真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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本当の名前を呼んで

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 真珠と銀が無事に門まで戻ってくると、瑪瑙たちはそれまで厳しかった顔を弛緩しかんさせた。瑠璃は、話し合いが上手くいったと思ったようで、胸のあたりで拳を握って喜びを噛みしめている。

(一応、帰っては来られたけれど……)

 銀が柘榴から刀を返却してもらっている間、真珠は御所を振り返り、帝との約束について思い出していた。背水の陣で臨まなければ、一週間後、真珠はここに再び戻ってくることになる。帝の妃、として。

「浮かない顔をされていますが……帝はどんな話をされたんですか?」
「何か、あったんだね。帝がただで帰してくれるとは思えない」
「えっ、お姉さん、大丈夫なの?」

 三人とも、真珠の様子を見てすぐに、何かよくないことがあったのだとは分かるようだった。


 帰りの馬車の中で、真珠は帝と交わした内容を、全て包み隠さず話すことにした。途中でアヤカシに遭遇して中断はされたものの、帝と巫女の役割や、真珠の母と家系についてなど、情報の共有は完璧だ。全員が、驚きながらも納得しつつ聞いてくれた。

 ただ、真珠が切り出した条件については、銀と同様、三人とも渋面じゅうめんをつくっている。

「なんというか……真珠には破天荒なところがあるのかな?」
「首長、そういうことを言っている場合ではありませんよ。一週間の猶予をもらえたとはいえ、真珠さんを帝に奪われる危機であることには、変わらないのですから」
「でも、お姉さんが出した条件以外に、打開策って思いつく?」

 三者三様の反応に、真珠も戸惑っていた。銀はずっと俯いたまま考え込んでいる。真珠は、自分の出した答えが彼らを困惑させているという現実に、歯痒はがゆい思いだった。

「真珠が決めたのなら、私たちは協力するだけだよ。それに、アヤカシを根絶できるに越したことは無いしね」

 瑪瑙の言葉に、真珠は俯いていた顔を上げた。もう宣言してしまったことで、撤回はできない。瑪瑙は分かってくれている。それだけでなく、真珠の複雑な心情も、優しい彼は思いやってくれた。

「帝が言っていた神殿って、行ったら戻って来られないっていう、危険な場所だよね」

 瑠璃が手綱を握りながらそう聞いた。全員その存在自体は知っているが、実際に訪れたことはないらしい。

「その北の神殿のことを、黒曜さんに占ってもらいましょうか」
「そうだね。アヤカシについて何か手がかりを得られるなら、行ってみる価値はあるが……問題は危険性か」

 玻璃と瑪瑙は先を見据えて議論を進めているが、真珠は胸が痛くて仕方がなかった。また彼らを危険な目に遭わせることになる。それで、もしものことがあったら――国を救うどころか、本末転倒だ。

「あ、あの……私が変な条件を出したせいで、こんなことになってしまって……すみません」
「謝るくらいなら、何であんなことを言った?」

 沈黙を守っていた銀が、真珠を睨んだ。今まで向けられたことのない銀の怒りに、真珠は、心臓に冷水を浴びせられたように、息を呑んで身を震わせる。

「銀さん、落ち着いて」
「俺は、自分を犠牲にしようとする奴は嫌いだ」
「銀、そのくらいにして。真珠も、まずは村に帰って、もう一度考えよう」
「……はい」

 『嫌いだ』――その言葉が、真珠の胸に深く突き刺さる。思考が働かなくなり、馬車が村に帰り着くまで、真珠はぼうっと宙を見つめていた。



 村に帰り着いたのは深夜だった。月が昇るかと期待していたが、今日は新月だ。馬車から降り、街灯と建物から漏れてくる光を頼りに、真珠たちは歩いている。

「では、時間は惜しいけれど、明日もう一度話し合おう。今日は全員、ゆっくり休んで」
「はい。真珠さんは、今夜はどちらに?」

 瑪瑙の言葉で解散となり、真珠が誰の家に泊まるのか、玻璃から返答を待たれている。昨夜は玻璃の家に世話になった。順当にいけば銀の家だが、先程言われた言葉が枷になって、すぐには答えられなかった。

(でも、これで逃げたら……また同じことの繰り返し)

 真珠は以前も銀を避けてしまい、一月ひとつきの時間が経ってから、瑪瑙の力添えもあってようやく関係を修復できたのだ。

 『嫌いだ』と言われたのがなんだ。もう取り返しはつかないのだから、開き直るしかない。そう思って、真珠は気を奮い立たせた。

「銀さんのところで、お願いします」
「……お前」
「だめ、ですか? 『いつでも来ればいい』って言ってくれましたよね?」

 銀は耳を疑い、信じられないものを見るかのように真珠を見つめたが、真珠も目は逸らさなかった。

(話したい。銀さんと話して、分かってもらいたい)

 真珠は、自分を犠牲にしようと思ってあの提言をしたわけでは決してない。銀には、それだけでも理解してほしい。その一心で、真珠は頼んだ。

「……好きにしろ」
「ありがとうございます」

 真珠はほっと息をついた。拒否されなかっただけよかった。

「ほんと、銀さんは素直ではありませんね。少しは真珠さんの純粋さを見習ったらいかがですか?」
「うるさい」

 玻璃が銀を茶化した。真珠と銀が少しでもギクシャクしなくて済むように、気を遣っているようだ。その証拠に、彼は真珠に素早く目配せをした。愛想笑いでない穏和な瞳は「話ができるといいですね」と言ってくれているみたいだった。

「そういえば、今日は新月だけど……やっぱり、お姉さんの甘い匂い、弱くなってるね」
「え、ほんと?」
「ああ、言われるまで私も失念していました。瑠璃、よく気付いたね」
「弱くなってると、こっちも意識しなくなるから」

 瑠璃のお陰で、色香と月の満ち欠けの関連性は証明された。真珠は、ふと空を見上げる。星がいくつか見える以外は、暗雲がたちこめていた。まるで自分の心を代弁しているようだ。

「帰るぞ」
「は、はいっ」

 銀が先に歩き始め、真珠は慌てて三人に挨拶をした。もう何度こうして彼の背中を追いかけたか。それでも、銀は振り返って必ず待っていてくれるのだから、真珠はほんの少しだけ口角を上げた。



 銀の家に着くと、洋灯に火を点けてすぐ、銀は自室に行こうとした。真珠は、逃がすまいとその着物の袖を掴む。

「ま、待ってください!」
「……なんだ」
「お、お疲れだとは思うのですが、少し話をしたいと思いまして……」
「明日にしろ」
「いっ……今がいいんです!」

 先延ばしにしたら、きっとまた避けられてしまう。真珠は譲らなかった。何より、このままでは安心して眠れる気がしない。

「はあ……分かった」
「ありがとうございます」

 居間の中央で円卓の前に二人で座り、真珠は姿勢を正して口を開いた。

「今日、御所まで付き添ってくれて、ありがとうございました」
「それは、さっき皆にも言っただろ」
「銀さんは、ずっと近くで見守ってくれました。一人じゃ怖いし、心細くて、帝と話せなかったと思います。それに、帝が私を妃にするって言った時、咄嗟に守ってくれて、嬉しかったです」
「……話はそれだけか」

 銀は、静かに怒っていた。普段の銀なら、どんなに機嫌が悪かろうが、ここまで怒りを露わにすることはない。
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