悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています

廻り

文字の大きさ
55 / 55

54 ハッピーエンド

しおりを挟む
 エルとヴィンセントはエルヴィンを連れて、かつて働いていた鉱山の診療所を訪れた。

「わあ! ここは来るたびに発展しているわね」

 診療所の周りには大きな建物もいくつかあり、あの頃よりもさらに賑わいのある場所へと変わっていた。

「エル。足元を見ながら降りてください。よそ見しているとステップから足を踏み外さないか心配です」
「ふふ。その時はヴィーが受け止めてくれるのでしょう?」
「もちろんです。エルに怪我などさせません」

 最近のヴィンセントはエルに対する過保護に拍車がかかっており、馬車を降りるだけでこの騒ぎだ。エルが気をつける必要がないくらい、ヴィンセントが支えてくれているというのに。

「ママ! ぼくは一人で降りられるよ!」

 四歳となったエルヴィンは、一人で慎重に馬車から降りると、残されたルヴィに手を伸ばして地面へと降ろしてやった。ルヴィも元気よく育っているが小型犬なので、見た目は可愛いままだ。

「エルヴィン。今のはお兄ちゃんらしかったわ」
「えへへ」

 エルヴィンは近ごろ、お兄ちゃんらしい振る舞いを研究中で、その実験台はもっぱらルヴィだ。よくできた姿を褒めると、エルヴィンはすごく喜ぶ。

「さあ二人とも。皆が待っていますよ」

 ヴィンセントに促されて再びエルは、診療所へと目を向ける。そこには、診療所の看護師たちや、鉱山の幹部たち。そしてモーリス先生とオーナーもいる。皆、皇帝と皇后、そして皇太子を迎えるために、微動だにしない状態で頭を下げている。

(さすがに三人で来るのは、怖がらせてしまったかしら……)

 エルは結婚と同時に、ヴィンセントの皇后として迎えられ。そしてエルヴィンも皇太子となった。

 マリアンとの婚約破棄、エルシーとの離婚を経ての、エルとの結婚。クロフォード公爵が考えた美談の陰では、さまざまな憶測が飛び交ったようだ。
 それでもヴィンセントが素早くエルとエルヴィンに最高の地位を与えてくれたおかげで、最近は「皇帝陛下は真実の愛を見つけられた」などと噂されているらしい。
 本人としては、「僕は初めからエルしか愛していませんが」と不満のようだが。

「男爵。突然の訪問にも変わらず迎えてくれて感謝する」
「皇帝陛下ならびに皇后陛下。そして皇太子殿下にご挨拶申し上げます。このような鉱山への視察にお越しくださり、感謝の至りでございます」

 オーナーの挨拶へ軽くうなずいたヴィンセントは「皆、頭を上げてくれ」と促す。
 おそるおそる顔を上げる皆へ向けて、ヴィンセントは僅かに笑みを浮かべた。

「皆さんお久しぶりです。今日は皇后や皇帝としてではなく、こちらで働いていたエルとヴィーとして伺いました。どうか、昔のように気軽に接してください」
「本当によろしいのですか……?」

 動揺するオーナーへ、ヴィンセントは冗談交じりに人差し指を立てて、軽く魔法を発動させた。

「ぜひそうしてください。なんなら、大岩除去も請け負いますよ」

 皆、昔を思い出したのか急に笑みを浮かべ始める。

「オーナー。ちゃんとヴィーにも報酬を支払ってくださいよ~」
「こいつ、エルには綺麗な服が必要だってうるさいんですから」

(もう、ヴィーったら。鉱山の人たちにまで話していたのね……)

 あの頃のヴィンセントは、何かにつけてエルに綺麗な服を着せたがっていて。それは今でも変わらないのだが。

「ママ~。パパはママのドレスを買うために、ここで働いているの?」

 エルヴィンの素朴な勘違いに、さらに皆には笑顔が溢れた。
 おかげですっかりと緊張がほぐれたらしい皆は、昔のようにエルとヴィンセントへ声をかけ始めた。

「エルさん、お久しぶり。お元気でしたか?」
「もしかして皇太子殿下が、あの時の赤ちゃん? 大きくなったわね」
「あの時はごめんなさい。エルさんが急に遠い存在に思えて……」
「でも不思議ね。今のエルさんのほうが遠い存在なのに、親しみやすいというか、幸せそうだわ」
「そりゃもう、ヴィーが一途に想ってくれるんだから、幸せに決まってるじゃない」

