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本編【表】
第30話-父
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-セリア視点-
日が暮れ、夜の帳が降りる。
暫く仮眠していたセリアは目を覚ますと自室で食事を取った。
これはベルが他の従者達のセリアの帰郷を不思議がる目と双子の妹達にセリアの帰郷が知られればセリアに付きっきりでひっつき、セリアが充分に心身を休める事が出来ないと踏んでの配慮だ。
次女レベッカにはセリアの帰郷は伝えているが"公務の用で偶然近くを通ったので暫くフェレネス家に滞在する"と伝え、本当の訳は伝えていない。
セリアは普段人に決して弱みを見せたり、泣き言を吐いたりはしない。
人の目があれば平静を装い
"模範的な女性"を装ってしまう。
故に下手に周りに真実を告げて心配を掛ければ余計にセリアは自分を押し殺して"周りが求めるセリア"を装いフェレネス家には居づらくなってしまうと考えての事だ。
ベルがセリアの食した空の食器を下げにやって来ると、ある言伝を告げた。
『セリア様、当主様が執務室にてお呼びです。但し深夜12時に来る様にとの事です。』
ベルは気まずそうにフェレネス伯からの言伝を告げる。
彼女から見ても少なくともセリアを労う為に呼び出している訳ではないのは明白だからだ。
セリアは柱時計に目をやると時刻はまだ10時を指している。
普段は遅くとも11時には眠りに付くセリアだが…フェレネス伯は娘の都合等お構い無しだ。
残りの2時間…セリアは父に何を言われるのかと気が気ではない地獄の時間を過ごすのだ。
-----------------
2時間が経った。
ただ指定された時を待つ間、レベッカがセリアの部屋を訪ねてきた。
彼女も普段は寄宿舎学校に通っているのだが…先日婚約者のアークレイと共にフェレネス家に挨拶に寄ったついでに3日程、フェレネス邸に滞在し、そのまま寄宿舎学校に帰る事にしたそうだ。
勿論、婚約者のアークレイも一緒に。
セリアは折角彼がいるのに私の部屋に居て良いのかと尋ねると…レベッカは顔を赤くして"寝室は別々に決まっている"と答えた。
まぁ、そうだろう。
あの厳格な父親が生まれながらの許嫁とは言え、正式な婚姻前の男女が同じ寝室で夜を共にする事を許す筈が無い。
聞けば、アークレイは父に挨拶する際に極度の緊張で大量に汗を流して夕餉を済ませると泥の様に眠りこけてしまったそうだ。
アークレイはライアンとは違い表情豊かで感情が顔に出易い。同じ兄弟でもこんなに性格が真逆な物だろうかと不思議に思う位だ。
しかしアークレイは…震える感情を押し殺しながら
"レベッカと共に切磋琢磨し彼女に相応しい男になれる様これからも精進致します"と父に宣言したそうだ。
その姿に胸がときめいたと頬を赤く染めながら惚気けるレベッカ。
普段気が強く…男勝りな妹が女の顔をしていた。
その表情はとても可愛らしくセリアは羨ましいとさえ思った。
-良い男は強い女を弱くしてしまうのね…
"椅子に座る時はアークが椅子を引いてくれて淑女みたいに扱ってくれたのが嬉しかった"
"夕餉になっても緊張が解けずにフォークを落としてアタフタしているアークが可愛かった"
"疲れている筈なのに寝る前に私の部屋に訪れ、おやすみと言って額にキスしてくれたのがドキドキし過ぎて心臓が飛び出しそうだった"
セリアの事情を知らない故にレベッカは残酷とも言える惚気け話を延々と語る。
アークレイの話をしているレベッカはとても幸せそう
な表情で、満たされた女性の顔をしていた。
こんなに緩んだ表情のレベッカを見るのは初めてかも知れない。
セリアは不意にある事が気になった。
アークレイの挨拶に、父はどう対応したかと言う疑問だ。
父は決して他人を認めない。
セリアが作法を完璧にマスターしても。
王立学園を次席で卒業した時も。
シェーヌがアルテア随一の剣の腕前を培い、父の力を超えた時も。
それは自身の子供に対してだけではない。
母がどれだけ父のサポートをしても"ありがとう"と礼を言う姿を見た事もない。
彼は、彼の周りの人間が完璧な成果を挙げて初めて合格点ギリギリの50点採点なのだ。
僅かでも粗相をやれば厳しく減点する。
減点主義の父は決して人を評価しない。
そんな父が、アークレイの挨拶にどう対応したかが気になったのだ。
レベッカは言った。
『父は端的に"励め"とだけ彼に言い伝えて挨拶は呆気なく終わりました。』と
セリアはレベッカの言葉が信じられなかった。
-それだけ…?あの父上ならもっと細々と尋問の様に問い詰めて彼を追い詰めると思ったのに…
しかしセリアが何度聞き直しても、レベッカの答えは変わらなかった。
たまたま昨日の父の機嫌がとても良かったのだろうか?
