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幼少期
ハイルの記憶です。Part1
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再生され始めた記憶は、ハイルがお父様に追いついたところから始まった。
「フィレンツ」
「…む…ハイル殿か」
声に反応し、お父様が片眉を上げる。
ハイルはお父様の膝の上まで行き、座った状態で姿を現した。
…ふむ、記憶を見るときは五感までそのまま体験できるらしいね。
実際に座っているのはハイルだけれど、私がお父様の膝に乗っているみたいで、なんだか得した気分。
「ティカにお願いされて来たんだ。今日一日、僕にフィレンツについてて欲しいって」
るんるん気分な私をよそに、私の口…いや、ハイルの口は勝手に動いて、お父様に用件を伝える。
その意思がないのに勝手に声が出てくるって、すごい不思議な感覚。
私が不思議体験を楽しんでいることなど知るはずもなく、用件を聞いたお父様は微かに目を見張った。
そして、少し目を伏せて沈黙し、窓の外に視線をやりながら、ぽつりと半ば独り言のように衝撃の一言を呟く。
「…そうか。リュートは勘が良いな」
うんうん。
……うん?ちょっと待て。
お父様、今何て言った?
今、『リュートは勘が良いな』とか言っちゃったりした…??
それって、つまりさぁ…。
「当たり前だよ、ティカなんだから」
呟きを聞き、お父様が純粋に私を褒めたのだと思ったらしいハイルがお父様の膝の上で立ち上がり、腰に両手を当てて胸を張って誇らしげに仁王立ちになった。
えっへん!という副音声が聞こえる。
(かわいい…!けど違うよ、ハイル!)
ハイルの可愛らしさに悶えつつも心の中でツッコミを入れる。
『勘が良い』なんて言うってことは、お父様は今日自分に何か起こると既に知っているということだ。
それこそ、私やセイル兄様をひどく心配させるような『何か』が。
そんな大事な事を、私たちには何も言わず隠していたなんて。
お父様、事と次第によっては…。
私が不穏な考えをしていると、お父様が自嘲するように目を伏せた。
「…そうだな。…恐らく、セイルも気が付いているのであろう」
その通り。
セイル兄様はあまり表に出さないけれど、私と同じくお父様のことを相当心配している。
私がハイルを送っていなければ、セイル兄様がアインをお父様の元に送っていただろう。
お父様を見送った時の嫌な予感は、セイル兄様も感じ取っていたようだったから。
ただ、私もセイル兄様も具体的に何が起こるのかまで分かっている訳じゃない。
それを知るには、情報が圧倒的に足りないのだ。
今まで私たちは、『危険だ』という理由で世間から隔離された安全な場所にいたから。
(そういえば、王城に行った時、私たちの周りだけ妙に人が少なかったよね…。あれもお父様とヘル様が人払いしてたんだろうな)
高位貴族の子息、子女の身は常に様々な危険に晒されているため、基本的に自分の身を自分で守ることのできない少年期前半までは接触できる人間が限られている。
私たちのように、明確な敵がいる場合は特に。
それ故、自然と情報は制限され、相手に情報を与えない代わりに、自分たちもろくな情報が得られない。
(…だけど、多少危険を冒してでも出来る限りの情報収集をしておくべきだったな)
通常は八歳になる年の終わりに国主催のお披露目パーティーがあり、そこから徐々に社交界に顔を出すようになる。
社交界は魑魅魍魎の世界であるので、常に気は抜けず危険な世界ではある。
けれども、人脈を広げたり、情報を得たりするには最適な世界なのだ。
