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本編【表】
第24話-会話
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~セリア視点~
王太子に手を取られて、広い王邸を連れ歩かされるセリア。
すれ違う従者達がセリアを見る度に"王太子妃殿下"と声を掛け頭を下げる。
こうやってなんの気無しに手を握る王太子だが
その実、配下の者達にセリアと親しい仲である事を演出してお披露目しているのだから何処までも計算高い人物だ。
『あの…御手を御離し頂けませんか?』
無駄だとは分かっていながらも、王太子の不躾に異議は唱える。これがセリアなりの抵抗だ。
この手を繋ぐと言う行為が自分の意思では無いと、セリアも他の人間に演出する。
『まぁ良いでは無いか!』
やはり無駄だった。
セリアの拒絶はない物として扱われる。
そんなやり取りをしながら、1つの大きな扉の前に辿り着く。
『あの…此処は?』
『俺の部屋だ』
『え…?』
王太子は何処までも常識外れな人間だ。
普通、未婚の令嬢、しかも婚約者のいる女性を自身の部屋に招く等有り得ない。
王族ともなれば、例え自身の婚約者であろうと正式な婚礼が成されるまでは自重すべきだ。
王家のスキャンダル等鬼火の様に広がる。
話に尾ひれが付いてある事無い事言い広められると言うのに何を考えているのだろうか?
『あの…私如きが殿下の御部屋に入るのはマズイのではありませんか?』
『ふふ…今日はお前に俺の秘密を見せてやる。』
王太子はニヤリと笑うとセリアの言葉は無視して扉を開きセリアを連れ込んだ。
セリアを半ば強引に押し込むと扉を閉めた。
セリアはこの扉を閉めると言う行為に不信感が募る。
これではまるで密会だ。
人に見られてはマズイ事をしているかの様で、この扉を閉めて邸内の侍従達の目を避ける様な真似は不透明感を抱かせる。
一体人目を避けてまで何をしようと言うのだろうか?
セリアは、流石にまさかとは思うが…ここで自身を手篭めにして彼の妻となる他無い様にする気では無いだろうかと言う不安すらも覚える。
通常、客観的で冷静な判断や考えが出来るセリアはこの様な考えには至らない。
普通に考えれば、王太子と言えどそんな無法は許されないからだ。
しかし、セリアに異常者判定されているこの王太子ならば…自身の予測を上回る事をしても不思議では無いのだ。
更に自室に連れ込み、中々目的を明かさず意味有りげな事を言う王太子の発言にも不安は掻き立てられた。
『覚悟はいいか?今からお前に未知の世界を教えてやろう。』
王太子はそう言ってニヤリと笑うと、執務用の机より大きな台に掛けられた布袋を引いた。
一体 何を見せられるのか…気が気では無いセリアは身構えながら布袋から現れた物に目をやる。
-船…?
台に乗せられていたのは船だった。
いや、正しくは船の模型だ。
精巧に作られた船の模型は全長がセリアの身長程はある大きな物だった。
しかし奇異な船だ。
本来帆が付けられるべき位置には、鍛冶場や工房で見る様な巨大な煙突らしき物が二本 備え付けられている。
これは一体何なのだろうか…?