そう思い納得する以外に無かった。
セリアの知る父は、例え家同士が決めた許嫁だろうが早々に認める性格では無いからだ。
モヤモヤが晴れない中、セリアの部屋にベルが迎えに来る。
父との約束の時間になったからだ。
事情を知らないレベッカは"頑張って"と言わんばかりにセリアにガッツポーズを送る。
セリアはこれに微笑んで返すが若干引き攣っていたかも知れない。
これからセリアは父に大説教を食らう物としか思っていないからだ。
------------
言い付け通り12時丁度の父の執務室の前に立つセリア。
遅刻は以ての外だが…早く来すぎても叱られるので約束の時間の1分前に扉の前に立つ様に躾られている。
部屋の中で父が誰かと話していない様ならば約束の時間になったと同時に扉を叩くのがセリアの習った作法だ。
中から父が誰かと話している様子はない。
セリアは重い気持ちを奮い立たたせて戸を叩く。
しかし返事はない。
『当主様、セリアでございます。』
ここで"お父様"と呼ばず"当主様"と呼ぶのもフェレネス家ならではの作法だ。
常日頃から傍にいるのは"父"では無く"当主"と言う言わば上司に辺る人物と接する事で緊張感を持って過ごせと言う教えである。
扉腰に声を掛け、入室の許可を乞うが返事はない。
三度戸を叩くが、やはり返事は帰って来ない。
セリアは仕方なく返事の帰らない父の自室に入室する。
自分が呼び出しておいて部屋にいないのは父の過失だが…フェレネス家ではそんな理屈は通用しない。
呼び出しを食らったら例え父の都合で約束の時間に現れずとも、指定された場所で待ち続けなければならない。
入室するとセリアはハッとなる。
フェレネス伯が机に突っ伏していたからだ。
『当主様…?』
セリアは父に駆け寄り軽く肩を揺する。
返事はない。
-まさか…死んでいる?
縁起でもない事をセリアは思った。
父がうたた寝をしている姿等見た事がないからだ。
セリアはフェレネス伯の首元に手を当て脈を図ろうとすると、フェレネス伯はハッと身を起こしセリアの手を強く掴んだ。
どうやらうたた寝をしていただけの様だ。
首は急所だ。
例え眠っていようとも急所に触れられれば体が自然と動いてしまう、長年戦士として戦い続けた彼の習性だ。
『ひっ…』
そんな父の反射的反応にセリアは小さく悲鳴をあげる。
セリアにとって恐怖の象徴である父にいきなり手を捕まれる事はそれだけ恐ろしい事なのだ。
『なんだ…エヴリン……お前だったか…』
『え?』
フェレネス伯は、今は亡き母の名前を呼ぶとセリアの握った手を優しく撫で再び顔を埋めて眠ってしまう。
『あの…』
セリアは困惑してしまう。
自分を母と間違えてしまう父の普段なら有り得ない姿に。
-ボケてしまったのでしょうか…?あの父が…
セリアの手を握るフェレネス伯の手は…所々に歴戦の印を残すが…何より久々に見る父の手にはシワが目立った。
父は母と結婚してから大分遅くにセリア達子供を設けたと言う。
結婚してから10年は寝室も別々で、世継ぎを期待する親戚一同にも母は相当苦労したと聞く。
-勝手な人…自分から呼び付けておいて何を眠りこけているのかしら
セリアはそんな父に毒を吐く。
セリアは昔から厳しい父を恐れ、身勝手な父を嫌っていた。
母が死んだのも…どういう事情があってから知らないが若い頃に子を設けず歳をとってから急に世継ぎ問題に焦り子を設け出したからに違いないと母の仇とすら思っている。
フェレネス伯は厳し過ぎる人間だ。
人にも自分にも。
その厳しさには他人への思いやりがなく
結果だけを求めると言う点では王太子と似たものがある。
故に父の嫌悪感から自然と王太子の事も拒絶しているのかも知れない。
『当主様、セリアです。』
少し強めにセリアはフェレネス伯の肩を揺する。
そこまでして漸くフェレネス伯は目を覚ました。
獰猛なる白き猛将と異国人にも恐れられたフェレネス伯も…これではただのおじいちゃんだ。
『セリアか…』
『はい。』
-あれ?父はこんなに小さかったでしたっけ?