セイル兄様は今年八歳だから、もうそろそろ社交界デビューの準備が進められているはず。
…あと一年待ってくれれば、セイル兄様が堂々と情報収集出来るようになっていたのに、と思わずにはいられない。
私が儘ならぬ現実に唇を噛み締めたい気持ちになっていると、目を伏せていたお父様が視線を上げた。
「…ハイル殿。昼頃、リュートに心配はいらぬと伝えてもらえぬか」
「良いけど…何で昼頃?」
「…屋敷を出てから間もない今伝えても信憑性に欠け、かといって、夜では遅すぎて無駄な心配をさせる。…よって、昼が最も良い頃合いだからだ」
さっきのハイルの報告は、お父様が言い出したことだったらしい。
しかも、私たちが心配していると分かった上で、時間まで指定して。
…でも、出来る限りかける心配を最小限にしようとするあたり、本当にお父様は優しいんだか優しくないんだか分からない。
「ふーん…まあ、いいよ。ティカに余計な心配なんてさせたくないし」
「…お願いする」
……はあ。
元々そうだろうと思ってはいたけれど、今のやり取りではっきりと確信した。
お父様は私たちに余計な心労を与えないよう気遣って何も言わずに出かけたのだ、と。
きっと、私たちが何か気がつく前に全てを終わらせるつもりだったんだろう。
…そんなこと、分かっている。
分かっているけれど、それでも、私たちにも伝えて欲しかったと思うのは…私の、わがままなのだろうか。
(…わがまま、なんだろうなぁ。『完璧なるリュート様』を目指している身としては)
いくらお父様の息子だとはいえ、何でもかんでも教えてもらえると思ったら大間違いだ。
情報を掴んでいなかったのは私たちの落ち度なのだから。
お父様に頼られたいなら、最低限、情報を知らされなくても知っているくらいの有能さを身につけなければならない。
ゲームで見ていた『完璧なるリュート様』は、当たり前のようにその程度は身につけていたし、身につくよう努力していた。
(ゲームをしていた時は分からなかったけど、今なら分かる。『リュート様』は、敵に付け入る隙を与えさせないために『完璧』になったんだ)
そうでなければ、敵に文句を言わせず、レーツェル公爵家の当主として己を認めさせるなど到底不可能だったから。
その努力すらしていなかった私に、お父様を責める資格などない。
…はあ、これからは情報収集方面も頑張らないと。
「フィレンツ」
「…む…ハイル殿か」
声に反応し、お父様が片眉を上げる。
ハイルはお父様の膝の上まで行き、座った状態で姿を現した。
…ふむ、記憶を見るときは五感までそのまま体験できるらしいね。
実際に座っているのはハイルだけれど、私がお父様の膝に乗っているみたいで、なんだか得した気分。
「ティカにお願いされて来たんだ。今日一日、僕にフィレンツについてて欲しいって」
るんるん気分な私をよそに、私の口…いや、ハイルの口は勝手に動いて、お父様に用件を伝える。
その意思がないのに勝手に声が出てくるって、すごい不思議な感覚。
私が不思議体験を楽しんでいることなど知るはずもなく、用件を聞いたお父様は微かに目を見張った。
そして、少し目を伏せて沈黙し、窓の外に視線をやりながら、ぽつりと半ば独り言のように衝撃の一言を呟く。
「…そうか。リュートは勘が良いな」
うんうん。
……うん?ちょっと待て。
お父様、今何て言った?
今、『リュートは勘が良いな』とか言っちゃったりした…??
それって、つまりさぁ…。
「当たり前だよ、ティカなんだから」
呟きを聞き、お父様が純粋に私を褒めたのだと思ったらしいハイルがお父様の膝の上で立ち上がり、腰に両手を当てて胸を張って誇らしげに仁王立ちになった。
えっへん!という副音声が聞こえる。
(かわいい…!けど違うよ、ハイル!)
