真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

文字の大きさ
38 / 47
帝と巫女

しおりを挟む
 混乱する頭をどうにか落ち着けようと、真珠は胸の前で手を組んで、深呼吸を三回繰り返した。銀が教えてくれた方法だ。そうしていると、こちらに来る直前の出来事を思い出せた。

(……そうだ。宝石箱が、不自然に置いてあった……)

 蛍は、真珠をこちらの世界に飛ばすため、わざとあの場所に置き、真珠に触れさせたのだ。全て蛍によって仕組まれていたのだと、真珠はやっと気付いた。

 でも、なぜ。蛍はそんなことをする必要があったのか。

「……母は、この世界の状況を知っていて、私を?」
「恐らくそうだろう。蛍は聡明な女性だ。私と力の繋がりを持つ彼女は、自身の異変から私が弱っていることに気付いて、残っていた力でお前を真珠村に送ったんだ」

 その力が、あの宝石箱に込められていたのだ。真珠は、いよいよ訳が分からなくなってきたが、帝は構わず話を続ける。

「蛍は、元の世界に愛している人がいると言っていた。それで、私に力を授けた後、私が彼女を送り帰したのだ。その後に生まれたのが、お前だということになる」
「じゃあ、私に不思議な力があるのも……」
「血だ。お前の母親の家系は遥か昔、代々神官として仕えていたと聞いた。その血が、巫女としての適性を引き出したのだろう。お前の母も、祖母も、更にその上も」
「えっ……待ってください。母も、祖母もってことは……巫女は、この世界に、何年かごとに呼ばれているということですか?」
「そうだ」

 驚きの連続だった。自分だけが知らなかった。母からも祖母からも、そんな素振りは感じられなかったし、話を聞いてもいない。

「そんなに何度も、世界に危機がやってくる、と……?」
「代々の帝は、十数年おきに、巫女から力を授からないと困るのだ。国全体を守る結界を張るために」
「結界……?」
「アヤカシから国を守る結界だ。私が発病した後、急激にアヤカシが増えただろう。それは、私の力が弱まり、結果的に結界も弱まったからだ」

 つまり、アヤカシ増加の原因は、帝自身が弱ってしまったことだった。そして、それを補うために巫女が呼ばれ、帝に力を授けて帰って行く。図式は単純だが、この真実を、村の人は誰も知らない。徹底して隠し通されている。

(どうして……?)

 真珠は、働かない頭で必死に考えた。この事実を公表すると、帝は困るわけだ。ということは――真珠が正体を隠してきたのと同じで、国民の不満が帝に一極集中するのを防ぐため。だから、巫女についての情報が全く得られなかったのだ。

「いろいろと合点がいっているようだな」

 パズルのピースが、少しずつ当てはまっていく。帝は力を欲して真珠を呼び出した。残る疑問は、巫女が帝にどうやって力を授けるか。

「それで、私は何を望まれているんでしょうか?」
「理解が早い。さすが、蛍の娘だ」

 帝は顔に皺を刻みながら、微笑んで見せた。真珠は、嫌な予感を拭えない。黒曜の言ったことが、頭を過る。

「帝は巫女と身体を交わらせることで、力を得られる。よって、お前を私の妃とする」
「……え」

 真珠が言葉を失うのと同時に、銀が真珠の前に出た。彼はそのまま、真珠を背中に庇う。

「銀さっ……」
「なるほど。今回も、一筋縄ではいかないか」

 帝は、真珠を背にして睨みつける銀に対し、力なく溜め息をついた。

「銀さん、待ってください。話はまだ、終わっていないです」
「しかし……」
「銀? ああ、お前が剣術の達人として名高い、あの志士か」

 銀の名声は、帝の耳にも入っているようだ。帝は銀を値踏みするように眺め、すぐに真珠へと視線を移す。

「お前の用心棒か?」
「そうです」
「そうか。巫女の用心棒としては申し分ない。が、今は出てきてもらっては困る」
「なにっ!?」
「銀さんっ。私、大丈夫ですから」

 今にも帝に掴みかかりそうな銀の着物を、真珠は後ろに引っ張った。彼はしぶしぶと頷き、入口の方へと戻っていく。

 真珠は驚きこそしたが、咄嗟に自分を守ってくれたことが嬉しかった。後で必ず礼を言おうと決めて、真珠は再び、帝に向き合う。

「母は妃にならなかったのに、どうして私だけ?」
「蛍にも、もちろん求婚した。だが、先程も言った通り、彼女には想い人がいた。私を受け入れてはくれなかった」
「では、私にも、どうするか選ぶ権利はありませんか?」
「事態はひっ迫している。私には子がいない。帝の血を引く子を作らなければ、この先結界を保っていけない。巫女が次にいつ現れるか、その保証もない。それならいっそ、巫女と帝、両方の力を持つ子を作ればいい」

