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54 ハッピーエンド
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エルとヴィンセントはエルヴィンを連れて、かつて働いていた鉱山の診療所を訪れた。
「わあ! ここは来るたびに発展しているわね」
診療所の周りには大きな建物もいくつかあり、あの頃よりもさらに賑わいのある場所へと変わっていた。
「エル。足元を見ながら降りてください。よそ見しているとステップから足を踏み外さないか心配です」
「ふふ。その時はヴィーが受け止めてくれるのでしょう?」
「もちろんです。エルに怪我などさせません」
最近のヴィンセントはエルに対する過保護に拍車がかかっており、馬車を降りるだけでこの騒ぎだ。エルが気をつける必要がないくらい、ヴィンセントが支えてくれているというのに。
「ママ! ぼくは一人で降りられるよ!」
四歳となったエルヴィンは、一人で慎重に馬車から降りると、残されたルヴィに手を伸ばして地面へと降ろしてやった。ルヴィも元気よく育っているが小型犬なので、見た目は可愛いままだ。
「エルヴィン。今のはお兄ちゃんらしかったわ」
「えへへ」
エルヴィンは近ごろ、お兄ちゃんらしい振る舞いを研究中で、その実験台はもっぱらルヴィだ。よくできた姿を褒めると、エルヴィンはすごく喜ぶ。
「さあ二人とも。皆が待っていますよ」
ヴィンセントに促されて再びエルは、診療所へと目を向ける。そこには、診療所の看護師たちや、鉱山の幹部たち。そしてモーリス先生とオーナーもいる。皆、皇帝と皇后、そして皇太子を迎えるために、微動だにしない状態で頭を下げている。
(さすがに三人で来るのは、怖がらせてしまったかしら……)
エルは結婚と同時に、ヴィンセントの皇后として迎えられ。そしてエルヴィンも皇太子となった。
マリアンとの婚約破棄、エルシーとの離婚を経ての、エルとの結婚。クロフォード公爵が考えた美談の陰では、さまざまな憶測が飛び交ったようだ。
それでもヴィンセントが素早くエルとエルヴィンに最高の地位を与えてくれたおかげで、最近は「皇帝陛下は真実の愛を見つけられた」などと噂されているらしい。
本人としては、「僕は初めからエルしか愛していませんが」と不満のようだが。
「男爵。突然の訪問にも変わらず迎えてくれて感謝する」
「皇帝陛下ならびに皇后陛下。そして皇太子殿下にご挨拶申し上げます。このような鉱山への視察にお越しくださり、感謝の至りでございます」
オーナーの挨拶へ軽くうなずいたヴィンセントは「皆、頭を上げてくれ」と促す。
おそるおそる顔を上げる皆へ向けて、ヴィンセントは僅かに笑みを浮かべた。
「皆さんお久しぶりです。今日は皇后や皇帝としてではなく、こちらで働いていたエルとヴィーとして伺いました。どうか、昔のように気軽に接してください」
「本当によろしいのですか……?」
動揺するオーナーへ、ヴィンセントは冗談交じりに人差し指を立てて、軽く魔法を発動させた。
「ぜひそうしてください。なんなら、大岩除去も請け負いますよ」
皆、昔を思い出したのか急に笑みを浮かべ始める。
「オーナー。ちゃんとヴィーにも報酬を支払ってくださいよ~」
「こいつ、エルには綺麗な服が必要だってうるさいんですから」
(もう、ヴィーったら。鉱山の人たちにまで話していたのね……)
あの頃のヴィンセントは、何かにつけてエルに綺麗な服を着せたがっていて。それは今でも変わらないのだが。
「ママ~。パパはママのドレスを買うために、ここで働いているの?」
エルヴィンの素朴な勘違いに、さらに皆には笑顔が溢れた。
おかげですっかりと緊張がほぐれたらしい皆は、昔のようにエルとヴィンセントへ声をかけ始めた。
