36 / 55
35 ヴィンセント25歳 08
しおりを挟む
その出来事以来。ヴィンセントのエルシーに対する印象は、少し良くなったようだ。
エルヴィンに会いに行く際は必ず、彼が皇妃宮まで迎えに来るようになった。
(なんだか、懐かれている気がするわね)
エルとして接していた頃とは異なり、エルシーとして彼から向けられる視線は、決して好意的には見えない。
けれど、エルシーがマナ核について知識があると気づいたようで、少しは信頼を得られたようだ。
「皇妃。皇子の発作の回数は減ってきましたが、完全に無くなるまでにはどれくらいの期間がかかるのですか?」
「状況や体質にもよりけりですが、生まれたばかりのころはしっかりと、マナ核の音を聞かせていたようなので、感覚を取り戻すまでに半年か一年くらいでしょうか」
「それでも結構な時間がかかるのですね……。僕がいつまで経っても立ち直れないせいで、息子に辛い思いをさせてしまいました」
ヴィンセントは十歳までマナ核にマナがない状態だったので、安定するまでに三年ほどかかった。
同じく辛い経験をしているヴィンセントとしては、息子に対する罪悪感があるようだ。
(立ち直れないって、やっぱり原因は『エル』なのかしら……)
そこまで悔むならなぜあの時、エルを追い詰めたのか。
それを聞こうにも、まだそこまでの信頼は得ていないはず。下手に踏み込んで、エルヴィンとの交流を中止されては意味がない。
とにかく今はヴィンセントの協力を得て、エルヴィンをマナ核を安定させるほうが先だ。
「皇子様は、陛下になついておられます。これからいくらでもやり直せますわ」
そう慰めてみると、ヴィンセントは急に立ち止まった。
「……僕は皇妃にも、謝罪しなければなりません」
「なぜですか?」
「僕はずっと、あなたが僕の邪魔ばかりしていると思っていたのです。本当は助けになろうとしてくれていたのですね。これまでの僕の態度を、どうか許してください」
(エルシー本人は、ヴィンセントに振り向いてほしい気持ちが空回りしていただけなんだけど。彼女も悪気があって、ヴィンセントを困らせていたわけではないのよね)
「お気になさらないでください。私たちは政略結婚ですし、その……派閥も違いましたから。誤解が生まれるのも仕方なかったと思います。これからは、誤解が生じないように私も気をつけますね」
(そうでなければ、また死ぬ運命だもの……)
「皇妃の優しさには救われてばかりです。感謝します」
ヴィンセントはそう言いながら、わずかに笑みを浮かべた。
(ヴィーが、エルヴィン以外に笑いかけるなんて……)
冷徹皇帝と呼ばれてはいるが、息子が関わると少しだけ昔の雰囲気が戻ってくる。
これは、彼が立ち直る良い兆候なのかもしれない。
(私を追い詰めた相手を立ち直らせるのは、複雑な気分だけれど。エルヴィンのためには仕方ないわよね)
エルヴィンが自由に皇宮の外へ出られる歳になったら、ヴィンセントと離婚するのもアリかもしれない。
そんなことを思っていると、小鳥のような声が。
「陛下ぁ~! お探ししましたわ~」
マリアンが二人の後ろから駆け寄って来た。
「マリアン嬢。本日は、お会いする予定は無かったはずですが」
ヴィンセントが淡々とそう答えると、マリアンは悲しそうに瞳を潤ませた。
「私たちは婚約者同士なのに、許可がなければお会いできないのですか……?」
「しかし、今は……」
ヴィンセントは困ったように、エルにちらりと視線を向けた。
(約束をしていたのは私のほうだけれど、ここはヒロインに譲るべきよね)
ついでに、ちょっと良い考えが浮かんだエルは、にこりとヴィンセントへ笑みを浮かべた。
「私のことでしたら、お構いなく。ただ、皇子様がお待ちですので、がっかりさせたくないです。そろそろ私一人で、お会いしてきても良いでしょうか?」
「すみません。そうしていただけると皇子も喜びます」
すんなり了承してくれたことに、エルは心の中で喜んだ。これでもうヴィンセントに監視されることなく、エルヴィンとの時間をたっぷりと味わえる。
しかしそれを聞いたマリアンが、瞳を輝かせてヴィンセントを見た。
「わあ! 皇子様と遊ぶ予定だったのですか? 私も一緒に行きたいです」
「皇子宮へ部外者を入れるわけにはいきません」
「部外者だなんて……。私は陛下の婚約者ですわ。皇妃様も許可されているのに」
ずるいと言いたげな視線をマリアンから向けられ、エルは緊張しながら成り行きを見守った。
派閥バランスを重視する彼なら、マリアンの希望を叶える気がする。
(でもエルヴィンは小説には登場しないし、ヒロインには踏み込んでほしくないわ)
悪役にはなりたくないけれど、エルヴィンをヒロインに奪われたら、冷静ではいられなくなるかもしれない。
不安が湯水のように湧きあがってくるエルの前へ、ヴィンセントが一歩出た。まるで、マリアンの視線からエルを隠すように。
「何か勘違いをされているようですが、僕とあなたはまだ他人で、皇妃は僕の妻です。待遇を同じにするわけにはいきません」
(ヴィーがヒロインに対して、こんなに強く言うなんて……)
エルヴィンに会いに行く際は必ず、彼が皇妃宮まで迎えに来るようになった。
(なんだか、懐かれている気がするわね)
エルとして接していた頃とは異なり、エルシーとして彼から向けられる視線は、決して好意的には見えない。
けれど、エルシーがマナ核について知識があると気づいたようで、少しは信頼を得られたようだ。
「皇妃。皇子の発作の回数は減ってきましたが、完全に無くなるまでにはどれくらいの期間がかかるのですか?」
「状況や体質にもよりけりですが、生まれたばかりのころはしっかりと、マナ核の音を聞かせていたようなので、感覚を取り戻すまでに半年か一年くらいでしょうか」
「それでも結構な時間がかかるのですね……。僕がいつまで経っても立ち直れないせいで、息子に辛い思いをさせてしまいました」