 真珠は動揺して、再び目を瞬かせた。帝は、蛍の時にそれを実行しようとしたが断られ、結局この事態になるまで、時を過ごしてきたということだ。

(このまま、妃になるしかないの……?)

 自分の親ほど歳が離れていて、素性も全く知らない相手。素直に、「はい、分かりました」とは頷けない。

 しかし、真珠が断れば、国のアヤカシは増え続け、今より被害は酷いことになっていく。政略結婚ってこんな感じなのだろうかと、真珠は諦めかけた。

「真珠」
「……銀さん?」
「他に方法はないのか、打開策を考えるんだ」

 名前を呼ばれて後ろを振り返ると、銀がそう言った。『自信を持ってやり遂げろ』という彼の言葉が、蘇ってくる。銀は真珠を信じてくれた。ならば、簡単に諦めてはいけない。

 真珠は、帝をしっかりと見つめ返した。

「あの……そのやり方では、国もあなたも、帝の役目を継ぐ子どもたちも、疲弊するだけではありませんか?」
「そうだ。だが、それが帝の役目だ」
「でも、結果的に一時しのぎであって、根本的な解決にはなっていません。アヤカシを根絶できれば、結界を張らなくて済むんですよね?」
「アヤカシの根絶? そんなことができるのか? 今まで誰もできなかったのに?」

 帝の声が、鋭く冷たくなった。それは、一種の皮肉を含んでいる。「何も知らない小娘が、生意気なことを言うな」と罵倒されているようだ。

(これで怯んだら、負け……!)

 真珠は目を逸らさないように努めた。解決策を探す時間がほしい。考えた末に、真珠は条件を提示することにした。

「一週間、時間をください。その間に、アヤカシをどうにかできなければ、私はあなたの妃になります」
「……真珠!」

 銀が怒鳴った。勝手なことを言って、怒っているようだ。優しい彼ゆえの行動だった。

 けれど、もう後がない。帝も、身体がそれまでもつかどうかの勝負をしてもらうことになる。真珠はじっと返事を待った。

「ふふ……あはははっ! おもしろい! やはり、蛍の娘だ。いいだろう、待ってやる」
「ほ、本当ですか!」

 帝は一転して、機嫌よく笑った。条件を飲んでくれるようだ。

「ただし、約束は必ず守ってもらう。一週間以内に、お前がアヤカシを根絶できたのなら、私も役目は終わるから喜ばしいことだが……できなかった時は、必ず私の妃になるように」
「分かりました」
「……くそっ」

 銀が悔しそうに苛立つ姿を見て、真珠の胸はチクリと痛んだ。これでよかったとは言えないが、ひとまず少しの猶予はできた。その中で、一生懸命あがいてみるしかない。

「手掛かりになるか分からないが、一つ、情報をやろう」
「えっ?」

 帝は、唐突にそう切り出した。

「ここより北にある平原の先に、遥か昔、まだアヤカシが存在しなかった頃、巫女が代々祈祷を行っていた神殿がある。今はもうアヤカシの巣窟そうくつになっていて、誰も近づかないが」
「神殿、ですか?」
「神聖なはずの場所に、アヤカシが住み着く……なにか理由があるのだろうが、調査に行った者は全員そのまま帰って来ないのでな。実態は分かっていない」

 死者が相当数出ている、危険な場所だということだ。そこに踏み入れるかどうかは、皆で話し合って決めるしかない。今はとにかく、情報も時間も惜しかった。

「分かりました。情報をありがとうございます」
「一週間……どう転ぶのか、楽しみにしているぞ」
「はい。では、これで失礼します」

 真珠は帝に頭を下げ、踵を返す。眉間に皺を寄せ、険しい表情をしている銀を伴い、御所を後にした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーレムです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...