真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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陰陽師の帰村

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 真珠は、どうにかゆっくりと歩けるまでに回復し、玻璃たちに連れられて村の広場へやってきた。

 そこには数えきれないほど多くの村人が集まり、ごった返している。それだけで、黒曜という人物がどれだけの注目と人望を集めているのか、はっきりしていた。

 玻璃が首長席に座る瑪瑙を見つけ、三人で近寄っていく。その傍には、銀も控えていた。彼は真珠たちに気付くなり、目を細めて鋭い視線を向ける。

「お前ら、遅い」
「すみません。真珠さんの着付けに、意外と時間がかかってしまって」
「お前……自分でできなかったのか」
「……はい。ごめんなさい」

 着付けは自分でするようにと、あらかじめ銀に注意されていたのだが、真珠は守れなかった。着付け自体は何も問題なかったのだが、昨夜の出来事を考えては、自分を不甲斐なく思う。呆れたように溜め息をつく銀に、真珠は謝るしかできない。

 彼が自分の身を案じて言ってくれたことを守れなかったのだから、反論は許されない。色香で男性を惹きつけたことは、自分の意思でないとはいえ、腰が砕けるまで情事に興じたことは紛れもない事実だ。

 もう絶対、彼らには流されないと心に決めて、真珠は銀に頭を下げた。

「下を向くな。もうすぐ、黒曜の話が始まる。それが終わったら、首長室で黒曜から意見を聞くことになっている」
「はい」
「お前の今後に関わることだ。聞きたいことを聞けるように、準備しておけ」
「分かりました」

 銀は、真珠の頭の頂点を、こつんと指で小突いた。元気を出せ、と言っているようだ。

(やっぱり、優しい……)

 今夜からはまた銀の家に戻れる。その安堵感に後押しされて、真珠は上を向いた。

 直後、広場の中央に設置された木製の台の上に、白い狩衣かりぎぬ姿の人物が現れた。人々から、歓声と拍手が沸き起こる。

 真珠はその姿を凝視した。腰まで流れる漆黒の黒髪に、まるで女性のようにすらりとした体型と面持ち。顔はほっそりとしていて、遠くからでも分かるほど、白くて滑らかな肌をしている。女性のように美しい男性、かと思いきや――。

『私は本日、この真珠村へと無事に帰ってまいりました。長らく不在にしてしまい、申し訳ありません』
「あれ? 声、高い……?」

 ぴんと張った糸のように、凛とした声。それを聞く限りは女性だ。真珠が怪訝な表情を浮かべていると、隣にいた玻璃がくすくすと笑った。

「黒曜さんは女性ですよ」
「そ、そうなんですか? 陰陽師ですし、名前からも男性かとてっきり思い込んでいました」

 黒曜といえば、真珠の中で思い出されるのは黒曜石だった。岩石の一種で、別名・オブシディアン。黒色のものが多く、パワーストーンにもよく用いられている。

 彼女もまた石の名前を冠していることから、真珠には、一つ予想できることがあった。

「もしかして彼女は、志士の一人ですか?」
「よく分かりましたね。彼女は銀さんと同い年で、十八の時には志士の試験に合格しています。昔から不思議な力を持っていて、未来を予知する能力もあることから、村の人々から神の子だとしてあがめられてきたんです」
「す、すごい……」

 彼女は志士であり、陰陽師でもあり、村の人々からの絶大な支持を集めている。容姿だって美しい。真珠と年齢も近いが、彼女の圧倒的な輝きに、真珠は気圧けおされていた。

『私は、この国の中にある全ての村や街を巡ってきました。どこであっても、この村と同じように、アヤカシによる被害や、子どもの出生数減少に悩まされています。これらは大きな問題になりつつありますが、先日、私の祈祷中に、大変喜ばしい報せが降りてきました』

 黒曜が両腕を広げ、大衆に笑顔を向ける。真珠は、まさか、と思い両手で口を塞いだ。

『救済の巫女が現れる。ほぼ間違いなく、巫女はこの真珠村に降りてきているはずです』

 広場が、歓喜に沸いた。手を取り合って喜びあっている人もいれば、泣き崩れる人までいる。人々にとって、巫女出現の伝承がどれだけ心のどころとなっているのかを、真珠は戸惑いながらも改めて知ることになった。

(こんなにも、待ち望まれていたの……?)