ヴィンセントは十歳までマナ核にマナがない状態だったので、安定するまでに三年ほどかかった。
同じく辛い経験をしているヴィンセントとしては、息子に対する罪悪感があるようだ。
(立ち直れないって、やっぱり原因は『エル』なのかしら……)
そこまで悔むならなぜあの時、エルを追い詰めたのか。
それを聞こうにも、まだそこまでの信頼は得ていないはず。下手に踏み込んで、エルヴィンとの交流を中止されては意味がない。
とにかく今はヴィンセントの協力を得て、エルヴィンをマナ核を安定させるほうが先だ。
「皇子様は、陛下になついておられます。これからいくらでもやり直せますわ」
そう慰めてみると、ヴィンセントは急に立ち止まった。
「……僕は皇妃にも、謝罪しなければなりません」
「なぜですか?」
「僕はずっと、あなたが僕の邪魔ばかりしていると思っていたのです。本当は助けになろうとしてくれていたのですね。これまでの僕の態度を、どうか許してください」
(エルシー本人は、ヴィンセントに振り向いてほしい気持ちが空回りしていただけなんだけど。彼女も悪気があって、ヴィンセントを困らせていたわけではないのよね)
「お気になさらないでください。私たちは政略結婚ですし、その……派閥も違いましたから。誤解が生まれるのも仕方なかったと思います。これからは、誤解が生じないように私も気をつけますね」
(そうでなければ、また死ぬ運命だもの……)
「皇妃の優しさには救われてばかりです。感謝します」
ヴィンセントはそう言いながら、わずかに笑みを浮かべた。
(ヴィーが、エルヴィン以外に笑いかけるなんて……)
冷徹皇帝と呼ばれてはいるが、息子が関わると少しだけ昔の雰囲気が戻ってくる。
これは、彼が立ち直る良い兆候なのかもしれない。
(私を追い詰めた相手を立ち直らせるのは、複雑な気分だけれど。エルヴィンのためには仕方ないわよね)
エルヴィンが自由に皇宮の外へ出られる歳になったら、ヴィンセントと離婚するのもアリかもしれない。
そんなことを思っていると、小鳥のような声が。
「陛下ぁ~! お探ししましたわ~」
マリアンが二人の後ろから駆け寄って来た。
「マリアン嬢。本日は、お会いする予定は無かったはずですが」
ヴィンセントが淡々とそう答えると、マリアンは悲しそうに瞳を潤ませた。
「私たちは婚約者同士なのに、許可がなければお会いできないのですか……?」
「しかし、今は……」
ヴィンセントは困ったように、エルにちらりと視線を向けた。
(約束をしていたのは私のほうだけれど、ここはヒロインに譲るべきよね)
ついでに、ちょっと良い考えが浮かんだエルは、にこりとヴィンセントへ笑みを浮かべた。
「私のことでしたら、お構いなく。ただ、皇子様がお待ちですので、がっかりさせたくないです。そろそろ私一人で、お会いしてきても良いでしょうか?」
「すみません。そうしていただけると皇子も喜びます」
すんなり了承してくれたことに、エルは心の中で喜んだ。これでもうヴィンセントに監視されることなく、エルヴィンとの時間をたっぷりと味わえる。
しかしそれを聞いたマリアンが、瞳を輝かせてヴィンセントを見た。
「わあ! 皇子様と遊ぶ予定だったのですか? 私も一緒に行きたいです」
「皇子宮へ部外者を入れるわけにはいきません」
「部外者だなんて……。私は陛下の婚約者ですわ。皇妃様も許可されているのに」
ずるいと言いたげな視線をマリアンから向けられ、エルは緊張しながら成り行きを見守った。
派閥バランスを重視する彼なら、マリアンの希望を叶える気がする。
(でもエルヴィンは小説には登場しないし、ヒロインには踏み込んでほしくないわ)
悪役にはなりたくないけれど、エルヴィンをヒロインに奪われたら、冷静ではいられなくなるかもしれない。
不安が湯水のように湧きあがってくるエルの前へ、ヴィンセントが一歩出た。まるで、マリアンの視線からエルを隠すように。
「何か勘違いをされているようですが、僕とあなたはまだ他人で、皇妃は僕の妻です。待遇を同じにするわけにはいきません」
(ヴィーがヒロインに対して、こんなに強く言うなんて……)
93
あなたにおすすめの小説
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
転生貧乏令嬢メイドは見なかった!
seo
恋愛
血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。
いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。
これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。
#逆ハー風なところあり
#他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。
バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。
そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。
ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。
言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。
この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。
3/4 タイトルを変更しました。
旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」
3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる