真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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純潔を捧げた夜

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「お邪魔します……」
「どうぞ。すぐに食事の準備をしますので、客間でくつろいでいてください」
「は、はいっ」

 約束通り――日が暮れた頃に、玻璃と瑠璃が真珠を迎えに来た。着替え一式を銀が持って来てくれたので、それを受け取って彼らの家に向かったはいいのだが。

 目の前に広がったのは、銀の一軒家よりも更に大きい、二階建ての家。更には松らしき木々が並ぶ立派な庭園がついていて、真珠は昨夜以上に動揺した。

「あの、ここに二人で住んでいるんですか?」
「ええ、両親ともに健在ですが、僕が自立する時に家を建てたんです。瑠璃は後からここに来て、住み始めました」
「それにしても、大きいですね」
「将来的に家庭を持とうとするならば、これくらいは一般的ですよ」
「な、なるほど……」

 この村の成人男性は、妻として迎えた女性を、丁重に扱う傾向があるらしい。家を構えるのも、その一環だ。むしろ、家を持っていないと、「結婚する気がない」として女性から相手にされない場合もあるのだとか。

(女性の数が圧倒的に少ないと、そうなるのかな)

 真珠は妙に納得しながら、客間へと入った。木製のベッドが用意されており、布団はふかふかで、微かにお日様の匂いがする。今日、真珠をもてなすために、二人が予め干してくれたのだろう。

 今日は市場に出掛けた以外、ずっと首長の部屋にいた。だから、休めと言われても疲れていない。このまま待っていても手持無沙汰だと考えた真珠は、何かできることを手伝おうと、部屋を出た。

 居間から繋がる台所では、玻璃が着物にたすきを通し、包丁で何かを切っているところだった。とんとんとん、という規則的で耳当たりのよい音が響いている。

「あの、玻璃さん」
「はい。どうしました?」

 真珠が台所に顔を出すと、玻璃が顔を上げた。金髪がさらりと揺れ、前髪が少しだけかかる碧い双眸そうぼうは、洋灯ランプの光を吸い込んで、輝いていた。

(イケメンが料理してる……まるでテレビのロケみたい)

 玻璃に対して苦手意識はあるものの、彼が紳士的であることに変わりはない。もしも、真珠のいた世界に玻璃が存在したら、芸能界にスカウトされて、世間から王子様のような扱いをされただろう。ほぼ確実にそうだと言っていい。

「真珠さん?」
「あ! えっと、何か手伝えることはないですか?」

 真珠は、玻璃を穴の開くほど見つめてしまっていた。我に返り、慌ててここに来た理由を話す。

「ああ、お気遣いありがとうございます。でも、特にはありませんね……。風呂も、瑠璃が掃除をして湯を沸かしているはずなので」
「そうですか」
「そんなに残念がらないでください。では、せっかくですから、僕の方を手伝ってもらいましょう」
「は、はい!」

 手招きされ、真珠が近づくと、玻璃から襷を手渡された。玻璃のそれと同じになるよう頑張ってみるが、見た目は簡単そうなのに、上手くいかない。今朝、銀にも呆れられたばかりだというのに。

(しまった! これじゃ、着付けもできないってバレる!)

 あれだけ警戒するように言われたにも関わらず、家に入って数分で露呈するとは、真珠も予想していなかった。手伝いをする、なんて言い出さなければよかったのだ。

「真珠さん、襷の片方の端を口でくわえないと、固定されませんよ」
「あ、そうなんですね。すみません、慣れていなくて……」
「慣れていない? では、この着付けはどうやって……? ああ、銀さんですか」
「……はい」

 真珠は、嘘をつくことができなかった。銀の不機嫌な顔が脳裏に浮かぶ。

(銀さん、すみません。早速バレました……)

 真珠が焦っていると、玻璃は完璧な王子様の微笑みを見せつけた。何を言われるのか、真珠はもう分かっている。

「では、明日の朝は、僕が着付けをしましょう」
「……お願い、します」
「喜んで」

 何事も銀に張り合いたいのか、単純に真珠へと興味があるのか。真珠は、きっと前者だろうと信じていた。だから、今夜、その考えを改めさせられる出来事が起こるとは、想像もしていなかったのだ。



