【一章完結】王太子殿下は一人の伯爵令嬢を求め国を滅ぼす

山田山田

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本編【表】

第29話-帰郷

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-セリア視点-


馬車に揺られて王都からフェレネス領に向かう事3時間…いや4時間?

無心でいると時の感覚を忘れてしまう。
ついさっき兄上に連れられ強引に馬車に押し込まれたと思っていたが、身体中の痺れが私に時が過ぎた事を知らせる。


兄上の声掛けでフェレネス領に到着した事に気付いた。
 

私は馬車の窓に映る景色に目をやっていたが、無心でただ時が過ぎるのを待っていただけなので声を掛けられるまで、もうフェレネス領地に入っていた事に気が付かなかった。


それにしても、こんなに何も考えずにボーッとしていたのは久しぶりだ。


私の周りにはいつも必ず誰かいた。


子供の頃は、厳しい父に歩き方から喋り方まで、1日中全ての所作を厳しく監視され躾された。


父がいない時は専属のマナー講師がいた。


妹のレベッカは私を見付けると私の所作を学びたいからと付いて回った。


双子の妹達が産まれてからは、私を母親の代わりと見ていたのか寝食すら付きっきりだった。


ファルカシオン領に送られた日からも、私が一人きりになった日は一日も無かった。


ファルカシオン領の領民達は皆、私を暖かく迎えて下さり、暫くの間は近くの街から領民達が私を一目見ようと押し掛けた程だ。


それだけ、長年諍いが絶えなかったフェレネス家とファルカシオン家を繋ぐライアンとの結婚は重要だったと言う事だろう。


アレクシア義姉様も、お義父様ファルカシオン辺境伯も…私を丁重に扱ってくれた。


でもそれは私がだから…

ファルカシオン家の人達は皆、私に対して親切に接してくれたが…私をとしてでは無く として見ている。


でなければ、私はこれだけ手厚く歓迎される価値も魅力もないもの。


私はセリアである前にフェレネス家の女。
そう叩き込まれて人の為に生きて来た。


この姓さえなければ…私がこんな厚遇を受ける理由はない。


鏡を見ると溜息が出る。
仮面の様に張り付いた面白味も表情もない顔付き。


妹のレベッカは母の生き写しの様に愛らしい顔立ちで、ラーシャとマトラも幼いながら母の面影を感じる顔付きなのに対して、私には華やかさも愛らしさもない。


一度だけ、子供の頃に母の化粧道具を使った事があったが兄上には笑われて…父上には"売女の様な真似は辞めろ"と叱られた。



私にはフェレネスの姓以外に何の価値もない。



私は父親にそう言い聞かされて育ったし、実際にその通りだと思っている。


婚約者のライアンにさえ、心意を打ち明けさせる事も出来ないのだから。


ライアンに別れを告げられた私には、もはや何の価値もない。


私は…彼の為に力の限りを尽くしたつもりだ。
それでも彼の答えが"別れの言葉"ならば


私にはその程度の価値しか無かったと言う事だろう。


虚しい…


誰にも必要とされないこの虚しさは、死んでいるのと変わらない…


死者に何かを求める人間はいない。
生者でありながら誰にも求められない私は死んだも同然だ。


私を褒め讃えた王宮の人達も
殿下も…私ではなく私の後ろにある"フェレネス"の名を讃えている。


私を通してフェレネス家の家名を見ている。


どんなに努力しても私は所詮"フェレネス家の娘"でしかない。


誰も丸裸の家名等関係ない"セリア"を評価しない。


私の人生は…なんだったのだろう?



そう自問自答していると…セリアが生まれ育ったフェレネス邸が見えてくる。


役目を失ったセリアはこれからどう生きて行こうかと言う苦悩に悩まされるのだ。



----------------


「おかえりなさいませ若様…え?セリアお嬢様…?」


邸宅の門を開けるとメイドが恭しく出迎えるが、帰るはずのないセリアの帰宅を見て目を丸くする。

せかせかと慌ただしく何処かへ掛けていくメイド。


きっと何か良からぬ事があったと主である父に報告しに行ったのだろう。


すると1分もしない内にドシドシと大きな足音が階段を降ってくる音が耳に入る。


-あぁ…いやだ…この足音は…


セリアは聞き覚えのある足音に顔を曇らせる。
このぶっきらぼうな足音は紛れも無く父親の足音だ。


足音と共に威圧感ある巨漢の男が階段から姿を現す。
メイド達は目を伏せ、従者達は深々と頭を下げる。

中には跪いている者もいる。
彼の足音から"不機嫌"を察しえたからだろう。

白い髭を蓄えた厳つい巨漢。
眉間には深い皺と大きな傷が刻まれていた。

この恐ろしい風貌の男こそ、セリア達の恐れる父
フェレネス伯爵だ。


『セリア…お前が何故ここにいる?』


フェレネス伯爵は重々しく口を開きセリアに問う。


『お久しぶりです…父上。』


セリアはやりたくもないカーテシーで礼をする。

本来カーテシーは王族や自身より身分の高い者に敬意を示す挨拶であり家族に対して行う物ではないが…この父はセリアに自身に挨拶する際にカーテシーで挨拶をする様に教育したからだ。