『リベル・クォ・レボリオ号、デラガド留学で持ち帰った造船技術と、とある国の技術力から着想を得て俺が立案した革新的な未来の船であり、俺の夢だ。この船は簡単に言えば熱より発生する蒸気を利用して推進力を上げ天候に関係無く航路を進める船、言わば蒸気船だ。』
『蒸気…船?』
王太子はまるで子供の様に夢中で、この船の有用性と素晴らしさを語った。
"ボイラーが" "蒸気の熱で" "タービンが" "それにより推進力が"
夢中でうんちくを語る王太子だが
どのうんちくもセリアにとって…いやアルテア国において全くの未知の技術であるが故に理解出来ない。
要約すると"蒸気の力で波や風をものともせず長距離航海が出来る画期的な船"と言う事だ。
が…しかし
この熱により発生した蒸気を逃がす蒸気機関と言う煙突状の機関は工学に疎いセリアが見ても…とてもじゃないが木造船が支えられる重量では無い。
こんな物が水に浮く訳がない。
船降ろしと同時に彼の"夢"とやらが文字通り水泡に帰すだろう。
『私、船に詳しくはありませんが…この様な機関の重量に木造船が耐えられるでしょうか?』
セリアは王太子の話に興味は無かったが、彼の夢中で語る演説を遮る為に口を挟む。
この現実主義の王太子にしては珍しく、子供の夢の様な空想に夢中になっている所へ、現実を突き付けて勢いを奪ってやろうと言う考えだ。
『木造船では叶わない…だが鉄の船ならばどうだ?』
『鉄の船…?』
-何を言っているのだろうか…
先程兄上に現実を語っていたこの方が鉄の船を作るだなんて世迷言を言うだなんて…
確かにこの王太子はデラガド留学より持ち帰った造船技術によりアルテアで造船される帆船の技術発展に多大な功績を与えた。
今までは困難だった沖合漁業が容易になり、食糧問題にも大きく貢献したのは事実だが...鉄を水に浮かせる等世迷言過ぎる。
『こんな大きな鉄の船が水に浮くのでしょうか?』
『無理だ』
-でしょうね…
夢は語っても現実は弁えているらしい。
それならば婚約者がいる人間を自身の妃に迎えようとする非常識で非現実的な行いも"無理だ"と気付いて貰いたい物だ。
『今はまだ、どの国にもこの鉄の塊を水に浮かばせる技術法はない…まだな?』
『はぁ…』
また意味有気な言葉を吐く王太子に正直うんざりするセリア。
興味のない男の話程、女にとっての苦痛はない。
ここでセリアは本来の自身をシェーヌと引き離した理由を疑問に思う。
まさかこの船の模型を見せる為だけに呼んだ訳ではあるまい。
『あの…殿下は何の為に私を殿下の御部屋に…?』
『お前に"未来"の話をする為だ。』
セリアの問いに王太子はまた素っ頓狂な返答で返す。
何故だか彼は一々自身の言葉を派手に脚色しなければ気が済まない様だ。
自身の言葉に酔っているのはまず間違いない。
この王太子はナルシズムの権化だ。
『お前に俺の目標であり、夢であるこの船を見せたのは…この船そのものが遠からずやって来る未来の一部だからだ。』
王太子はまた語る。
今のセリアからすれば魔法か絵空事でしかないこの鉄の船は遠くない未来で実現可能な技術であると。
しかし、それは今のアルテア王政の制度や技術力では叶わない。
だが、アルテアが開国し他の大国等と資源や文明を分かち合うならば夢は絵空事では無く近い未来の現実になると。
『俺がお前に贈ったあのドレス…とても鮮やかで美しい色合いをしているだろう…アレはお前に似合うと思って異国の名うての職人に特注で作らせた物だ。』
突然、王太子は前回の訪問の際にアクシデントによりやむを得なく着替えが必要になった際に用意されたドレスの話を持ち出す。
何故彼との会話はこうも脈絡が無いのだろうか
『その節はありがとうございました。後々...フェレネス家から御礼参りに伺います。』
しかしセリアは王太子の不規則な会話の流れに惑わされる事無く、最良の返答を返す。