「エルさん、お久しぶり。お元気でしたか?」
「もしかして皇太子殿下が、あの時の赤ちゃん? 大きくなったわね」
「あの時はごめんなさい。エルさんが急に遠い存在に思えて……」
「でも不思議ね。今のエルさんのほうが遠い存在なのに、親しみやすいというか、幸せそうだわ」
「そりゃもう、ヴィーが一途に想ってくれるんだから、幸せに決まってるじゃない」
皆の話を聞いてエルは気づかされた。あの時、皆がよそよそしかったのは、エル自身も不安を抱えて、知らぬ間に壁を作っていたのかもしれない。
そんなエルに、モーリス先生は手を差し伸べてくれた。
「エルさん。お元気そうでなによりです」
「モーリス先生もお元気そうで安心しました」
「はは。私はもう引退を考えていたのですよ。エルさんがこちらへ訪問なさりたいとオーナーから話を聞いていたので、それまではと思いましてね」
ここで働き始めたころの先生は白髪交じりだったが、今では髪が真っ白だ。月日の流れを感じる。
「先生にはきっと、大きなご心配をかけてしまいましたよね。どうしても元気な姿を見せたくて、ヴィーに無理を言って連れてきてもらいました」
ヴィンセントにとっては、鉱山へ行く口実でエルが逃げた苦い思い出がある。
またエルが自分のもとを去るのではないかと心配し、初めは反対していた。
けれど同時に、二人にとっても思い出深い場所。一緒に行くことを条件に、彼は承諾した。
「あの時のエルさんに、ほとぼりが冷めたら会いに来てくださいと言いましたよね。その願いを叶えてくださり、ありがとうございます」
「私のほうこそ、先生に成長したエルヴィンをお見せできて嬉しいです」
あの時のエルは逃げることだけで精一杯で、その先どう生きたいかまでは考える余裕がなかった。
けれど先生がそう言ってくれたことで、ずっと心の中にはいつか会いに行きたいという目標があった。
「ママ~! パパがね、おっきな石をバ~ンってするとこ、見せてくれたの」
「えっ。本当にしてきたの?」
いつの間にかこの場から消えていたらしい二人を、エルは驚きながら迎えた。
「エルヴィンが見たがったので。危険はありませんでしたよ」
「もう。二人とも土埃まみれじゃない」
二人に降りかかっている土埃を払い落としながらも、エルは笑みを浮かべた。
なんだかんだ言いつつヴィンセントも、ここへ来るのが楽しみだったようだ。
「ところでエルさん。もしかして――」
二人の世話をしているエルの動きを見て、先生は気がついたようだ。
エルはお腹を優しくなでながら微笑んだ。
「はい。二人目を授かることができました。今は安定期に入ったところです」
エルの身体は普通の人間では経験しないような体験をしてしまったので、再び子どもを授かることができるのか心配していたが、侍医からは非常に順調だとお墨付きを貰っている。
「そうでしたか。エルさん、今度こそ幸せになってください」
はい。と返事しようとしたところ、ヴィンセントが後ろからエルに抱きついてきて、代わりに「はい」と返事した。
「僕が今度こそ、一生をかけてエルを幸せにしてみせます」
それに続いてエルヴィンまでもが、エルの足に抱きついてきた。
「ぼくもママを幸せにします!」
「エルヴィン。それはパパの役目だから」
(ふふ。ヴィーったらこんな時までエルヴィンに嫉妬するんだから)
ヴィンセントと二人きりの家族だったころとは、がらりと家族の雰囲気が変わった。
そしてこれからさらに、生まれてくる子が加わり、新しい家族の形ができるのだろう。
小説には載っていない、新しいヴィンセントの未来。そして訪れる予定ではなかった、悪役だったエルの未来。
どのような展開になるかは想像もつかないが、ひとつだけはっきりと言えることがある。