"日常で出来ぬ者が本番で出来る訳がない"と言う理由かららしい。


『質問に答えろ。何故お前が此処にいる』


『・・・』


フェレネス伯は天地がひっくり返ってもセリアを気遣わない。

娘が突然実家に帰って来ると言う事は…口にし難い事情がある事は聞かずとも分かるだろうが…

フェレネス伯は質問を辞めない。


"セリアが今フェレネス家にいる正当な理由"を聞かずには要られないのだ。


『ライアンとセリアがちょいと価値観に相違がだな…』


『お前には聞いておらん!!儂はセリアに聞いているのだ!!』


助け舟を入れようとしたシェーヌの言葉を遮る。
しかしセリアは下を向いて言葉を返せない。


セリアはこんな父親が大嫌いだった。
人の気持ちを顧みず…自分を蔑ろにして人形扱いして来た父親を憎み…そして畏れていた。


声を聞くだけで顔色が悪くなる。
怒鳴られれば…過去のトラウマを思い出し真っ青になり震えが出る。


『ふん…その様子では何か不出来を仕出かして逃げ帰ったのだな?セリア!お前の居場所は此処にはないぞ!!お前の役目はこのフェレネス家にはない。』


そう怒鳴り付けると、直ぐにまた足音を立てながら階段を登って行った。


セリアは小刻みに少し震えていた。
シェーヌもだ。


完全無欠の戦士と呼ばれたシェーヌ
アルテアの華と呼ばれたセリア

そんな2人も人の子
怖い物がある。

2人が縮み上がる様な恐怖の対象があの父親なのだ。

『まぁ…親父殿には俺が後で事情を説明するから…今は自分の部屋でゆっくり休めよ。何か話したい事とかあるか?それとも…』


『お気遣いありがとうございます兄上、ですが今は一人で休ませて下さい。』


『あぁ…うん分かった……なぁセリア』


『それでは』


セリアはシェーヌの言葉を遮りその場を後にする。
不器用なシェーヌが気を遣っている事が嫌でも分かるからだ。

馬車の中で普段ならお喋りなシェーヌが沈黙を貫いていた事からも明白だ。


しかし今のセリアにはその気遣いが寧ろ辛い。


今は一人で…横になって何も考えずにいたい。


そう思い、自分が帰った事に驚きの目を隠せない従者達の視線から目を避け一人自室に向かう。


父のあの発言から…自室のセリアの物は処分されてしまっているかと不安になるが、自室は…セリアがファルカシオン家に嫁いで行った日から何一つ変わって居なかった。


几帳面に名前順に並べられた本棚に、筆記具が大きさ順に並べられた机。

僅かな埃もシワもないベッドに腰掛け…セリアは結んだ長い髪を解いてベッドに横になる。


無心で天井を眺める事、数十分。
自室の扉を叩く丁寧な音にセリアは無心から我に帰る。


短く返事を返すと扉が開かれた。


『お嬢様 おかえりなさいませ。』


見知った顔が入室して来た。
レベッカの専属侍女ベルだ。


セリアより少し年上で、侍女養成学校を卒業した彼女は作法の覚えが悪いレベッカのマナー講師兼専属侍女としてレベッカが幼少の頃よりフェレネス家に仕えている。


セリアにとっても数少ない友人と呼べる存在だ。


『ただいまベル』


セリアは身を起こし…ベルに対して笑って見せるが笑顔がぎこちない。


『お嬢様。お勤めご苦労様でした。』


ベルが丁寧に礼をすると、


『お気を遣わず…体をお休め下さい。』


そう言われるとセリアはグタっと体を再び横に倒す。


『今日は一段と冷えますね。』


そう言って暖炉に薪を焚べ始める。
彼女の口癖だ。
この口癖をきっかけに彼女は会話の糸口を探す。
しかしセリアが今フェレネス家にいる事に対する疑問等、おくびにも出さず、振ってきた話題は日常の会話だった。


他愛ない話をしているとベルの首に下がっている懐かしい物がセリアの目に映る。


『あら?その小袋は…』

『えぇ…お嬢様の母君エヴリン様が手編みされた物でございます。』


この小袋には砂糖菓子が詰められている。
ラーシャとマトラの好物だ。

セリアの母はこの小袋を手編みにし、数少ない時間で幼い頃のシェーヌやセリアやレベッカ達と接する時間で

子供達が父に叱られたり
何か良い事をしたり
グズっている時に


この小袋から砂糖菓子を取り出して子供達に与えて優しい言葉を掛けてくれた思い出がある。


子供達が砂糖菓子を食べない歳になると、この小袋は長らくタンスの奥にしまい込まれていたが…双子のラーシャとマトラを産み落とすと入れ替わる様に亡くなってしまった母に変わり

自分達がして貰った事を母を知らない双子の二人にしたいとレベッカは母を真似してグズる妹達に小袋からこの砂糖菓子を取り出し与えていた。

最近は学校に通い邸内にいないレベッカに変わり、今、この小袋はベルの手に渡り彼女が双子の妹達に砂糖菓子を与えているのだ。


『懐かしい…私も昔はこの砂糖菓子が大好きだったわ…父に叱られて…悲しかった時…病気で一人きりだった時…母はよく私にこの砂糖菓子を口に入れてくれて慰めてくれた。』


『お嬢様。お口を開けて頂けますか?』


『え?』


セリアは言われるがまま、口を開けるとベルは小袋から砂糖菓子を取り出してセリアの口に放った。

母がセリア達に昔やっていた様に。


砂糖菓子は…大人の味覚になったセリアには甘過ぎるが…懐かしさとベルの優しさが心に沁みる。


『美味しいですかお嬢様。』


優しく髪を撫でるベル。


『えぇ、甘くてとっても美味しいわ…』


そう言うとセリアはベルの手を握って涙を流した。


今は亡き母を思って。


昔確かに貰った母の愛と…今ある彼女の優しさを想って。



『おかえりなさいセリアお嬢様。』


ベルは再びセリアを迎える言葉を掛けた。
メイドと雇い主の娘と言う関係ではなく。


一人の家族として。


『ただいま。』


セリアの心は…ほんの少しだけ
彼女の優しさで絆された。
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