机に突っ伏して眠っていた父を見てセリアはふと子供の頃に恐れていた大きく 恐ろしい風貌に見えた彼が小さく見えてしまう。
父が老いたからか...はたまたセリアが成長したからなのかは分からない。
漸く体を起こしセリアに向き直るとフェレネス伯は重々しい口を開きセリアに問う。
"お前は何故此処にいる?"と
セリアはありのままに全てを話す。
すると父は口を開いた。
父の話は至って端的で短かった。
怒号を浴びせられ 責め立てられる物とばかり身構えていたセリアが拍子抜けしてしまう程に。
"生ある限り己が定めた主に尽くし務めを果たせ"
"お前の居場所は此処にはもうない"
"明日 日の出と同時に家を出る事を命じる"
この短い言葉を伝える為だけにわざわざ深夜にセリアを呼び出したのだ。
それだけの事なら、わざわざ深夜に呼び付ける意味が分からない。
しかし一つだけ分かった事は
"フェレネス家にセリアの居場所はもうない"と言う事だ。
父の短いその一言に何かか吹っ切れた気がした。
婚約者のライアンに別れを切り出され…セリアは居場所を求めてシェーヌに促されるがままフェレネス家に連れ帰られた。
しかし父にははっきりと"お前の居場所はない"と突き放された。
挙句 "日の出と共に出て行け"とまで言われた。
もう後戻りは出来ないのだ。
『以上だ下がってよし。』
まるでセリアを自分の部下の様に扱う父に一礼して部屋を出ると侍女のベルが部屋の外で待ってくれていた。
『どうやら...私の居場所は此処にもないみたい』
自嘲地味た苦笑いでベルに語る。
『出過ぎた事を申しますが...当主様はセリア様を案じておいでです。』
ベルの口からセリアの想像だにしていない言葉が出る。
-あの父が私を心配...?