ここで"ドレスを返す"や"お金を支払う"と言わないのは、セリアが培った礼儀作法の一つだ。
貴族家の令嬢が学ぶ作法では、女は男からの好意を極力断ってはならないと教える家が多い。
例えば、交際が決まったカップルの男性が飲食店等で食事をご馳走すると言った際に
平民間ならば"私の分は私が出します"と言うのが慎ましさの現れになるが、貴族家の場合は異なる。
貴族家の令嬢が"ご馳走する"と言う男性に対して
"いえ割り勘にしましょう"等と言おう物なら
"貴方にはここの食事代も払う財力はないでしょう?"と言っているのと同義で男性を辱める事になる。
特に家々によって財力が異なる貴族家同士ならば生家の侮辱にも取れる発言だ。
だから貴族家の令嬢は男性に"ご馳走する" "プレゼントする"と言われたならば、そこは大人しく頂戴して男性を立てる事がマナーなのだ。
しかし特に親しくない間柄の男性から好意を一方的に受け取れば勘違いを生む可能性もある為
望まない好意を受けた際は必ず"御礼参りに伺う"と言って受けた好意と同じ程度の返礼をし貸し借りを帳消しにするのが望ましい。
そう言ったマナーがあるからこそ、貴族家に籍を置く女性にとって...興味のない男性からの"好意"は面倒でしかない。
『そう言う意味で言ったのでは無い。あのドレスは...気に入らんか?』
『いえ、大変美しく...ただ私には勿体なく、似合わない物かと思います。』
セリアの発言は本心だ。
あのドレスは非常に美しい。
あの鮮やかなブルーの色合いはアルテアの染色方法ではどうやっても編み出せないだろう。
しかし、自身の容姿に対する自己評価が"地味"であるセリアにとっては、あの鮮やか過ぎるドレスは似合わない所か、悪目立ちしている様に感じる。
セリアにとって自身とあのドレスの組み合わせは、カカシに宝石品を身に付けさせる様な物と捉えているのだ。
『あれはお前の為だけに作らせた物だ。素材にはイリスの不死草と言う希少な素材を用いてな。』
『不死草?』
セリアはアルテアと戦争下にあったイリスの名前にも引っ掛かったが...
不死草と言うワードにもひっかかった。
王太子は不死草について語る。
不死草はイリスにのみ自生する珍しい植物だ。
名前の由来通り非常に強い生命力を持ち
不死草で編んだ糸は100年経ってもその形を保つ強度を持つらしい。
また若い不死草は小汚い枯れ草の様な色合いだが、何十年と歳を重ねた不死草は年月を重ねる毎に鮮やかなコバルトブルーの色彩を帯びるそうだ。
100年の時を経ても形を保つ不死草で編んだ糸は縁起物として聖布と呼ばれ
イリスの若い女性達は不滅の愛の証として不死草で編んだ布を心に決めた男性に贈る習わしがあると言う。
とても美しい逸話を持つ不死草だが...
これだけのドレスを作るのに一体どれほどの不死草が使われたのだろうか...
この色合いからして相当な年月を重ねた希少な不死草がドレスの素材として使われたのだろうが...こんな話を聞かされては...フェレネス家は一体何を返礼すれば良いか悩まされる事になる...
突然ドレスの話を持ち出したのはこの為だったのだ。
セリアは再び、王太子に優位に立たれてしまった。
『そう困った顔をするな。それは俺からの100%善意の贈り物なのだ。それに...御礼参り等 堅苦しい物は好かん。俺とセリアの仲では無いか。』
そう言うと王太子はセリアの肩に手を置く。
このまま押し黙ってしまってはセリアの負けだ。
『私は...殿下にこの様な大それた物を頂ける程の者ではありません。』
"大それた物を頂ける仲ではない"ではなく
"大それた物を頂ける程の者ではない"と謙った言葉しか吐けないのが辛い。
"あなたの婚約者ではない"と言う分に関しては事実を述べた迄なので不敬には辺らないが
王太子はこの分を前回のセリアとの会話で理解し
"婚約者"と言うワードは用いずに敢えて"俺とセリアの仲"と言う曖昧な言葉を使った。
