たのかしら?)
皆が、懸念したり、期待しているような、夫婦の時間を過ごすために来たようには思えない。
ヴィンセントは出されたお茶にも手を出さずに、じっとお茶を見つめたままだ。
(もしかして、媚薬でも入っていると思っているとか?)
「毒味をさせましょうか?」
「いいえ。いただきます…………」
けれどティーカップを持ったまま、ヴィンセントはうつむいた。
「無理にお飲みになる必要はございませんわ。私を信用できなくて当たり前ですもの」
「あ……。皇妃を疑っているわけでは……」
気づかされたように困惑の色を見せたヴィンセントは、一気にお茶を飲み干してから、やはりうつむいた。
(ほんと、何をしに来たのかしら)
彼は言いたいことははっきりと言う性格であり、エルシーに対してはきつい言葉も平気で吐いてきた。そんな彼が、何を悩んでいるのか。
とにかく、このままでいても時間の無駄だ。
「様子を見に来てくださり感謝申し上げます。そろそろ次のお時間では?」
さっさとお帰りいただこうと思い、立ち上がろうとしたエルだが、ヴィンセントは急に捨てられた子犬のような顔をする。
「待ってください! 話しがあるんです……」
(ヴィーの無表情が崩れたわ……)
「お話しとは……?」
驚きつつ聞き返すと、彼は観念したようにエルへと頭を下げた。
「先日の非礼を詫びます。どうか、皇子に会っていただけませんか」
(それを言うために、こんなに悩んでいたの?)
パーティーでは、エルヴィンに関わるなとエルへ圧力をかけてきたばかり。それを覆さなければいけないことへの、葛藤があったようだ。
彼にとっては屈辱的のようだが、なぜそこまでしてエルとエルヴィンを会わせたいのか。
「私がお会いしても良いのですか?」
「お願いします。あなたが皇子を治療したあとから、皇子があなたに会いたいとずっと泣きっぱなしで……。いつもは泣かない子なのですが」
息子を泣き止ませるためにわざわざ彼は、プライドを捨ててまでエルに頼みに来たらしい。
(子どものことで悩まされているヴィーって、新鮮……)
エルは日課となっていた庭園でのお茶を嗜みながら、ぼーっとしていた。
この身体へと憑依しても、なんだかんだとこの身体で生きて行く気力はあった。それはひとえに、皇宮には愛する息子がいたからだ。
けれど先日のパーティーでヴィンセントは、エルにエルヴィンと関わるなと忠告をしてきた。
それが本気であることを示すかのように、次の日から皇子宮の周りは頻繁に騎士が見回るようになり、以前のようにこっそりとエルヴィンを見守れなくなった。
(エルヴィンに会えないなら、皇宮にいても仕方ないわ……)
いっそのこと離婚すれば、ヴィンセントもマリアンも喜ぶのでは。
それから密かに身分を変えて皇子宮で働くほうが、確実にエルヴィンを見守ることができる。
「――ちゃ~ん!」
(ほら。恋しすぎて、エルヴィンの幻聴までしてきたわ)
ついでに幻で良いからエルヴィンに会いたい。そう願いながら声がしたほうへと視線を向けると、思ったとおりにエルヴィンが走ってくる姿が見える。
しかし随分と動きがリアルだ。
(えっ……本当にエルヴィン?)
まさかと思いながら椅子から立ち上がると、エルヴィンはぱぁっと表情を明るくさせる。
「お姉ちゃ~ん!」
嬉しそうに手を振りながら駆けてくる姿は、信じられないほど愛らしい。
(うちの子が世界一可愛いって、こういうことを言うのかしら?)
幻でも本物でもどちらでも良い。ひたすら可愛い我が子に胸をきゅんきゅうさせられながら見つめていると、エルヴィンは途中で派手に転んでしまった。
「エルヴィン!」
急いで駆け寄ったエルは、エルヴィンを抱え起こした。彼の膝には、小さな擦り傷ができていて薄っすら血が滲んでいる。
「大変! 今、治療するわね」
治療魔法をかけ初めてからやっとエルは、この子が幻ではないと確信した。幻に魔法は反応しないから。
(それにしても、なぜここにいるのかしら?)