エルは、ヴィンセントとエルヴィンのやり取りを楽しく聞きながら、モーリス先生へと笑みを浮かべた。
「先生。私はもう、幸せに囲まれているみたいです」
「わあ! ここは来るたびに発展しているわね」
診療所の周りには大きな建物もいくつかあり、あの頃よりもさらに賑わいのある場所へと変わっていた。
「エル。足元を見ながら降りてください。よそ見しているとステップから足を踏み外さないか心配です」
「ふふ。その時はヴィーが受け止めてくれるのでしょう?」
「もちろんです。エルに怪我などさせません」
最近のヴィンセントはエルに対する過保護に拍車がかかっており、馬車を降りるだけでこの騒ぎだ。エルが気をつける必要がないくらい、ヴィンセントが支えてくれているというのに。
「ママ! ぼくは一人で降りられるよ!」
四歳となったエルヴィンは、一人で慎重に馬車から降りると、残されたルヴィに手を伸ばして地面へと降ろしてやった。ルヴィも元気よく育っているが小型犬なので、見た目は可愛いままだ。
「エルヴィン。今のはお兄ちゃんらしかったわ」
「えへへ」
エルヴィンは近ごろ、お兄ちゃんらしい振る舞いを研究中で、その実験台はもっぱらルヴィだ。よくできた姿を褒めると、エルヴィンはすごく喜ぶ。
「さあ二人とも。皆が待っていますよ」
ヴィンセントに促されて再びエルは、診療所へと目を向ける。そこには、診療所の看護師たちや、鉱山の幹部たち。そしてモーリス先生とオーナーもいる。皆、皇帝と皇后、そして皇太子を迎えるために、微動だにしない状態で頭を下げている。
(さすがに三人で来るのは、怖がらせてしまったかしら……)
エルは結婚と同時に、ヴィンセントの皇后として迎えられ。そしてエルヴィンも皇太子となった。
マリアンとの婚約破棄、エルシーとの離婚を経ての、エルとの結婚。クロフォード公爵が考えた美談の陰では、さまざまな憶測が飛び交ったようだ。
それでもヴィンセントが素早くエルとエルヴィンに最高の地位を与えてくれたおかげで、最近は「皇帝陛下は真実の愛を見つけられた」などと噂されているらしい。
本人としては、「僕は初めからエルしか愛していませんが」と不満のようだが。
「男爵。突然の訪問にも変わらず迎えてくれて感謝する」
「皇帝陛下ならびに皇后陛下。そして皇太子殿下にご挨拶申し上げます。このような鉱山への視察にお越しくださり、感謝の至りでございます」
オーナーの挨拶へ軽くうなずいたヴィンセントは「皆、頭を上げてくれ」と促す。
おそるおそる顔を上げる皆へ向けて、ヴィンセントは僅かに笑みを浮かべた。
「皆さんお久しぶりです。今日は皇后や皇帝としてではなく、こちらで働いていたエルとヴィーとして伺いました。どうか、昔のように気軽に接してください」
「本当によろしいのですか……?」
動揺するオーナーへ、ヴィンセントは冗談交じりに人差し指を立てて、軽く魔法を発動させた。
「ぜひそうしてください。なんなら、大岩除去も請け負いますよ」
皆、昔を思い出したのか急に笑みを浮かべ始める。
「オーナー。ちゃんとヴィーにも報酬を支払ってくださいよ~」
「こいつ、エルには綺麗な服が必要だってうるさいんですから」
(もう、ヴィーったら。鉱山の人たちにまで話していたのね……)
あの頃のヴィンセントは、何かにつけてエルに綺麗な服を着せたがっていて。それは今でも変わらないのだが。
「ママ~。パパはママのドレスを買うために、ここで働いているの?」
エルヴィンの素朴な勘違いに、さらに皆には笑顔が溢れた。
おかげですっかりと緊張がほぐれたらしい皆は、昔のようにエルとヴィンセントへ声をかけ始めた。
「エルさん、お久しぶり。お元気でしたか?」
「もしかして皇太子殿下が、あの時の赤ちゃん? 大きくなったわね」
「あの時はごめんなさい。エルさんが急に遠い存在に思えて……」