王太子が"俺達は友達だよな?"と言っているのに
"そんな事ないです"と返すのは非常に無礼だ。
セリアがこう返して来る事を王太子は把握していたかの様な言葉選び。
案の定セリアは"俺とセリアの仲"を否定する事が出来なかった。
こう言った問答を繰り返して行けば、何れ周りの人間にも"殿下とセリア嬢は深い仲"と認識され、当人すらも引くに引けない状況に陥るのだ。
『まぁいい!とにかく俺はセリアに教えたかったのだ。この国の外にはアルテアでは見ることが出来ない技術や文化で溢れているのだと言う事をな!その一部を見せたくて今日は自室にお招きした!な?面白かったろ?』
王太子は"ここらで勘弁してやるか"と言わんばかりの勝ち誇った表情で満足そうに笑う。
『べ、勉強になりました...』
今日のセリアと王太子の会話は...完全に王太子に優位に立たれてしまった...これはセリアの敗北だ。
王太子に手を取られて、広い王邸を連れ歩かされるセリア。
すれ違う従者達がセリアを見る度に"王太子妃殿下"と声を掛け頭を下げる。
こうやってなんの気無しに手を握る王太子だが
その実、配下の者達にセリアと親しい仲である事を演出してお披露目しているのだから何処までも計算高い人物だ。
『あの…御手を御離し頂けませんか?』
無駄だとは分かっていながらも、王太子の不躾に異議は唱える。これがセリアなりの抵抗だ。
この手を繋ぐと言う行為が自分の意思では無いと、セリアも他の人間に演出する。
『まぁ良いでは無いか!』
やはり無駄だった。
セリアの拒絶はない物として扱われる。
そんなやり取りをしながら、1つの大きな扉の前に辿り着く。
『あの…此処は?』
『俺の部屋だ』
『え…?』
王太子は何処までも常識外れな人間だ。
普通、未婚の令嬢、しかも婚約者のいる女性を自身の部屋に招く等有り得ない。
王族ともなれば、例え自身の婚約者であろうと正式な婚礼が成されるまでは自重すべきだ。
王家のスキャンダル等鬼火の様に広がる。
話に尾ひれが付いてある事無い事言い広められると言うのに何を考えているのだろうか?
『あの…私如きが殿下の御部屋に入るのはマズイのではありませんか?』
『ふふ…今日はお前に俺の秘密を見せてやる。』
王太子はニヤリと笑うとセリアの言葉は無視して扉を開きセリアを連れ込んだ。
セリアを半ば強引に押し込むと扉を閉めた。
セリアはこの扉を閉めると言う行為に不信感が募る。
これではまるで密会だ。
人に見られてはマズイ事をしているかの様で、この扉を閉めて邸内の侍従達の目を避ける様な真似は不透明感を抱かせる。
一体人目を避けてまで何をしようと言うのだろうか?
セリアは、流石にまさかとは思うが…ここで自身を手篭めにして彼の妻となる他無い様にする気では無いだろうかと言う不安すらも覚える。
通常、客観的で冷静な判断や考えが出来るセリアはこの様な考えには至らない。
普通に考えれば、王太子と言えどそんな無法は許されないからだ。
しかし、セリアに異常者判定されているこの王太子ならば…自身の予測を上回る事をしても不思議では無いのだ。
更に自室に連れ込み、中々目的を明かさず意味有りげな事を言う王太子の発言にも不安は掻き立てられた。
『覚悟はいいか?今からお前に未知の世界を教えてやろう。』
王太子はそう言ってニヤリと笑うと、執務用の机より大きな台に掛けられた布袋を引いた。
一体 何を見せられるのか…気が気では無いセリアは身構えながら布袋から現れた物に目をやる。
-船…?
台に乗せられていたのは船だった。
いや、正しくは船の模型だ。
精巧に作られた船の模型は全長がセリアの身長程はある大きな物だった。
しかし奇異な船だ。
本来帆が付けられるべき位置には、鍛冶場や工房で見る様な巨大な煙突らしき物が二本 備え付けられている。
これは一体何なのだろうか…?