 皆の話を聞いてエルは気づかされた。あの時、皆がよそよそしかったのは、エル自身も不安を抱えて、知らぬ間に壁を作っていたのかもしれない。
 そんなエルに、モーリス先生は手を差し伸べてくれた。

「エルさん。お元気そうでなによりです」
「モーリス先生もお元気そうで安心しました」
「はは。私はもう引退を考えていたのですよ。エルさんがこちらへ訪問なさりたいとオーナーから話を聞いていたので、それまではと思いましてね」

 ここで働き始めたころの先生は白髪交じりだったが、今では髪が真っ白だ。月日の流れを感じる。

「先生にはきっと、大きなご心配をかけてしまいましたよね。どうしても元気な姿を見せたくて、ヴィーに無理を言って連れてきてもらいました」

 ヴィンセントにとっては、鉱山へ行く口実でエルが逃げた苦い思い出がある。
 またエルが自分のもとを去るのではないかと心配し、初めは反対していた。
 けれど同時に、二人にとっても思い出深い場所。一緒に行くことを条件に、彼は承諾した。

「あの時のエルさんに、ほとぼりが冷めたら会いに来てくださいと言いましたよね。その願いを叶えてくださり、ありがとうございます」
「私のほうこそ、先生に成長したエルヴィンをお見せできて嬉しいです」

 あの時のエルは逃げることだけで精一杯で、その先どう生きたいかまでは考える余裕がなかった。
 けれど先生がそう言ってくれたことで、ずっと心の中にはいつか会いに行きたいという目標があった。

「ママ~! パパがね、おっきな石をバ~ンってするとこ、見せてくれたの」
「えっ。本当にしてきたの?」

 いつの間にかこの場から消えていたらしい二人を、エルは驚きながら迎えた。

「エルヴィンが見たがったので。危険はありませんでしたよ」
「もう。二人とも土埃まみれじゃない」

 二人に降りかかっている土埃を払い落としながらも、エルは笑みを浮かべた。
 なんだかんだ言いつつヴィンセントも、ここへ来るのが楽しみだったようだ。

「ところでエルさん。もしかして――」

 二人の世話をしているエルの動きを見て、先生は気がついたようだ。
 エルはお腹を優しくなでながら微笑んだ。

「はい。二人目を授かることができました。今は安定期に入ったところです」

 エルの身体は普通の人間では経験しないような体験をしてしまったので、再び子どもを授かることができるのか心配していたが、侍医からは非常に順調だとお墨付きを貰っている。

「そうでしたか。エルさん、今度こそ幸せになってください」

 はい。と返事しようとしたところ、ヴィンセントが後ろからエルに抱きついてきて、代わりに「はい」と返事した。

「僕が今度こそ、一生をかけてエルを幸せにしてみせます」

 それに続いてエルヴィンまでもが、エルの足に抱きついてきた。

「ぼくもママを幸せにします!」
「エルヴィン。それはパパの役目だから」

(ふふ。ヴィーったらこんな時までエルヴィンに嫉妬するんだから)

 ヴィンセントと二人きりの家族だったころとは、がらりと家族の雰囲気が変わった。
 そしてこれからさらに、生まれてくる子が加わり、新しい家族の形ができるのだろう。
 小説には載っていない、新しいヴィンセントの未来。そして訪れる予定ではなかった、悪役だったエルの未来。
 どのような展開になるかは想像もつかないが、ひとつだけはっきりと言えることがある。
 エルは、ヴィンセントとエルヴィンのやり取りを楽しく聞きながら、モーリス先生へと笑みを浮かべた。

「先生。私はもう、幸せに囲まれているみたいです」




しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

seo
恋愛
 血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。  いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。  これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。 #逆ハー風なところあり #他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。

バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。 そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。 ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。 言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。 この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。 3/4 タイトルを変更しました。 旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」 3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...