無自覚な少女は、今日も華麗に周りを振り回す。

ユズ

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お茶会デビュー

美味しいものを食べれば何でも出来る

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「けっこう少ないのね?」

執事のトーマスが運んできた書類の量を見て思わずそう呟くと、呆れたように言葉を返される。

「…これは一ヶ月分の量なのですが」

えっ?でも、お父様は一日にこれの倍以上を終わらせていたわよね?それなのにこれが一ヶ月分ですって?

「お父様はもっとやっていたわ」

「公爵様の仕事量を基準にしてはいけません」

トーマスが真面目な顔でそう言うもので、とりあえず頷いた。

なるほど、お父様は有能すぎるせいで仕事が次々と回ってくるのね。けど、この量を一ヶ月分の仕事だというのは流石に無理があるんじゃないかしら?こんな少量じゃ、3日も必要ないじゃない。私が遅れても傷つかないようにするための配慮なのかしらね?

メイエド魔術師団長に平民としての生活をしてもらうために(強制)、私は代わりに仕事を引き受けることにした。お父様の膝の上で仕事の内容を確認しておいたのが、ここで役に立つとは思いもしていなかったけれど。おかげで大体のやり方は知っている。

手こずりはしたけれど、なんとかお父様から仕事を代行する許可をもぎ取ることにも成功した。

「よし、がんばるわよ!」

思い切り意気込んだ私は机と書類に向き合い、羽ペンを走らせたのだった。

◇◇◇

――1時間後

「おかしいわ…まだ少ししか終わらせていないのに、手が痛くなって動かないのだけど」

休憩を取るために机に突っ伏すと、トーマスが淡々と答える。

「4歳の子供が異様な速さで仕事をこなす光景よりかはおかしくないかと」

「意外ね、トーマスにおせじが使えるだなんて」

トーマスはいつでも正直に答えるような人だと思っていたのだけど、どうやら私の思い違いだったみたいわ。

「……」

正直な感想を伝えただけだったというのに、私の言葉をどう受け取ったのかトーマスは微妙な顔をする。

「…本当に、ここまで無自覚だというのも逆に恐ろしいです」

むむ、なんだか嫌味を言われている気がするのに、どこが嫌味なのか説明できないのが悔しいわね…

「え、ええ、無自覚なのよ、無自覚なのを自覚しているから無自覚で自覚しているのよ…って、あら?自分が何を言っているのかよく分からなくなってきたわ」

弁明するために焦ったのが仇となったのか、己でも理解出来ないことを口走ってしまった。弁明とは何なのだろうか。

「そろそろ休憩にいたしましょうか。少々脳が疲れてしまっているようですから」

クスクスと笑うトーマスは、完全に私をからかっているようで、子供扱いに怒った私はトーマスをジロリと睨む。
トーマスはそんな私をまるっと無視して、まるで今思い出したとばかりに口を開く。

「ああそうでした、シュランのケーキもありますよ」

「え!? それを早く言ってほしかったわ!」

「…相変わらず切り替えが早いですね」

あ、そうだわ、シュランのケーキといえば、来月に王家主催のお茶会があるんだったわね。エドへの誕生日プレゼントは…

「…本でいいかしらね?」

「王太子殿下へのプレゼントですか?流石にそれはどうかと思いますよ」

「そうよね…」

エドには既に去年、本を誕生日プレゼントにして渡してしまっているのだから、トーマスの言うことはご尤もだわ。

誕生日プレゼントを2回連続で本にするのは、流石の本好きの私でも気が引ける。去年エドにあげた本は滅多に手に入らない幻の本で、私は手放したくなかった気持ちを「エドのためだから」と自分に言い聞かせ、やっとの思いで渡した。

幸いエドは喜んでくれていたけれど、「どうして本?」と呟いていたのを私は聞き逃さなかった。
もう2度と大事な本をあげたくはない。

するとケーキが目の前に置かれ、次の誕生日プレゼントに関して悩んでいた思考はすぐに吹っ飛んだ。

「うふふ、美味しいものを食べたら、何でも解決できちゃう気がしてきたわ!」

「お嬢様が言うと本当に現実になりそうで怖いのでやめてください」

まあトーマス、もちろん冗談に決まっているじゃない。真に受けられたら困るわ。

なんて思考は、ケーキを食べていたらいつの間にか消えていて、ケーキはあっという間に食べきってしまった。

「なんてしあわせな休憩だったのかしら!」

うーん、でも、美味しいものを食べてもプレゼントに関しての良いアイデアは浮かばなかったわ…

――結局エドへのプレゼントのことは後回しにすることにしたのだけど、私はこの時の判断を後に後悔することになる。
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