陽の下の吸血鬼

天野 奏

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散り泣き咲く雪のよう

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部屋を出ると、目の前の黒い腰掛けに国枝さんが座っていた。

「……用は済んだんです?」
「はい」

一言返事をすると、国枝さんはニヤニヤしながら立ち上がった。

「こんなこと聞くのもあれですが……個人的な話ってまさか、彼女に惚れたとか?」
「……違います」

ため息をついて先に歩き出すと、国枝さんは「冗談ですよ」と笑って追いかけてきた。

「でも、彼女はなんだか目を惹くものがあるというか……可愛いですし、声にも優しさが滲み出てるというか……あれはモテるでしょう」

国枝さんは思い出しながらニヤッとした。
刑事の勘という感覚は凄いものを持っていると思うが、この手の話題になると途端におじさんになる。
というか、犯人の目の前で易々と彼女を人質に取られたことすらスッカリ忘れているのではないかと思うくらいあっさりしている。
国枝さんの記憶としては、警察署に彼女を連れて行ったのはあの男のことではなく、雨宮教授の件での聴取ということになっているようだが…書類作成の為にわざわざ連れて行くこともない。
そのことに関して、不自然に思わないのが不思議だ。
視覚の外、のようだ。
それを責めることはしないが……
この件に関してもう少し慎重になって欲しい。

「……そんなこと言ってると、娘さんに嫌われますよ?
奥さんも怒るでしょうし」

ドキッとしたように、分かりやすく国枝さんの顔に恐怖の微表情が浮かぶ。
今の言葉、そんなに怯えるものか?
いや、他の何かか……?

「……国枝さん?」
「あ、いや、なんか、一瞬思い出したような……」
「何を?」

目を細めて国枝さんを見る。

「いや…うん、忘れた」

その表情に嘘は無かった。
忘れるということは大したことでは無いのが普通だが、それにしては、ハッキリとした恐怖だったな…。
まさか、あの男に関することか?
その前の会話に出したのは、娘と奥さん…。
もし、国枝さんが脅迫されているとしたら…いや、考え過ぎか。
ただ、あの時の男の目。
僕を見て、何か、嘲笑ったように見えた。
国枝さんが記憶を消されたと知った時、あの男の視線の意味が、なんとなく分かってしまった。

『これ以上関わるなら、お前もこうなる』

その為に、国枝さんの記憶を消したのでは無いかと、思ってしまった。
戒めとばかりに……。

エレベーターが止まると、中から2人組の女子がせかせかと現れた。

「えっと…こっち!」
「あ、美月!!」

こちらには目もくれず、奥の病室に向かって小走りする2人。

あれは確か…応接室を出る時、入り口で待っていた……

「……好かれていますね、彼女」
「……そうですね」

少し自分のことのように嬉しく思えて、口角が上がった。
しばらく彼女は休ませてはもらえなそうだ。
体調が悪化しないといいが。

エレベーターに乗り、ふと思い出す。
もう10年になるのか……。
初めて会ったあの日から。
彼女の姿は、忘れられない。
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