真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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二度の窮地

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「やっ……なんですかっ」
「巫女っていうのは、男も狂わせるのか? 一目見た時から、君を襲いたくてたまらなかったんだよ」
「きゃっ! だ、だれかっ……んー!」

 口を手で覆われ、真珠は叫べなくなってしまった。男は目を欲情でぎらつかせ、真珠の着物の裾からもう片方の手を滑らせていく。真珠が嫌がるのもお構いなしに、秘所へと迷いなく指を這わせた。

「んーっ! んーっ!」

 もちろん、そこが潤っているはずはない。しかし男は、中に指を差し込んでいく。あまりの痛みに、真珠は声にならない悲鳴を上げ、目に涙を滲ませた。

(嫌だっ……気持ち悪い!)

 身体はどんどん力が入らなくなり、抵抗できない。このまま、最後までされてしまうのだろうか。愛情も何もない、真珠を蹂躙じゅうりんするような行為が、許せなかった。

「大丈夫だよ。最初は痛いかもしれないけれど、即効性の媚薬びやくを飲ませたから。すぐに気持ちよくなる」
「んっ! んーっ!」

 真珠は弱々しく首を横に振った。男は指を奥に進ませ、内壁を擦り始める。真珠の背中を駆け上がっていったのは、快感ではなく、ぞっとするような嫌悪感だった。濡れるはずがない。

「おかしいなあ……濡れてこない」

 真珠が痛みに耐えるように目を瞑り、涙を零した直後。男の背後の襖が勢いよく開き、銀と瑪瑙が憤怒の形相で駆け込んできた。

 銀は男の首根っこを掴み、真珠から引きはがす。その間に、瑪瑙は真珠の横に膝をつき、身体を抱き寄せた。

「おいっ! 貴様ぁ!」
「ひいっ! し、銀……! あんたが、なんでここに?」
「そんなこと、今は重要ではありません! 真珠に何をしたんですか!」

 瑪瑙は、真珠の着物が乱れているのに気付き、さげすむような目で男を睨んだ。真珠の身体を強く抱き、怒りに手を震わせている。

「これが目的で……巫女を紹介しろと、あれだけうるさかったんですか?」
「ち、違うっ! その女が、どうしてもそういう気分だって、言うから!」

 男はこのに及んで、嘘の言い訳を始めた。二人が信じるはずもないことを、分かっていないようだ。

「真珠がそんなことを言うわけがないだろう! この下衆げすが!」
「ひいっ! こ、殺さないで!」

 銀が目を見開き、かつてないほどに大声を出して怒っている。男の胸倉を掴み、今にも殴りかかりそうな勢いだった。男は泡を吹きそうなほどに狼狽している。

「真珠が自分から誘うわけがない。現に恐怖で泣いていたようだし。真珠、大丈夫かい? 返事できる?」
「……はい。助けて、くれて、ありがとうございます……」
「席を外していて悪かった。まさか、幹部の人間がこんなことをするとは……私のせいだ」

 瑪瑙はやれやれと首を振り、真珠を横抱きにして、すぐに部屋を出た。



*****



 会議は、瑪瑙の指示ですぐに解散となった。

 真珠を襲った男は、再度集まった幹部たちの目の前で、瑪瑙によって役員資格を剥奪された。男は顔面蒼白になり、何度も平謝りしていたが、瑪瑙は全く相手にしない。

 その間、真珠は部屋の端で膝を抱き、銀に付き添ってもらいながら、ずっと震えていた。

「あらあら、どうしたの? もう会議は終わり?」

 座敷が騒がしいことに気付いた女将が、襖を開けて様子を見に来た。

「母さん、せっかく場所と食事を提供してくれたのに悪いね。緊急事態になったから、今日はこれで切り上げるよ」
「そう……よく分からないけど、無理しないでね」
「ああ、ありがとう」

 彼女も異様な雰囲気に気付いたのか、詳しいことは聞かずに、そっと襖を閉めた。

(もし、あれで二人が気付いてくれなかったら……)

 どうやら、真珠が男に連れ出されてすぐ、瑪瑙は戻ってきたらしい。その際、幹部の一人が「巫女様が連れてこられなかったか?」と聞いてくれたお陰で、瑪瑙は異変に気付くことができた。彼はすかさず銀にも知らせ、二人で必死になって探してくれたようだ。

 色香が男性を狂わせることを、真珠は重々承知していたつもりだった。玻璃と瑠璃ですら、強烈な色香に抗えずに、真珠を抱いたぐらいだ。

 しかし、彼らの場合は、そういう状況下でも真珠を思いやってくれていた。愛情が感じられた。それだけ優しかったのだと、怖い思いをしないと気付かなかった自分が、情けない。

「大丈夫か?」
「はい……銀さんも、助けにきてくれて、ありがとうございました」
「あの時、座敷に帰さなければよかった。俺がここに呼ばれていた意味を考えず、油断していた……すまない」
「謝らないでください」

 銀や瑪瑙のような、男性もいるのだ。そう思えるのが、真珠にとっては救いだった。

 かつては男性不信に陥り、今も全ては克服できていない。それでも、彼らだけは心から信頼しているし、甘えても大丈夫だと、真珠はもう知っている。

 銀は、悔しそうに下唇を噛みしめている。真珠は、銀に自分を責めてほしくないことと、未だに恐怖が残っていることが重なって、銀の手をそっと握った。

「真珠……?」
「世の中みんな……銀さんや瑪瑙さんみたいに、優しかったらいいのに」

 銀は言葉に詰まり、真珠の手をそっと握り返した。

 解散した幹部たちが、真珠と銀をちらちらと見ながら退出していく。巫女と、その用心棒。巫女に手を出すと、今回のように処分を受けることになると、充分に認識したに違いない。瑪瑙も、きっとそれが狙いで、真珠たちを敢えてここに残しているのだ。

「終わったよ。私たちも帰ろうか」
「は、はいっ!」

 瑪瑙が二人の元へとやってきた。真珠は慌てて銀の手を離し、互いに何もなかったように装った。

「真珠は、私の背中に乗って」
「え?」
「まだ、充分に動けないだろう?」

 瑪瑙は、真珠が媚薬を飲まされたことに、十中八九、気付いている。彼も疲れた顔を見せているのに、広い背中を真珠に向けてくれた。

(やっぱり、優しすぎるよ……)

 断るのも野暮だと思った真珠は、その頼もしい背中に身を寄せた。
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