【一章完結】王太子殿下は一人の伯爵令嬢を求め国を滅ぼす

山田山田

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【SS1】ハイネの譚

第3話-初めての贈り物

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-ハイネ視点-


殿下の婚約者に任命されて早くも2年が経った
私は本来なら5年から6年は要する王妃教育をこの2年で修了した。

"歴代王妃の中で誰よりも早く王妃教育を修了した快挙"と殿下が私に付けた教育係からお褒めの言葉を頂いた。

物心付く頃から私が両親に施された教育に比べれば王妃教育はそれほど苦に思わなかった。

教育係の方々は…私がミスをしても教鞭で打ち据える事が無い分、私も落ち着いて確実に王族に加わる者としての心構えから公務を学べた。

時に気分が落ち込んだ時は殿下が私を励まして下さった。

"お前は俺が見込んだ女だ、必ず出来る"

そう言って私を激励して下さった。
殿下は…深く関わっているとマメで案外よく喋る方だと分かった。

忙しい中、2日に1回は必ず手紙を下さる。
内容は女の心を溶かす様な甘い言葉ではなくとも
私に期待し、私を頼りにしている旨やその日の出来事が綴られていた。

殿下は国王陛下同様に厳格な男性だ
女だからと言って私を猫可愛がりする様な真似はしない。

でもその姿には威厳があった。
欲に流されず自分を磨く事に抜かりがない
私もそうならなければならない…


殿下に見合うになる為に
私は自分を磨く事に邁進した。


-----------------------

ある日、殿下が約束も無しにラグライア邸にやって来た。

両親は恭しく殿下を私の部屋に案内した。


『精が出るなハイネ!』

『殿下…?如何なさいましたか?』

母の仕事である書類仕事を自室で行っていた私は突然の来訪に驚きを隠せなかった。

『根を詰め過ぎても良くない、たまには息抜きも必要だ』

そう言って殿下は私を外に連れ出そうとした。

『しかし…』

私は父に目をやった
正式な婚礼を前に男女が二人きりになるのは高い身分の子息令嬢の間柄ではあまりよろしく無いからだ。

勝手な行動をすれば両親から叱られる…
そんな恐怖を孕んだ目で殿下と父に視線を右往左往させていた私だが

『二度言わせるな!さぁ行こう!』


殿下は私の手を握って半ば強引に連れ出した。

父に殿下を止められる筈もなかった。

『ハイネよ、馬に乗ったことはあるか?』

『とんでもございません…まさか殿下?馬車でなく馬でいらしたのですか?』

『大仰な護衛を率いていては鬱陶しい故、時折城を抜け出しているのだ、馬車では目立つだろう?』

『さぁ何事も経験だ。跨ってみよ』


そう言うと殿下は自身の両手を踏み台として私に差し出した。

『どうか遠慮はしないでくれ』
『か、かしこまりました』


私は殿下の手を踏み台にして馬に乗った。
殿下の手を踏み台にする等、本来有り得ない行為だが…この方は一度口にした事は曲げない…。

また"二度言わせるな"と叱られる前に素直に厚意を受け取るのが最良だろう。


『ご無礼をお許し下さい…』
『気にするな。さぁ、俺と同じ様にしてみろ』

私は恐る恐る殿下の手に足を掛け馬の背に跨った。
そして殿下の両手が私の腰をしっかりと掴んだ。


『で、殿下…』

私は父以外の異性に初めて体を触れられ遂ビクリと反応してしまう。

すると殿下の馬は体を上下に揺らし暴れ出した。

『きゃあ!!』

私は振り落とされそうになり声をあげてしまった。

『どぉどう!…ハイネよ乗馬中に動揺は禁物だぞ?動物は相手の心の弱さを見抜く、弱者判定を受ければ決して従わん。自分より劣る者に従う生き物はいない。』

しかし殿下諌めると馬は直ぐにまた大人しくなった。
"心の弱さを見抜く"か…

確かに殿下の仰る通り…私は弱い…
馬だけでなく…殿下は私の弱さを見抜いている…

私は常に誰かの目を気にして生きて来た。

自らの意思で何かを選んだこと等ない…

自分一人じゃ着る服すら選べない…

どれだけ教養を詰め込んでも…私の様な弱い女に王太子妃が務まるのだろうか…


『俺の妻となる女ならば傲慢位が丁度いい。案ずるな…お前は一番の女だ。これほど早く王妃教育を修了したその資質を誇っていい。』


殿下は…弱い私を励まし…認めてくれた…。
私を一人の人として評価して下さるのは殿下だけだ
それだけで胸が暖かくなる…。



『さてハイネよ。街に繰り出すぞ!しっかり掴まっておけ!』

そう言って殿下は馬に跨ると私を後ろから覆う様に体を密着させ手網を掴み馬を走らせた。


風を切る猛音…
今まで感じた事のない速さを肌で感じ…下腹部辺りがキュッと締め付けられる様な感覚に襲われる…

怖い…心臓の脈打つ音が耳奥でコダマする…

しかし殿下は私が振り落とされ無い様にと私を覆う腕に力を込めてくれた。

私も殿下の腕を必死で掴む…

なんだか…怖さが少し和らいだ気がした…
殿下が私を守って下さっている…

密着しているとは言え…防寒具越しで殿下の体温を感じられる筈もないが…私はこの時とても暖かい気持ちになった。

これが…人の温もり…

殿下は私に沢山の"初めて"を下さった。
本来両親から貰う筈の物を…。


-------------------------

『さぁハイネよ選ぶがいい。』

私を連れ街に繰り出した殿下が馬を止めた場所は街一番の宝飾店だった。

ガラスの展示台の向こうには煌びやかな宝石達が煌々と光を放つ。