『リベル・クォ・レボリオ号、デラガド留学で持ち帰った造船技術と、とある国の技術力から着想を得て俺が立案した革新的な未来の船であり、俺の夢だ。この船は簡単に言えば熱より発生する蒸気を利用して推進力を上げ天候に関係無く航路を進める船、言わば蒸気船だ。』
『蒸気…船?』
王太子はまるで子供の様に夢中で、この船の有用性と素晴らしさを語った。
"ボイラーが" "蒸気の熱で" "タービンが" "それにより推進力が"
夢中でうんちくを語る王太子だが
どのうんちくもセリアにとって…いやアルテア国において全くの未知の技術であるが故に理解出来ない。
要約すると"蒸気の力で波や風をものともせず長距離航海が出来る画期的な船"と言う事だ。
が…しかし
この熱により発生した蒸気を逃がす蒸気機関と言う煙突状の機関は工学に疎いセリアが見ても…とてもじゃないが木造船が支えられる重量では無い。
こんな物が水に浮く訳がない。
船降ろしと同時に彼の"夢"とやらが文字通り水泡に帰すだろう。
『私、船に詳しくはありませんが…この様な機関の重量に木造船が耐えられるでしょうか?』
セリアは王太子の話に興味は無かったが、彼の夢中で語る演説を遮る為に口を挟む。
この現実主義の王太子にしては珍しく、子供の夢の様な空想に夢中になっている所へ、現実を突き付けて勢いを奪ってやろうと言う考えだ。
『木造船では叶わない…だが鉄の船ならばどうだ?』
『鉄の船…?』
-何を言っているのだろうか…
先程兄上に現実を語っていたこの方が鉄の船を作るだなんて世迷言を言うだなんて…
確かにこの王太子はデラガド留学より持ち帰った造船技術によりアルテアで造船される帆船の技術発展に多大な功績を与えた。
今までは困難だった沖合漁業が容易になり、食糧問題にも大きく貢献したのは事実だが...鉄を水に浮かせる等世迷言過ぎる。
『こんな大きな鉄の船が水に浮くのでしょうか?』
『無理だ』
-でしょうね…
夢は語っても現実は弁えているらしい。
それならば婚約者がいる人間を自身の妃に迎えようとする非常識で非現実的な行いも"無理だ"と気付いて貰いたい物だ。
『今はまだ、どの国にもこの鉄の塊を水に浮かばせる技術法はない…まだな?』
『はぁ…』
また意味有気な言葉を吐く王太子に正直うんざりするセリア。
興味のない男の話程、女にとっての苦痛はない。
ここでセリアは本来の自身をシェーヌと引き離した理由を疑問に思う。
まさかこの船の模型を見せる為だけに呼んだ訳ではあるまい。
『あの…殿下は何の為に私を殿下の御部屋に…?』
『お前に"未来"の話をする為だ。』
セリアの問いに王太子はまた素っ頓狂な返答で返す。
何故だか彼は一々自身の言葉を派手に脚色しなければ気が済まない様だ。
自身の言葉に酔っているのはまず間違いない。
この王太子はナルシズムの権化だ。
『お前に俺の目標であり、夢であるこの船を見せたのは…この船そのものが遠からずやって来る未来の一部だからだ。』
王太子はまた語る。
今のセリアからすれば魔法か絵空事でしかないこの鉄の船は遠くない未来で実現可能な技術であると。
しかし、それは今のアルテア王政の制度や技術力では叶わない。
だが、アルテアが開国し他の大国等と資源や文明を分かち合うならば夢は絵空事では無く近い未来の現実になると。
『俺がお前に贈ったあのドレス…とても鮮やかで美しい色合いをしているだろう…アレはお前に似合うと思って異国の名うての職人に特注で作らせた物だ。』
突然、王太子は前回の訪問の際にアクシデントによりやむを得なく着替えが必要になった際に用意されたドレスの話を持ち出す。
何故彼との会話はこうも脈絡が無いのだろうか
『その節はありがとうございました。後々...フェレネス家から御礼参りに伺います。』
しかしセリアは王太子の不規則な会話の流れに惑わされる事無く、最良の返答を返す。
ここで"ドレスを返す"や"お金を支払う"と言わないのは、セリアが培った礼儀作法の一つだ。
貴族家の令嬢が学ぶ作法では、女は男からの好意を極力断ってはならないと教える家が多い。
例えば、交際が決まったカップルの男性が飲食店等で食事をご馳走すると言った際に
平民間ならば"私の分は私が出します"と言うのが慎ましさの現れになるが、貴族家の場合は異なる。
貴族家の令嬢が"ご馳走する"と言う男性に対して
"いえ割り勘にしましょう"等と言おう物なら
"貴方にはここの食事代も払う財力はないでしょう?"と言っているのと同義で男性を辱める事になる。
特に家々によって財力が異なる貴族家同士ならば生家の侮辱にも取れる発言だ。
だから貴族家の令嬢は男性に"ご馳走する" "プレゼントする"と言われたならば、そこは大人しく頂戴して男性を立てる事がマナーなのだ。