セリアからすればそれは天変地異が起ころうとも有り得ない話だ。
セリアにとって父は爵位とメンツを守る為ならば幼い娘を雪山に置き去りにする様な男だ。
そんな父が今更心配等する筈がない。
-きっと思いやりで気を使っているのね
-あの人が心配しているのはフェレネス家とファルカシオン家の政略結婚が無事成されるかどうかだけだもの。
-でも、父が相変わらず冷徹な人で良かった。
-もし、お義父様の様に優しい言葉を掛ける事が出来る人だったら…私はその温もりに絆されて実家に引き篭っていたかも知れないもの。
『ありがとうベル。それとこんな時間に申し訳無いのだけれど…御者の方はまだ起きていらっしゃるかしら?』
セリアの問いにベルはパッと嬉しそうな表情になる。
『もし眠っている様なら…』
『寝ていても叩き起して準備させます!』
そう言うとベルは何処かへ駆けて行った。
セリアは思った。
やはりこのまま終わるのは納得が行かない。
例えライアンに完全に拒絶され、婚約を解消され様とも。
その理由をライアンの口から直接聞かなければ気が済まない。
それに…
今から迎えば…ライアンの朝の日課に間に合うかも知れない。
日が暮れ、夜の帳が降りる。
暫く仮眠していたセリアは目を覚ますと自室で食事を取った。
これはベルが他の従者達のセリアの帰郷を不思議がる目と双子の妹達にセリアの帰郷が知られればセリアに付きっきりでひっつき、セリアが充分に心身を休める事が出来ないと踏んでの配慮だ。
次女レベッカにはセリアの帰郷は伝えているが"公務の用で偶然近くを通ったので暫くフェレネス家に滞在する"と伝え、本当の訳は伝えていない。
セリアは普段人に決して弱みを見せたり、泣き言を吐いたりはしない。
人の目があれば平静を装い
"模範的な女性"を装ってしまう。
故に下手に周りに真実を告げて心配を掛ければ余計にセリアは自分を押し殺して"周りが求めるセリア"を装いフェレネス家には居づらくなってしまうと考えての事だ。
ベルがセリアの食した空の食器を下げにやって来ると、ある言伝を告げた。
『セリア様、当主様が執務室にてお呼びです。但し深夜12時に来る様にとの事です。』
ベルは気まずそうにフェレネス伯からの言伝を告げる。
彼女から見ても少なくともセリアを労う為に呼び出している訳ではないのは明白だからだ。
セリアは柱時計に目をやると時刻はまだ10時を指している。
普段は遅くとも11時には眠りに付くセリアだが…フェレネス伯は娘の都合等お構い無しだ。
残りの2時間…セリアは父に何を言われるのかと気が気ではない地獄の時間を過ごすのだ。
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2時間が経った。
ただ指定された時を待つ間、レベッカがセリアの部屋を訪ねてきた。
彼女も普段は寄宿舎学校に通っているのだが…先日婚約者のアークレイと共にフェレネス家に挨拶に寄ったついでに3日程、フェレネス邸に滞在し、そのまま寄宿舎学校に帰る事にしたそうだ。
勿論、婚約者のアークレイも一緒に。
セリアは折角彼がいるのに私の部屋に居て良いのかと尋ねると…レベッカは顔を赤くして"寝室は別々に決まっている"と答えた。
まぁ、そうだろう。
あの厳格な父親が生まれながらの許嫁とは言え、正式な婚姻前の男女が同じ寝室で夜を共にする事を許す筈が無い。
聞けば、アークレイは父に挨拶する際に極度の緊張で大量に汗を流して夕餉を済ませると泥の様に眠りこけてしまったそうだ。
アークレイはライアンとは違い表情豊かで感情が顔に出易い。同じ兄弟でもこんなに性格が真逆な物だろうかと不思議に思う位だ。
しかしアークレイは…震える感情を押し殺しながら
"レベッカと共に切磋琢磨し彼女に相応しい男になれる様これからも精進致します"と父に宣言したそうだ。
その姿に胸がときめいたと頬を赤く染めながら惚気けるレベッカ。
普段気が強く…男勝りな妹が女の顔をしていた。
その表情はとても可愛らしくセリアは羨ましいとさえ思った。
-良い男は強い女を弱くしてしまうのね…
"椅子に座る時はアークが椅子を引いてくれて淑女みたいに扱ってくれたのが嬉しかった"
"夕餉になっても緊張が解けずにフォークを落としてアタフタしているアークが可愛かった"
"疲れている筈なのに寝る前に私の部屋に訪れ、おやすみと言って額にキスしてくれたのがドキドキし過ぎて心臓が飛び出しそうだった"
セリアの事情を知らない故にレベッカは残酷とも言える惚気け話を延々と語る。
アークレイの話をしているレベッカはとても幸せそう
な表情で、満たされた女性の顔をしていた。
こんなに緩んだ表情のレベッカを見るのは初めてかも知れない。
セリアは不意にある事が気になった。
アークレイの挨拶に、父はどう対応したかと言う疑問だ。
父は決して他人を認めない。
セリアが作法を完璧にマスターしても。
王立学園を次席で卒業した時も。
シェーヌがアルテア随一の剣の腕前を培い、父の力を超えた時も。
それは自身の子供に対してだけではない。
母がどれだけ父のサポートをしても"ありがとう"と礼を言う姿を見た事もない。
彼は、彼の周りの人間が完璧な成果を挙げて初めて合格点ギリギリの50点採点なのだ。
僅かでも粗相をやれば厳しく減点する。
減点主義の父は決して人を評価しない。
そんな父が、アークレイの挨拶にどう対応したかが気になったのだ。
レベッカは言った。
『父は端的に"励め"とだけ彼に言い伝えて挨拶は呆気なく終わりました。』と
セリアはレベッカの言葉が信じられなかった。
-それだけ…?あの父上ならもっと細々と尋問の様に問い詰めて彼を追い詰めると思ったのに…
しかしセリアが何度聞き直しても、レベッカの答えは変わらなかった。
たまたま昨日の父の機嫌がとても良かったのだろうか?
