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66.好都合のオオカミ女
しおりを挟む部長が何か言いかけたまさにその時、コンコン、と部屋の扉がノックされて、思わずビクッと跳ね上がってしまった。
危ない……もう少しでこの瞳の催眠術でコロッと流されてしまうところだった。
「凛ー。ちょっといいかしら」
「な、何お母さん……!」
中に入って来たらマズイと思って、慌ててベッドから降りて扉を開け、隙間から顔を覗かせたが、内心ホッと息をついた。
よかった……!
ナイスタイミングだ母よ!
フッ……母の接近にも気付かず間が崩れていい気味ですね部長!
とここまで悪態をついたわけだが、もちろん振り返る勇気は無い。
「夕飯の支度してたんだけど、一華さんは大丈夫?」
「だ、大丈夫って……?」
そういえばさっき母にも少し申し訳ないことを言ってしまったんだった……。
まさか、ほとんど魚料理しか残ってないとか?
部長が魚アレルギーってことになったから、困ってしまった?
母はふっくらした頬に手を置き、眉を潜めて笑った。
「お父さんももう出来上がっちゃってたから爆睡で~。
さっき昼にいっぱい飲ませてしまったから一華さんは大丈夫だったかしらと思ってね。
無理させちゃったと思うから」
「あー…あはは、なるほどね……」
確かに、注がれた日本酒をまるでソフトドリンクでも飲むかのような勢いで飲み干してたものね…。
元々めちゃくちゃお酒に強いってわけでもなく、『飲んでも呑まれるな』より『飲んだら呑まれよう』というセリフの似合う父があの勢いで昼間から飲んで大丈夫なわけがない。
そういえば、杉村部長も合わせて飲まされていたんだっけ。
吸血鬼である部長は飲んでも味を感じないし酔うこともないけど……。
泳がせていた目を正面に戻し、母を見やる。
これは、好都合だ。
「ぶ……い、一華さんもだいぶ酔いが回っちゃったみたいでダウンしちゃってる…から、夕飯は私だけで大丈夫かも」
嘘をつく背徳感と、一華と呼ぶことへの恥ずかしさと、おそらく部屋の中からでも彼の人並外れた聴力で全部聞かれているだろうという不安に言葉を詰まらせながらも、なるべく違和感の無いように、母に不快を与えないように口を開く。
母はやはり、少し眉をひそめて「まぁ」と声を上げた。
「一華さん大丈夫かしら」
「うん! 多分平気よ! 寝れば治るタチだから!
明日の朝にはいつも通り出て行けると思う!」
部屋を覗こうとする母に対し、扉が閉まっていることも忘れて誤魔化すように手振りを加えて壁を作り、空返事をする。
「そう?」と少し不満げに声を漏らしたので、なるべく明るく笑顔で頷いてみせた。
ヤバい……変な汗出てる。
「後で氷枕出してあげなさいね。
凛、一緒に夕飯作るの手伝ってくれる?
2人分ならすぐに出来るから」
「うん、分かった」
階段を降りていく母に、「一華さんにも伝えとくね」と後ろ手に扉を開けて、頷く母に作り笑顔を見せて部屋に戻った。
……なんだか、振り返りたくない。
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