 そして、気になるのは黒曜の言葉だ。彼女は巫女の出現を断言した。銀、瑪瑙、玻璃と瑠璃も、真珠のことを神妙な表情で見つめている。考えていることは同じのようだ。

 ほぼ間違いなく、真珠が『救済の巫女』である、と。



 広場での集まりが終わった後、真珠たちは首長室へと移動した。中で先に待っていた瑪瑙と黒曜は、扉が開くなり笑顔で彼らを出迎える。

「銀、玻璃とらんも! 久しぶりね」
「ああ」
「お久しぶりです」
「黒曜さん、俺、志士になったから。もう藍じゃないよ。瑠璃って名前」
「そう! 瑠璃……素敵な名前になったのね。玻璃と瑠璃で、兄弟っぽくていいわね。合格おめでとう」
「ありがとう」

 藍というのは、瑠璃の本名らしい。志士になったら元の名前を捨てるという行為は、真珠にとっては難しいことに思えていた。瑠璃の顔を見るに、本人は誇らしく思っているようだ。銀も、そういう思いは同じなのだろう。

(藍って名前も、素敵だけどな)

 銀や玻璃、瑪瑙にも元の名前があるのだ。いつかはその名前を聞けるだろうか。その時は、真珠自分も偽名を使っていることも暴露しよう。ふと、そんなことを考えていた。

「では、あなたが、真珠ね?」
「はい。初めまして」
「祈祷中に見えた、凜々しい姿そのものだわ。あなたが巫女で間違いない」
「……そう、なんですね」

 自分が巫女ではないことを願いつつも、薄々ながらそうではないかと思っていた。しかし、真珠はどうやって国を救うのか、その方法が分からない。

 不安に駆られ黒曜を見ると、彼女は笑窪えくぼを作って微笑んだ。そのまま真珠の目の前に立つと、両手を取り、優しく包み込む。

「戸惑うわよね。知らない世界に呼ばれて、巫女だなんて大役を押しつけられたら」
「はい……私にできる気がしないんです」
「大丈夫。必ず導きがあるわ。でも、私も救済の方法については、詳しく分からないの。地道に調べていくしか方法がなさそう」

 陰陽師の力をもってしても、巫女がどう動けばいいのか分からない、ということは――真珠は、この世界を救うまで、ずっとその重責を負わなければならない。

 村の人々は、既に巫女の存在を知ってしまった。すぐに救われることを信じて、待っているだろう。

「方法が分からないのに、どうして巫女が降りてきたことを言った? このまま何も解決できなければ、人々を無駄に期待させるだけだろう」

 銀が、黒曜に対し冷たくそう言い放つ。真珠の気持ちを代弁してくれたようだった。

「昨日、市場にアヤカシが出たそうね? あっという間に噂が広がって、嘘の情報まで蔓延はびこっていると、首長に報告があったわ。このままでは、人々の不安が爆発するからよ」

 黒曜曰く、一時的にでも、村人たちの心を落ち着ける必要があったらしい。それには納得できるが、可能な限り早く村を救わなくてはならないという、真珠の焦りも加速した。

(どうしたらいいの?)

 真珠が俯くと、隣にいた銀が真珠の肩を軽く叩いた。それに反応して顔を上げると、心配を浮かべた金色の瞳と視線が交わる。

「お前が巫女であることは、もう変えようがない。けれど、協力できることは何でもやる。だから、後ろ向きになるな。尻込みしていたら、何も変わらない」
「……は、はいっ」

 銀の言葉は、まるで魔法のように真珠の心を軽くした。自分の不安を理解してくれる人がいる。それは、こんなにも心強いことなのだ。
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