「では、真珠さんはこのきゅうりを輪切りにしてくれますか。なますを作りますので」
「はい」

 真珠は、桶の水を柄杓ひしゃくですくい、手を充分に洗った。きゅうりを丸二本分、まな板の上で薄い輪切りにしていく。これくらいであれば、実家の手伝いで何度も経験している。真珠は集中して包丁を握っていた。

「お上手ですね。普段から料理されるんですか?」
「いや、得意ってほどではないんですが、母を手伝っていたら自然に……」

 これくらいで褒めなくても、と真珠が謙遜していると、玻璃が、突然距離を詰めてきた。肩と肩が触れそうな距離で、彼は真珠を見下ろしている。包丁を握っている真珠は、迂闊うかつに動くこともできず、手元を見たまま固まった。

「今日は、昨日よりも色香が強くないですか?」
「えっ! それ、瑪瑙さんにも言われました。自分では、全然分からないんですけど……」

 真珠が顔を上げると、玻璃の熱をはらんだ瞳と視線が交わった。顔が近い。

「すごく、いい匂いがします。食べてしまいたいくらいに」
「は、玻璃、さん?」

 危険を感じた真珠は、包丁を置いて後ずさった。あのままでいたら、キスをされていたかもしれない。

「銀さんとは、何もなかったんですか?」
「な、ないです! だって、瑪瑙さんからも、その……」
「襲わないように言われているから?」
「……はい」

 それでなくても、銀は最初から真珠を遠ざけ、真珠の貞操を守ってくれていた。そんな彼が、色香に負けて襲うようなことをするわけがない。

 真珠は、視線を逸らしたら負けのような気がして、玻璃の目を見つめ返した。

 すると玻璃は、それまでの真剣な顔が嘘のように、一瞬で相好そうごうを崩した。やはり、行動が予測不可能だ。何を考えているのか、真珠には全く分からなかった。

「銀さんは、昔から強い精神力を持っていますから。抑え込むでしょうね」
「えっ? 褒めるんですか? 失礼ですけど、銀さんとは、あまり仲が良くないのだと思っていました」
「いえ、そんなことはありませんよ。むしろ、僕は彼を高く評価しています。ただ、彼は僕が苦手みたいで。反応が面白くて、ついちょっかいを出してしまうんです」

 犬猿の仲だと思っていたのは、真珠の勘違いだったらしい。銀は玻璃に苦手意識があり、玻璃はそれを理解した上で、彼が嫌がりそうなことをわざとやっていたわけだ。張り合おうとしていたのではなかった。

(それって、玻璃さんはサディストってことでは……)

 表面上、にこにこと穏やかな雰囲気を纏いながら、その裏では、相手をいじめたくて常に画策しているということだ。真珠が、玻璃の笑顔に覚えていた違和感はこれだった。そして、銀もそれを分かっていて、あれほど警戒していたのだ。ようやく、真相が真珠の胸にストンと落ちてきた。

「真珠さんも、反応が素直で可愛くて面白いので、こうやってからかってしまうんです。すみません」
「や、やっぱり……! その『素直で可愛い』も嘘ですよね!?」
「いえ、それは嘘ではありません。悪気はないんですよ?」
「二人とも、何を楽しそうに話してるの? 風呂、沸いたよ」
「ああ、瑠璃。ご苦労様です。雑談をしていました」

 ちょうどいい時に瑠璃が戻ってきた。これ以上玻璃と話していると、調子が狂ってしまう。真珠は、残りのきゅうりをさっと切り終えて、次に何を手伝ったらいいかを淡々と質問した。

「せっかくですから、真珠さんは、お風呂に先に入ってきてください。料理の残りは、僕と瑠璃で終わらせますから」
「え、いいんですか?」
「兄貴がそう言っているんだから、入っちゃえば?」
「で、では、お言葉に甘えて……」

 真珠は部屋まで浴衣を取りに行き、一足先に風呂に入ることにした。妙に胸騒ぎがして、窓の外を見る。

 月が昇り、辺りは暗くなり始めていた。今日は、満月だ。
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