しかし特に親しくない間柄の男性から好意を一方的に受け取れば勘違いを生む可能性もある為
望まない好意を受けた際は必ず"御礼参りに伺う"と言って受けた好意と同じ程度の返礼をし貸し借りを帳消しにするのが望ましい。
そう言ったマナーがあるからこそ、貴族家に籍を置く女性にとって...興味のない男性からの"好意"は面倒でしかない。
『そう言う意味で言ったのでは無い。あのドレスは...気に入らんか?』
『いえ、大変美しく...ただ私には勿体なく、似合わない物かと思います。』
セリアの発言は本心だ。
あのドレスは非常に美しい。
あの鮮やかなブルーの色合いはアルテアの染色方法ではどうやっても編み出せないだろう。
しかし、自身の容姿に対する自己評価が"地味"であるセリアにとっては、あの鮮やか過ぎるドレスは似合わない所か、悪目立ちしている様に感じる。
セリアにとって自身とあのドレスの組み合わせは、カカシに宝石品を身に付けさせる様な物と捉えているのだ。
『あれはお前の為だけに作らせた物だ。素材にはイリスの不死草と言う希少な素材を用いてな。』
『不死草?』
セリアはアルテアと戦争下にあったイリスの名前にも引っ掛かったが...
不死草と言うワードにもひっかかった。
王太子は不死草について語る。
不死草はイリスにのみ自生する珍しい植物だ。
名前の由来通り非常に強い生命力を持ち
不死草で編んだ糸は100年経ってもその形を保つ強度を持つらしい。
また若い不死草は小汚い枯れ草の様な色合いだが、何十年と歳を重ねた不死草は年月を重ねる毎に鮮やかなコバルトブルーの色彩を帯びるそうだ。
100年の時を経ても形を保つ不死草で編んだ糸は縁起物として聖布と呼ばれ
イリスの若い女性達は不滅の愛の証として不死草で編んだ布を心に決めた男性に贈る習わしがあると言う。
とても美しい逸話を持つ不死草だが...
これだけのドレスを作るのに一体どれほどの不死草が使われたのだろうか...
この色合いからして相当な年月を重ねた希少な不死草がドレスの素材として使われたのだろうが...こんな話を聞かされては...フェレネス家は一体何を返礼すれば良いか悩まされる事になる...
突然ドレスの話を持ち出したのはこの為だったのだ。
セリアは再び、王太子に優位に立たれてしまった。
『そう困った顔をするな。それは俺からの100%善意の贈り物なのだ。それに...御礼参り等 堅苦しい物は好かん。俺とセリアの仲では無いか。』
そう言うと王太子はセリアの肩に手を置く。
このまま押し黙ってしまってはセリアの負けだ。
『私は...殿下にこの様な大それた物を頂ける程の者ではありません。』
"大それた物を頂ける仲ではない"ではなく
"大それた物を頂ける程の者ではない"と謙った言葉しか吐けないのが辛い。
"あなたの婚約者ではない"と言う分に関しては事実を述べた迄なので不敬には辺らないが
王太子はこの分を前回のセリアとの会話で理解し
"婚約者"と言うワードは用いずに敢えて"俺とセリアの仲"と言う曖昧な言葉を使った。
王太子が"俺達は友達だよな?"と言っているのに
"そんな事ないです"と返すのは非常に無礼だ。
セリアがこう返して来る事を王太子は把握していたかの様な言葉選び。
案の定セリアは"俺とセリアの仲"を否定する事が出来なかった。
こう言った問答を繰り返して行けば、何れ周りの人間にも"殿下とセリア嬢は深い仲"と認識され、当人すらも引くに引けない状況に陥るのだ。
『まぁいい!とにかく俺はセリアに教えたかったのだ。この国の外にはアルテアでは見ることが出来ない技術や文化で溢れているのだと言う事をな!その一部を見せたくて今日は自室にお招きした!な?面白かったろ?』
王太子は"ここらで勘弁してやるか"と言わんばかりの勝ち誇った表情で満足そうに笑う。
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菱沼あゆ
ファンタジー
妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。
残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。
何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。
後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。
(小説家になろうでも掲載しています)
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