女ならば誰でも垂涎となるだろう憧れの結晶達だ
しかし私には選べなかった…


『遠慮は無用だ。これは王妃教育を修了したお前への正当な褒美だ。良い仕事をした者に報いるのは当然の事であろう』


私は…遠慮して選ばなかったのではない…
選べないのだ…


私は今まで"欲しい"と言う感情を抱いた事は無い。
両親が望むままに動く事が私の人生


自分の意思を持つ事は禁じられて来た
ワガママも癇癪も…幼子の頃から私は知らなかった

選べなかった自分がなんだか悲しかった…
私はこの2年で力を付けた自負があった

それなのに…いざとなれば欲しい物すら選べない…
私は両親の影に怯える2年前の私と根本は何も変わっていなかった…


それが思い知らされた…


『おい何を泣いている…』

『え…』


気が付けば涙が流れていた
殿下からすれば意味が分からないだろう…


私自身ですら意味が分からないのだから…


自分で選べないから泣く…
本当に意味が分からない…


私は気が付けば足が店の外に向かい走り出していた。


訳が分からなくなり感情が爆発した私はこの焦りを行動でかき消そうとしたのだろう。


来た事も無い街を一人彷徨っていた…。

街を一人で歩くなんて言うのも生まれて初めてだ。

往来する人々は皆、己が人生を歩んでいた。

欲しい物を買い

食べたい物を食べ

自分が選んだ者と家族となる


それに比べて私はなんだ…?


何も選べない…


今着てる服も…髪型も…全てが全て両親が決めたモノ


私は…ハイネ・ラグライアとは一体なんなのだろう…


殿下は今日の私の姿をどう思うだろう?
いきなり泣き出し姿を消した私を…


失望しただろうか…普通じゃないと思われた事だけは間違いない…


私は…どこかおかしいのだろうか…


殿下に今日の事がきっかけで婚約破棄されたら…
いよいよ私には何も無くなる…


私が生まれた理由は…
ハイネ・ラグライアが作られた理由は…


殿下と結婚し…家名を復興させる事だけ
その為だけの人生だった…


それが果たせないとあらば私は不要の者となる。
私はその為だけの人形…。


この肉の下に血や臓腑はあれど
私の心には何もない…


意志を持たない操り人形だ…


死にたい…死んでしまいたい


私は懐に収めていた短刀を手に取る。
今首を掻き切れば…もう何も苦しむ事も無くなるかも知れない…


『ハイネ!!やっと見付けたぞ!!このバカ者が!!』

『殿下…?』


殿下に見付かった…
私は反射的に短刀を隠した。


『突然消えおって!俺の手を煩わせる等……』


殿下は私を叱責する途中で言葉を止めた。
街ゆく人々の注目を集めるのを嫌がったのだろうか…


『もういい!さっさと乗れ!』


そう言って殿下はまた自身の手を踏み台に私を馬に乗せた


私も黙って従った
命じられるがままに動くのが操り人形の私だ…


この場に両親が居て、今すぐ死ねと命じられれば躊躇いもしないだろう。


殿下は馬を走らせる中、一言も言葉を発さなかった。


-----------------------------

無言で馬を走らせる中、馬を止めた。
まだラグライア邸までは少し距離がある…

何故止めたのだろう…


『降りろハイネ』


そう言って殿下は私の腰を抱いて馬から降ろした。


『貴様…俺に恥をかかせる気か…?』

『申し訳ございませんでした…』


私は先程の宝飾店から走って逃亡した事を咎められたのだと思い謝罪する。


『お前…死のうとしていたな』

『え』


しかし殿下の怒りの理由は違った…
先程…私がバレていないと思っていた自死の願望を殿下に見られていたのだ。


『隠しても無駄だ…俺といるのがそんなに嫌か?』

『め、滅相も…』

『ならば何故だ?他に好きな男でも居るのか?』

『私には…その様な方はおりません…ただただ自分で選べない自分に嫌気が差したのです…私は生まれてから自分で何かを決めた事がありません…それが虚しくて……気の迷いでした…』

『俺との婚約への了承も自分で選んだ訳ではないと?』

『あっ…』


最悪だ…口を滑らせ…殿下への婚約の了承が自分の意思でない事を自白してしまった…


誇り高い殿下は私のこの自白を許さないだろう…


間接的とは言え…親に言われたから貴方と結婚しますと言っているも同然だ…


『ちが…あっ…そんな…』


私は言い訳すら出来なかった
終わった…完全に…


『ハイネよ…』


殿下が拳を握り締めている…
それが怒り故である事は明白だ…


『ハイネよ…俺を選べ』


殿下は膝を付き私の手を取った。
私はその姿に頭が真っ白になった


目の前で何が起きているかすら分からない…
あの殿下が…?私の前で…?跪いている…?


なぜ…? なんで…?


『俺はお前の不敬を許そう。親の命で俺に近付いた不敬をだ。』


『だから今…二度同じ事を言う。今度こそお前自らの意思で選べ。三度は言わんぞ…』


殿下は跪き、懐から小箱を取り出す
小箱から姿を出したのは美しく赤い宝石の付いた指輪だった。


『俺の女になれ』


『殿下…』


『俺にはお前が必要だ』


『そんな…私には…』


『死ぬのが勿体無いと思う程…幸せにしてやる』


『!』


気が付けばまた涙…
誰かに必要とされた事等初めてだ…

私の胸は一杯になり感情の雫で溢れた
私は無意識に…頷いていた。


自分の意思で…生まれて初めて選んだ…


この方の為に生きたいと
心から…
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