彼の顔を改めて見ると、エルヴィンは先ほどまでと変わらずにこにこしたまま。
「泣かないのね。えらいわ」
我が子ながら立派な態度だ。エルは思わずエルヴィンの頭をよしよしとなでまわした。
それからすぐに、彼の侍女たちが血相を変えて走ってきた。
「皇子様!」
「転んで擦りむかれたので、治療しておいたわ」
「感謝申し上げます皇妃殿下!」
侍女たちはエルヴィンを抱き上げると、あっという間にその場から走り去ってしまった。
エルはその姿が見えなくなってから、自分の手を見つめた。
束の間ではあったが、成長したエルヴィンに触れることができた。
それだけでも、この五日間の虚しさが吹き飛ぶほど幸せに思えた。
その日の夕方。ヴィンセントが皇妃宮を訪れた。正式な訪問はエルが憑依してから初めてだ。
皇妃宮で働く者たちにとっても珍しいことのようで、微妙な空気が漂っている。
喜んでいるのは、エルが目覚めた時に看病に来たメイドのエマだけで、他の者たちは面白くない様子だ。
(ほんと、エルシーって嫌われていたのね)
エルシーが信頼しているのは父親と、公爵家から連れてきたエマだけ。
皇妃ならば侍女が数名はいるはずだが、彼女には一人も付けられていない。
侍女になれるのは貴族女性で、エルシーにとってはヴィンセントを誘惑するかもしれない敵だっただろうから。
だからこそエルシーは人知れずベッドの上で亡くなり、エルが憑依したのだろうか。
(それにしてもヴィーは、何をしに来たのかしら?)
皆が、懸念したり、期待しているような、夫婦の時間を過ごすために来たようには思えない。
ヴィンセントは出されたお茶にも手を出さずに、じっとお茶を見つめたままだ。
(もしかして、媚薬でも入っていると思っているとか?)
「毒味をさせましょうか?」
「いいえ。いただきます…………」
けれどティーカップを持ったまま、ヴィンセントはうつむいた。
「無理にお飲みになる必要はございませんわ。私を信用できなくて当たり前ですもの」
「あ……。皇妃を疑っているわけでは……」
気づかされたように困惑の色を見せたヴィンセントは、一気にお茶を飲み干してから、やはりうつむいた。
(ほんと、何をしに来たのかしら)
彼は言いたいことははっきりと言う性格であり、エルシーに対してはきつい言葉も平気で吐いてきた。そんな彼が、何を悩んでいるのか。
とにかく、このままでいても時間の無駄だ。
「様子を見に来てくださり感謝申し上げます。そろそろ次のお時間では?」
さっさとお帰りいただこうと思い、立ち上がろうとしたエルだが、ヴィンセントは急に捨てられた子犬のような顔をする。
「待ってください! 話しがあるんです……」
(ヴィーの無表情が崩れたわ……)
「お話しとは……?」
驚きつつ聞き返すと、彼は観念したようにエルへと頭を下げた。
「先日の非礼を詫びます。どうか、皇子に会っていただけませんか」
(それを言うために、こんなに悩んでいたの?)
パーティーでは、エルヴィンに関わるなとエルへ圧力をかけてきたばかり。それを覆さなければいけないことへの、葛藤があったようだ。
彼にとっては屈辱的のようだが、なぜそこまでしてエルとエルヴィンを会わせたいのか。
「私がお会いしても良いのですか?」
「お願いします。あなたが皇子を治療したあとから、皇子があなたに会いたいとずっと泣きっぱなしで……。いつもは泣かない子なのですが」
息子を泣き止ませるためにわざわざ彼は、プライドを捨ててまでエルに頼みに来たらしい。
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