「でも不思議ね。今のエルさんのほうが遠い存在なのに、親しみやすいというか、幸せそうだわ」
「そりゃもう、ヴィーが一途に想ってくれるんだから、幸せに決まってるじゃない」
皆の話を聞いてエルは気づかされた。あの時、皆がよそよそしかったのは、エル自身も不安を抱えて、知らぬ間に壁を作っていたのかもしれない。
そんなエルに、モーリス先生は手を差し伸べてくれた。
「エルさん。お元気そうでなによりです」
「モーリス先生もお元気そうで安心しました」
「はは。私はもう引退を考えていたのですよ。エルさんがこちらへ訪問なさりたいとオーナーから話を聞いていたので、それまではと思いましてね」
ここで働き始めたころの先生は白髪交じりだったが、今では髪が真っ白だ。月日の流れを感じる。
「先生にはきっと、大きなご心配をかけてしまいましたよね。どうしても元気な姿を見せたくて、ヴィーに無理を言って連れてきてもらいました」
ヴィンセントにとっては、鉱山へ行く口実でエルが逃げた苦い思い出がある。
またエルが自分のもとを去るのではないかと心配し、初めは反対していた。
けれど同時に、二人にとっても思い出深い場所。一緒に行くことを条件に、彼は承諾した。
「あの時のエルさんに、ほとぼりが冷めたら会いに来てくださいと言いましたよね。その願いを叶えてくださり、ありがとうございます」
「私のほうこそ、先生に成長したエルヴィンをお見せできて嬉しいです」
あの時のエルは逃げることだけで精一杯で、その先どう生きたいかまでは考える余裕がなかった。
けれど先生がそう言ってくれたことで、ずっと心の中にはいつか会いに行きたいという目標があった。
「ママ~! パパがね、おっきな石をバ~ンってするとこ、見せてくれたの」
「えっ。本当にしてきたの?」
いつの間にかこの場から消えていたらしい二人を、エルは驚きながら迎えた。
「エルヴィンが見たがったので。危険はありませんでしたよ」
「もう。二人とも土埃まみれじゃない」
二人に降りかかっている土埃を払い落としながらも、エルは笑みを浮かべた。
なんだかんだ言いつつヴィンセントも、ここへ来るのが楽しみだったようだ。
「ところでエルさん。もしかして――」
二人の世話をしているエルの動きを見て、先生は気がついたようだ。
エルはお腹を優しくなでながら微笑んだ。
「はい。二人目を授かることができました。今は安定期に入ったところです」
エルの身体は普通の人間では経験しないような体験をしてしまったので、再び子どもを授かることができるのか心配していたが、侍医からは非常に順調だとお墨付きを貰っている。
「そうでしたか。エルさん、今度こそ幸せになってください」
はい。と返事しようとしたところ、ヴィンセントが後ろからエルに抱きついてきて、代わりに「はい」と返事した。
「僕が今度こそ、一生をかけてエルを幸せにしてみせます」
それに続いてエルヴィンまでもが、エルの足に抱きついてきた。
「ぼくもママを幸せにします!」
「エルヴィン。それはパパの役目だから」
(ふふ。ヴィーったらこんな時までエルヴィンに嫉妬するんだから)
ヴィンセントと二人きりの家族だったころとは、がらりと家族の雰囲気が変わった。
そしてこれからさらに、生まれてくる子が加わり、新しい家族の形ができるのだろう。
小説には載っていない、新しいヴィンセントの未来。そして訪れる予定ではなかった、悪役だったエルの未来。
どのような展開になるかは想像もつかないが、ひとつだけはっきりと言えることがある。
エルは、ヴィンセントとエルヴィンのやり取りを楽しく聞きながら、モーリス先生へと笑みを浮かべた。
「先生。私はもう、幸せに囲まれているみたいです」
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