ハイルの可愛らしさに悶えつつも心の中でツッコミを入れる。
『勘が良い』なんて言うってことは、お父様は今日自分に何か起こると既に知っているということだ。
それこそ、私やセイル兄様をひどく心配させるような『何か』が。
そんな大事な事を、私たちには何も言わず隠していたなんて。
お父様、事と次第によっては…。
私が不穏な考えをしていると、お父様が自嘲するように目を伏せた。
「…そうだな。…恐らく、セイルも気が付いているのであろう」
その通り。
セイル兄様はあまり表に出さないけれど、私と同じくお父様のことを相当心配している。
私がハイルを送っていなければ、セイル兄様がアインをお父様の元に送っていただろう。
お父様を見送った時の嫌な予感は、セイル兄様も感じ取っていたようだったから。
ただ、私もセイル兄様も具体的に何が起こるのかまで分かっている訳じゃない。
それを知るには、情報が圧倒的に足りないのだ。
今まで私たちは、『危険だ』という理由で世間から隔離された安全な場所にいたから。
(そういえば、王城に行った時、私たちの周りだけ妙に人が少なかったよね…。あれもお父様とヘル様が人払いしてたんだろうな)
高位貴族の子息、子女の身は常に様々な危険に晒されているため、基本的に自分の身を自分で守ることのできない少年期前半までは接触できる人間が限られている。
私たちのように、明確な敵がいる場合は特に。
それ故、自然と情報は制限され、相手に情報を与えない代わりに、自分たちもろくな情報が得られない。
(…だけど、多少危険を冒してでも出来る限りの情報収集をしておくべきだったな)
通常は八歳になる年の終わりに国主催のお披露目パーティーがあり、そこから徐々に社交界に顔を出すようになる。
社交界は魑魅魍魎の世界であるので、常に気は抜けず危険な世界ではある。
けれども、人脈を広げたり、情報を得たりするには最適な世界なのだ。
セイル兄様は今年八歳だから、もうそろそろ社交界デビューの準備が進められているはず。
…あと一年待ってくれれば、セイル兄様が堂々と情報収集出来るようになっていたのに、と思わずにはいられない。
私が儘ならぬ現実に唇を噛み締めたい気持ちになっていると、目を伏せていたお父様が視線を上げた。
「…ハイル殿。昼頃、リュートに心配はいらぬと伝えてもらえぬか」
「良いけど…何で昼頃?」
「…屋敷を出てから間もない今伝えても信憑性に欠け、かといって、夜では遅すぎて無駄な心配をさせる。…よって、昼が最も良い頃合いだからだ」
さっきのハイルの報告は、お父様が言い出したことだったらしい。
しかも、私たちが心配していると分かった上で、時間まで指定して。
…でも、出来る限りかける心配を最小限にしようとするあたり、本当にお父様は優しいんだか優しくないんだか分からない。
「ふーん…まあ、いいよ。ティカに余計な心配なんてさせたくないし」
「…お願いする」
……はあ。
元々そうだろうと思ってはいたけれど、今のやり取りではっきりと確信した。
お父様は私たちに余計な心労を与えないよう気遣って何も言わずに出かけたのだ、と。
きっと、私たちが何か気がつく前に全てを終わらせるつもりだったんだろう。
…そんなこと、分かっている。
分かっているけれど、それでも、私たちにも伝えて欲しかったと思うのは…私の、わがままなのだろうか。
(…わがまま、なんだろうなぁ。『完璧なるリュート様』を目指している身としては)
いくらお父様の息子だとはいえ、何でもかんでも教えてもらえると思ったら大間違いだ。
情報を掴んでいなかったのは私たちの落ち度なのだから。
お父様に頼られたいなら、最低限、情報を知らされなくても知っているくらいの有能さを身につけなければならない。
ゲームで見ていた『完璧なるリュート様』は、当たり前のようにその程度は身につけていたし、身につくよう努力していた。
(ゲームをしていた時は分からなかったけど、今なら分かる。『リュート様』は、敵に付け入る隙を与えさせないために『完璧』になったんだ)
そうでなければ、敵に文句を言わせず、レーツェル公爵家の当主として己を認めさせるなど到底不可能だったから。
その努力すらしていなかった私に、お父様を責める資格などない。
…はあ、これからは情報収集方面も頑張らないと。
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