そう思い納得する以外に無かった。
セリアの知る父は、例え家同士が決めた許嫁だろうが早々に認める性格では無いからだ。
モヤモヤが晴れない中、セリアの部屋にベルが迎えに来る。
父との約束の時間になったからだ。
事情を知らないレベッカは"頑張って"と言わんばかりにセリアにガッツポーズを送る。
セリアはこれに微笑んで返すが若干引き攣っていたかも知れない。
これからセリアは父に大説教を食らう物としか思っていないからだ。
------------
言い付け通り12時丁度の父の執務室の前に立つセリア。
遅刻は以ての外だが…早く来すぎても叱られるので約束の時間の1分前に扉の前に立つ様に躾られている。
部屋の中で父が誰かと話していない様ならば約束の時間になったと同時に扉を叩くのがセリアの習った作法だ。
中から父が誰かと話している様子はない。
セリアは重い気持ちを奮い立たたせて戸を叩く。
しかし返事はない。
『当主様、セリアでございます。』
ここで"お父様"と呼ばず"当主様"と呼ぶのもフェレネス家ならではの作法だ。
常日頃から傍にいるのは"父"では無く"当主"と言う言わば上司に辺る人物と接する事で緊張感を持って過ごせと言う教えである。
扉腰に声を掛け、入室の許可を乞うが返事はない。
三度戸を叩くが、やはり返事は帰って来ない。
セリアは仕方なく返事の帰らない父の自室に入室する。
自分が呼び出しておいて部屋にいないのは父の過失だが…フェレネス家ではそんな理屈は通用しない。
呼び出しを食らったら例え父の都合で約束の時間に現れずとも、指定された場所で待ち続けなければならない。
入室するとセリアはハッとなる。
フェレネス伯が机に突っ伏していたからだ。
『当主様…?』
セリアは父に駆け寄り軽く肩を揺する。
返事はない。
-まさか…死んでいる?
縁起でもない事をセリアは思った。
父がうたた寝をしている姿等見た事がないからだ。
セリアはフェレネス伯の首元に手を当て脈を図ろうとすると、フェレネス伯はハッと身を起こしセリアの手を強く掴んだ。
どうやらうたた寝をしていただけの様だ。
首は急所だ。
例え眠っていようとも急所に触れられれば体が自然と動いてしまう、長年戦士として戦い続けた彼の習性だ。
『ひっ…』
そんな父の反射的反応にセリアは小さく悲鳴をあげる。
セリアにとって恐怖の象徴である父にいきなり手を捕まれる事はそれだけ恐ろしい事なのだ。
『なんだ…エヴリン……お前だったか…』
『え?』
フェレネス伯は、今は亡き母の名前を呼ぶとセリアの握った手を優しく撫で再び顔を埋めて眠ってしまう。
『あの…』
セリアは困惑してしまう。
自分を母と間違えてしまう父の普段なら有り得ない姿に。
-ボケてしまったのでしょうか…?あの父が…
セリアの手を握るフェレネス伯の手は…所々に歴戦の印を残すが…何より久々に見る父の手にはシワが目立った。
父は母と結婚してから大分遅くにセリア達子供を設けたと言う。
結婚してから10年は寝室も別々で、世継ぎを期待する親戚一同にも母は相当苦労したと聞く。
-勝手な人…自分から呼び付けておいて何を眠りこけているのかしら
セリアはそんな父に毒を吐く。
セリアは昔から厳しい父を恐れ、身勝手な父を嫌っていた。
母が死んだのも…どういう事情があってから知らないが若い頃に子を設けず歳をとってから急に世継ぎ問題に焦り子を設け出したからに違いないと母の仇とすら思っている。
フェレネス伯は厳し過ぎる人間だ。
人にも自分にも。
その厳しさには他人への思いやりがなく
結果だけを求めると言う点では王太子と似たものがある。
故に父の嫌悪感から自然と王太子の事も拒絶しているのかも知れない。
『当主様、セリアです。』
少し強めにセリアはフェレネス伯の肩を揺する。
そこまでして漸くフェレネス伯は目を覚ました。
獰猛なる白き猛将と異国人にも恐れられたフェレネス伯も…これではただのおじいちゃんだ。
『セリアか…』
『はい。』
-あれ?父はこんなに小さかったでしたっけ?
