悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています

廻り

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41 ヴィンセント25歳 14

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 アークの助言のおかげでエルは、エルヴィンの継母となることを決意した。
 どうせ死ぬかもしれないなら、思うように生きたほうが良い。そして、危険になったらアークとマスターが助けてくれる。
 この言葉が、今のエルには何よりも心強い。



 翌日。その決意をヴィンセントに伝えに行くと、彼は「そうですか……」と言ったまま額を手で押さえながら考え込むように、うつむいてしまった。

 受け入れたら多少なりとは喜んでもらえると思っていたのに、予想外の反応だ。

(まさかヴィー……。あの時は、勢いで言ったんじゃないでしょうね?)

 疑惑の目を向けながらじーっと彼を見つめていると、彼はややしばらくしてから「すみません……」と呟いた。

「皇子には継母が必要だとも、あなたが相応しいとも納得しているんです。ただ、あの子の母親を裏切るようで申し訳なくて……」

(それを悩んでいたの?)

「陛下は、その方にいつもご配慮されておれるようですね」
「あなたの前でする話ではなかったですね。忘れてください」

 彼は、エルシーが昔の女性に対して不満を持っていると解釈したようだ。
 もとのエルシーならその解釈で合っているが、今はどちらもエルだ。嫉妬のしようがない。
 それにこれは、『エル』のことを聞けるチャンスだ。

「あのっ。そういう意味ではなくて……。私が皇子様の継母になるなら、少しは知っておいたほうが良いかと思いまして……」

 あくまでエルヴィンへの配慮のためだとアピールしてみる。

「……そうですね。あなたには知る権利があります」

 ヴィンセントは決断する時間を稼ぐかのように、エルを庭園へと連れ出した。





 庭園の奥の、誰にも話を聞かれずに済みそうな場所へと到着すると、二人は並んでベンチへと腰かけた。

「あなたに皇子の母親の話をするには、皇室の秘密も話さねばなりません。聞く覚悟はありますか?」

(きっと、ヴィーのマナ核の色のことよね)

 こくりとうなずくと、彼はやはりその話から始めた。

「皇帝になる者には代々、皇帝のマナが受け継がれていることは皇妃もご存知ですよね。大抵の場合は皇子全員に受け継がれますが、父はそのマナを崇高なものとして考えており、後継者になる者ただ一人に受け継がせたいと考えていました。けれど僕のマナ核は、僕の最愛の人……エルが染めてくれたのです」

 最愛の人と言われてエルは、心臓がどくりとする。
 彼は今でもそう思っているのだろうか。それとも思い出としての話なのか。

「僕は、エルとの結婚を望んでいました。父はその結婚を許す条件として、僕たちの子が男の子ならば、父のマナでマナ核を染めることを提示してきました」

(そんな話、聞いていないけれど……。結婚しないから話さなかったのかしら)

「僕とエルの間には子どもを授かりましたが、彼女は頑なに僕との結婚を拒みました。彼女は平民で、僕には言えない事情もあるようでした。僕は責任を取るために、生まれてくる子は引き取るつもりでした。父もそれを望んでいましたし」
「えっ。私生児でもですか……?」

 エルは思わず疑問を口に出した。私生児をこころよく受け入れる統治者など滅多にいない。

「あの頃の父はおかしくなっていたのです。とにかく自分が生きているうちに、自分の血を受け継いだ子孫にマナを引き継がせなければ、気が済まなかったのでしょう」

(それじゃエルヴィンは、私が育てるべきではなかったの……?)

「けれどエルは、僕との子を喜び、これからはこの子を生きがいにすると言ったんです。僕は、子どもを父に渡すのが惜しくなりました。エルヴィンは僕とエルの愛の証で、マナも僕たちと同じ色に染めたかったので」

(なぜ事前に話してくれなかったのよ……)

 せめて妊娠してすぐにその事情を話してくれていたら、エルも違う判断をしたかもしれない。彼を、父親との間で板挟みにさせるつもりなどなかった。

「僕は父に願いました。父が望む相手と結婚し、子を成すので、エルから子どもを取り上げないでくれと。けれど、抑えが効かなくなっていた父は激怒し、あの日、僕を幽閉したのです。それで、エルを助けるのが遅れて……。僕の執着心のせいでエルは魔法を使えず、死なせてしまったんです……僕が殺したようなものです」

 あの兵は、ヴィンセントではなく彼の父親によって放たれたものだったのか。
 兵はあの時、『皇太子殿下を惑わせたお前の罪は重い。その子どもとここで死んでもらおう』と言っていた。それは彼の父親の気持ちであり、子どものマナ核を染められないなら私生児など殺してしまえという意味だった。

 そしてヴィンセントはあの時、エルにとどめを刺しにきたのではなく、助けようとしていた。

(私はずっと勘違いを……)

 子どものことに関してはずっと二人の問題で、第三者が介入しているとは思いもしていなかった。
 それに彼は、結婚を拒んで逃げたエルを憎んで、殺したわけではなかった。
 むしろあの腕輪がなければ、彼に居場所を知らせられなくて、エルヴィンも失っていたかもしれない。

 嬉しいのか、ホッとしたのか、それとも彼の状況に気づいてあげられなかった罪悪感か。気がつけばエルの瞳からは涙があふれていた。

「すみません。やはり、妻のあなたに話すべきではありませんでした」
「これはその……感情移入してしまいまして。辛いお話をさせてしまい申し訳ございません」
「むしろ、聞いてくださり感謝しています。今は……、エルに懺悔するような気持ちで話してしまいました」

 彼にとっても、ずっと一人で抱えてきた気持ちだったのだろうか。エルに話したことで、少しだけ表情が柔らかくなっている。

「こう言うと、あなたの気分を害してしまうかもしれませんが……。似ているんです。エルと皇妃が。だからエルヴィンの継母に相応しい方だと判断しました」

 息子に少しでも、母親の面影を感じさせてやりたかったのだろうか。
 単にエルヴィンが気にいっているからでも、マリアンに対抗するためでもなかった。
 ちゃんと彼は、エルシーの内面を感じていてくれたのだ。

「陛下。私も失礼かもしれませんが、お伝えさせてください」

 エルシーの身体にエルが憑依していると、彼に打ち明けるのはまだ決心がつかない。
 こうしてエルシーに話すことで、徐々に思い出として消化できるならそのほうが良いとさえ思える。

 けれど、これだけは伝えておきたい。

「きっとエルさんは怒っても、恨んでもいないと思います。皇子様を助けてくださったことに、感謝されていると思いますわ」

 それを聞いたヴィンセントは、今にも泣きそうな顔を隠すように、エルの肩へと額をあづけた。

「………………そうだと良いです」


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