机に突っ伏して眠っていた父を見てセリアはふと子供の頃に恐れていた大きく 恐ろしい風貌に見えた彼が小さく見えてしまう。
父が老いたからか...はたまたセリアが成長したからなのかは分からない。
漸く体を起こしセリアに向き直るとフェレネス伯は重々しい口を開きセリアに問う。
"お前は何故此処にいる?"と
セリアはありのままに全てを話す。
すると父は口を開いた。
父の話は至って端的で短かった。
怒号を浴びせられ 責め立てられる物とばかり身構えていたセリアが拍子抜けしてしまう程に。
"生ある限り己が定めた主に尽くし務めを果たせ"
"お前の居場所は此処にはもうない"
"明日 日の出と同時に家を出る事を命じる"
この短い言葉を伝える為だけにわざわざ深夜にセリアを呼び出したのだ。
それだけの事なら、わざわざ深夜に呼び付ける意味が分からない。
しかし一つだけ分かった事は
"フェレネス家にセリアの居場所はもうない"と言う事だ。
父の短いその一言に何かか吹っ切れた気がした。
婚約者のライアンに別れを切り出され…セリアは居場所を求めてシェーヌに促されるがままフェレネス家に連れ帰られた。
しかし父にははっきりと"お前の居場所はない"と突き放された。
挙句 "日の出と共に出て行け"とまで言われた。
もう後戻りは出来ないのだ。
『以上だ下がってよし。』
まるでセリアを自分の部下の様に扱う父に一礼して部屋を出ると侍女のベルが部屋の外で待ってくれていた。
『どうやら...私の居場所は此処にもないみたい』
自嘲地味た苦笑いでベルに語る。
『出過ぎた事を申しますが...当主様はセリア様を案じておいでです。』
ベルの口からセリアの想像だにしていない言葉が出る。
-あの父が私を心配...?
セリアからすればそれは天変地異が起ころうとも有り得ない話だ。
セリアにとって父は爵位とメンツを守る為ならば幼い娘を雪山に置き去りにする様な男だ。
そんな父が今更心配等する筈がない。
-きっと思いやりで気を使っているのね
-あの人が心配しているのはフェレネス家とファルカシオン家の政略結婚が無事成されるかどうかだけだもの。
-でも、父が相変わらず冷徹な人で良かった。
-もし、お義父様の様に優しい言葉を掛ける事が出来る人だったら…私はその温もりに絆されて実家に引き篭っていたかも知れないもの。
『ありがとうベル。それとこんな時間に申し訳無いのだけれど…御者の方はまだ起きていらっしゃるかしら?』
セリアの問いにベルはパッと嬉しそうな表情になる。
『もし眠っている様なら…』
『寝ていても叩き起して準備させます!』
そう言うとベルは何処かへ駆けて行った。
セリアは思った。
やはりこのまま終わるのは納得が行かない。
例えライアンに完全に拒絶され、婚約を解消され様とも。
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栄華を極める国の国王が亡くなり、国王が溺愛していた幼い少女の姿の精霊姫を離宮から追放する事に。だが、その精霊姫の正体は……。
「優しい世界」と「ざまあ」の2バージョン。
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